第61話「私の星座もあの中にあったのかしら」
冬休みが終わり、3学期が始まった。
掲示板には3年生の卒業式に関する内容が掲示されていた・・・そういえば上級生とはあんまり面識がないや。
普通は部活の先輩なんかと関わるものだけど、紅茶研は先輩とかいないしなぁ。
卒業式と言われてもいまいちピンと来ないのも仕方ないのかも知れない。
でも卒業の後には進級が控えているわけで・・・私達がこの姫ヶ藤学園に通ってから、もうすぐ1年が経とうとしている。
この校舎や教室にも、すっかり馴染んでしまったなぁ。
入学したての頃はゲームと同じ光景に心躍らせていたっけ・・・今ではもうごく普通の感覚だ。
とは言え、この学園には未だに用途不明の建物も多い。
ピラミッドのような三角錐型の建物とか、球体状の建物とかちょっと怪し・・・前衛的な建築物の数々。
ゲームでは背景として見慣れていたけれど、こうして生徒として通学しているのに全く関わりのない建物達。
・・・そういえばゲームでもほとんどは背景として出てくるだけで、中に入る事はなかったような・・・
おそらくは何かしらの部活や委員会関連・・・ゲームでは選択出来ない中に用途があるんだろうけど。
なんだかちょっと気になってきたぞ。
「綾乃様、ちょっと先に行ってて貰って良いですか?」
「右子?どうしたの?」
放課後のいつものお茶会の後、少しだけ覗いてみようとしたんだけど・・・
「や・・・あの辺りが何か気になっただけなんですけど・・・さっと見てくるだけなので・・・」
「なら私達も一緒に行くわ、左子も良いわよね?」
「ん・・・」
「え・・・そんな、本当にちらっと見るだけなんですけど・・・」
なぜか綾乃様達までついてくる事に・・・
とりあえず謎の球体の方に近付いてみると、結構な大きさで・・・野球部用のドーム球場?
それにしては本当にまんまるで・・・野球場はもうちょっと四角っぽいよね・・・なんだろう。
外から恐る恐る様子を伺っていると・・・中から子供達が出てきた。
見た感じ小学生・・・高学年だろうか、ぞろぞろと30人くらい。
とても高校である姫ヶ藤学園の生徒には見えない年齢の子達だけど・・・
「こ、これは・・・いったい・・・?」
「ああ、あれはこの辺の地域の子供達だよ」
「?!」
私の疑問にさらっと答えたのは、葵ちゃんだった。
どうやら彼女もついて来ていたらしい。
お行儀よく2列になって歩いて行く子供達をどこか懐かしげな視線で見送りながら、葵ちゃんは教えてくれた。
「あの丸い建物ってプラネタリウムなんだよ、ここの天文部が子供達相手に無料で上映してくれてるんだ」
「へぇ・・・天文部がそんな事を・・・ぜんぜん知らなかった」
「私もその『地域の子供』だったからね・・・小さい頃はよく通ったんだ」
ああ・・・そういえば葵ちゃんは地元住民だったね。
ゲームでは出てこなかった話だけど、この辺りで育った子供ならごく当たり前の、日常の出来事の1つなんだろう。
私が生まれ育った地域にはプラネタリウムとかなかったから、ちょっと羨ましい。
「都会では星なんて見えないから貴重な体験ね、素晴らしい活動だと思うわ」
「もし興味があるなら今度観ておいでよ、たまに学園の生徒も観に来てたから普通に見せてもらえると思うよ」
「あ、私達も観れるんだ・・・綾乃様、せっかくだから観に行きましょう」
葵ちゃんの言った通り、プラネタリウムは一般生徒の見学も受け付けていて・・・私達はさっそく観に行く事になった。
まるい球体から少し張り出した入り口に入ると、受付担当と思われる女生徒が1人、立っていた。
あんまり見覚えがないので、おそらくは先輩・・・漂う雰囲気からも年上のお姉さんって感じがする。
・・・2年生なのか3年生なのかは、わからないけれど。
「・・・すいません、私達もプラネタリウムを見せてもらって良いですか?」
緊張しながら声を掛けると、お姉さんはこちらを見てにっこりと微笑みかけてきた。
「あら、1年生の子達ね・・・そちらは二階堂綾乃グレースさんかしら」
「はい・・・私の事をご存知なのですか?」
「ええ、貴女の事は上級生の間でも有名だもの・・・」
上級生の間でも知れ渡っているとは・・・さすがは綾乃様。
やっぱり来年の『Monumental Princess』の座は綾乃様にこそ相応しい。
お姉さんは手慣れた感じで私達を客席へ案内してくれた。
「席は空いているから、お好きな所へどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
客席はまばらで、地元の子供とそのお母さんがいる程度だった。
先日見かけたような、学級単位で観に来る事はあんまりないのだとか。
特に問題もなく3人並んで座れる席を見つけたので、例によって私と左子が綾乃様の両隣に座る。
「ふふ、プラネタリウムなんて初めてだから少し緊張するわね」
「私もです」
幼い頃から綾乃様と一緒に過ごしてきてるから、当然っちゃ当然だけど・・・前世の方でもプラネタリウムには行った事がなかった。
私の住んでた所からは結構距離があるし、最寄り駅からも遠いしで、なかなか行く気にならなかったんだよね。
あ、文化祭でそれっぽい事をしてたクラスはいたような・・・ああいうのかな。
大きなドームの内側、広い円形の部屋の中央では、あちこちに穴の開いた球体がこれみよがしに存在感を放っていた。
おそらくはあれが星を映し出す機械なんだろう・・・思ったより本格的だ。
そうこうしてるうちに部屋の照明が少しずつ暗くなっていく、いよいよ始まるのだろう。
『で、では本日の投影を、はじめます』
「あ、始まるみたいですよ」
「右子、投影中は静かに・・・」
「はーい」
ドーム内に響いたのは、さっきのお姉さんの声だ。
受付だけではなく解説も担当しているらしい。
部屋が暗くなっていくにつれて、ドームに投影された星の姿が徐々に見えてくる。
ひとつ、ふたつ・・・と、星を数えてみたけど、そのカウントはすぐに止まった、なぜなら・・・
「・・・すごい」
隣の席で綾乃様が感嘆の声を発するのが聞こえた気がする。
たぶん聞こえたんだろうけど・・・私も私でたぶん同じ反応をしてると思う。
目の前に広がる光景に圧倒されてしまっていた。
『これが、今夜九時の空です・・・南の空で一番明るく見えるこの星がおおいぬ座のシリウス、−1.46等星という恒星の中でも一番明るく見える星で・・・』
たぶん百とか千とかじゃない・・・膨大な数の星達が視界一面に・・・いや、視界に入りきらない。
なにこれ・・・宇宙? なんだか距離感が・・・
星が投影されているドームの大きさは知っているはずなのに、広大な宇宙空間にいるかのような錯覚。
投影された星空は東から西へゆっくりと動いていて・・・それもまた重力がどうにかなってしまったかのように感じられた。
『・・・が冬の大三角と呼ばれています。更にリゲル、アルデバラン、カペラ、ポルックス・・・この4つの明るい星を加えて・・・』
これ完全に学生の部活のレベルを超えてるよ・・・
無数に瞬く星達の光はとても繊細で、天の川を構成する星のひとつひとつまで見えそう。
その中でもひときわ明るい星・・・一等星について解説のお姉さんが説明してくれていた。
・・・星の名前とかよくわからないけれど、言葉の響きもあってなんか魔法の呪文のように聞こえる。
まるで別の世界に迷い込んだような・・・って、私が言うのもアレだけど・・・とにかくそんな雰囲気だ。
あ・・・双子座が出てきた、私達の誕生星座だ・・・双子だから双子座っていう極めて安直な設定だけど。
『・・・本日の投影を終了します、ありがとうございました』
最後に疑似的な太陽が昇り、部屋の中が明るくなって投影は終了した。
ずっと暗い中にいたせいか明るくなった室内が少し眩しい。
軽く伸びをしながら席を立つと、私は隣を振り返った。
「ん・・・星が綺麗でしたね綾乃さ・・・左子?!」
「・・・すやぁ」
「ふふ・・・左子ったら」
綾乃様に寄り掛かるような形で、左子が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
たしかにリラックス効果があったし、眠くなるのもわかるけど・・・綾乃様に寄り掛かるなんて。
「もう左子・・・はやく起きなさいってば」
「・・・ん・・・姉さ・・・ん?」
身体を揺さぶると、まだ眠たそうに目をこすりながらも左子は上体を起こした。
まさかとは思うけど・・・最初から寝てたりしないよね?
「きっと疲れてたのよ・・・右子、あんまり左子を責めないであげて」
「・・・う」
綾乃様にそう言われると怒るに怒れない。
確かに毎日早起きしてるしなぁ・・・や、それは私も同じなんだけど。
「ごめんなさい・・・説明を聞いてたら・・・眠くなってきて・・・」
「そうね・・・少し難しかったわね」
ああ、確かに。
子供達に見せる内容にしては、難易度が高いような・・・
それとも最近の子達のレベルが高いのだろうか・・・姫ヶ藤学園のご近所さんだし・・・思わずチート庶民が脳裏に浮かんだ。
「正直私も内容はさっぱり・・・あ、でも双子座が見れたのは良かったです、私達双子座生まれなので・・・」
「そうだったのね・・・ひょっとして、私の星座もあの中にあったのかしら」
綾乃様は天秤座生まれだけど・・・今日の投影では見た記憶はなかった。
「天秤座は・・・その、ちょっと季節が違うかもです」
「そう・・・でも2人の星座があったなら良かったわ。双子座生まれで双子だなんて、ちょっと運命的ね」
「あはは・・・そ、そうですね・・・」
私には安直な設定としか思えないんだけど、綾乃様からはそう見えるのか。
・・・ひょっとしたら、右子と左子というこの名前についてもそう思ってるのかも知れない。
「星座占いの本とかもあるんですよ、今度図書館で探してみましょうか」
「そうね、少し興味が沸いてきたわ」
他愛のない話をしながら、私達はプラネタリウムを後にした。
なかなか感動的な体験だったけれど、この場所は攻略には関わりがないし、もうここに来る事もないだろう。
・・・と思っていた、その矢先。
「あら、あなた達は・・・」
とある日の放課後。
左子と2人で紅茶研の部室に向かっていると、不意に声を掛けられた。
上級生のお姉さん、なんか見覚えがあるような・・・
「あ、プラネタリウムのおねえさ・・・じゃなくて、天文部の先輩・・・ですよね?」
「うふふ・・・そう思ってくれるのはちょっと嬉しいわ」
そういえば同じ学園に通ってる先輩だったね。
大人っぽい雰囲気も手伝って、すっかりプラネタリウムのスタッフみたいな印象になってた。
「今日は綾乃さんは一緒ではないの?」
「綾乃様はクラス委員をやっていますので、色々と忙しくて・・・あまり一緒にいられないんです」
「そうだったの・・・ねぇ、良かったらうちの部室に寄っていかない?」
「え、良いんですか?」
「ええ、ちょうど話し相手がほしかったの」
というわけで、天文部の部室にお呼ばれしてしまった。
それも紅茶研と同じ部室棟・・・あのプラネタリウムとは別に部室があるらしい。
「・・・ここよ、少し狭いけど我慢してね」
「「お邪魔します」」
同じ建物だけあって部室の間取りは紅茶研とそう変わらない・・・はずなんだけど。
なんか大きな望遠鏡が所狭しと並べてあって、すごく狭く感じられる。
たしか望遠鏡って、すごく高いんだよね・・・机には分厚い天文学の本も・・・あのドームといい、さすがは姫ヶ藤学園、やはり正式な部活動ともなると予算も潤沢なんだろうか。
先輩は奥の段ボールの中からお菓子のような物を出してくれた・・・なんかパッケージに宇宙食シリーズって書いてある・・・こんなのあるんだ。
「ごめんなさい、こんな物しかなくて・・・」
「すいません、気を遣わせちゃって・・・そういえば、他の部員の人はいないんですか?」
「皆はプラネタリウムの方にいるわ・・・この部室はほとんど倉庫代わりに使われているの」
倉庫代わり・・・なるほど。
部員が何人いるのか知らないけれど、今居る私達3人だけでも狭く感じる空間だ。
あの広いプラネタリウムをメインに使った方が色々と便利なんだろう。
「そうだったんですね・・・ええと・・・」
「2年の五月川舞耶よ、よろしくね」
「三本木右子です、こっちは双子の妹の左子」
「・・・よろしく」
2年生なんだ・・・すごく大人っぽく見えるけど、ひとつしか違わないなんて・・・
非情な現実に私が衝撃を受けていると、舞耶さまは私達をしげしげと見比べてため息をついた。
「本当にそっくりね、私は一人っ子だから羨ましいわ」
私も前世は一人っ子なので、その気持ちはわかる。
兄弟姉妹・・・特に双子にはちょっとした憧れみたいなのがあるよね。
でも舞耶さまの様子を見る限り、ただ珍しい双子と触れ合いたかっただけには見えないけど・・・
「あの、舞耶さまはプラネタリウムの方にいなくて良いんですか?」
「私は語りの練習に専念した方がいいから・・・あっちだと皆の邪魔になってしまうから、いつもここで練習してるのよ」
「ああ、舞耶さま綺麗な声してますもんね・・・プラネタリウムの雰囲気にぴったりでした」
これはお世辞ではない。
舞耶さまの落ち着いた声はプラネタリウムの雰囲気とよく合っていると思う。
でも舞耶さまはどうも浮かない顔をしていて・・・
「ありがとう・・・でもぜんぜんうまく喋れていないの・・・あんまり評判も良くなくて・・・最近は星の勉強もがんばっているんだけれど」
うんうん、すごく難しい事も解説してたもんね。
きっと人知れない努力がたくさんあったんだろう。
あの分厚い天文学の本も、よく見るとタグがびっしりと付いていて・・・舞耶さまの真面目さが窺い知れた。
「あなた達も見たと思うけれど、あのプラネタリウム・・・すごかったでしょう?」
「はい、星の事とかよくわからないけど、すごかったです」
「ギガスター・・・何代か前のうちの天文部の先輩が開発した最新の機械で、そのご縁があってこの学園に寄贈された物なの」
「アレうちの卒業生が作ったんですか・・・」
すごい機械だとは思ったけど、そんな経緯があったとは。
最新って事は・・・そこらのプラネタリウムよりも高性能だったり・・・
「世界に2台しかないうちの1台、と聞いているわ・・・」
「・・・」
どうりで、すごい星空だと思ったよ。
さすが姫ヶ藤学園・・・各方面にすごい人材をたくさん輩出してきているのだろう。
文字通り学生の部活のレベルを超えていたわけだ。
「こんなすごい物を扱える事に、皆誇りを感じているわ・・・新しい星を発見した先輩もいるし、皆積極的に活動してるわ」
新しい星を発見?!そんな事まで・・・姫ヶ藤学園天文部おそるべし。
けれど、そう語る割に舞耶さまは沈んだ表情を浮かべていた。
もっと誇っていい話だと思うんだけど・・・舞耶さまは深くため息を吐いた。
「・・・なのに私は全然ダメ・・・皆に置いていかれないように付いていくので精一杯、プラネタリウムの語りを担当してるのも、この天文部の中で機械を扱えないのは私だけだからなの・・・それもなかなか上手くいかなくて・・・」
ああ・・・私にも身に覚えがある感覚だ。
近くにいる人達が優秀過ぎるせいで、自分のダメさが際立つというか・・・
もちろん自分なりに頑張れてはいるはずなんだけど・・・比較対象がチート級だとね、どうしてもね・・・
「その気持ち、ちょっとわかるかも・・・」
「・・・綾乃さん、かしら?」
「ええ、綾乃様の足手纏いになるんじゃないかって、いつも不安に思ってます・・・それ以外にもやっかいなのが色々といますけど・・・」
私の漏らした呟きから先輩はある程度察したらしい。
まぁ、さすがに葵ちゃんの事まではわからないと思うけど・・・
「ふふ・・・お互い大変ね」
「・・・ですね」
舞耶さまと、顔を見合わせて苦笑いをする。
きっと私も同じような表情をしているんだろうな・・・何とも言えない感覚。
「ねぇ右子さん、一つお願いしても良いかしら?」
「はい、私に出来る事でしたら・・・」
「右子さんが私の語りを聞いてどう思ったのか・・・率直な意見を聞かせてほしいわ」
「そうですね・・・」
正直そんなこと言われても何を言えば良いのか・・・でも、なんとかこの先輩の力になりたい。
私も難しい話はわからな・・・あっ・・・
「聞いてて、ちょっと難しいなって思いました」
「難しい・・・」
そう、難しくて話の内容がぜんぜん入ってこなかった。
天文部の人達のレベルで考えたら、たいしたことないのかも知れないけど・・・
分厚い天文学の本が視界に入る・・・どう見ても私なんかには縁がないやつだ。
きっと、あの子供達にもハードルが高いんじゃないだろうか。
「こういう本格的な資料も大事かも知れませんけど、もっと皆がとっつきやすい題材を何か探した方が良いかも知れません」
「皆がとっつきやすい題材・・・たとえば?」
たとえば?!
え・・・ええと・・・自分で言っておいてなんだけど・・・思いつかない。
目の前では舞耶さまがすごく真剣な表情で見つめてきている・・・な、何か・・・何かないか?
こんな時、綾乃様だったら・・・綾乃様だったらきっと良いアドバイスが出来るに違いないんだけど。
私は綾乃様を思い浮かべた・・・
いつも一緒にいるだけあって、それはもうはっきりくっきりと解像度高く。
・・・そして、先日のやり取りが私の脳内で再生された。
(星座占いの本とかもあるんですよ、今度図書館で探してみましょうか)
(そうね、少し興味が沸いてきたわ)
星占い・・・それだ!
「たとえば・・・星占いの本とか・・・あ、すいません素人が適当な事言っちゃって」
「いえ、すごく参考になったわ、ありがとう・・・左子さんもつき合わせちゃってごめんなさいね」
「気にしないでください、左子はおとなしいと言うか・・・いつもだいたいこんな感じなので」
「ん・・・気にしないで」
左子は左子でこの間に黙々と出された宇宙食を平らげていて・・・なんか満足げな表情を浮かべている。
・・・どんな味だったんだろう、後で聞いてみよう。
「2人とも本当にありがとう、もし良かったらまた観に来てくれると嬉しいわ」
「はい、またお邪魔しますね・・・失礼します」
舞耶さまに見送られ、天文部を後にした。
もう二度と行く事もないと思ったけど、ああ言った手前もあるし、もう1回くらいは観に行こうかな。
どこかで綾乃様の時間も取れるタイミングがあると良いんだけど・・・そんな風に考えていたら、それは向こうからやって来た。
「ねぇ右子、左子・・・今度またあのプラネタリウムを一緒に観に行かない?」
「えっ」
翌日の放課後の事。
何やら図書館で調べ物をしてきた綾乃様が、私達をプラネタリウムに誘ってきたのだ。
「ひょっとして・・・嫌だったかしら」
「そんなことないです、ただちょうど私達も・・・」
「プラネタリウム・・・観に行こうと思ってた」
渡りに船と言うか、誘う手間が省けたと言うか。
私達も誘おうとしてしていた事を告げると、綾乃様は不思議そうな顔をして・・・
「そうなの?・・・本当に占い通りかも・・・」
「綾乃様?今なんて・・・」
「ふふ、なんでもないわ」
占い?・・・そう聞こえた気がする。
図書館で星占いの本でも読んだのかな。
幸いな事に綾乃様の方も予定が空けられるみたいで、思ったよりも早く私達はあのプラネタリウムに行く事になった。
「お席はご自由になってます、空いている席にお座りください」
私達を案内してくれたのは知らない生徒だった・・・今日は受付に舞耶さまの姿が見えない。
まさかダメ過ぎて天文部をクビに・・・でも全然そんな事はなく、投影が始まると舞耶さまの声が聞こえてきた。
『冬の空に燦然と輝く冬の大三角、その上の方に見えるこの二つの星はカストルとポルックスと言います・・・』
瞬く星達を繋ぐように線が描かれ・・・星空の上に冬の星座が現れる。
この大きな三角形は印象に残るけど、やっぱり星の名前までは覚えられないなぁ・・・なんて思っていたら。
『ここにあるのは、十二星座で有名な双子座・・・皆さんの中にも、双子座生まれの人がいるのではないでしょうか?今日はこの双子座にまつわるお話をしたいと思います』
双子座・・・私達の誕生星座だ。
まさか私達が観に来たから・・・いやいや、さすがにそんな事はないか、冬の星座って言ってたし。
『昔、カストルとポルックスという、とても仲の良い兄弟がいました』
舞耶さまの語りに合わせて、頭上の星空の真ん中にイラストが投影された。
よく似た姿をした双子の兄弟の冒険物語が紙芝居のように語られていく・・・この双子が双子座の元になったのか。
物語には牡羊座のモデルとなった黄金の羊も登場・・・なんか左の方からお腹の音が鳴るのが聞こえた。
残念な事に物語の終盤で双子の片方は死んでしまう。
しかしゼウス神は生き残ったカストルの命を半分にしてポルックスに与え、双子が一緒にいられるように夜空に浮かべたのだとか。
『こうして・・・分け合った半分の命であるために、2人は夜の間だけ空で輝いている、と伝えられています』
双子座の物語が語られている間も、星空は動き続けていたらしく・・・物語が終わる頃になると、双子座は西の空へと沈みかけていた。
『どうやら、お話をしている間に一晩経ってしまったようです・・・東の空がうっすらと明るくなってきました』
昇る朝日の光に包まれ、天の星々が消えていく。
しかし明るい冬の星々は西の空の上で最後のきらめきを見せていた。
大きな6角形に並んでキラキラと瞬く星達・・・たしか・・・冬の・・・
『冬の空の明るい星達は、その形からダイヤモンドに例えて、冬のダイヤモンドと呼ばれています・・・しかしそんな星達ともお別れの時がやってきました』
星達がすうっと・・・青空の中に消えていく・・・
すっかり朝日の昇った空の上で、消えた星達を追いかけるように雲が流れていくのが見えた。
「ご来場ありがとうございました、気を付けて帰ってね」
無事投影が終わり、ドームの外へと出てみると、地域の子供達を誘導する舞耶さまを見つけた。
舞耶さまの方もこっちに気付いたようで、お互いに歩み寄る形になる。
「あら貴女達、観に来てくれたのね」
「舞耶さま、今日の語り、とてもわかりやすくて・・・面白かったです」
挨拶もそこそこに、感想を伝える綾乃様・・・少々食い気味なあたり、内容もお気に召したらしい。
それは私も同じ事、左子だって今回は寝てないし・・・
「うん、まるで物語に引き込まれるような気分だった、ね左子」
「ん・・・羊肉、食べたくなった」
・・・やっぱりあれは左子のお腹の音だったか。
羊のお肉は癖が強いらしいけど、今度三ツ星シェフにリクエストしてみようかな。
「右子さんありがとう、子供達にもわかりやすいように・・・貴女の意見を参考にしてみたつもりよ」
「右子ったら、いつの間にそんなアドバイスを・・・」
「えへへ・・・舞耶さまとちょっとお話する機会がありまして・・・」
私の手を取りお礼を言う舞耶さまを見て、綾乃様が驚きの表情を浮かべた。
そういえば綾乃様には話してなかったっけ。
私の素人アドバイスでも、参考になったなら良かったよ。
「綾乃さんも、この間の事を参考にさせてもらったわ、ありがとう」
「ああ・・・あの星座の話を・・・」
?!
今度は私が驚く番だった・・・この間のって、どの間の事?
それらしいタイミングが思い当たらないんだけど・・・いつの間に・・・
「ムム・・・綾乃様こそ、いつの間に舞耶さまとお会いしていたんですか!」
「ふふ・・・本当に仲が良いのね、羨ましいわ」
「ん・・・私達3人はいつも一緒」
唇を尖らせて綾乃様に言い募る私を見て、舞耶さまが微笑みを浮かべ・・・左子が得意げに胸を張った。
なんだか気恥ずかしい・・・でも確かに、私達3人は・・・
「まるでカストルとポルックスね・・・3人だからオリオン座の三つ星かしら」
「オリオン座の三つ星・・・」
「そう、冬の夜空に並んで輝く3つの星・・・」
まさか星に例えられるなんて・・・でも舞耶さまにそう言われると説得力を感じる。
オリオン座かぁ・・・有名な星座だから、さっきの星空にいたのもちゃんと覚えてる。
実際の空でも見れると良いんだけど・・・
「今日は良く晴れているから、本物も見えるんじゃないかしら」
と、教えてくれた舞耶さま。
まるで私の考えを見透かしたかのよう・・・そっか、見えるんだ・・・じゃあ・・・
「じゃあ、帰ったら一緒に見ましょうか綾乃様」
「そうね・・・舞耶さま、ありがとうございました」
「こちらこそ、またいつでも観に来てね」
プラネタリウムは太陽が昇って終わったけど、現実の外は太陽が沈んでいく時間だった。
赤く染まっていく空を視界に収めながら、私は綾乃様の右側を歩いていく・・・いつも変わらない定位置。
オリオン座の3つ星で言うと、私の位置にあるのはどんな星だろう・・・
「綾乃様、今夜はバルコニーで星を見ながらお茶会ですね」
「でも、ちょっと寒いかも・・・」
そう言いながら綾乃様は肩を震わせた・・・冬の空気はだんだんと冷たさを増していく。
今年はかなり冷え込むのだと天気予報で言っていたのを思い出した。
「・・・暖めるから、大丈夫」
不意に、隣を歩いていた綾乃様の歩く速度が遅くなったと思ったら・・・左子がぴったりと綾乃様の左側に張り付いていた。
ぎゅっと綾乃様の左腕を抱きしめるようにしがみついて・・・
まぁ確かに暖かいかも知れないけど・・・綾乃様すごく歩き辛そうにしてるじゃない。
「ふふ、左子ったら・・・」
けれど当の綾乃様はまったく気にしてないどころか、笑顔まで浮かべていて・・・くぅぅ、左子ばっかりずるい。
こうなったら、私だって・・・
「じゃあ右側は私が暖めますね」
対抗して綾乃様の右側に張り付いた。
こうしていれば左右隙間なく、温かさも2倍のはず。
・・・けど歩き辛さも2倍のような・・・いやいや気にしちゃいけない。
「もう、私だけ暖かくても2人が風邪を引いてしまうわ」
「毛布をかぶるから・・・大丈夫」
「たしかに毛布があった方が良いかも・・・綾乃様の分も探しておきますね」
「ありがとう、今から夜が楽しみね」
綾乃様の温もりを左に感じながら見上げた冬の空。
天高く輝くオリオンの星達は、都会の空でも見ることが出来た。
私達はいつまでこうしていられるのだろう。
出来ることなら、あの星座のようにずっと一緒に・・・
※このエピソードは2021年頒布のドラマCD版「いつも貴女の右側に」の内容を元に、新たに小説版として書き起こしたものとなります




