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第67話「右子さん・・・どんまい」

「ごきげんよう、お姉さまっ!」


今日も教室前で比瑪乃が待っていた。

この子も毎朝よくがんばるなぁ・・・よく見ると、何かの包みを背中に隠すように持っている。

明らかに隠しきれてない大きさだけど・・・プレゼントか何かだろうか。


「ごきげんよう、比瑪乃さん」

「ごきげんよう」


しつこいような気もしなくもないけど・・・

それだけ綾乃様を慕っているんだろうと思うと、こちらも無下に出来ない。

綾乃様も少しは慣れてきたのか、比瑪乃と普通に会話出来るようになってきていた。


「そうだ、今日はお姉さまに渡したい物があるんです」

「え・・・何かしら」


そう言って比瑪乃は背中に隠してた包みを差し出した。

有名百貨店のロゴの描かれた包装紙に包まれたそれは・・・和菓子の詰め合わせっぽい。


「私の入学祝いに戴いたものなんですけど、私1人ではとても食べきれなくて・・・良かったら召し上がってください」

「まぁ・・・ありがとう、私からも後で何かお礼をしないと・・・」

「そんなっ、お姉さまはどうかお気になさらずに・・・これはほんの気持ちですからっ!」

「そう?・・・じゃあ後で皆と頂くわね」

「はいっ、きっとお姉さまもお気に召すと思います!」


ぴょこぴょことツインテを揺らし、比瑪乃が小さくガッツポーズをした。

なんか動きがいちいち可愛らしい。

きっとその辺の男子だったら、ひとたまりもないんだろうな。


「ありがとう比瑪乃さん」


そのお菓子を食べられる身として、私もお礼を言わないとね。

ほら、左子もお礼言うんだよ・・・と左側へ視線を送る。


「ふふ、お付きの人達もご苦労さまです、遠慮なく召し上がってくださいね」


私達にぺこりと頭を下げると、比瑪乃は自分の教室に帰っていった。


・・・どうやら比瑪乃にとっては私と左子は『お付きの人』の扱いらしい。

まぁそれは事実だし、比瑪乃も馬鹿にしているような雰囲気はない・・・でも綾乃様は不服そうだ。


「む・・・」

「まぁまぁ綾乃様、比瑪乃さんに悪気はないと思いますし・・・」

「ん・・・お菓子・・・楽しみ」

「あ、左子がつまみ食いしないようにこれは私が預かっときますね」

「・・・むむ」


左子が不満そうな声を上げたけど、入り口に近い私の席の方が何かと便利でもある。

それに今私の机には何も入ってないから、すんなり収納出来るはず。


包みを持って教室に戻ると楓さんと目が合った、こちらの様子を伺っていたらしい。


「ごきげんよう、楓さん」

「ごきげんよう、右子さん・・・あの子毎日来ますね」

「なんか綾乃様に気に入られようと必死みたい・・・これ貰ったから、楓さんも後で食べようね」


貰った包みを見せると、楓さんは目を瞬かせた。

どうやら中身に心当たりがあったらしい。


「たぶんそれ結構高いやつですよ・・・私も食べちゃって良いのかな・・・」

「良いんじゃない?どうせ余ったら左子が全部食べちゃうし」

「あ、それもそうですね・・・ふふ」


楓さんとも結構馴染んできた。

最初はすごい気を遣われてた感じがしたけど、なんか綾乃様や礼司さまと同レベルに見られていたようで・・・


楓さんの家も結構庶民の側らしく、近い境遇とわかってからは割と普通に接してくれている。

もちろん葵ちゃんや恵理子さんとも・・・って、こうして見ると紅茶研は庶民のたまり場みたいな感じがしてきたぞ。

なんかこれから部を盛り上げていこうとしてる礼司さまに申し訳ないような・・・


「もっと紅茶研に富裕層の子を・・・成美さんあたり誘うべきかも・・・」

「私がどうかしましたか?」

「な、成美さん?!」


私が呟いたタイミングで成美さんが教室に入ってきた。

成美さんは吹奏楽部の朝練があるので、結構ギリギリに来る事が多いんだった。


「なるほど、そういう事でしたか・・・」

「うん、庶民を悪く思ってる生徒とかもいるみたいだし・・・礼司さまに悪いかなって・・・成美さん、掛け持ちで入る気ない?」

「申し訳ありませんが、吹奏楽部との掛け持ちは難しいですわね」

「だよねぇ・・・」


吹奏楽部は結構厳しいらしいからね・・・さすがに無理だろうという事は分かってた。

それに去年のクリスマスパーティで憧れの那由多太郎の生演奏を聞いたのがきっかけになったのか、ここ最近の成美さんは部活動に熱心みたいだし・・・私もそれは応援したい。


「ですが・・・その心配はないと思いますわ」

「ええと・・・そんなに庶民が嫌われてないってこと?」

「ええ、確かに、ごく一部にはそういう方がいらっしゃるみたいですけれど」


神妙な顔をして成美さんが答えた。

彼女の所属する吹奏楽部には富裕層が多いけど、概ね好意的だという。


「葵さまも右子さまも優秀でいらっしゃいますから・・・だから妬む方がいるのかも知れませんが、やはりごく少数ではないかと」

「いやいや、葵ちゃんはともかく・・・私はそんな優秀じゃないよ」

「あらあら、学年トップの右子さまがそのような事を・・・」

「やーめーてー、アレはまぐれ!まぐれだから!」


たしかにあのテストの後で皆の私を見る目が変わったというか、妙に意識されてる感じがしてる。

今朝だって、一緒にいる綾乃様じゃなく私を見てるような視線がチラホラあった・・・気がする。

でも次のテストで大暴落は間違いないんだ、きっと皆がっかりして私の事なんて忘れ去るに違いない。


「お前達、廊下まで話し声が聞こえてるぞ」

「わわっ!」


会話に気を取られ過ぎたせいか、教師の接近に気付くのが遅れたようだ。

クラスの皆が慌てて自分の席に急ぐ・・・私も慌てて包みを机の中に押し込んだ。

その際、何かが包みに触れた手応えがあったけど・・・どうせ適当なプリントか何かが入れっぱなしだったんだろう。


「ふぇぇ・・・やっぱり次のテストは無理ぃ・・・」


やはりあの会話が廊下に漏れ聞こえてたらしく、教師はやたらと私を指名してきた。

もうすっかりマークされてしまったんだろう、きっと苦手な所を問題に反映してくるに違いない。


「ええと、右子さん・・・どんまい」

「うぅ・・・楓さん」


こうなったらヤケ食いだ。

机にしまった包みを取り出し、綾乃様達と紅茶研の部室へ・・・あれ。


「綾乃様?」

「ごめんなさい、私今日は行けそうにないわ」


そう言って綾乃様は1枚のプリントを見せた。

そこに書かれていたのは・・・綾乃様が『Monumental Princess』候補者に選ばれた事・・・そして説明会への呼び出しだった。


そうか・・・ついにきたのか。


「綾乃様、がんばってきてください!」

「右子?!もう、左子まで・・・」


私は姿勢を正し、深々と頭を下げた・・・隣で左子もそれに倣う。

いよいよ来たんだ・・・綾乃様の、いや私達の戦いが・・・

ならば誠心誠意心を込めて、綾乃様を送り出さねば。


「きょ、今日はただの説明会だから・・・でも、そうね」


私達の気持ちが伝わったのか、綾乃様の表情がきゅっと引き締まった。

悪役令嬢としての面影を感じさせつつも、それとは違う種類の強さを秘めた眼差し・・・


「「いってらっしゃいませ、綾乃様!」」


左子と綺麗に声を揃えて、綾乃様を送り出し・・・あっけに取られていた楓さんに向き直った。


「ごめんね、楓さんにはわけわかんなかったよね」

「う、うん・・・でもなんかすごい所に居合わせた気がする」

「詳しくは紅茶研で話すよ、楓さんにも協力してほしいしね」

「え・・・」


おそらく、綾乃様と同じように葵ちゃんも呼び出されているのだろう。

今のうちにしっかりと地盤を固めさせてもらうよ・・・戦いはもう始まっているんだ。


ちなみに、比瑪乃に貰った和菓子はみんなで美味しく頂きました。

こんなに美味しい物をくれるなんて・・・やっぱり比瑪乃は良い子に違いない。






姫ヶ藤学園 理事棟___理事長室。


その名の通り理事長の為に拵えられた特別な部屋。

しかし、今日その場所を支配するのは理事長ではなくその代行・・・『姫』だった。


「結局・・・例の少女は来ませんでしたね」

「・・・」


玲香の傍らに立つ秘書・・・そして『Monumental Princess』選定補佐の静香が呟く。

主の玲香は先程から無言のままだ、その表情は読み取れない。


彼女達は先程までここで候補者達に説明会を行っていた。

説明会と言うのは建前で、実際は直接候補者達と顔を合わせ、その人となりを見るのが目的だったのだが。


二階堂綾乃グレースに非の打ち所はなく、絵に描いたような優等生といった印象を受けた。

一年葵はやはりただの庶民ではなかった、人を惹き付けるような何かを感じる。


しかし、そんなものは資料から察していたものに確証を得たに過ぎない。

問題はここに来るべき3人目・・・彼女が現れなかった事だ。


「これは辞退・・・『Monumental Princess』を目指す意思なし、と見てもよろしいのでは?」

「・・・いいえ」


そう言って玲香が立ち上がった。

この理事長室の大きなガラス張りの壁面からは、学園を見渡すことが出来た。

玲香はそのガラスの方へと足を進め、一点を凝視する。


「静香、あれを見なさい」

「?・・・あれは・・・例の少女?!」


玲香の見ている方向・・・それに気付いた静香は目を見開いた。

文化部の部室棟のあたりから出てきた件の少女が・・・こちらに向かって手を振っている。


「かつて・・・剣豪と名高い宮本武蔵は、宿敵佐々木小次郎との決闘にわざと遅れてきたというわ」

「巌流島ですか・・・では、これもわざとだと?」

「そうね・・・静香もあの子に見覚えがあるんじゃないかしら?」

「?・・・いえ、三本木右子とは面識はありませんが・・・」

「違うわ、その後ろにいる子よ」

「・・・?!」


玲香に言われて、静香は右子の後方に視線を巡らせた。

隣に右子と同じような姿をした少女がいるが、後方とは言い難い、これは違う。

それらの後方には・・・ずいぶんと影の薄い、なんとも控えめな印象を受ける少女が1人。

確かに静香も、その少女に対して何か記憶に引っ掛かるものを感じた。


「まさか・・・あの子は・・・」

「そう・・・あの子もこの学園に居たのね」


良家の子女が通う姫ヶ藤学園の例に漏れず、六郷玲香の実家である六郷家は相応の名家である。

秘書の静香もまた六郷家の分家の1つ、南六郷家の娘だ。

そして六郷家の分家筋は東西南北、4つ存在し・・・


「ふふっ・・・面白いわ・・・私達が暢気に説明会をしている間に、あの子・・・楓を抱え込んだというのね」

「玲香様・・・いかが致しますか?」

「もちろん、辞退なんてさせない・・・候補者は3人で『Monumental Princess』の選定を行います、理事会にはそう伝えて」

「・・・畏まりました」


ガラスに背を向け、玲香は笑みを浮かべた。

該当者が現れないまま7年待たされた甲斐はあった・・・今年の選定は特別なものになるだろう。

いや、特別なものにするのだ、先代『Monumental Princess』たる自らの手で・・・





姫ヶ藤学園 文化部棟___紅茶研部室にて。


「あ・・・綾乃様から連絡が来た、説明会が終わったって」

「意外と早かったですね」


綾乃様からの着信を受けて時計を確認する。

たしかにまだお開きには早い時間だ、比瑪乃に貰った和菓子を半分ほど残しておいたのは正解だった。


「礼司さま、ちょっと迎えに行ってきます、左子も来て」

「・・・ん」

「それなら私も・・・」

「もちろん私も行きます!」


結局、皆をぞろぞろと引き連れ、綾乃様を迎えに行く事に・・・あ、ついでに葵ちゃんもね。

ちょうど文化部棟を出たあたりで、理事棟から出てくる綾乃様達が見えた。


「綾乃様!」


私が手を振ると、綾乃様も控えめに手を振り返してくれた。


「はぁはぁ・・・右子さん、そんなに走らなくたって・・・」


後ろから楓さんの声がする・・・図書委員の彼女は走るのが苦手なようで、その場にへたり込んでぜぇぜぇと息をしていた。


「楓さん大丈夫?そんなに無理しなくて良いんだよ」

「なら・・・走らないで、くださ・・・」


これ以上は楓さんがかわいそうなので、私は立ち止まって綾乃様に手を振り続けた。

その後ろから葵ちゃんも現れた、こちらは元気いっぱいに手を振り返してくる。


「皆ありがとう、迎えに来てくれたんだ」

「別に葵さまは迎えてないですぅ!ささ、行きましょう綾乃様」

「ひどーい、私だって候補者なんだからね!」

「フン、辞退すれば良かったのに!」


相変わらず恵理子さんは葵ちゃんに突っかかってる。

葵ちゃんの方はまるで堪えてないみたいだけど。


「ふふっ・・・ついに始まったわね、葵さん、正々堂々勝負しましょう」

「うん、私も負けないよ、二階堂さん」


いよいよだ・・・本当に始まったんだ・・・

2人の候補が互いの健闘を誓いあう、ゲームでは見られなかったシーンに心動かされつつ。

私は綾乃様の勝利を信じて疑わなかった。



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