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第62話「カカオ豆からチョコレートを・・・」


時は流れて暦はもう2月。


12ヶ月ある中で最も短いこの月は寒さの厳しい季節だ。

ふぅ・・・っと吐き出す息が白く染まる。

まだ外は暗く、朝という感じがしない屋敷の中を、私は足早に駆け回っていた。


玄関の方は左子に任せたので、食堂の方に向かう・・・

その道すがら、廊下の暖房器具のパネルを開きスイッチを入れるのを忘れない。


二階堂家の屋敷と言っても24時間暖房をつけっぱなしにしているわけではない。

朝起きてくる綾乃様の為に、屋敷の暖房をつけて回るのも私達のお仕事だ。


左子と手分けをして駆け回っていると、厨房の方から明かりが漏れているのが見える。

朝早くから働いているのは別に私達だけじゃないのだ。


「三ツ星さん、おはようございます」

「おはよう・・・もうすぐ朝食が用意できるから取りに来てね」

「はーい・・・あれ」


ふと違和感を覚えて厨房の中を見渡すと、すぐに見慣れない道具がある事に気付いた。

大きな石を縦に組み合わせたようなそれは、現代のキッチンではすごく浮いていて・・・


「なんですか、これ・・・」

「ああ、それは石臼だよ」

「石臼?」


臼と言えば、小麦から小麦粉を作ったりする道具だっけ?

シェフとして小麦粉に拘りだしたのかな。

そのうち畑で麦から作り始めたりして・・・


「そろそろバレンタインだろう?君達も興味がある年頃なんじゃないかな」

「バレンタイン?」


バレンタインと聞いて思い浮かぶのはチョコだけど・・・

チョコクッキー専用の小麦粉を開発したとか?

そんな事を考えていると、三ツ星さんは意外な使い方を教えてくれた。


「この石臼はね、チョコレートを作れるんだよ」

「へ?」

「チョコレートがカカオ豆から作られるのは知ってるだろう?」

「ま、まさか・・・」


そのまさかだった。

この石臼でカカオ豆を挽いてチョコレート・・・と言うかチョコの元になるココアバターを作れるらしい。

三ツ星さんが言うにはただの石臼ではダメで、この石臼はそれ用の特注品なのだとか。


「『市販品を溶かして型に入れただけのチョコは手作りチョコじゃない』そう思った事はないかな?」

「た、確かに・・・」


手作りと言いつつもチョコそのものは最初から出来ているわけだから、厳密には作ってない。

カカオ豆からチョコを作るのが本当の手作りと言えるのかも知れない。


「これを使えばチョコレートを本当に手作り出来る・・・そういう事ですね?」

「うん、もし手作りに挑戦したければいつでも協力するよ・・・意中の男性もきっと喜ぶだろうしね」


カカオ豆からのチョコ作りか・・・

意中の男性はともかく、普通に興味がある。

そうか・・・こんな石臼でチョコが作れるのか・・・


「カカオ豆からチョコレートを・・・面白そうね」

「もうすぐバレンタインですし、一緒に作ってみませんか?」


綾乃様に話すと綾乃様も興味を持ってくれたようで・・・さっそくチョコ作りに挑戦する事になった。

まず、材料となるカカオ豆なんだけど、三ツ星さんが料理研究用に仕入れてあるものを使わせて貰えるようだ。


「これがカカオ豆・・・」


誰でも写真で一度くらいは見た事くらいはあると思う・・・オレンジ色のカカオ豆は写真通りの見た目なんだけど・・・問題はその大きさ。

豆って言うくらいだから、せいぜいアーモンドくらいの大きさをイメージしてたんだけど・・・手のひらサイズの物体だった。


「左子、そのまま食べても美味しくないからね?」

「・・・むー」


念のため左子に釘をさしておくと、不服そうな声が返ってきた。

食いしんぼの左子と言ってもさすがにこの豆を食べたりはしないかな。


「ああ、これはまだカカオ豆じゃないんだ」

「え?」

「果実の種に近いかな・・・こうやって割ると・・・」


そう言って三ツ星さんがカカオ豆?に包丁の刃を通すと、綺麗に2つに分かれた。

そしてその断面・・・カカオの皮の中には、なんかボコボコした塊が・・・


「ひょっとして・・・これが・・・」

「そう、これがカカオ豆・・・こうやって解すと豆らしくなるかな」


三ツ星さんの手の中でボコボコした塊がバラバラになる。

豆・・・と言うかナッツって感じだ、アーモンドくらいの粒がパラパラと・・・


「これをローストして砕いたものがこちら、これをこの臼に入れます」


石臼は上の方に穴が開いていて、三ツ星さんがそこにカカオ豆を投入する。

あとはハンドルを持って回すだけ・・・結構簡単だ。


「はい、ゆっくり回して・・・」


三ツ星さんの指示に従い、ゆっくりとハンドルを回すと臼がゆっくりと回り出し・・・ごりごりっとした手応えが。

思ったより力はいらないみたいで・・・私の力でも問題なく挽けている。


「綾乃様も回してみますか?」

「ええ・・・でも大丈夫かしら」

「そんなに力入れなくても引けるみたいですから・・・はい、どうぞ」


重そうな石臼の見た目からはちょっと想像つかないよね。

さすがに特注品というだけあって色々と最新の技術が詰まっているのだろう。


「・・・」


緊張した表情で綾乃様がハンドルを握る。

そしてゆっくりと回すと・・・やはり意外な軽さに目を見張るのがわかった。


「挽けている・・・のよね」

「はい、もうちょっと回すと出てくるはずですよ」


それから程なくして、石臼の下部にある排出口から茶色い液体が・・・あ、それっぽい匂いがする。


「こ、これが・・・」


ごりごりっと臼が回るのに合わせて、ドロドロとチョコっぽい液体が流れ落ちていく。

うわ、なんか感動する・・・そっかこうやって・・・


「こうやってチョコレートが作られるのね・・・」


綾乃様も感動しているようで、無心にハンドルを回している。

追加のカカオ豆も投入され、石臼はごりごりと回り続け・・・


「綾乃お嬢様、そろそろ腕がお疲れではありませんか?」

「え・・・ああ、ごめんなさい・・・つい夢中になってしまって・・・」


気付けば、お椀一杯分ほどのココアバターが出来上がっていた。


ハンドルを回す綾乃様が楽しそうで、誰も止めに入れないかと思ったけど、そこは三ツ星さん。

腕が痛くならないように見計らって止めてくれたみたいだ。


「次は、このバターに粉ミルクと粉糖をよく混ぜて練り上げていきます」


ここで砂糖の出番か・・・とりあえずは普通に甘いチョコを作るようだ。

人数分の容器に移して混ぜ混ぜ・・・ココアバターと言うだけあって感触はバターに近い。

この時点で既にチョコっぽいんだけど・・・


「しっかり混ざったら湯煎にかけます・・・ここから先は普通のチョコ作りと同じですね」

「おお・・・」


湯煎にかけるとココアバターが溶けてトロトロに・・・溶かしたチョコっぽい。

匂いも一段と強くなって・・・すごい、チョコの匂いが全身に染み込んできそう。


「この辺で良いでしょう・・・型に流し込んでください」


用意されたハート型に流し込む・・・

予めチョコの量を計算してあったのか、型にちょうどいいくらいだった。


「あとは冷やして完成です、お疲れさまでした」

「「ありがとうございました」」


型を冷蔵庫に入れ、しばらく待つと・・・ハート形のチョコが出来上がった。

これが本物の手作りチョコ・・・果たしてそのお味は・・・


それぞれ自分の作ったチョコを口の中へ。

カカオの芳醇な香りが口の中いっぱいに広がって・・・


「・・・苦い」


砂糖の量が足りなかったのか、思ったよりビターな味わい。

本当に香りは良いんだけど、この苦みはなかなか・・・


「ははっ、3人共酷い顔だね」

「うぅ・・・三ツ星さん・・・」

「ごめんごめん、最初にカカオ本来の味に触れてほしくてね・・・でも食べられない程じゃないだろう?」

「まぁ・・・確かに・・・」


多少なりとも砂糖が入っているので、苦いけど食べられなくはない・・・苦いけど。

でも砂糖は結構入ってた気がするんだけどなぁ・・・


「今のでカカオ80%って所かな・・・甘いチョコレートにするには、もっともっと砂糖が入るんだ」

「そんなに入るんですか・・・」

「うん、カロリーが気になる女の子にはちょっと厳しいかも知れないね」


まさに砂糖の塊のようなものなんだろう・・・現実は厳しい。

こうして、私達の手作りチョコ体験は文字通りの『苦い思い出』となったのだった。


「うぅ・・・まだ口の中に苦みが・・・」

「ふふっ」


・・・口の中にねっとりと残る何とも言えないチョコの苦み。

けれど綾乃様は全然大丈夫なのか、楽しげな微笑みを浮かべていた。


「そう言えばバレンタインのチョコは誰かにあげるんですか?」

「流也さまや礼司さまにはあげた方が良いかしら、日頃良くしていただいているし・・・」


うんうん、この2人にはあげておかないとね。

なおゲームでは攻略対象の中から1人を選んであげる事になってる。

選んだ相手の好感度が大幅に上がる重要なイベントだ。


あ・・・でもそれは主人公である葵ちゃん側の話で・・・確か綾乃グレースは・・・


「霧人くんにも鎌倉でお世話になったし・・・」


ライバルである綾乃グレースは全員に高級チョコを贈って好感度を奪っていくんだ。

その結果、選んだ本命以外は好感度が下がってしまう・・・そんなイベントだった。

という事はやはり綾乃様も全員に・・・


「要さまや透さまには?」

「え・・・」


残りの2人の名前を出すと、綾乃様はキョトンとした顔になった。

全く意識していなかったという事だろうか。

まさかそんな反応をされるとは・・・


「や、学園でも人気のあるお2人ですし・・・綾乃様がチョコを贈っても不思議はないと言うか・・・」

「さすがにそのお2人はそれ程接点がないから・・・もし差し上げても困らせてしまうのではないかしら?」

「そ、そうですよね・・・」


極めて正論。

ゲームとは違うものの、5人中の3人に絞るのは攻略として正しい。

そのチョイスは私としても異論はないよ。


「右子は誰に贈るの?」

「え・・・私?」

「ええ、気になるわ」


私か・・・どうしようかなぁ・・・

せいぜいクラスメイトに安いチョコをばらまくくらいだと思うんだけど・・・

一応、私も攻略対象には一通り送っといた方が良いかな・・・どんなお返しがくるか気になるし。


「流也さまに礼司さまに要さま透さま、霧人くん・・・とライトとレフトもいるか・・・あとクラスの男子達と、三ツ星さんや千場須さんにも・・・」

「ずいぶんたくさん贈るのね・・・」

「たくさんって話なら左子1人分の方が・・・あと成美さんや美咲さんあたりに友チョコを・・・」

「友チョコ?!」


こうして並べていくと本当にたくさん用意しないといけないのか・・・やっぱクラスの男子はやめとこうかな。

あ、左子の分は屋敷で渡せば荷物にはならないか・・・あとはやっぱり・・・


「もちろん綾乃様にも用意しますので、楽しみにしててくださいね」

「・・・!」

「でも手作りはちょっと難しいか・・・まさかこんなに苦いなんて・・・」

「わ、私は苦くても大丈夫だけど・・・」


やっぱり綾乃様は苦いの平気・・・ひょっとして私がおこちゃま舌なだけ?

左子も平気そうだったし・・・くうぅ・・・


「綾乃様にはもっとちゃんとした・・・こう、良い感じのやつ探してきますから!」

「そ、そう・・・」


心なしか綾乃様ががっかりしているような・・・これは期待出来なそうって思われてる?

く・・・本当に良いものを探さなければ・・・



「まぁ、それで私にご相談を・・・」

「そうなの、成美さん・・・どこか良いお店知らない?苦みの利いた大人の味、みたいなの」

「でしたら・・・あそこがよろしいかも知れませんわ」


藁にも縋る思いで成美さんに相談すると、洋菓子店を紹介してくれた。


パティシエール・ドゥ・ミザール


銀座の一等地に店を構えるいかにも高級そうな洋菓子店だ。

洗練された大人の雰囲気が漂う高級店。

ここならきっと綾乃様を満足させることの出来る一品があるに違いない。


「こういうお店ですので・・・それなりのお値段は覚悟してくださいませ」

「そ、そうね・・・」


店に入る前に成美さんが念を押してくる・・・諭吉が吹き飛ぶくらいはするのだろう。

私もそれくらいは覚悟するよ・・・綾乃様のためだ。

ごくりとつばを飲み込み、店のドアに手を掛けた・・・その時。


「おや貴方は綾乃嬢の双子の右・・・右子嬢ですね」

「透さま?!なぜここに?」


急に掛けられた声に背後を振り返ると背の高い長髪の男性・・・攻略対象の1人、十六夜透だ。


「なぜも何も・・・この店は私の父の友人の店ですので・・・ヴァレンティーヌスの買い物ですか?」

「え、ええ・・・」

「右子さまは綾乃様に贈るチョコレートを探しているのですわ、よろしければ透さまにもご意見いただけないでしょうか?」

「な、成美さん?!」


学園でもそれなりに影響力を持つ透さま相手に、成美さんは物怖じすることなく訊ねた。

そういえば成美さんは流也さま相手でも普段通り接してたね、意外と芯が強い子かも知れない。


「出過ぎた事をして申し訳ありません、ですが透さまならきっと良い意見がいただけるのではないかと・・・」

「う・・・」


確かに・・・透さまは天性のセンスの持ち主。

こと芸術面においては攻略対象の中で一番と言っても良い。

彼のアドバイスは千金の価値があるだろう・・・変な気まぐれを起こさなければ、だけど。


「フムフム・・・綾乃嬢が好むショコラティエ・・・ですか」

「はい、苦いのも平気だと言っていたので、大人向けのビターなものが良いかと思って・・・」


透さまが真剣な表情を浮かべて考え始めたので、綾乃様が好みそうなチョコの情報を伝える。

しかし透さまは私の言葉を聞いているのか、メモ帳に何やら書き始めた。


「と、透さま?」


透さまは集中しているのか、私の存在など目に入っていないかのようで・・・

やがてメモを書き終えると、彼はそのページを破り私に差し出した。


「二階堂家には専属のシェフがいたはず・・・彼にこれを見せなさい」

「え・・・ええと、これは・・・」


わけがわからないまま受け取ったそのメモには、外国語で何かが書かれていた。


「綾乃嬢が望むショコラティエはこの店にはありません、私の言う通りにする事をお勧めします」


妙に迫力を感じるその眼差しは、ゲームで見覚えがある。

気まぐれで何を考えているかわからない彼が時折見せるこの表情は・・・こういう時の透さまは信じた方が良い。


・・・一抹の不安を抱きつつも私はそのメモを持ち帰ったのだった。

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