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第65話「ちょっと男子!」


春休みが終わり、学園が新入生で賑わう時期がやって来た。

千場須さんが運転する送迎の車の中からも、道を歩く新入生の姿がチラホラと垣間見える。

着慣れない制服に身を包んだ彼らは、在校生とはちょっと雰囲気が違う・・・私達も去年はあんな感じだったんだろうなぁ。


これから始まる学園生活を思い描き期待を胸を膨らませたり、あるいは新しい環境への不安に怯えたり・・・その表情は様々だ。


・・・そんな子達の中に、ふと見知った顔を見つけた。

ノートを読みながら道を歩く姿がちょっと危なっかしい・・・千場須さんも彼女に気付いたようで、車はゆっくりと路肩に寄せられていく。


「ありがとう千場須、ここで良いわ」

「いってらっしゃいませ」


目の前に停車したリムジンに周囲の生徒達がざわめく・・・しかしノートに集中しているのか彼女はまだ気付かないようで。

そのまま綾乃様に突っ込む前に、私は彼女の前に立ち塞がると、そのノートに手を伸ばした。


「勉強熱心なのは良いけど、危ないわよ恵理子さん」

「み、右子さま!?おは・・・ごきげんようございます!」

「はい、ごきげんよう・・・だけで良いからね?」


ゴミ子・・・これからは姫ヶ藤式に恵理子さんと呼ばないとか。

恵理子さんはだいぶ緊張しているようで、なかなか新鮮な挨拶が返ってきた。

まぁその理由もわからなくはない・・・


彼女から取り上げたノートには『新入生代表』の見出しから始まる文章が長々と・・・これから入学式で全校生徒の前で挨拶をする事になっているのだ。

成績優秀者は大変だね・・・なお『上級生代表』は今私の背後にいる。


「ハッ・・・右子さまがいる・・・という事は・・・」


恵理子さんもそれに気付いたようで、度の強い眼鏡が私の後方へ向いて・・・


「綾乃様!申し訳ありません!」


恵理子さんの上体が一瞬で沈み込む・・・まるで視界から掻き消えたかのように。

真新しい姫ヶ藤の制服を汚すことなく、決してそのスカートは翻さず・・・

美しさすら感じさせるようなモーションで、五味原恵理子は土下座した。


「え、恵理子さん・・・?」


困惑する綾乃様、その表情を見ようともせず・・・恵理子さんは額を地面に擦りつける。


「入学初日から綾乃様を無視するなど、決して許されざる非礼の極み!どんな罰もお受けいたします!」

「え・・・私は別に・・・」

「あーはいはい、別に綾乃様は気にしてないからね、左子ちょっと手伝って」


地面に張り付いたように土下座の姿勢を続ける恵理子さんを二人がかりで立ち上がらせる。

もう・・・少しは周囲の目を気にしようね。


「ご、ごきげんよう、綾乃様」


何か勘違いした新入生が怯えながら綾乃様に挨拶していく・・・

二人がかりで新入生を拘束するこの絵面はまずい、もっと誤解されてしまうやつだ。


「だ、大丈夫だからね!そういうのじゃないからね!ホラ恵理子さんももっと普通に、背筋伸ばして」

「は、はひぃぃ・・・」

「一緒に登校しようと声を掛けただけなのに・・・綾乃様が怖がられちゃうでしょ」

「うぅ・・・申し訳ありません」


恵理子さんが落ち着いてくれたところで、私達は通学路を歩き始めた。

姫ヶ藤学園の正門前の街路樹は桜並木になっており、ひらりと花びらが舞い落ちる。

去年は通り沿いに植えられた桜並木が満開で新入生を迎えてくれたんだけど、今年はまだ花も少なく3分咲きと言った所。

今年の冬が冷えたせいか、例年よりも桜の開花時期が遅れているという話だ。


「あ、右子」

「?」


不意に綾乃様が私の頭に手を伸ばしてきた。

目の前で金色の髪がふわりとたなびいて・・・シトラスの匂いが鼻腔をくすぐった。


「動かないで、頭に花びらが・・・」


綾乃様の真剣な顔が近づく・・・耳にかかった息がくすぐったい。

サラサラの綾乃様と違って私の髪は癖があるので、髪に付いた花びらがなかなか取れないらしい。


「ん・・・もう少しなのだけど・・・」

「別に無理して取らなくても・・・」

「ダメよ、みっともないわ」


綾乃様的にはみっともないのか・・・

よく見ると左子の髪にも花びらがくっ付いてる。

綾乃様は・・・まだ私の髪に苦戦してるみたいだ。


「左子、ちょっとこっちきて」

「?」


不思議そうな顔をした左子の髪に手を伸ばす。

当然ながら左子の髪も私と同じで癖が・・・


「姉さん・・・いたい・・・」

「ちょっと我慢してて、すぐだから」


みっともないらしいからね、何とかしておかないと。

髪が絡まったのか左子が痛みを訴えるけど、見た感じ花びらはすぐとれる位置だ。


「「とれた」」


髪の隙間に指を差し込み花びらを摘まみあげる、同時に綾乃様も花びらがとれたらしい。

桜の花びらは思っていたよりも白い・・・そういえば桜の紅茶もあったっけ。


「これを紅茶に出来るのかしら・・・」


綾乃様も同じことを考えたようで・・・や、さすがにこの花びらを使うのはやめた方が良いんじゃないかな。

ああいうのは専用の木で花ごと収穫してるんじゃないかと・・・


「・・・」

「恵理子さん?」


視線を感じてそちらを見ると、1人取り残されていた恵理子さんがもの欲しそうな顔で自身の三つ編みを弄っていた。

ああ・・・しょうがないなぁ。


「綾乃様、恵理子さんの髪にもついてます」

「まぁ、いけないわ」

「え・・・綾乃様!?そんな恐れ多・・・」

「動かないで」

「はひぃ!」


編み込んである割に恵理子さんの髪は素直なようで、花びらはすぐに取れた。

手入れもそんなに手間じゃないとか・・・ちょっと羨ましい。


校舎に入ると、掲示板の前に新入生が集まっているのが見えた。

クラス分けか・・・去年は綾乃様だけ違うクラスになって・・・この世の終わりみたいな顔になってたっけ。


「じゃあ恵理子さん、私達はここで・・・ごきげんよう」

「はい、ごきげんよう」


2年生の教室は2階にある、クラス分けの掲示も2階だ。

恵理子さんと別れ階段を上ると・・・2階には見知った顔が何人かいた。

さて、この中の誰が同じクラスになるのかな。


掲示板から私の名前を探す・・・三本木右子、シンプルな字体だから結構目立つんだよね。

パッと見るだけでもすぐに・・・あ、また左子と一緒だ。

そして綾乃様の名前も同じクラスに・・・今年は3人一緒にいられるようだ。


「・・・良かった」


隣から綾乃様の安堵の声が聞こえた。

綾乃様はすごく救われたような表情を浮かべていて・・・よっぽど心細かったのか。

葵ちゃんと攻略対象達は・・・全員別のクラス、それぞれの動きを把握するのは難しそうだ。

他に知ってる人はいないかと探していると、向こうから声を掛けてきた。


「ごきげんよう、お二人とまた同じクラスで嬉しいですわ」

「あ、成美さんも一緒のクラスなんだ、助かる」

「ふふっ・・・本当に助けになると良いのですが」

「なるなる、今年もよろしくね」


去年のクラスの中では一番仲が良い子だ、これは心強い。


「成美さん、今年は私も同じクラスです、よろしくお願いしますね」

「ええ、こちらこそ・・・知ってる方がいて心強いですわ」


本当に知ってる人が同じクラスなのは有り難い。

綾乃様は特に人見知りだからね、前のクラスの知り合いがいると良いんだけど・・・

ええと他には・・・男子が何人かいるだけか。

どうやら前のクラスメイトの大半は別のクラスになってしまったようだ。


「綾乃様、同じクラスだった人います?」

「ええ・・・10人くらい」


おお、それは良かった。

綾乃様的には結構良い環境かも知れないね。

私は・・・うまくやっていけると良いなぁ。


教室に入ると席に番号が振られており、誰がどの席かわかるようになっていた。

私は入り口付近で、綾乃様は窓際・・・結構遠い。

左子が綾乃様の前の席で・・・成美さんは綾乃様の後ろ・・・なんか私だけ孤立してる感が。

綾乃様の方を見ると手を振ってくれた、まぁ同じクラスだしいっか。


「ごきげんよう」「ごきげんよう」

「またお前と一緒かよ」

「今年も頼むわ」


時間が経つにつれて教室に人が入ってくる。

やはり知ってる人間同士で固まるようで・・・いくつかのグループが出来ていた。

私も綾乃様達の方に行くかな・・・と席を立つと・・・


「きゃっ」

「あ・・・ごめんなさい」

「い、いえ・・・」


タイミング悪く、ちょうど入り口から入ってきた女の子とぶつかってしまった。

入り口近くの席ってのもちょっと考え物だ。

その子はどのグループにも目を向ける事無く、自分の席に座った・・・私の隣の席に。


「・・・」


うわ気まずい・・・

隣の席だし、挨拶の1つもした方が良いんだろうな。

でも一度席を立った手前、すぐ戻るのも・・・それに今ぶつかったばかりだし・・・

いやいや、これから1年間隣の席だし、挨拶は大事だ。


「ご、ごきげんよう、私三本木右子・・・よろしくね」

「え・・・ええと・・・」


勇気を出して声を掛けるも、その子の反応は引き気味で・・・

やっぱりぶつかったからかな・・・怖がられてる感じがする。


「・・・東六郷ひがしろくごう かえでです・・・よ、よろしく・・・」

「楓さんか・・・楓さんは混ざりに行かないの?」


視線で仲良しグループを示しながら楓さんに訊ねる。

楓さんはそれらのグループをチラリと見て、首を振った。

ひょっとしたら前のクラスの友達とは別のクラスになってしまったのだろうか、それとも・・・


「私、そういうの苦手で・・・」


ああ・・・グループの輪に入って行けない、つまりぼっち側の子か。

私に対する反応も、ドン引きされて怯えられてるわけではなく・・・それが素なのだろう。


「そっか、じゃあ私もお邪魔だったかな?」

「いえ、そんな事は・・・ないです」


やっぱり嫌がられてる感じじゃない。

面倒くさいとは思われてるかもだけど・・・とりあえず悪い子じゃなさそうだ。


「ならちょっと話し相手になって貰ってもいい?」

「え・・・」

「クラス替えで前のクラスの友達がね・・・いなくもないんだけど、ちょっと席が遠くて・・・」

「まぁ・・・別にいいですけど」

「私去年は流也さまと同じクラスでね・・・流也さまは知ってる?」

「斎京グループの御子息ですよね・・・クリスマスパーティとかもやってたすごい人・・・」

「そうそれ」


さすがに流也さまは有名人らしく、話のネタとして結構便利だ。

破天荒な本人の性格もあって、クラスメイトとしての範囲で抑えてもそこそこ話題に出来る。

楓さんも女子だしね、特に流也さま派ではないものの、多少の興味はあったようで・・・私の拙い喋りでも聞いてくれた。


「楓さんのいたクラスはどう?誰かすごい人いた?」

「ええと・・・十六夜透さま、くらいかな」

「ああ・・・透さまか・・・」


楓さんは透さまと同じクラスだったらしい。

そう聞くとなんか大変そうだけど、透さまは休む事が多いのでクラスは割と平和だったらしい。

もちろん透さま由来のトラブルがなかったわけでもないらしいけど・・・あくまでも、割と平和、なんだろうね。


「その辺考えると、このクラスは平和そうだね」

「そ、そうかな・・・」


楓さんは不安そうにしてるけど、きっと大丈夫だろう・・・ああいう問題児みたいなのはいないからね。

話が弾んできた所で廊下から足音が・・・おそらく教師だろう、入り口付近の席だと外の気配がよくわかる。


「講堂に移動するぞ、お前達も今日から上級生だ、新入生の見本になるような振る舞いを心掛けろ」

「「はーい」」


というわけで入学式が行われる講堂へ。

綾乃様は上級生代表として壇上に立つ必要があるので、私達とは別の席だ。


「綾乃様、がんばってください」

「え、ええ・・・」


やっぱり緊張してるみたいで、綾乃様の表情は硬い。

でも今までの事を考えればきっと大丈夫だろう。

どっちかと言うと新入生代表の恵理子さんの方が心配なくらいだ。


席についてしばらくすると新入生が入ってきた。

やはり攻略対象の霧人くんが一際目立つ・・・上級生の女子の一部がざわついているのも感じた。

ライトとレフトもその近くにいた、霧人くんとは同じクラスになれたのかな。


続いて今度は男子生徒がざわつきだした・・・なんだろう?

男子達の視線の先は新入生の後ろの方のようで・・・あっ・・・

じっと列の後方を凝視した私は、嫌でも目立つツインテ少女の姿を見つけて・・・思い出した。


長いツインテを揺らしながら、男子達の視線に目敏く笑顔を送り返す少女。

なんと言うか・・・小悪魔的な魅力を持つその少女の名前は、斎京さいきょう 比瑪乃ひめのという。

その名前が示す通り、斎京流也の妹であり・・・流也さま攻略ルートの鍵となる人物。


ひとしきり愛想を振りまいた後に比瑪乃は席に着いた。

不敵な笑みを浮かべた自信溢れるその表情は、まさしく流也さまの血縁。

ゲームにおいては、庶民の主人公を『兄に近付く悪い虫』として排除しようとしてくる困った存在だ。


でもまぁ・・・何の心配もいらない。

葵ちゃんサイドから見れば厄介な彼女だけど、こちらの陣営から見れば強力な味方とも言えるわけで。

ゲームでの比瑪乃は、二階堂綾乃グレースを姉のように慕っている・・・『お姉さま』と呼んでくる程だ。


葵ちゃんには悪い気がするけど、比瑪乃をどうこうする理由はない。

流也さま同様にちょっとプライドが高いから、直接相手をする時に若干面倒なくらいかな。

基本的には綾乃様シンパなので、何かあれば綾乃様に対処してもらえば良いだろう。

それよりも今心配なのは・・・


『新入生代表、前に』

「は・・・ふぁいっ!」


恵理子さんが壇上へと・・・うわ、右手と右足が同時に・・・

遠目にもかなり緊張してるのがわかる。

庶民出身でそこに立つのは姫ヶ藤の歴史の中でも相当珍しいからなぁ・・・彼女に葵ちゃんのようなメンタルは期待出来ないし。


『し、新入生代表!ごごご、五味原恵理子です!』


クスクス…


どこからか小さな笑い声が聞こえた。

確かに今の彼女は滑稽に見えるかも知れないけど・・・それを笑うなんて・・・なんてやつだ。


『ええと・・・あ・・・う・・・』


あのノートの持ち込みは禁止されてしまったようで、恵理子さんは手ぶらで壇上に立っていた。

この様子だと、覚えていた文面が頭から抜け落ちてしまったのだろう。

必死に言葉を探そうとしているけど・・・それがなかなか出てこない。


「どうしたー?」

「はやくしろよー」

「そこ、私語は慎むように!」


男子達の中からそんな声が飛んできた。

酷い・・・さてはさっきの笑い声もこいつらか。

教師から注意が飛ぶと、彼らは大人しくなったが・・・


『わ、私は・・・こ、この・・・』


「何言ってるのー?聞こえなーい」

「マイク壊れてるんじゃないか?」


せっかく恵理子さんが言葉を発した矢先に、別の男子が野次を飛ばしてきた。

そして新入生の方からも・・・


「こんなのが俺らの代表なの?」

「いくら入試でいい点取ってもなぁ」


『あ・・・あ・・・』


そうかアレか・・・庶民いじめか。

生意気な庶民に身分の違いをわからせてやろう的な・・・そういえば葵ちゃんの時もあったね。

壇上に立つ恵理子さんの顔は羞恥に染まり、真っ赤になってる。

今にも泣き出しそうだ。


・・・さすがにこれ以上は黙ってられないな。


左子の方を見ると、左子も頷いてきた。

しっかり意思疎通が出来た所で、私達はこっそりと席を立・・・


「ちょっと男子!そういうのやめなよ!かっこ悪い」


その瞬間、講堂に響いた声。


それはまるで鈴のような可愛らしさと、針のような鋭さを併せ持って・・・


「だ、だってよ・・・」

「だからうるさいっての!」


パチン…


何事か反論を試みようとした男子の声を遮るように、乾いた音が響く・・・


それは新入生の席・・・そこから立ち上がった彼女は、長いツインテを揺らしながら壇上へと進んでいく。


「ええと、五味原恵理子さん、だっけ?」

『え・・・あ、はい・・・』


何が起こったのかもわからずに固まっている恵理子さんの隣にそっと立つと、比瑪乃は優しく語りかけた。


「ごめんね、本当は主席の私の役目だったのに・・・私が辞退したせいで嫌な思いをさせちゃった」

『そ、そんな・・・別に貴女は何も悪く・・・』

「優しいんだね、ありがとう・・・新入生の挨拶は続けられそう?」

『あ・・・はい、やれます!』

「うん、焦らなくて大丈夫だからね・・・自分のペースでがんばって」


比瑪乃に励ませれ、恵理子さんはすっかり落ち着きを取り戻したようで。

真っすぐに姿勢を正すと、しっかりした声で喋り始めた。


『不遜ながら私はこの学園に憧れていました・・・本来なら身分違いも良い所なのはわかっています』


うん、いつもの恵理子さんだ。

ちょっと言い回しがアレだけど、彼女の真摯な気持ちが伝わってくる。


『今こうしてここに立てる事が、素敵な先輩方と一緒に学べる事が本当に夢のようで・・・で・・・』

「大丈夫・・・落ち着いて、ゆっくりでいいからね」


言葉に詰まった恵理子さんを再び比瑪乃が励ます。

やっぱり私達の味方だね、すごい良い子じゃないか。

その後も感極まって泣きそうになる恵理子さんを比瑪乃が支えながら、新入生代表の挨拶は良い雰囲気の中で終わったのだった。


『恵理子さん、比瑪乃さん・・・新入生の気持ちはしっかりと受け止めさせていただきました、私達も素敵な先輩であるように日々務めてまいります』


そして綾乃様が引き継ぎ、上級生代表の言葉を贈る。

やっぱり綾乃様はすごい・・・あれほど緊張していたのが嘘のようだ。


『以上、上級生を代表しまして最後に贈らせていただきます・・・新入生の皆様、ご入学おめでとうございます』


綾乃様が一礼すると、盛大な拍手が巻き起こった。

よかった・・・本当に良かったよ・・・

じんわりと涙腺にくるものを感じながら、拍手をしていると・・・


ツンツン…


??


・・・何かが脇腹をつついた?


「み、右子さん・・・」


振り返ると、隣の席の楓さんが遠慮がちに私をつついており・・・


「す、座って・・・恥ずかしい・・・」

「あっ・・・」


皆が席に座っている中で、私だけが立ち上がってスタンディングオベーション状態だった。


ち、違うよ、さっきのアレを止めに行こうとして・・・席を立ったままに・・・


もちろんそんな言い訳など出来るはずもなく・・・そして壇上に立つ綾乃様と目が合った。

その顔がみるみる赤く染まっていく・・・ご、ごめんなさい綾乃様。



「もう、右子ったら・・・私まで恥ずかしくなったじゃない」

「・・・め、面目ありません」


入学式を終えて、生徒達がそれぞれのクラスに帰っていく中・・・

さすがにこればっかりは私の責任だ、すっかり頭が上がらない。


「でも、本当にお見事でした・・・私もつい感動して・・・」

「!!・・・ご、誤魔化してもダメなんだから・・・もう」


思い出したのか、綾乃様は先程のように赤くなってしまった。

や、あれは本当に私の失態だからなぁ・・・しっかり反省せねば。

講堂から出て校舎に入り、2階へと続く階段に足をかけたその時・・・


「私も感動しました!綾乃さま、素晴らしかったです!」


いったいどこに潜んでいたのか。

突然現れたツインテが、もとい比瑪乃が・・・綾乃様に飛びついてきた。


「あ、貴女は比瑪乃さん?!」

「嬉しい!私の事覚えてくれたんですね!」

「ちょっ、放して・・・」


ぎゅうっ・・・と比瑪乃は綾乃様を抱き締め、綾乃様が困惑する。


「私、すっかり綾乃様のファンになっちゃいました!お姉さまって呼んでも良いですか?」

「え・・・えええっ!?」


・・・出たな『お姉さま』呼び。

まぁここはゲーム通りで・・・良い、のかな。


「良いですよね?お姉さま?」

「うぅ・・・右子ぉ・・・」


救いを求める目で綾乃様がこっちを見てくる。


「比瑪乃さま、綾乃様がお困りです・・・離れてください」

「やーだー!お姉さまが認めてくれるまで、はーなーれーなーいー!」


比瑪乃はかわいらしい声で子供のように駄々をこねた。

たしかすごい人気の女性声優が担当してるんだよね・・・彼女目当ての男性ユーザーもいたくらい。


「まぁ・・・良いんじゃないですか、呼び方くらい認めてあげても・・・」

「む・・・右子が言うなら・・・認めます、認めるから放して・・・」

「やたっ!」


そう言うなり比瑪乃はパッと離れた。

バランスを崩しそうになる綾乃様を慌てて支える。


「ありがとう、お姉さま!」


そう言い残して、比瑪乃は元気良く駆けて行った。


「す、すごい子でしたね・・・」

「え、ええ・・・」


斎京比瑪乃・・・その無邪気そうな笑顔に嫌な予感を覚えつつ・・・

私達の学園生活は2年目に突入したのだった。



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