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第72話「くっ・・・」


桜咲く 花の都に 綾乃様     三本木右子


いや、パリにも桜があるんだね。

降り注ぐ桜の花びらは日本のものより色が濃い、薄紅色と言うよりピンクって感じだ。

そんな満開の桜が咲くチュイルリー庭園で、今日も私は綾乃様の右側にいた。


今日の綾乃様は和服姿、二階堂家の家紋が入った由緒正しいお着物だ。

和風のものも1着くらい持っていきましょう、とリクエストした結果・・・かなりガチ目なやつになってしまった。

よく考えたら綾乃様が緩めの和服を持ってるわけがなく・・・これ着付けるのが大変なんだよね。


その左側から差し込んで来る太陽に対して、左子が日傘を構える。

さすがにこの状況は西洋人めいた綾乃様の容姿でもすごく目立った。

現地フランス人はもちろん、日本人観光客にも遠巻きに見られてるのを感じるよ。


「お姉さま、お着物がすごく似合ってます」

「そう?私はこの髪色だからそこまで似合っている気がしないのだけど・・・比瑪乃さんの方が似合っているのではないかしら」

「えへへ、そうですかぁ」


綾乃様に褒められたと思った比瑪乃が嬉しそうにはにかんだ・・・いやそこは謙遜する所だろ。

今日の比瑪乃も綾乃様に合わせたかのように和装だ・・・その髪は結い上げられ、ツインテは息していない。

その髪型も今日は綾乃様とお揃いなのだが・・・やはり2人並ぶと比瑪乃が子供っぽく見える。


今日の目的地はルーブル美術館。

ここはフランス人にも人気のスポットとあって人種を問わず人が多い。

当然そんな大勢に注目されながら歩く綾乃様の表情は硬く・・・悪役令嬢っぽい顔になっていた。


「やっぱり今日の綾乃様は一段と美しいです、写真撮りましょう!写真!」


そんな比瑪乃に引っ張られて辿り着いたのは、ガラスで出来たピラミッド。

なんか有名なスポットらしく、色んな人達が写真を撮っている。

おとなしく順番を待っていると・・・フランス人男性に話し掛けられた。


「(フランス語で何か言ってる)」


ええと・・・なんて言ってるんだろう・・・単語帳と翻訳アプリで・・・


「(フランス語で何か言ってる)」


ダメだ、喋る速度が速くてうまく聞き取れない。

なんとなく綾乃様に対して何か言ってるみたいだけど、容赦なくペラペラと・・・

・・・ひょっとして同じフランス人だと思われてる?


「(フランス語で何か言ってる)」


更に別のフランス人が加わってきた、仲間っぽい。

言葉がわからないせいでお笑い芸人のコントっぽく見えるけど、これはたぶん・・・


「お姉さま、ここは私が・・・(フランス語で何か)」


おお・・・さすが比瑪乃、流暢なフランス語で男達に話しかけ・・・頭を撫でられた。


「(フランス語で何か言ってる)」

「!!・・・くっ・・・」


比瑪乃の顔が赤くなった・・・見た感じ子供扱いされたとかかな。

お嬢ちゃんフランス語上手で偉いでちゅね~、みたいな・・・

斎京家のSPらしき黒服の人が視界の隅に見えたけど、この付近は観光客が特に多くてなかなか近付けないようだ。


「(フランス語で何か言ってる)」


比瑪乃がフランス語で更に言い募るも、男達は聞く耳を持たず・・・

そして男の1人の手が綾乃様の肩に触れ・・・そう認識した時には身体が勝手に動いていた。


パシッ!


「綾乃様に触らないでください!」

「(フランス語で何か言ってる)」


男の手を叩き落とし、間に割って入った。

こうして相対して見ると結構でかい・・・長身の攻略対象達に匹敵する身長だ・・・これが西洋人の体格か。

私が割って入った事で男達は一気に険呑な雰囲気に・・・ひぇぇ。


「(フランス語で何か言ってる)!」


たぶんチンピラみたいな事言ってるんだろうな・・・

おそらく目の前に危険が迫っているこの状況で、なぜかすごく冷静に見てる自分がいた。

男は怒りのまま私の胸ぐらを掴・・・


バキッ


掴・・・む事なく、その手が空を切った。

その直前、横合いから強烈な日傘の一撃が叩き付けられたからだ。

丈夫で軽いカーボン製の傘は恐ろしい速度で追い打ちを・・・まるで吸い込まれるように男のみぞおちへと突き刺さった。

さすがに苦悶の声は世界共通のようで、すっごく痛そうなのが伝わってくる。


「ぐぇっ・・・」

「姉さんに・・・近付くな」

「!!」

「(怜悧なフランス語)」


左子の一撃に男達が怯んだところに悪役顔の綾乃様がフランス語で何事かを告げた。

男達の顔色がみるみると青くなり・・・


「お嬢様!」


そこへようやく黒服たちが駆けつけると、男達は一目散に逃げて行った。

これでもう大丈夫・・・だけどまだ心臓ががが・・・こ、こういう時は深呼吸だ深呼吸、すーはーはー。

まるで全力疾走した直後のようにバクバク言ってた心拍が少しずつ収まって・・・


「ふぅ・・・本当に左子がいてくれて助かったよ、お手柄だね」

「えへへ・・・」

「右子も庇ってくれてありがとう、怪我はない?」

「や、私は別に・・・左子は大丈夫?」

「ん・・・無傷」


私はもちろん、左子もガッツポーズで無傷をアピールした。

残念ながら武器にした日傘は・・・おお無事だ、さすがちょっとお値段のするカーボン製。

現代の技術力に感動していると、比瑪乃が近付いてきていた。


「?」

「あ・・・ありがと・・・」


比瑪乃は顔を赤くしながらそれだけ言うと、身を隠すように綾乃様の背後へ・・・ちょっとかわいい。


「あ、お姉さま、空いたみたいです」

「比瑪乃さん、あまり引っ張らないで・・・」


ちょうど順番が来たらしく、比瑪乃は綾乃様の右手を引いてピラミッドの方へ。

む・・・そこは私の定位置なんだけど・・・まぁどうせ私はまた撮影係ですよね・・・はいはい。

比瑪乃のスマホを受け取ろうと近付くと、比瑪乃はスマホを渡す代わりに私の手を引っ張った。


「?!」

「・・・と、特別に、私と一緒に写る権利をあげるわ!」


比瑪乃は恥ずかしそうに私から目を逸らし、斜め上目遣いでそんな事を言ってくる。


「・・・ツンデレ?」

「ちち違うわよ!ほら、さっさと撮るわよ!」


本人は否定してるけど、見事なまでのツンデレ仕草・・・もしかしてデレた?いやいやまさか。

比瑪乃は黒服を呼ぶとスマホを渡した・・・私の代わりに彼に撮ってもらうようだ。


「ふふ、じゃあもっとくっ付かないと・・・」

「ちょ、お姉さま?!むぐ・・・」


そう言いながら綾乃様が比瑪乃ごしに手を伸ばしてくる・・・またフレームに入らないと思ってるみたいだ。

そのままぎゅっと寄せられ、間に挟まった比瑪乃が苦しそうに呻いた。


「くぅ・・・は、はやく撮りなさい!」 

「と、撮ります!」


苦しげな比瑪乃に急かされ、黒服がシャッターを切る。

これで解放されるかと思ったのもつかの間・・・


「あっ、目をつぶってしまったかも・・・もう一枚お願いします」

「え・・・むぐぐ・・・」


再び綾乃様がぎゅっと抱き寄せてきて、比瑪乃が悲鳴をあげた。


「ダメよ比瑪乃さん、ちゃんと笑顔で撮らなきゃ・・・もう一枚お願いします」

「きゅぅぅ・・・」


あ、綾乃様?

比瑪乃は笑顔どころか顔色悪くなってきてるんですけど・・・ってか私も結構苦しいんですけど・・・

そんな私達の様子に気付いていないのか、綾乃様は楽しそうに笑顔を浮かべて・・・それから何枚も写真撮ったのだった。


「ぜぇぜぇ・・・」

「比瑪乃さま・・・大丈夫です?」

「ふ、ふん・・・これくらいの事で・・・」


ようやく解放された比瑪乃を介抱しつつ、私達はルーブル美術館へ。

ここはモナリザで有名だね・・・案の定ここでも観光客が列を作っていた。


「うわぁ・・・結構並ぶのかな・・・」

「撮影しないで通過する分には時間取られませんよ、行きましょう」

「えっ、良いの?」


さっきの撮影で懲りたのか、比瑪乃は撮影していかないらしい。

むしろ綾乃様の方は撮りたそうな感じだけど・・・良いのかな。

誰か一人代表で並んでおけば、廻ってる間に順番が来ると思うけど・・・


「綾乃様・・・写真撮りたいなら私が並んでおきますけど・・・」

「ごめんなさい、別にそこまで撮りたいわけではないの・・・ただ・・・」

「ただ?」

「比瑪乃さんが右子達と打ち解けてきたのがちょっと嬉しくて・・・」

「え・・・」


打ち解けてきた・・・のかなぁ・・・正直自信はないけど。

・・・たしかに今の比瑪乃は最初程私達を邪険に扱ってない感じがする。

最初のうちは明らかに無視とかしてたもんなぁ・・・そんな事を考えながら比瑪乃を見ていると、ふと目が合った。


「・・・このモチーフは当時の流行らしくて、ミケランジェロとダ・ヴィンチも描いて・・・何よ?今の説明わからなかった?」

「あ・・・やっぱり気にかけてくれてるんだ」

「はぁ?!何言ってるの、ちゃんと説明聞いてた?!」

「ごめん、ちょっと考え事してて・・・もう一回良いですか?」

「もう、これだから庶民は・・・次はないわよ」


文句を言いつつも比瑪乃はちゃんと絵の説明をしてくれた。

なるほど、綾乃様の言う通りかも知れない・・・それなら私も助かる。

綾乃様を慕う者同士、同じ陣営として今後は仲良く・・・


「お姉さまっ、お昼はシャンゼリゼで食べましょう」

「ちょっと、比瑪乃さん?!」

「む・・・」


そう思った矢先、比瑪乃が綾乃様に抱き着いた。

そのまま綾乃様の右腕を掴んで・・・右側に・・・私の場所に。

あ・・・仲良く出来ないかも・・・


「比瑪乃さま、離れてください」

「い・や・よ、お姉さまの隣は私のものなんだから、あっかんべー」

「むむむ・・・」


こ、こいつ・・・あっかんべーとか実際にやる人初めて見たぞ。


「離れてください、綾乃様も嫌がってます!」

「お姉さま?!そんな事ないですよね?ね?」

「そ、それは・・・」


比瑪乃の目一杯に涙を浮かべられ、綾乃様が返答に詰まった。

涙腺を自在に操っている・・・なんて子だ。


「だ、騙されないでください綾乃様」

「で、でも右子・・・」

「ふぇぇ・・・お姉さまぁ・・・」

「離れて!はーなーれーなーさーいー!」

「やーだー!」


やっぱり比瑪乃と私は打ち解けてなんかいない!

そこは私の定位置なんだからね!





こんな感じで私達がフランス旅行を満喫?していた、その頃___


日本では・・・乙女ゲームの通りに、イベントが進行していた。




「・・・よし!」


ボールを手放した瞬間にはその結果が見えていたかのように、選手が呟いた。


その数瞬後・・・


ポフッ


軽い音を立てて、ボールがバスケットゴールに吸い込まれていく。


「決まった、スリーポイント!」

「やったな九谷!」


得点を告げるホイッスルの音が鳴るのと同時に、チームメイト達が彼を取り囲んで称賛を贈る。

点数ボードは10-11、姫ヶ藤学園の逆転ゴールだ。


「マーク徹底しとけって言ったろ!」

「すいません!」


その一方、逆転を許した相手チームの側では、キャプテンの怒声が轟いていた。


「いや、今のアレは仕方ないだろ・・・相手が悪すぎたとしか・・・」

「あれが九谷要か・・・2年になってますます動きにキレが出てきたな」


練習試合が行われている体育館の端では、偵察に来ていた各校のバスケ部員が各々の意見を口にしていた。


「あのタイミングで躊躇わずにパスを回したキャプテン・・・六道の判断力の方が怖いね、俺は」

「相手の浜一高もよくやってるよ・・・うちは10点取れるかどうか・・・」

「今年の地区大会は姫ヶ藤攻略が鍵になりそうだな・・・しかし・・・」


そんな彼らの視線が一点に流れる・・・

逆転シュートを決めた九谷要に駆け寄っていく1人の女子に。


「やったね要くん!」

「まだ1点差だっての、喜んでる場合じゃないさ」

「もちろんだよ、ここから更に追加点取る気だよね、はい水分」

「お、おう・・・」


注目を集めていたのはかいがいしく彼の世話を焼く美少女の姿。

・・・一年葵は人手不足のバスケ部に頼まれて一時的にマネージャーをやっていたのだ。


「いいなぁ・・・うちにもあんなマネージャーがいたらなぁ・・・」

「やっぱり姫ヶ藤だから、どこぞのお嬢様なんだろうな・・・」

「くぅぅ・・・羨ましいぜ」


葵が庶民である事など彼らには知る由もなく・・・

試合が再開され、再度の逆転を狙う相手チームがドリブルで切り込んでいく。


「まだ1点差・・・シュートを決めるだけでっ・・・」


しかし、焦りがプレーに出たのか、そのシュートは浅く・・・大柄な選手が伸ばした手によって阻まれてしまった。


「よくやった万田ぁ!」

「万田のガタイもずるいよな・・・2mあるんじゃないか」

「何を食ったらあんな身体に育つんだよ、A5牛肉か」


すかさず零れ球を拾った姫ヶ藤チームが攻勢に出る。

キャプテンの六道にボールが渡ったのに対して、相手チームは2人がかりで止めに向かった。

ここで追加点を許してはもう後がない・・・必死のディフェンスに六道も攻めあぐねるが・・・


「九谷だ、マーク外すな!」

「わかってますって・・・」


先程のスリーポイントを警戒して九谷にぴったりと張り付く選手・・・パスを通すのは難しそうだ。

ならばと、六道の目線がノーマークの味方選手へ・・・


「させるかっ!」


パスラインを封じるべく、目の前の選手が動いた、その瞬間・・・


「!!」

「直接狙った?!」


一瞬の隙をついた六道がゴール目掛けてボールを放った・・・一同、息を飲んでその行方を追う。

ボールは狙い違わず、ゴールへと向かう・・・だが。


ガコッ


「惜しいっ!」


枠に弾かれ、ボールが跳ねた。


「リバン!」


落下するボールへと両チームの選手達が群がり・・・激しく身体をぶつけ合った。

まるで弾き飛ばされるかのように何名かの選手が倒れる。

果たして、ボールを手にしたのは・・・


「・・・ふん!」

「万田ぁ!」


巨漢の万田がボールをがっちりとキャッチ。

そして大きく飛び上がると、ゴールネットへと直接ボールをねじ込む・・・ダンクシュートだ。

ホイッスルと共に点数ボードが書き換わる・・・10-13、姫ヶ藤の追加点だ。


「よっしゃあ!!」


歓声に沸く体育館・・・その中で突然悲鳴があがった。


「要くん?!」


勢いよくコート内に駆け込む女子マネージャー・・・葵。

倒れたまま起き上がらない選手の元に駆け寄って、声を掛け続ける。


「要くん・・・目を開けてよ!」


目を覚まさない要、悲痛な声をあげる葵・・・救急車のサイレンが遠くから響いた。


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