第71話「フン、これが私の実力よ」
パリを訪れて最初の夜が明けていく・・・
グェゲゲゲゲゲ・・・窓の外から変な鳥の鳴き声が聞こえてきた。
日本では見かけない西洋の鳥だろうか・・・なんか汚い感じの鳴き声だ。
これでは朝の雰囲気がぶち壊しも良い所。
せっかくパリに来ているのだから、もっとこう綺麗な鳥に朝を演出してほしいんだけど・・・
そんな事を考えながら窓の方へと近付くと、青色を帯びた羽根を持つ美しい鳥が窓辺に佇んでいるのに気付いた。
そうそう、こういうのだよ、こういうので良いんだ・・・
名前も知らない綺麗な鳥は、優雅に羽根を繕うと、こちらに気付いたのか・・・これ見よがしに大きく嘴を開いた。
グェゲゲゲゲゲ・・・
まじか・・・あの鳴き声お前だったのか。
綺麗な見た目と汚い声のギャップがすごい、目の前の現実を拒みたくなる。
いやまぁ、喋ると残念な芸能人とかいるし、逆に声だけイケメンな声優さんもいるし・・・きっとこの鳥もそういうやつなんだろう。
部屋の方へと振り返り、壁に掛けられた高そうな時計を見ると短針はまだ5時を指している。
けれど、私と左子にとっては起床時間だ。
時差の影響か、ベッドですぅすぅと寝息を立てている左子をそっと揺り起こした。
「・・・ん・・・姉・・・さん」
「おはよう左子、よく寝れた?」
「ん・・・姉さん・・・は?」
眠そうな目をこすりつつ左子が訊ねる。
いつもなら同じように眠りにつき、同じように目を覚ます私達双子なんだけど・・・
「うん、一睡も出来なかった」
左子相手に強がっても仕方ないので、私は正直に答えた。
ぜんっぜん眠れなかったよ。
普段と環境が違うと眠れなくなるなんて話はよくあるけれど、私の場合はそんな生易しいものではなかった。
左子の背後、ベッドの中央で無防備な姿を晒しているのは我らが主たる綾乃様。
それはそれは、健やかな寝顔で眠る綾乃様・・・だけど昨夜は私達の手を握ったまま眠りに付いちゃったからね・・・おかげで隣にいた私は寝るに寝れなかったのだ。
一緒の部屋とは言われたけれど・・・同じベッドで寝るというのはやっぱり無理があるよ。
「すぅ・・・」
綾乃様は慣れない環境でもぐっすりお休みになっているようで。
この眠りを妨げないように、私達は精一杯音を立てないように朝の支度を始めた。
・・・と言っても高級ホテルのロイヤルスイート、大抵の事はホテル側がやってくれるんだけどね。
とりあえずはシャワーを浴びて、いつものメイド服へと着替える。
・・・綾乃様と違って私達は使用人として同行させて貰ってる立場、だからね。
パリ滞在中はなるべく比瑪乃の機嫌を損ねない方向でいくよ。
着替えを終えて髪をセット・・・髪を留めるのは綾乃様に貰ったとっておきのリボン。
これくらいのお洒落なら比瑪乃も気付かないに違いない・・・ささやかな抵抗だ。
メイド服に着替えたら次は出掛ける為の準備だ、綾乃様の着替えも出しておいて・・・部屋が広いのでこの辺はやりやすい。
綾乃様の服はいくつか持って来ているけれど、パリ旅行という事で高級なやつが多い。
そうだな・・・今日は天気もいいしオフショルダーのAラインワンピースが良いんじゃないかな。
私のお勧めとして目立つ位置に置いておこう。
私達のメイド服には外出用のポーチを装着。
メイド服のデザインを損ねないように小ぶりな大きさながら、色々と収納出来て便利なんだ。
普段着には合わせられないのが残念な所だけど、パリではずっとこの服装だしね。
中身はパリのガイドブックに観光客向けのフランス単語帳、フランスのお金、圧縮タオルにハンカチ化粧品他etc・・・水入りのペットボトルもこっちでは重要・・・なはず。
一連の準備を終えて、ホテルのスタッフに朝食の用意を頼んだ頃。
ベッドの綾乃様がゆっくりと上体を起こした。
「「おはようございます綾乃様」」
「右子、左子、おはよう」
「よく眠れたみたいですね」
慣れない土地でもぐっすり眠れたようで何より・・・ってつもりだったんだけど。
綾乃様は恥ずかしそうに首を振って答えた。
「実はなかなか寝付けなかったの、おかげで起きるのが遅くなってしまったわ」
あれ・・・昨夜は割とすぐに・・・私達の手を握ったままぐっすりと・・・
普段の綾乃様はもっと寝つきが良いのかな。
「んん・・・」
綾乃様は小さく伸びをすると、ベットから抜け出しシャワールームへ。
そして戻ってくるのが意外と早い・・・普段は別室だからこういう姿は初めて見る。
戻ってきた綾乃様の髪を乾かし、着替えを手伝う・・・目立つ位置に置いた甲斐あって綾乃様は私のお勧めを選んでくれた。
「よくお似合いです綾乃様」
「ありがとう、でも右子達はその服で良いの?」
「まぁ・・・着慣れてますし、楽かなって・・・」
「でもこんな所に来てまで・・・」
私もそれは思わなくもないけどね・・・まぁ仕方ない。
これはこれでパリの街にはよく馴染む・・・気がするよ。
着替えを終えた私達はホテルのカフェテラスへ。
見晴らしのいい場所に専用の席が用意してある辺りはさすがロイヤルスイートだ。
朝食も私達が席に着くのと同時のようなタイミングで出てきた。
「・・・じゅるり」
焼きたてなのか、ほかほかと湯気を上げるパンが3種と、スープにサラダ。
それにペースト状のものがいくつかが添えれており・・・これらはパンにつけて食べるっぽい。
フランス人と思しき給仕スタッフの視線が一瞬私と迷った後、左子に向いたのがわかった。
「パンのお代わりが必要でしたら、お申しつけください」
「ん・・・お願い・・・」
流暢な日本語で申し出るスタッフに対して、一瞬でパンを食べ尽くしながら左子がお代わりを頼んだ。
こ、小ぶりなパンだからね・・・一口でいけない事もないよ・・・うん。
慌てて次のパンを用意しに向かったスタッフの背を見送ると、別方向から見慣れてきたツインテが現れた。
「おはようございます、お姉さま」
「あら比瑪乃さん、おはようございます」
「おはようございます」
比瑪乃は私を無視するように、綾乃様の正面の席に座った。
その服装は赤いAラインワンピース、色こそ違うものの綾乃様が着ているものによく似ている。
まさか合わせてきた?!・・・いやいやただの偶然だろう。
体形と色が違うので、同じような服でも印象はだいぶ違って見える。
2人を見比べると綾乃様の方がだいぶ大人っぽく・・・実際に年上でもあるんだけど。
小柄でツインテの比瑪乃が子供っぽく見える、と言う方が正しいかも知れない。
「お姉さま、今日は船を用意してるんです」
「船?」
「ええ、パリを流れるセーヌ川を下る観光船です、きっとご満足いただけると思います」
へぇ・・・そんなものがあるんだ。
ヴェネツィアにあるような手漕ぎの小舟をイメージしていた私は、実物を前に声を失った。
「・・・」
「こちらが斎京のクルーズ船です、本日貸し切りですのでご自由にお寛ぎください」
・・・セーヌ川に浮かぶその船は、どこからどう見ても豪華客船だった。
タイタニックとかいう言葉が脳裏をよぎる・・・アレはもっと大きいんだろうけど。
「お勧めは船体最上部の展望席ですけど、水面が近い前方甲板からの景色も・・・」
「そ、そうね、水面が近い方が趣を感じるわ」
「さすがお姉さま、セーヌ川の水面が良くお似合いです!」
「・・・」
おそらく綾乃様は展望席の高さを避けたんだろう。
川を行く船の上は結構な風を感じる・・・展望席の後ろに設置された旗がすごく風を受けてるのがここからでも見て取れた。
あの高さで強風だと・・・さぞかし・・・
「右手に見えてきたのがノートルダム寺院です、角度によって見え方が違うんですよ」
「お、おぅ・・・」
名前だけは聞いたことあるやつだ。
セーヌ河の中の島みたいな所に建ってるんだね。
水面近くから見るとまるで城塞のような迫力を感じる・・・なるほど、確かにこの甲板も悪くない。
寺院の横に付けるような位置で、船の動きが止まった。
「お姉さま、ここですよ、ここで写真を撮りましょう」
「え、ええ・・・」
なるほど、記念写真を撮るのに良いポイントで停船してくれてるのか。
比瑪乃は素早く綾乃様の腕に絡みつくと、私にスマホを差し出した。
「はい、撮影お願いしまーす」
「・・・かしこまりました」
「ちゃんと、綺麗に、撮ってね」
比瑪乃は良い笑顔でそう言ってくるけど、目が笑ってない。
適当に撮ったら怒られるんだろうな・・・仕方ない。
「はーい、じゃあ撮りますよー」
スマホを構えると、これでもかとばかりに比瑪乃は綾乃様にくっついた。
「ちょっと、比瑪乃さん?!」
「お姉さま、くっつかないとカメラフレームに入り切りません」
「そ、そうなの?・・・なら仕方ないわね」
む・・・綾乃様は比瑪乃の言い分を真に受けてしまった。
でも戸惑ってはいるのだろう、表情が硬い。
「綾乃様、こっち向いて、笑顔ですよ笑顔」
カメラの方を向いた綾乃様の表情から硬さが薄れた瞬間を狙って・・・パシャリ。
お、良い感じに撮れた、やっぱり綾乃様はこういう風景によく合うなぁ・・・
「ちゃんと撮れた?見せなさい」
「あっ・・・」
プレビュー画面に見入っていると比瑪乃にスマホをひったくられてしまった。
元々比瑪乃のスマホだけど・・・綾乃様が良く撮れたので私にも欲しかったり。
「!・・・意外とやるじゃない」
どうやら比瑪乃もお気に召したようで、お褒めの言葉が出てきた。
比瑪乃は嬉しそうにもう一度画面を見て・・・本当に綾乃様の事好きなんだな。
綾乃様の味方なのは間違いないんだ、多少私の扱いが悪いくらいは我慢しよう。
「ここで船を岸に寄せて貰えば上陸出来ます、寺院を・・・」
「あ、待って比瑪乃さん、右子達も撮らないと・・・」
「え・・・まぁ・・・良いですけど」
比瑪乃は一瞬嫌そうな顔をするも、スマホの画面を見て考えを改めたようだ。
「じゃあ比瑪乃さん、お願い」
そう言って今度は綾乃様が比瑪乃にスマホを渡す。
私と左子を両サイドにしたいつもの配置だ、必然的に比瑪乃が撮影者となる。
「右子、左子、フレームに収まるようにしっかりくっついて・・・」
横からぎゅっと綾乃様に抱き寄せられた。
さっきの比瑪乃の話が今度は私達に適用されるとは・・・
「む・・・」
比瑪乃が見るからに不機嫌そうに・・・大丈夫かな。
へそを曲げてちゃんと撮ってくれないかも・・・そんな不安に駆られる。
しかし・・・比瑪乃はしっかりとスマホを構え・・・
「撮りますよ!ホラ、お付きもぼさっとしないで!目に力入れなさい!」
め、目に力?!
そんな事言われても、どうすれば・・・こ、こうか・・・
「睨んでんじゃないわよ!あくまでも笑顔をベースに・・・」
「そ、そんな事言われても・・・」
「ふふっ、大丈夫よ右子、せーの・・・」
そのタイミングでぎゅっと強く抱き寄せていた綾乃様の手が緩んだ。
押さえつけていた力が緩まった事で緊張が解れ・・・
ピピ・・・綾乃様のスマホのシャッターが切られた。
「・・・フン、これが私の実力よ」
機嫌が悪そうに比瑪乃がスマホを私に差し出してきた。
その画面は、さっきの私が撮ったよりも綺麗に撮られていて・・・
「すごい・・・」
「綾乃様・・・綺麗・・・」
「当然でしょ、お姉さまを撮ったんだから」
「そんな風に言われると、なんだか恥ずかしいわね・・・」
なるほど、綾乃様に関しては決して妥協しないという事か・・・そういう所は流也様の妹だね。
スマホを綾乃様に返すと、その出来栄えに綾乃様も喜んでくれた。
「本当に凄いわ、ありがとう比瑪乃さん」
「・・・どういたしまして」
身に着けた服の色のように比瑪乃の顔が赤く染まる、言葉もどこかたどたどしい。
わかるわかる、綾乃様のあの表情はこう・・・心に来るよね。
ノートルダム寺院にも比瑪乃が事前に手を回していたらしく、見学はスムーズに進む。
先々で比瑪乃が全部解説してくれるので、ガイド要らずだ。
無事に見学を終えた私達を乗せ、船は再びセーヌ川を下っていく。
「船の中にレストランが入ってますので、中でお昼にしましょう」
「・・・じゅるり」
ここでも左子の食欲がいかんなく発揮されてしまった。
フランス料理って量が少ないからね・・・たぶん左子みたいなのは想定してないはず。
あのフランス人シェフが見せた驚愕に満ちた表情は、今夜の夢に出てきそうだった。




