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第63話「私のチョコもあげませんよ?」

今日は朝からパラパラと雪が降っていた。

雪というよりかは雨に近く、積もる事もなく溶けていく・・・予報では夕方には晴れるとか。

世間ではホワイトバレンタインなどと言われているらしいけど、白さとは無縁な感じだ。


そう、今日は2月14日、バレンタイン当日。

もちろんチョコの用意に抜かりはない。

学生鞄とは別にチョコの入った鞄を抱えて準備万端だ。


「左子、ちゃんとみんなに配るんだからね、つまみ食いしないようにね」

「ん・・・わかってる・・・倍返し」


左子も同じようなチョコ用の鞄を用意してあった。

クラス全員に配る分のチョコだから結構な量にはなるんだけど・・・

ホワイトデーの倍返し・・・それを期待してか、あるいは自分で食べる用があるのか・・・左子の鞄はちょっと、いや、だいぶ大きかった。


教室に入った私達は、さっそく入り口の近くにいた男子から順にチョコを配り始める。


「はい、バレンタインチョコ」

「えっ貰って良いの?」

「うん、たいしたやつじゃないけどね」

「いやいやめっちゃ嬉しいよ、ありがとうメイド長」


結構好意的な反応が返ってきた。

別に本命でも何でもないけど、喜んでもらえたのは嬉しい。


『メイド長』のあだ名が定着する原因になったあの姫祭以降、クラスメイト達とはだいぶ打ち解けた気がする・・・そうでなければ、こうしてチョコを配る気にはならなかっただろう。

今配ってるチョコはただの市販品だけど、日頃の感謝の気持ちが籠ってなくもないのだ。


「・・・お返し・・・期待してる」


しっかりと男子の手を握りしめながら左子がチョコを手渡している。

まるで本命チョコかのようなやり取りだけど・・・左子、ちょっとプレッシャーきついよ、男子ビビってるって・・・

倍返しへの情熱がそうさせてるんだろうけど、アレは可愛いと言うより怖い・・・あ、喜んでる男子もいた。



「朝から騒がしいと思ったらお前達か・・・」


クラスの男子に配り終えたあたりで流也さまが教室に入ってきた。

いつもより遅い・・・きっと教室に来るまでに待ち伏せてた女の子達からチョコを貰ってたんじゃないかな。

モテる男は大変だねぇ・・・ついでに私達の分も受け取ってもらおうか。


「流也さまにもあげますね、どうぞ」

「ああ、戴こう」


要らないと突き返されるかとも思ったけれど、あっさりと受け取ってくれた。

貰うだけ貰うタイプなのかな。


「・・・どうぞ」

「ああ・・・」


続いて左子がチョコの鞄を差し出す。

中のチョコを取ろうと手を伸ばそうとした流也さまだが・・・その直前に左子は鞄の口を押えてしまった。


「・・・違う・・・そうじゃない」

「??」


訝しむ流也さまに向かって再び左子が鞄を差し出す。

今度は鞄の持ち手を押し付けるように・・・


「チョコが入りきらないから・・・これを・・・」

「そういう事か・・・戴こう」


意図を察した流也様は鞄ごと受け取った。

そして自分の学生鞄を開けると・・・その中からたくさんのチョコが・・・


「うわ・・・流也さま何個貰ったんですか?」

「お前たちの分を含めて37個だな・・・おそらくまだ増えるだろう・・・これは有難く使わせてもらう」

「ん・・・お返し・・・期待してる」


なるほど、あの鞄の大きさはこれを想定していたのか・・・

左子の方を見ると、表情の乏しい左子にしては珍しく、満足そうな・・・ドヤ顔を浮かべていた。


「ホワイトデー・・・楽しみ」

「そうだね・・・たくさん貰えると良いね」


まぁ・・・流也さまの事だから、あの鞄一杯分くらいのお返しは期待出来そうだ。

私達が離れると機を伺っていたのか、クラスの女子達が流也さまに群がった・・・鞄はさっそく役に立っているようだ。


「やっぱり流也さまはモテるんだねぇ・・・成美さんは行かないの?」

「私は皆様が落ち着いてから・・・最後の方に伺おうかと」

「チョコはあげるんだ」

「ええ、流也さまには日頃お世話になっておりますし・・・今後の為にも失礼のないようにしませんと」


そう言った成美さんはとても落ち着いた表情で、流也さまに群がる女子達を眺めていた。

よく見ると他所のクラスの女子も混ざってきている・・・彼女が渡せるタイミングはだいぶ後になりそうだ。


「じゃあ今のうちに・・・はい」

「まぁ・・・これを私に?」


クラスの皆に配った分とは別に取ってあるチョコを1つ、成美さんに差し出した。

中身は三ツ星さんの所で作った手作りチョコだ・・・ちゃんと砂糖を増やして甘くしてある。


「うん、友チョコってやつ・・・実は手作りなんだよ」

「まぁ、まぁ・・・そんな物を戴いてしまってよろしいんですの?」

「ぜひぜひ遠慮なく・・・成美さんには相談に乗ってもらったし」

「ああ、そう言えば綾乃様に贈るチョコの方は・・・」

「うん、おかげさまで何とかなった・・・かな」


正直アレで良かったのかはわからないけど・・・やるだけの事はやれたと思う。


「というわけで、これは私の感謝の気持ちがたっぷり入ったチョコなのです」

「ありがとうございます・・・でしたら私も差し上げないわけには参りませんね」


そう言って成美さんは小さな包みを差し出した。

結ばれたリボンに差し込まれた小さな花の飾りがかわいらしい。


「私からの友チョコ、ですわ」

「うわぁ、ありがとう!」


一方的にあげるだけになるかとも思ったけど、これは嬉しい。

成美さんのチョコかぁ・・・包みだけで上品な感じが伝わってくるよ。


「後で大事に戴くね」

「ええ、私もしっかり味わって戴きますわ」


その後、美咲さんやメイド隊の子達にもチョコを配る。

皆喜んでくれて本当に良かったよ。

ぼっちだった前世ではこんな事、とても出来なかったからなぁ・・・


ぼっちと言えば、綾乃様は大丈夫かな。

流也さまには委員会で会った時に渡すって言ってたけど・・・



「・・・綾乃様」

「あのね右子、きっかけが・・・話を切り出すきっかけがなくて・・・」

「それで流也さまに話し掛ける事も出来なかったんですか・・・よくそれであのクリスマスパーティが出来ましたね」


ぜんぜん大丈夫じゃなかった・・・綾乃様のコミュ障はいまだ健在のようで・・・

今更流也さま相手に緊張する事もないと思うんだけどなぁ。


「・・・うぅ・・・チョコを渡すとなると周りの目が気になってしまって・・・」

「ああ、それは・・・まぁ・・・」


確かに、綾乃様と流也さまの組み合わせとなると注目されてるだろうからなぁ・・・

周囲に変な誤解を招かないように、さりげなく渡したいのだろう。

気軽に渡せた私達とは条件が違ってくるね。


「礼司さまには渡せますよね?部室ですし・・・」

「ええ、人目がなければ・・・たぶん・・・」

「じゃあ善は急げです、部室に急ぎましょう」


礼司さまはいつも通り紅茶研の部室で紅茶を淹れていた。

でもなんか今日はお菓子が多い・・・チョコクッキーにチョコケーキ・・・これはひょっとして・・・


「礼司さま・・・これ私達が食べて大丈夫なやつですか?」

「うん、他人と食べる許可は貰っているよ・・・僕1人で食べ切れる量じゃなかったからね」


やっぱり!

女の子達に貰ったバレンタインのチョコをお茶請けにしてる?!

許可は取ってるって・・・い、いいのかなぁ・・・


「・・・ちなみに、おいくつ貰いました?」

「ええと・・・正確には数えてないけど・・・100個くらいは・・・」


ですよね・・・流也さまもそれくらい貰ってたし。

たしかに、そこまでの数だと貰った分を全部食べるのも大変だ・・・左子、遠慮なくお食べ。


「・・・」

「綾乃様・・・ここで気後れしないでください」

「だって・・・ご迷惑なのでは・・・」


確かにこんな現実を見せられるとチョコを渡しにくい。

でもそれは他の子達だってなんとなく察してたはず。

だからこそ『他人と食べる許可』とかくれたわけで・・・


「礼司さま、私達からのチョコも受け取って貰えますか?」

「もし礼司さまがご迷惑なら・・・」

「とんでもない、喜んでいただくよ」

「・・・」

「ね・・・大丈夫でしょう?」


さすが礼司さま。

遠慮しようとする綾乃様の言葉を遮ってチョコを受け取る意志を示してくれた。

充分に好感度は稼げてるね、何の心配もいらない。

綾乃様がチョコの包みを取り出すのを待って、その背中を押す。


「ほら、綾乃様・・・」

「はい、礼司さま・・・いつもありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう、大事に食べるね」


よしっ!

良い感じ・・・なんかお邪魔じゃないかな、私と左子は消えた方が良いんじゃないかな。

ここは気配を消してゆっくりと・・・


「あ、もうみんな揃ってる!」


ちっ・・・お邪魔者はもう1人いたか・・・

チート庶民の葵ちゃんが勢いよく部室に入ってきた。

その手には意味ありげな手提げ袋・・・チョコか!礼司さまにあげるチョコか!


「はい、バレンタインのチョコ」


予想通り手提げ袋の中身はチョコだった。

しかも手作りのチョコケーキだ。

真っ黒なチョコに包まれた大きなホールケーキ・・・チョコケーキの定番ザッハトルテだ。


「皆で食べられるように大きいサイズで作ったんだ、いいよね?礼司さま」

「もちろん、でも5人いるから・・・」


ホールケーキの切り分け問題。

6つに切り分けると1つ余ってしまう・・・この場合は礼司さまが2つで良いと思うけど。


「ふふふ・・・任せてよ」


葵ちゃんは得意げな顔でナイフを握り・・・丸いホールケーキを5つに切り分けてしまった。

まるで機械で測ったかのように中心から刃を入れて5等分に・・・


「まじか・・・」


いくら外側がチョコで硬いとはいえ・・・中身は普通のケーキ、クリームも挟まっているのに。

まさにチート庶民の面目躍如といった感じか。

切り分けられたザッハトルテは味も悪くな・・・いや、普通に美味しい。


「・・・すごく美味しいわ」

「本当にこれを君が作ったのかい?」

「えへへ・・・」


綾乃様と礼司さまに味を褒められて葵ちゃんがはにかむ。

これが、ゲームで好感度を大幅アップさせた手作りチョコか・・・くぅ・・・悔しいけどこの味には敵わない。

美味しい・・・美味しいよ・・・


「本当に美味しかった、ありがとう」


満足げに食べ終えた礼司さまのその言葉に嘘はないだろう・・・まさかここで好感度を持ってかれるとは・・・

このままではいけない。



「綾乃様、やっぱり流也さまにもチョコを渡しましょう」


下校時刻。

紅茶を頂いているうちに辺りはすっかり暗くなっていた。

千場須さんの車に向かいながら、私は綾乃様に話を切り出した。


「え・・・今から?」

「はい、今からです」

「さすがに・・・もう帰っているのではないかしら?」

「だから、流也さまのご自宅にお届けです」

「え・・・」

「千場須さん、お願いします」

「え・・・ちょっと、千場須?!」


私の願いを聞き入れてくれたらしい、無言で千場須さんは車を発進させた。

同時に流也さまの電話番号へかける・・・電話はすぐに繋がった。


「どうした?」

「今から流也さまのお家に伺って良いですか?綾乃様が流也さまに渡したいものがあって・・・」

「あまり時間は取れないが」

「すぐに済みますので!千場須さん急いでください」


そう言って通話を切った、後は急いで駆けつけるだけだ。

幸い道路は混んでいないようで、車は滞る事無く進んでいく。


「もう右子ったら・・・そこまでしなくても・・・」

「いいえ、ちゃんと渡してください・・・じゃないと私のチョコもあげませんよ?」

「え・・・それは・・・困るわ」

「ならしっかり渡してください、流也さまも待ってますので」


キキッとブレーキ音を立てて車が止まった。

どうやら斎京の家に着いたらしい・・・って流也さまが外に出て待ってる・・・まさか本当に待ってるとは。

そういえば時間が取れないって言ってた、結構無理をさせてしまっているのかも知れない。


「ほら、綾乃様・・・はやく・・・」

「わかったわよ・・・もう・・・」


押し出すように綾乃様を車の外へ。

周囲の人通りは・・・うん、斎京家のセキュリティの人が立ってるだけだ。


「あ、あの・・・その・・・」

「どうした二階堂、至急の要件と聞いたが」

「あ・・・う・・・」

「?」


綾乃様は鞄の中をガサゴソと・・・チョコがなかなか出てこない。

流也さまも要領を得ない綾乃様に困惑しているような感じだ。

大丈夫ですからね、綾乃様、落ち着いて・・・


「電話でも伝えたが今少し立て込んでいてな・・・あまり長くは・・・」

「・・・こ、これを受け取ってください!」

「・・・」


なんとかチョコを見つけた綾乃様が流也さまに差し出した。

流也さまの反応は・・・なかなか受け取らないけど・・・ここからじゃよくわからない。


「すまないが、意図を計りかねる・・・これは二階堂家の・・・」

「こ、これはあくまで私個人の、贈り物です・・・クリスマスパーティの件だけでなく、流也さまにはいつも良くしていただいて・・・それにあの子達にも・・・その、感謝の気持ちです・・・これからも仲良くして戴きければ・・・」


うわ綾乃様、ガッチガチに緊張してる・・・

言葉も切れ切れだし、ひょっとしたら悪役の顔になってるかも知れない。

これは好感度を上げるどころじゃなく・・・焦った私の判断ミスだったかも・・・どんどん不安が込み上げてくる。



「・・・!」


流也さまがチョコを受け取った。

何か言ってるけどタイミング悪く車が・・・聞き取れない。

流也さまは後ろへ振り返ると、そのままチョコを持ったまま家の中に・・・


後には、呆けたようにその場に立ち尽くす綾乃様が・・・って・・・


「綾乃様!?大丈夫ですか?」


緊張から解放された綾乃様は、その場にへたり込んでしまいそうだった。

慌てて綾乃様に駆け寄ってその肩を支える。


「え・・・ええ・・・ちゃんと渡せたわ」

「ええ、見てましたから!ご立派でした」


綾乃様の身体が軽くなった。

反対側に左子が来てくれたようだ。

2人で綾乃様を車に運ぶと、しばらくして綾乃様は落ち着きを取り戻した。


「ふぅ・・・なんだか恥ずかしくなってきたわ・・・本当にあれでよかったのかしら?」

「大丈夫ですよ、ちゃんと受け取ってくれましたし、別に気分を害されたりもなかったのでしょう?」

「ええ・・・そう・・・ね」


私としてはあそこで流也さまが何か言っていたのが気になるけれど。

お礼の1つも言ってくれたんだろうか・・・攻略後に見られるツンデレ台詞が飛び出してたのかも知れない。

だとしたらそれはそれで聞きたかったな。


「ところで・・・右子」

「えっ・・・あ、はい」

「まだかしら?」

「あ、ちょっと道が混んで来たみたいですね・・・屋敷にはもう少し・・・」


さっきまで空いてたのが嘘のように、道路には車が列をなしていた。

まぁ行きと帰りで道の混雑状況が真逆というのはよくある話で。

すっかりお疲れの綾乃様は、徐々に機嫌が悪く・・・悪役の顔になってきた。


「あ、綾乃・・・様?」

「ま だ か し ら?」

「ひぇぇ・・・ごめんなさい、まさかこんなに渋滞するだなんて・・・」

「もう、そうじゃなくて・・・」


綾乃様は呆れたようにため息をついた。

その表情はわずかに緩んで・・・怒っていると言うよりかは拗ねたような・・・


「・・・姉さん・・・チョコレート」

「あ・・・」


見かねた左子が助け舟を・・・ありがとう左子、でももうちょっと早く教えてほしかったぞ。

鞄の奥の方にしまったそれを慌てて引っ張り出した。


「ええと、こちらになります・・・どうぞ」

「・・・ふぅ」


恐る恐るチョコの箱を差し出すと、綾乃様の手が優しく触れた。

まるで繊細なガラス細工でも扱うかのように丁寧に、大事そうに・・・綾乃様はチョコの箱を胸元に持ってくる。


「開けてみても良いかしら?」

「・・・はい」


異論などあろうはずもない。

綾乃様がこの箱を開ける瞬間を何度想像した事か・・・中身には多少の自信がある。




・・・・・・・・・・・・



「こ、これは・・・」


透さまが書き起こしたメモを見た三ツ星さんの目が見開かれた。


「このレシピは間違いなく・・・でも・・・どうすれば・・・」


やっぱり何かのレシピだったらしい、話の流れからそんな感じはしてた。

チョコを使った何かを三ツ星さんに作って貰え、と・・・あれはそういう指示だったんだろう。

しかし三ツ星さんはずいぶんと険しい表情を浮かべていて・・・


「どうですか?作れそうですか?」

「え、ああ・・・そんなに難しい物じゃないよ・・・問題はレシピそのものよりも・・・」

「えっ、何か問題があるんですか?!私に手伝える事があれば言ってください!」

「そうだね・・・君には手伝ってもらう必要がある、ちょっときついかも知れないけれど・・・お嬢様のためだし・・・」

「え・・・」


・・・そこから地獄の特訓が始まった。


「もっと早く!全体がしっかり混ざるように!」

「は、はい!」

「ダメだ!砂糖がダマになってる!最初からやり直し!」

「ひぇぇ・・・」



フランス語で書かれたメモ。

そこに書かれたレシピはそんなに難しいものではない。

しかしそれは三ツ星さんが作る場合だ。


メモには続きがあった。

それは・・・贈る人間による手作りでなければならない、でなければ気持ちは伝わらない、という指示書きらしい。

その結果、私は三ツ星さんによる特訓を受ける事になってしまったのだった。


カカオ豆からのチョコ作りは以前にもやったけど・・・三ツ星さんがやってくれた途中の作業工程がいかに大変だったか。

そして何より重要なのは味だ。

いくらなんでもあんな苦いチョコなど出せるわけがない。


三ツ星さんの材料配分を覚えて、しっかりと混ぜ込む・・・それがまた難しい。

地獄の特訓は毎日続いた・・・途中からチョコの味がわからなくなってきた、茶色を見るのも嫌になってきた。

しかし、連日の特訓はしっかりと私の中に息づいていて・・・


「で、出来た・・・」

「うん、よくがんばったね・・・合格だ」


ついに、私は・・・

三ツ星さんが作ったものと変わらない味のチョコレートを生み出す事が出来たのだ。


「あとはこのチョコを使ってレシピ通りに仕上げるだけなんだけど・・・」


チョコを複数の型に流し込み・・・組み合わせることで美しい鳥の形になる。

まるでプラモデルを組み立てるかのようにチョコが組み上がっていった。


三ツ星さんの手に掛かるとすごく簡単そうに見えるんだけど・・・私がやると・・・


「ええと・・・これは何かな?」

「あ、アヒル?かな・・・」


私の手元には、ずんぐりとしたアヒルのようなチョコが転がっていた。

羽根の部分がどうしてもうまくいかない。

薄いチョコで出来た板は触ってるうちにすぐ溶けてしまうのだ。


それでも、毎日特訓すれば何とかなったのかも知れない・・・しかしそんな時間はもう残されていなかった。


「三ツ星さんの組んだ鳥でお願いします・・・チョコだけは私が作るので・・・」

「本当にそれで良いのかい?」

「はい・・・悔しいですけどもう時間が・・・こっちの残念なアヒルは友達用にラッピングする方向で・・・」

「・・・わかった、後は任せてくれ」




・・・・・・・・・・・・



それが今朝の出来事だった。

アヒルのチョコは友チョコとして成美さんに贈ったやつだ。

そして綾乃様には、三ツ星さんが仕上げた芸術品のような鳥の形のチョコが・・・きっと綾乃様も満足してくれるだろう。


「・・・!」


箱の蓋が開くと同時に綾乃様が息を飲む・・・うん、予想した通りの反応だ。

予想した通りの・・・通りの・・・


「ふふっ・・・可愛い」


え・・・可愛い?

まぁ・・・可愛いと言えなくもないか。

鳥は可愛い生き物ではあるよね・・・ちょっと嫌な予感がするけど。


「これは右子の手作りなのかしら?」

「はい、あの後三ツ星さんに教わって・・・」


チョコの部分だけ・・・そう続ける事は出来なかった。

なぜなら・・・箱の中にあったチョコは・・・


「アヒルの形のチョコなのね・・・ふふっ」


ごしごし・・・よく目をこすって見直そう。

まだ見間違いの可能性があるし・・・ごしごし・・・


「どうしたの右子?花粉症?」

「か、かも知れませんね・・・」


あれれ・・・おかしいなぁ・・・

箱の中にあったのは、どう見ても残念な茶色のアヒルだ。


「あ、あの・・・これはですね・・・本当はもっと綺麗なチョコを用意し・・・」

「そうなの?私はこのチョコ好きよ」


チョコを手に満面の笑みを浮かべる綾乃様。

それは、私が想像していた以上に・・・


まぁ・・・いっか・・・喜んでくれたし・・・


「・・・綾乃様・・・私のも」


続いて左子も綾乃様にチョコを渡した。

先に渡しても良かっただろうに・・・待っていてくれたのか。


「ありがとう・・・こっちも可愛いわね」


再び綾乃様の表情が華やぐ。

左子が贈ったのはシンプルな卵型のチョコだった。

綾乃様はこういう系統が好みなのか・・・覚えておこう。


「私からも2人にチョコを用意してあるの、屋敷に置いて来てるから帰ったら受け取ってね」

「「はーい」」


思わず左子と声を揃えてしまった、でも綾乃様のチョコだから仕方ない。

渋滞でなかなか進まないこの道が、すごくもどかしく感じられた。


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