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第68話「はいはい、もにゅもにゅプリンセスね」


六郷本家___


都会のビル群から隠れるように、大きな木々に囲まれた広い敷地があった。

半月型の池の曲線に沿うように植えられた桜がちょうど花を開かせ、水面にその姿を映し出す・・・


そんな光景を独り占めするかのように池の反対側に立てられた邸宅。

その一室には、数名の人物が集まっていた。


「遅いぞ朱里、何時だと思ってる」

「ごめんごめん、本家に来るのって久しぶりだから、道に迷っちゃってさ」


一番最後に現れた少女が悪びれもせずに舌を出す。

西六郷にしろくごう 朱里あかり・・・中高生のような見た目だが、既に成人である事はこの場の全員が知っている。


「これでもかーなーり急いだんだけどねー、他ならぬ玲香サマの呼び出しだもの」

「玲香様申し訳ありません、朱里には1時間前の時間を伝えていたのですが・・・足りなかったようです」

「なにそれ酷い、全然信用されてないってこと?」

「それが不満でしたら、信用に足る行動をお願いします」

「静香ってば相変わらずお堅い・・・そんなだからモテないんだよ」

「な・・・別に私はモテな・・・」

「痴話喧嘩はいいから話を始めてくれ、俺も忙しい身なんでな」


姦しく言い争いを始めた2人を遮ったのはこの場で唯一の男性だ。

北六郷きたろくごう たけし・・・30代半ばの彼はこの場の年長者でもあった。


「そうね、待たせてしまってごめんなさい・・・皆を呼び集めたのは他でもないわ」

「ちょっと待って、楓ちゃんは?」

「楓さんなら来ませんよ・・・あの子は姫ヶ藤の生徒ですので」

「?」


静香の言葉に朱里は首をかしげる。

しかし、その数秒後にはそれがどういう意味かを察する。


「今年度の姫ヶ藤学園は『姫』の選定が行われる事になりました」

「ああ、なんとかプリンセス・・・玲香サマの後が決まってなかったんだっけ」

「『Monumental Princess』です、貴女も関係者でしょうに・・・」

「はいはい、もにゅもにゅプリンセスね、それで玲香サマは私達に何をしろって?」

「も、もにゅもにゅ・・・」


伝統ある姫の称号だが、朱里にとってはどうでもいいようで、まるでお菓子のような言いようだ。

静香は頭が痛くなるのを感じた・・・朱里とも幼馴染であるが、今も顔を合わせる事がある度に気苦労が絶えない。


「私は先代として理事会より選定を一任されました、そこで皆には選定官として候補者を見定めて貰いたいの」

「選定官?」

「具体的には3人の候補者の中から1人、それぞれが私の後任に相応しいと思う者を選んで票を投じて欲しいのよ」

「私達による投票ですか・・・たしか玲香様の時は全校生徒による投票でしたが・・・」

「もちろん生徒達の投票も行うわ・・・そこにあなた達の分を加えるだけ・・・」


ただし・・・と玲香は言葉を続ける。

単純に生徒と同じ扱いでは選定官の意味がない。

生徒達の意志も反映しつつ、それでいて結果を左右しうる程のアドバンテージは必要だ。


「ただし・・・選定官の投票は1人で生徒100票分とする」

「わお」


朱里が楽しげに声を上げた。

彼女もまた玲香派として学生時代に選定を経験した身だ、その票数の持つ影響力はよくわかる。

そんな朱里と対照的に渋い顔をしたのは猛だった。


「仕事上、あまり他校の事情には関わりたくないんだが・・・出来れば辞退したい」


それもそのはず、猛は教員をしていたのだ。

しかも運動部の顧問をやっており、今年は優秀な新入生を迎え全国大会も視野に入れている所だ。

いくら本家の玲香からの頼みとは言え、他校の事情に関わっている場合ではない。


「そう仰ると思って、理事会に姫ヶ藤の教員の枠を頼んでいる所ですが・・・」


思いもよらなかった申し出に、ごくりと猛の喉が鳴った。

名門校である姫ヶ藤への転任は望んで得られるものではない。

正直かなり魅力的な話だ。


「それは来年度からの転任でも可能だろうか・・・今受け持っている生徒達を途中で放り出すような事はしたくない」

「ええ、選定官への報酬という形で頼んでみるわ」

「わかった、その話を引き受けよう」

「もちろん選定官として学園での諸々の融通は利かせるので、その辺りの心配も無用よ」

「・・・助かる」


そう言うと、これ以上は無用とばかりに猛は席を立った。

教員の仕事は本当に忙しいのだろう。

代わって口を開いたのは朱里だ。


「玲香サマ、その報酬って私も何かお願い出来たり?」

「ものにも寄るけれど・・・」

「ん、じゃあ私はね・・・ごにょごにょ」


隣に控える静香に聞こえないように、朱里はその反対側に立つと玲香に耳打ちした。


「ええ、可能だと思うわ・・・予め話は理事会に通しておく必要があるけれど」

「おけ!詳しい内容が決まったら伝えるね」


玲香の返答に朱里は目を輝かせた。

同時に静香はすごく嫌な予感を覚え・・・自分が巻き込まれない事を祈った。


「うん、きっと皆喜んでくれる、ありがとう玲香サマ!」


そう言って朱里は元気よく駆けだして行った。

学生時代と変わらぬその後ろ姿に、玲香はしばらく目を細めていたが・・・ふと思い出したように静香を見やった。


「そうだ静香、猛さんの為に用意していた『今年の』教員枠が余ってしまったのだけど・・・」

「はい?」



いたずらっぽく微笑む玲香。

それは何か面倒な事を思いついた時の、そしてそれが自分に降りかかる時の・・・



____________





「教育実習生の南六郷静香です、よろしくお願いします」



うちのクラスに教育実習生が来た。

若い女の先生とあって男子達には好評みたいだけど・・・結構ルールに厳しいタイプだ。

1年の教室に戻る途中の比瑪乃が遭遇したらしく、すごく怒られたって言ってた。


「あの先生、どこかで見たような気がするんだけど・・・どこだったかなぁ・・・」


放課後の紅茶県の部室。

葵ちゃんがこめかみのあたりを指で抑えながら考え込んでいた。

葵ちゃんの行動範囲は結構広いから・・・どこかで遭遇していてもおかしくないけど・・・


「私も見覚えがある気がするわ・・・どこだったかしら・・・」


綾乃様もか。

世の中自分と似た人間が4人はいるらしいからね・・・私の場合はまず左子がいるけど。

2名が考え込む中、紅茶研の新メンバーである楓さんがおずおずと口を開いた。


「あの先生・・・私の親戚です」

「え、そうなの?」

「向こうは覚えてなさそうだけど・・・小さい頃に一度だけ・・・親戚の集まりで・・・」


苗字も東六郷に南六郷・・・確かに親戚っぽい。


「だから何かあるってわけでもないんですけど・・・それ以来親戚とは疎遠ですし・・・」

「いや、それはそれで僕らには都合が良いかも知れないよ」

「ふぇっ!礼司さま?!」


自信なさそうに語った楓さんの話に礼司さまが食いついた。

礼司さまに真剣な眼差しを向けられた楓さんは、顔が真っ赤に・・・イケメンめ。

でも話の内容は紅茶研にとって重要な内容で・・・


「この紅茶研を正式な部にするのに足りないものがあるんだけど、わかるかい?」

「部員・・・は増えましたから・・・あっ」


一瞬で同じ考えに至った皆が顔を合わせた・・・そう、顧問だ。

姫ヶ藤の教師の殆どは既にどこかしらの部を担当しているが、教育実習生として赴任してきたばかりの彼女なら・・・


「という事で楓さん、頼んでみて貰えないかな」

「え・・・私がですか・・・」

「そうだね、親戚の楓さんが頼んだ方が良いと思う、私からもお願いするよ」

「だ、大丈夫かな・・・」


責任を感じて不安そうだけど、私も楓さんが適任だと思う。

クラスの担任だから話しかけやすいし、いざとなったら・・・


「いざとなったら同じクラスの私達がフォロー出来ると思うわ・・・楓さん、お願い出来ないかしら?」

「うぅ・・・わかりました」


綾乃様にお願いされては楓さんも断れない。

すごく心細そうだけど、問題ないだろう。


「大丈夫、私達がついてるからね」

「は、はい・・・」


結局1人で行くのが不安な楓さんの為に、職員室まで着いていく事に。

静香先生は・・・隅の方の席にいた。


「じゃあ楓さん、お願いっ」


トンと楓さんの背中を押して先生の方へ・・・


「貴女はたしか・・・東六郷楓さんね、どうしたの?」

「あ、あのっ!先生にお願いしたい事が・・・」


そう言って楓さんは部の申請書を差し出した。

それを受け取った静香先生は・・・一瞬嫌な顔をした。


「あ・・・」


本当に一瞬だったけど、楓さんも気付いたらしい。

教育実習生も大変だろうからなぁ・・・部活動とかサービス残業みたいなものらしいし。

これは断られるかもしれない。


「あの、あのっ!私、先生と会った事あります、小さい頃に一度だけなんですが・・・お、覚えていませんか?」


敗色濃厚と悟った楓さんが必死に親戚アピールを始めた。

たどたどしいけど、静香先生は遮る事もなく聞いていて・・・その表情も・・・


「それでその、静香、先生が・・・部活の顧問になってくれたらなって・・・」

「ええ、覚えているわ・・・大きくなったわね、楓さん」


そう言って静香先生は、申請書に名前を書き込んだ。


「これでいいかしら?」

「・・・は、はい!ありがとうございます!・・・やった、やったよ!」


静香先生から申請を受け取ると、楓さんは満面の笑みを浮かべてこっちに振り返る。

うん、よくがんばったよ楓さん・・・すぐさま駆け寄ってその手を取・・・ひぇぇ。


「三本木さん!貴女は職員室で何をやっているの!」

「ご、ごめんなさーい!」

「待ちなさい!それに廊下は走らないで!」


私は慌てて逃げ出した。

・・・静香先生はそれはもう、赤鬼のような形相をして・・・すごく怒鳴られてしまった。

静香先生・・・やっぱり厳しい人だ。


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