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閑話 Southern right


紅茶研究部定期試験___と題された答案用紙の束を抱え、南六郷静香は職員室の隅にある自分のデスクへと向かった。


前半には紅茶に関する基礎知識で構成された問題群。

後半には大きくスペースを取った自由解答欄に、各々が紅茶研の活動で学び得た事や、今後の活動への展望を書くように指示を出してある。

前半はともかく、後半は随分とアバウトな試験内容だが、顧問となって間もなく短期間で用意したとあって八戸教頭らの覚えは良く・・・部活動としての紅茶研の存続は安泰と言える状況だ。


もっとも、静香の主である六郷玲香に掛かれば理事会経由でどうとでもなった話ではあるが。


(しかし・・・玲香様の手を煩わせるような事でもない)


・・・静香はそう判断した。

それに候補者達に探りを入れるのにちょうど良い機会でもあった。

彼女達が自由解答欄にどんな事を書いて来るのか・・・それは今後の選定に向けて有益な情報になるだろう。


もちろん部の顧問としての役割もある。

席に着いた静香は順番に答案へ目を通していく・・・


部長の四十院礼司は、さすがと言うべきか。

部の発足者であり、自ら茶葉のブレンドも嗜むとあって紅茶への造詣が深い、満点の解答だ。

茶道の名家らしく、洋の東西から見た文化の違いをも絡めた自由解答欄は論文と言っても通じるのではなかろうか。


二階堂綾乃グレースもなかなかに優秀だ。

一般生徒を招いてのお茶会のプランは、そのままうちの系列のカフェの経営プランとして参考にしたいくらいの完成度。

さすがは二階堂家のご令嬢『MonumentalPrincess』の候補者の中でも筆頭格と見て間違いない。


一年葵はずいぶんと個性的だ。

たんぽぽ茶など、自生する野草に関連した情報が豊富で・・・彼女の家は学園に程近いそうだが、学園周辺の地域について良く調べられている。

紅茶との関連性としては少し薄いと感じてしまうが、紅茶の代替え品という意味では許容出来る範囲だ。


そして三本木右子。


紅茶の知識問題については問題ない、好成績と言って良い。

しかし・・・自由記入欄の方はと言えば・・・季節毎のお勧め茶葉の箇条書き。

春夏秋冬のお勧めと「疲れている時」「眠れない時」何と言うか・・・ごく平凡だ。

決して悪くはないけれど、玲香様が気にかける程かと言うと・・・正直疑問が残る。


三本木左子・・・右子とは双子の姉妹らしく、少々ややこしい。

基本的には髪形で区別出来るようにしてくれてはいるが・・・もし同じ髪型をされたら見分ける自信はない。

彼女の自由解答欄は、紅茶に合うお菓子の組み合わせ、というお菓子に視点を当てたものだ。

これはこれで参考になる・・・苺のケーキにストロベリーティーのような同系列の組み合わせを安易に良しとしていないのは好感が持てた。


ここまでが既存の部員で、残りは今年からの新入部員。

部活動の経験もまだ浅いので後半の自由解答欄は免除している。


五味原恵理子。

そこそこ高得点、新入部員にしては紅茶に詳しい。

部員達に試験の実施を伝えてからの数日間、勉強会と称して試験対策を練っていたのが効果を奏したのだろうか。


千代丸霧人。

試験発表後に入部してきた新入部員にしては高得点。

やはり紅茶研だけに入部時点である程度紅茶に詳しい者が集まるという事か。

謎解きゲームについて語っていたので、機会があれば玲香様の運営する『謎解きタウン』を宣伝するのも良いかも知れない。


東六郷楓・・・

新入部員の中では最高得点、紅茶は好きでよく飲んでいたらしい。

書かなくて良いと言ったのに、自由解答欄に何か書いてある。



顧問を引き受けてくれてありがとうございます。

この部はすごい人達ばかりで、私だけ何も出来ないんじゃないかって思ってました。

今回は静香先生に頼ってしまいましたが、いつかは自分自身の力で皆の役に立ちたい。

それがこの紅茶研究部での私の目標です。


そうか、今の楓さんはそんな事を考えているのか・・・



六郷家と東西南北の分家は古来より厳格な主従関係にある。

分家の者は決して本家に逆らってはならず、各家の子供が人質のように本家に差し出された時代もあったそうだ。

時に暴君とも言うべき横暴さえ振るった本家に対して、分家の中から逆らう者が現れるのも必然で・・・それが東六郷家の者だった。


当時の東六郷の当主が自刃する事で騒動は収まったらしいが、それ以降は東六郷家に対しては分家の中でも厳しい扱いが続いたという。

それは現代にも尾を引いており・・・あれは10年前の親族会議での事だ。


大人達に付き合わされる形で連れてこられた私と朱里、玲香様の3人は、会議が終わるまで一緒に遊んでいるようにと中庭に出された。

しばらくは言われた通りにしていたけど、すぐに飽きてしまった私達は大人達の目を掻い潜って中庭の外へ出たのだ。

あれはたしか朱里が言い出したのか、玲香様もすっかり乗り気になってしまって・・・そのまま私達は屋敷を探検する事になった。


そして屋敷の離れに辿り着いた私達は、その小さな庭であの子に・・・楓さんに出会ったのだ。

私達よりも幼い少女が、大人達から無視され、そこに存在しないかのように扱われていた。


いったいどれだけの時間を放置されていたのか・・・トイレに行きたいと言うあの子に応える大人はなく。

あまりの状況にお怒りになった玲香様を鎮め、私達はこっそりとあの子をトイレに連れて行った。

後にそれが発覚して、3人とも酷く怒られたが・・・今思えばそれが逆に私達の絆を深める事になったと思う。


(静香、朱里・・・私が六郷本家を継ぐ時には、ふざけた過去の因習なんて全部なくしてやるわ)


そう言った玲香様の顔は今も忘れていない。

同じ学校へと入学した私達は、その後一緒に行動するようになり・・・

やがて『Monumental Princess』を巡る選定を勝ち抜くに至る。


だが、その頃には六郷本家も分家も代替わりをして・・・古い価値観に不満に感じていたのは親達の世代も同じだったらしい。

年寄共が鬼籍に入った事で、玲香様の出番を待つことなく・・・私達が何かする間もなく。

気が付けば六郷は過去の因習から解放されていた。


しかし全てが丸く収まったわけでもなく、東六郷は本家や他の分家との係わりを絶ってしまっていた。

それまでの扱いを思えば当然の話だ、六郷も各分家もそれは理解しているし、大人たちは殊更関わろうともしなかった。


それは私達も同じ、だったのかも知れない、けど・・・

今こうして大きく育った楓さんは自分の目標を持ち、この姫ヶ藤学園に通っている。

そして私はそこに教師として関わってしまった。


玲香様に命じられた私の本来の使命は、候補者達の監視と調査。

ひょっとしたら、あの二人のように玲香様は私も選定に関わらせる気があるのかも知れない。


しかし可能な限り彼女達の面倒も見よう・・・教師として、親戚のお姉さんとして。




「はい皆、席について」


騒がしく生徒達の声が聞こえてくる朝の教室に入ると、入り口に近い楓さんの席が目に入る。

友達と楽しそうに会話する彼女に、あの頃の少女の面影を見出すのは難しい。

おどおどと控えめに話すしぐさの中にそれを感じ取れるくらいか。


「私語はここまで、ホームルーム始まったら喋らない」


私が少し強めに言うだけで、生徒達は一斉に黙ってくれた。

最近の子は聞き分けが良い・・・おかげで素人教師の私もすごく助かっている。

楓さんもその辺りは同じで授業中はおとなしく・・・と思いきや、隣の席の子にメモを渡して筆談を講じているようだ。

実に学生らしい、学園生活を満喫しているのは何よりに思う・・・でも・・・


私はメモを受け取った隣の席の子を睨んだ。

ほら、教師にバレているぞ?もっとうまくやれ三本木右子。

視線に気付いた彼女がビクッと震えたのが見えた・・・その姿は候補者としては余りに頼りない。


やはり玲香様は買い被っているのだろう。

仮に私に100票が与えられたとして、それを三本木右子に入れるつもりは更々なかった。

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