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第66話「お姉さまお姉さま!」

「ごきげんよう、お姉さま」


入学式の翌日・・・私達の教室の前で、見覚えのあるツインテが待っていた。


それは朝の登校時間。

車で送迎されている私達は、道路事情も鑑みて比較的早めに到着するんだけど・・・この子はいつからここで待っていたのか。

廊下を通り過ぎる生徒達がこちらへ視線を向けてくる・・・綾乃様が目立つのはいつもの事なんだけど、今回はそれだけではないだろう。


「ごきげんよう、比瑪乃さん・・・私に何かご用かしら?」

「いいえ、用という程の事はないんですけど・・・」


比瑪乃は上目遣いで綾乃様を見つめながら、もじもじと指先を弄んだ。

彼女は私達よりも10㎝くらいは身長が低く、それ相応の細さを持つ身体は可愛らしい動きがよく似合った。


「お姉さまに会いたくて・・・来ちゃいました」

「そ、そう・・・」


私の位置からはちょっと顔が見えないけど、綾乃様の顔が引きつるのがわかった。

比瑪乃相手にどう接すれば良いかわからないのだろう。

人見知りの綾乃様相手にここまでグイグイ来るのは葵ちゃん以来か。


「お姉さまは、いつもこの時間に登校してくるんですか?」

「ええと・・・そうね、多少は前後するとは思うけれど・・・」

「フムフム・・・結構早いんですね、さすがです」


や、貴女の方が早かったでしょ・・・流也さまはこんなに早く登校してこなかったぞ。


「そ、そういえば流也さまは、お元気かしら?」

「兄様ですか?うーん・・・いつも通りな感じですけど・・・やっぱり気になります?」

「いえ・・・そういう事ではないのだけれど・・・」


おそらくその言葉には嘘はなく・・・

コミュ障の綾乃様的には、がんばって共通の話題を出しただけだろう。

だが比瑪乃がそういう風に捉えるのも無理はない・・・なんだかんだ言って流也さま並みの男性はそうそういないもんね。


「私、兄様にはお姉さまみたいな人が相応しいんじゃないかって思うんです」

「ちょ、ちょっと比瑪乃さん?!」

「兄様の事でしたらいつでも相談してくださいね、全力で力になりますので」


そう言い残して、比瑪乃は一年生の教室の方へ帰っていった。

やっぱり彼女は味方・・・流也さまに関してはもう攻略は盤石と言えるかも知れないね。

後は残りの攻略対象4人のうち2人を抑えれば勝てるはず・・・霧人くんもこっち寄りだし、状況はだいぶ有利だ。


当面は礼司さまに注力して、部活に力を入れるのが良さそうかな。

というわけで、さっそく放課後は部室へ・・・と思ったんだけど。


「あっ、お姉さま、どちらへ行かれるんですか?」


放課後、教室を出ようとした私達を比瑪乃が待ち構えていた。

今朝に続いてまた来たのか・・・よっぽど綾乃様を気に入ってるらしい。


「ええ、これから部活に・・・」

「どこの部活ですか?!私、お姉さまと同じ部に入りたいです!」


部活という言葉に比瑪乃が食いついてきた。

そうか・・・憧れのお姉さまと同じ部活に入りたいのか。

その気持ちはわからなくはないけど・・・紅茶研は・・・


「それは・・・私の一存ではちょっと・・・礼司さまに聞かないと・・・」

「え、礼司さま・・・ひょっとして四十院礼司さま、ですか?」

「はい、紅茶研と言って、礼司さまが主催している部活、と言うか同好会なんですけど・・・」


そこまで説明した所で、私は言葉に迷った。

謎解き入部テストの事をどこまで言うべきか・・・それこそ今日話し合う予定だったので、今はタイミングがすごく悪い。

学園内への各謎解きの設置はもう完了してるから、いつでも開始できる状態ではあるんだけど・・・


「礼司さま・・・そっか・・・礼司さまの部活なんだ・・・」

「??」


何だろう・・・礼司さまと聞いてから比瑪乃の様子がおかしい。

礼司さまは流也さまと仲が良いから、比瑪乃も見知った間柄なのかも知れないけど・・・


「ごめんなさいお姉さま、今日は家の用事があったんでした・・・ご、ごきげんようっ」


そう言い残すと比瑪乃は慌てて走り去ってしまった。

・・・礼司さまと何かあったのかな。

部室で礼司さまに聞いてみると・・・温和な彼にしては珍しく渋い顔をした。


「比瑪乃ちゃんか・・・しばらく会ってないけど・・・どうなんだろう」

「え・・・それってどういう・・・」

「何と言うか・・・昔のあの子は結構やんちゃだったから・・・今はどうなのかなって」

「やんちゃ・・・ですか」


やんちゃと言う言葉から、幼い比瑪乃が木の枝を振り回して暴れるイメージが脳裏に浮かんだ。

さすがにそういうのとは違うんだろうけど・・・あの流也さまの妹だしなぁ・・・


「あの子には結構手を焼かされたよ・・・あまり変な事を考えていないと良いんだけど・・・」

「なんか綾乃様に懐いてました、こう・・・お姉さまお姉さま!って・・・」

「ちょ、ちょっと右子?!」


私なりに比瑪乃の真似してみたつもりなんだけど、綾乃様にそっぽを向かれてしまった。

礼司さまも若干引いてる感じがするし・・・さすがにちょっと気持ち悪かったのかも知れない。

やっぱりああいうのは小柄で可愛い女の子の特権か。


「それは・・・大変だったね」

「私を慕ってくれるのは悪い気はしないのですけど・・・正直どう接したらいいのか・・・」

「まぁ・・・今の所は大丈夫、だと思うけど・・・もし妙な気配を感じたら、流也か僕に教えてほしい」

「そういえば葵ちゃんの方には来てない?こう・・・庶民風情が兄様に近付くな、みたいなの」

「来てないけど・・・右子ちゃんみたいな子なの?」

「?・・・全然違うと思うけど・・・」


どうやら比瑪乃はまだ葵ちゃんにちょっかいをかけてきていないらしい。

これからあの嫌がらせが始まるのか、それとも流也さまの好感度不足で発生せずか・・・後者だと助かるけど。

ところで葵ちゃん・・・私みたいなってどういう事かな。


「比瑪乃ちゃんの話はその辺にしておいて、そろそろ本題に入ろうか」

「入部テストの話ですね」

「知っての通り、両親の許可を得た以上はもっと堂々と部活動として・・・正式な部への昇格を考えている」


部への昇格か・・・そうなると部員の人数が必要になる。

今は5人しかいないので、もう少し必要だ。


「でも・・・」


そこで礼司さまが言葉を濁した。

でも1年やって来た紅茶研だ、彼の言いたい事はよくわかってる。


「あまり大勢入部させて面倒を見切れなくなるのも無責任・・・ですよね」

「うん、理想としては少しずつ・・・段階を置いて増やしていきたい」


礼司さまが頷く。

それに異論はない、私達も教える側としての経験を積む時間があった方が良いはずだ。


「という事は・・・しばらくは宣伝とかはしない方向ですか?」

「おおっぴらにはね、興味がありそうな人には教えても良いと思うよ」

「では比瑪乃さんにも教えて良いのですね」

「もちろん、あの子が紅茶に持ってくれたのなら僕も嬉しいよ」


比瑪乃のあの様子だと、どうだろうなぁ・・・

恵理子さんや霧人くん達には教えておこう・・・謎解きも楽しんでくれそうだし。

ついでにクラスメイトにも軽く教えておこう・・・教えると言っても謎解きのヒントになるような事は言えないけど。

せいぜい、そういうのがあるよってくらいだ。


「お任せください!必ずや1番に謎を解いて入部して見せます!」

「が、がんばってね・・・」


予想通りと言うか、恵理子さんはやる気満々だ。

今後は彼女達下級生に相談する事もあるだろう、気軽に学園で話せる場所があるのは助かる。

問題は謎解きの難易度・・・皆が挑んでくれたけど誰も解けないなんて事もありえなくはない。


でもそんな心配は杞憂だったようで・・・

意外なほどに早く、最初の攻略者が紅茶研の部室に辿り着いたのだった。

そして、それは思いもよらなかった人物で・・・


「あの・・・ここで合ってます・・・よね?」


謎を解いた証である鍵を持って部室にやってきたのは、新入生達ではなく2年生。

それは私と同じクラスで、隣の席に座っていた・・・東六郷楓さんだった。


「楓さん?!」

「右子ちゃんの知り合い?」

「うん、うちのクラスの子なんだけど・・・まさかもう謎を解く子が出てくるなんて・・・」

「え・・・ひょっとして私、何かまずい事を・・・」


こんなに早く解かれるのは予想外だったとはいえ、つい過剰な反応をしてしまった。

おかげで楓さんをすっかり不安にさせてしまったようで、部室の入り口で小動物のようにびくびく震えてる。


「いやいや、そんな事ないからね!ささ、こっち来て座って」

「は、はい・・・」


おずおずと使ってない席に座った楓さんの為に慌てて紅茶を淹れる。

リラックス効果のあるカモミールブレンドだ、これで落ち着いてもらえると良いんだけど・・・


「・・・ここが紅茶研・・・本当にあったんですね」


楓さんはまだ落ち着かない印象で、キョロキョロと部室を見回しながら呟いた。

本当にあったって・・・なんか変な噂でも流れてるんだろうか。


「どんな噂が流れてるのか知らないけど、間違いなくここが紅茶研の部室だよ、よろしくね」

「まずはおめでとう、かな・・・君が今年最初の攻略者だ、その鍵は部員の証だからなくさないようにね」

「部員の証・・・って、私・・・もう部員なんですか?」


手にした鍵を弄びながら、楓さんは自信なさげに訊ねた。


「嫌なら辞退する事も出来るけれど・・・」

「え・・・いや、嫌とかそんなわけじゃなくてっ!本当に私なんかが入って良いんですか?」

「謎解きがここの入部テストだからね・・・謎を解いてここに辿り着いた君にはその資格がある・・・それとも」


楓さんを見る礼司さまの目つきに不穏なものが混ざる。


「それとも・・・何か不正でもしたのかな?・・・彼女らに答えを教えてもらったとか?」

「い、いえ!私は何も・・・私図書委員をしてて・・・たまたま図書館で問題を見つけて・・・」


もちろん私も楓さんには特に何も教えていない・・・楓さんは無実だ。

まぁ去年にズルした身としては、ちょっと心が痛まなくもないんだけど・・・

楓さんはたどたどしく言葉を途切れさせながらも、謎を解いていった経緯を説明した・・・それを聞く限り不審な点はない。

紅茶に対する知識も結構持っているようで、いち早く謎が解けたのもそこが大きいと思われた。


「ああそれで・・・」


楓さんの話を聞いていると、ふと何かに気付いたらしい綾乃様が納得したように口を開いた。


「楓さんは図書委員との掛け持ちになる事を気にしたのね」

「あっ、はい・・・」

「それなら大丈夫、私もクラス委員の仕事で休む事が多かったもの」

「でも・・・綾乃様と私じゃ・・・事情が変わるというかその・・・」

「何も変わらないわ、図書委員だって学園に欠かせない立派な仕事でしょう?」

「そ、それはそうかもですけど・・・」


いや綾乃様・・・楓さんが気にしてるのはそっちじゃないと思うよ・・・

礼司さまといい綾乃様といい・・・葵ちゃんだって成績トップ争いの常連、この紅茶研は層々たるメンバーだもんね。

恵理子さんじゃないけど、ここに混ざるのを恐れ多いと感じちゃってるんだろう・・・となれば、なんとか一般人枠に入る私の出番かな。


「大丈夫だって楓さん、私も普通に礼司さまに紅茶淹れて貰って寛いでるし」

「え・・・?」

「それに左子なんていつもお菓子をパクパクと・・・」


そう言ってる傍から、というか楓さんが入って来た時からずっと左子は無言でお菓子を食べていた。


「ん・・・楓さんも・・・食べる?」


向けられた視線に気付いたのか、左子はいくつか選んだお菓子を小皿に乗せて楓さんに差し出した。


「・・・ふふっ、左子ったら」

「あ・・・ふふ」


顔にお菓子のかすを付けた左子を見て笑い出した綾乃様につられて、楓さんも笑顔を浮かべた。


「ね?楓さんも全然気にしなくていいんだよ」

「ふふ・・・そう・・・みたいですね、よろしくお願いします」

「うん、楓さん、これからよろしく」


こうして我らが紅茶研は、新入部員を迎えた。


この楓さんの後に続くように恵理子さんと霧人くん達が入部してくるのは・・・

そして紅茶研が正式な部に昇格するのは、もう少し先の話になる。

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