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閑話 最強の姫の

___斎京比瑪乃は姫である。



大企業である斎京グループの総裁の一人娘として生まれた彼女は、幼い頃より蝶よ花よと育てられてきた。

彼女の我儘に文句を言う者はなく、望んだ物は全て与えられる・・・まるで一国の姫君の如き振る舞いは彼女の特権だ。


(当然よ、比瑪乃は姫だもの、この世界の全てが私に跪くのよ)


我儘放題に育った彼女は、いつしか『斎京の我儘姫』とあだ名されるようになっていた。

しかし、そんな悪名も彼女は全く気にしなかった・・・むしろ悪口ですら『姫』と付く事に喜びすら感じていた。

姫とは特別な存在であり、比瑪乃もまた特別な存在・・・その名前の通り生まれながらの姫なのだから。



・・・だがそんな彼女を苛立たせるのもまた『姫』であった。



「パパ―だっこー」

「ははは、うちの姫は可愛いなぁ」


例えばそれは、道行く親子連れ・・・

多くの父親にとって、自分の娘はかけがいのない姫だろう。

しかし・・・


(庶民の子供のくせに姫とか言っちゃって・・・良い気になってはしゃいでるんじゃないわよ!)



例えばそれは、犬の散歩をする飼い主たち・・・

艶やかな毛並みが美しいゴールデンレトリバーを連れた飼い主が、散歩仲間達の輪に入って行く。

その子の名前は・・・


「あら、今日のヒメちゃんは毛並みが艶やかね」

「でっしょう?昨日トリミングしてきたのよ」


(犬の分際で姫とか100億年早いんですけど?!ちょっとモフモフだからって生意気な)



例えばそれは、害虫駆除業者・・・

ツナギ姿の作業員が、派遣先の住宅の家主に深刻そうな表情を向けていた。

家を襲う害虫の被害とは・・・


「ああ・・・これヒメですね、イエヒメアリ・・・ヒメに一度巣を作られると駆除が難しいんですよ」


(あ、アリンコの分際で姫?!何よイエヒメアリって?!害虫は絶滅させなさいよ!)


世の中に『姫』と呼ばれるものの多い事・・・

どれもこれも姫を名乗るのに相応しいとは思えないものばかり。


そんな中で出会った姫ヶ藤学園の姫『Monumental Princess』は彼女の心を打ち抜くものがあった。

厳しい選定を勝ち抜いた者だけが選ばれる、特別な存在・・・ここ数年は誰も選ばれず空位が続いているという。


それはまさに比瑪乃の思う、あるべき『姫』の正しい姿だった。

この自分の為に存在するような制度だと、運命的なものを感じた。


学園に通う兄流也からもたされた情報によると、二階堂綾乃グレースという生徒が有力だそうだ。

兄の口から異性の話題が出る事自体が珍しい中で、お付きの2人と共に度々現れるその名前に比瑪乃は興味を持った。

名家である二階堂家の令嬢・・・きっと彼女も自分と同じ特別な存在なのだろうと。


そして入学式でその彼女を目の当たりにして・・・比瑪乃はがっかりした。


「すごく普通・・・見た目は綺麗だけど、教科書通りの優等生」


全くの期待外れ・・・それが比瑪乃の感想だった。

特別な存在同士で通じ合うものを感じるとかそういう事もなく。


この程度で選ばれるというなら『Monumental Princess』もたいした事がないかも知れない。

そんな予感を覚えつつも、比瑪乃はかねてより計画していた通りに事を進めた。


・・・綾乃を慕っている風を装って毎日通い詰める。

常日頃から綾乃をお姉さまと呼び、仲の良い後輩だと周囲に印象付ける。

そしていずれは綾乃本人の信頼を勝ち取る・・・その頃には『Monumental Princess』に選ばれているであろう綾乃の『後継者』として。


回りくどいようだが、これが一番少ない労力で目標を達成出来る方法だと比瑪乃は考えた。

絵に描いたような優等生の綾乃に取り入るなど、比瑪乃にとって造作もないだろう。

幸いな事に同学年にはライバルになりそうな生徒はいない・・・なにせあの鈍くさい庶民が次席だ。

来年か、遅くとも再来年には姫の冠は比瑪乃へと継承されるだろう。


今回のフランス旅行は、そんな比瑪乃の思惑通りに・・・

少なくない生徒達の見ている前で約束を取り付け、特別な関係だとアピール出来た。

そこまでは良かった、上手くいっていた・・・比瑪乃は何も間違えていない・・・はずだった。



「ごめんなさい、声が小さかったかしら?」


・・・あの瞬間、綾乃の雰囲気が変わったのを比瑪乃は敏感に感じ取っていた。

その青い瞳は見た目の色以上の冷たさで刺し貫くように・・・ぞくりと、比瑪乃の背筋にこれまで感じた事のない衝撃が走った。


「もう一度言うわね、この2人と一緒でないのなら・・・」

「は、はい!どうぞお付きの方達もご一緒に!この4人で行きましょう!」


ごく自然に、思ってもいなかった言葉を紡いでいた・・・本能が比瑪乃の口を動かしたのだ。

その直後、綾乃は何事もなかったかのように優等生の顔に戻った・・・だが比瑪乃の心臓を打つ警鐘は止まらなかった。


自分は何かとんでもない思い違いをしているのではないか?

二階堂綾乃グレースはその優等生の顔の下に、恐ろしい本性を隠しているのではないか?

もしかしたら、それこそが・・・


「セーヌ川の客船を確保しなさい、なるべく良い船を」

「・・・」


無茶ぶりに黒服のスタッフが嫌そうな顔をする・・・また我儘姫が始まったと陰口が叩かれるのだろう。

しかしそんな顔など今の比瑪乃の目には映らない・・・今の彼女はかつてない程に集中していた。


「凱旋門・・・エッフェル塔・・・ノートルダム・・・どの順路が良いかしら・・・」


それは、まるで恋する乙女がデートプランを練るかのように・・・

比瑪乃は入念にフランス旅行の計画を立てていく。


「エッフェル塔の第3展望台チケットは確保済み・・・パリの夜景は私達のものよ」


・・・綾乃が高所恐怖症である事に彼女が気付くのは、まだしばらく先の話だった。

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