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第59話 (綾乃様の願いが叶いますように・・・)


壱富士弐鷹参茄子____


古来より『初夢に出てくると縁起が良い』とされるベスト3だ。


この手の話を信じる信じないは人それぞれ・・・

そもそも夢を見れるかどうか、そして覚えているかどうかという壁もあるんだけど。

でも、実際にこれらが初夢に出て来たら、皆ちょっとは嬉しいと思うんじゃないかな。


幸いな事に私、三本木右子は元旦に初夢を見る事が出来た・・・んだけど・・・



「・・・富士山・・・じゃないよね」


・・・私は今、登山路に立っていた。


周囲に人はなく見晴らしは良好、視界一面に雄大な山々の景色が広がっている。

問題は雄大過ぎる所だ、木の1本も生えていない代わりに雪を纏って白く尖った山々はどう見ても日本の光景ではない。

そして空にはどんよりと黒い雲が覆っていて・・・この光景は見覚えがある、すごく最近に。


「あ・・・呪いの山だこれ」


遊んだばかりのゲームに影響されるなんて、我ながら単純な・・・

さっそく空から白いものがぱらぱらと振ってきた・・・やがては吹雪になるのだろう。

雪が頬に触れた・・・でも冷たいと感じない・・・うん、間違いなく夢だ。


あのゲームが元になっているならどこかに山小屋があるはず。

例え夢でも嫌な目には遭いたくないので、私は下山する方向に進む。

しかし夢を見ていて『これは夢だ』って認識があるというのもなかなか珍しいね。


どうせならもっと平和なゲームの夢が良かったなぁ・・・

あの後、お寿司のゲームとかケーキを食べるゲームとかも遊んだのに・・・なぜそっちじゃなかったのか。


しばらく進むと山小屋はあった。

丸太を組んで作ったような、わかりやすい形の木の小屋。


「お邪魔します・・・誰かいま・・・せんね」


山小屋に鍵のようなものはなく、簡単に入ることが出来た。

中は薄暗く、人がいるような気配はない。

奥に暖炉が見えるけれど、火をつける為の道具は見当たらない。

そもそも暖炉の火とか、どうやってつけるんだろうか・・・

入り口近くの柱にランプが吊り下がってるけど、やっぱり火をつける物がない。


「ふぅ・・・」


椅子も何もないので床に座る・・・特に何もすることがない。

退屈だ・・・夢なんだから何かしら起きても良いと思うんだけど。

外が吹雪になっているのが窓から見える、それ以外の変化が何もない空間。


ごろんと寝転がり目を閉じる・・・夢の中で寝ると目覚めたりしないだろうか。

残念ながらそんなに都合よく起きれたりはしなかった。


綾乃様はどんな夢を見てるのかな・・・きっと綾乃様の夢はもっと平和で、こんな殺風景な山小屋って事はないと思う。

もっとこうふわふわした感じの・・・かわいらしい夢を見てそうだ。


左子は・・・やっぱり食べ物が出てきそう、それこそゲームの影響でお寿司とかケーキが・・・

昔左子が「もう食べられない」って寝言を言ってた時があるけど、その時はどれだけの量があったんだろう。


葵ちゃんは・・・やっぱりお母さんの夢かな。

流也さまは斎京グループで仕事してそう、礼司さまはイギリスでティータイム。

要さまはバスケの試合してて、透さまはパリコレ?霧人くんは配信で人気が出てる夢。

ゴミ子は二階堂家でメイドしてて、成美さんは国宝のピアノの伴奏でバイオリンを・・・


目を閉じていると色々な人が脳裏に浮かぶ。

皆に会いたいな・・・夢同士が繋がったりしないかな。

そんな期待をしつつ目を開けても、山小屋の光景は変わる事無く・・・吹雪の中に私を閉じ込め続ける。


寒さを感じてぎゅっと身体を縮こませる。

これは吹雪の寒さ・・・それとも・・・


「そっか・・・今私『寂しい』のか・・・」


声に出して言った事ではっきりと自覚した。

どっか肌寒さにも近い、何もないのにすごく不安で心細いこの感じ・・・


私にとって1人でいる事はごく当たり前の事で、こんな風に感じた事なんてなかったのに。

いったいいつから・・・いつから私はこんな風になってしまったのか・・・


いつも私の隣には綾乃様がいて、反対側には左子がいて・・・そんな当たり前の日々が・・・すごく・・・


涙で視界が滲んでいく・・・私は・・・




「・・・姉さん・・・起きて・・・えい・・・えいえい」

「痛っ!痛い、痛いって!」


私は・・・元旦の朝から寝坊して、左子に叩き起こされたのだった。


「・・・初詣の支度・・・急いで」

「うぅ・・・せっかく初夢を見れてたのに・・・」


ぼーっとする頭をシャワーで流し、左子と一緒に晴れ着に着替える。

着物は着付けが大変だ・・・最近は簡単に着れるのも出回ってるんだけど、二階堂家が用意してくれたのは本格的なやつで・・・


「・・・どんな夢?」


着付けしながら初夢の内容を左子が聞いてきた。

どんな夢だったかな・・・左子に叩かれたせいでほとんど忘れちゃったよ。

あ、でも山が出てきたのはなんとなく覚えてる・・・うん、あれはたぶん富士山だね。


「ふっふっふ・・・富士山に登った夢、すごい縁起良くない?」

「おお・・・」


ぱちぱちぱち


左子が小さく拍手する。

たしか富士山は1番縁起が良いはず・・・今年の私は一味違うぜ。


着替えを終えた私達は急いで髪を整え食堂へ。

私はだいぶ寝坊していたようで、綾乃様はもちろん、霧人くんとライト&レフト、そして五味原さんが勢揃いしていた。


「うわ・・・遅くなってごめんなさい!」

「昨夜は遅くまで付き合わせてしまったもの、仕方ないわ」


綾乃様は優しい言葉をかけてくれるけど、条件は皆同じだからなぁ・・・

1人だけ寝坊してしまったのは恥ずかしい。

皆はもう朝食を済ませたらしく、テーブルには何も残っていない。


「皆様、お車のご用意が出来ました」

「う・・・」


私の背後から千場須さんの声が・・・気配なく来るから心臓に悪い。

もう朝食どころか出発の時間らしい。

まぁ寝坊した私が悪いんだし・・・朝ごはんくらいは我慢我慢。


「じゃあ皆行こっか・・・左子はちゃんと食べれたよね?」

「ん・・・」


それを聞いて一安心。

皆を先導するようにして屋敷の外に停められたリムジンへと・・・


「あ、右子」

「はい?」


不意に綾乃様に呼び止められた。

綾乃様も晴れ着姿、明るい色使いの着物は綾乃様の金髪にもよく似合っている。

日頃は日本人離れした印象がある綾乃様だけど、こうして見るとやっぱり名家の御令嬢だ。


「はい、車の中で食べられるように用意してもらったわ」


そう言って手渡された包みの中身は、おにぎりとお茶のセットだ。

寝坊した私の為に三ツ星さんがわざわざ作ってくれたらしい。


「あ、ありがとうございます」


全員が乗り込んだリムジンの中で1人もぐもぐとおにぎりを食べる。

さすがのリムジンでもこの人数だと狭く感じるね。


「そういえば初詣はどちらに行かれるのですか?」


そう尋ねた五味原さんも当然のように晴れ着姿だ。

さすがに初詣の用意まではしてきていないので、二階堂家からのレンタルという事になっている。

・・・実際の所は、綾乃様のお下がりだったりするんだけど、そんな事を知ったらゴミ子は卒倒してしまうに違いない。


「二階堂家の方々は毎年、鶴岡八幡宮にお世話になっております・・・混雑を避けて日程をずらすのが慣例なのですが・・・」

「せっかく皆が来てくれたのだもの、今年は無理を言ってしまったわ」


いたずらっぽく綾乃様が笑う・・・なかなか見られない表情だ。

もうこの面子には心を許したのか、すっかり自然体の綾乃様・・・すごく楽しそうで見ているこちらも楽しい気持ちになる。

・・・実際無理を言ってお願いしたのは私なんだけどね、綾乃様も乗り気だったってだけで・・・


「鶴岡八幡宮・・・つまり鎌倉か・・・」


目的地を知って霧人くんが不敵な笑みを浮かべた。

いや、霧人くんだけじゃない、ライトとレフトも目つきが変わっている。


「霧人くんは鎌倉に行ったことあるのかな?」


ごく自然な風を装って霧人くんに話を振る。

得意分野の話題を振られた霧人くん達は水を得た魚のように語り始めてくれた。


「もちろん、鎌倉は僕達の庭みたいなものですからね」

「観光ガイドならその辺のツアーガイドなんて目じゃないっすよ、任せてくださいっす」

「さすがに元旦ともなるとあちこち混みますが・・・所詮は有名どころにしか行かない素人の集まり、いくらでも出し抜いてやりますよ」


霧人くんが鎌倉に詳しいのはゲームで知っている。

霧人くんは幼い頃からこの辺りでよく遊んでいたという話だ、相当詳しいだろう事は間違いない。

ちなみに夏休みに発生する湘南デートイベントでは、小さな身体でサーファーを気取る彼の微笑ましい姿を見る事が出来るよ。



「最初に八幡宮行くんすよね?馬鹿正直に正面から行っちゃダメっすよ」

「?!」

「千場須さん、この先で曲がってください」


霧人くん達のナビゲートに従い、車は裏手にある山の中へ・・・

車と人がごった返す正面の通りと違って、こちらには誰もいない。

逆にそれが不安になるんだけど、霧人くん達3人は自信に満ち溢れた表情を浮かべている。


「ささ、俺らについて来てください」

「ふふふ・・・掟破りの地元走りってやつを見せてやるっすよ!」

「4人は着物だからな、お前らゆっくり進めよ・・・」


獣道って程じゃないけれど、山の中の細い道を霧人くん達が進んでいく。

だ、大丈夫なのかな・・・さすがにいつものように綾乃様の左右に並ぶのは無理があるので私が前になる。


「こっちは着物だし、無理そうだったら引き返すからね?」

「大丈夫です、もし厳しそうな場所があったらサポートしますので・・・」


実際に進んでみると意外と平気・・・曲がりくねっているものの道は平坦で足元もしっかりしている。


「ふふっ、探検みたいね」


綾乃様も楽しむ余裕があるくらいだ。


「綾乃様、気を付けてください!ここは山の中ですから、何が出てくるか・・・」

「・・・夏ならともかく、冬は何も出てこないよ」


後方で周囲を警戒する五味原さんだけど、たしかに生き物の気配は感じない。

この道が歩きやすいのも季節が関係しているのかも知れない。


「はい到着」


程なくして境内へとたどり着いた。

参道から大階段の方面は初詣の参拝客に溢れてはいるものの、こちらは普通に歩ける程度の混み具合だ。


「うへぇ・・・すごい人・・・」

「駅からずっとあんな感じだよ」

「ひぇぇ・・・」


充分な幅を持つはずの大階段を、人がぎゅうぎゅう詰めで登ってくる。

その先を見下ろすと確かに人混みは駅の方まで続いているように見えた。

普通にあの中を進んで来るのを思うと、山道がすごい優しく感じられるね。


「さすがにここから先は覚悟決めていくしかないっすね」

「覚悟って・・・」


見た所、階段を登り切ると道が広くなっているので、混雑がそこで緩和される形に見える。

だが、その先の本殿内・・・賽銭箱の付近はまるで餌に集まる鯉のような・・・


「まじか・・・あの中に行くの?」

「・・・お金を先に出しておいた方が良さそうね、タイミングを合わせて皆で一斉に行きましょう」


もう今日はここまでにして本殿はまた後日にしませんか?

そう言いたくなったけど、状況を分析して準備を始めた綾乃様にそんな事を言い出せるわけもなく・・・


「先陣は私が!私の屍を越えてってください!」


先頭に立って突撃するゴミ子の真後ろに綾乃様がいてもらって、その左右を私と左子がガードする。

錐型の陣形を取った私達は、賽銭箱目掛けて突き進み・・・


「も、もうこの辺りで良いんじゃないかしら・・・」

「いいえ!まだいけます!もう少し前に・・・」

「五味原さん、無理しなくて良いからね!もし陣形が崩れたら綾乃様が」

「まだいけます!死んでもここは譲りません!」

「五味原さん、もう充分だと思うの・・・ここでお賽銭を」

「くぅ・・・」


賽銭箱までは5メートルと言った所か。

普通に投げ入れれば大丈夫だと思うけど、人波に揉まれて姿勢が・・・


「皆、せーのでいくわよ、せーの!」


綾乃様の合図に合わせて賽銭を投げ入れる・・・よし、ちゃんと入った。


「皆、お賽銭入った?」

「ん・・・」「はい」

「入りました!」


どうやら全員外さずに賽銭を入れられたようだ。

あとは二礼二拍一礼・・・だっけ・・・この姿勢ではなかなか・・・


「お賽銭は入ったのだからいったん離れましょう」


なるほど、確かにその方が良い・・・神様だってちゃんとした姿勢で礼してほしいだろうし。

問題はこの状態から下がれるかどうかだけど・・・錐型陣形は進むのには良いけど戻るのには不向きだ。


「右子さんから順にこっちへ」

「退路は任せろー」

「あ、あんまり長くはもたないっすよ・・・」


私の右側から霧人くん達の声が・・・そっち側に少し隙間が空いて・・・3人が空けてくれてるんだ。


「綾乃様、こっちです・・・左子は五味原さん引っ張って来て」


綾乃様の手を引いて人混みから抜け出す。

続いて左子とゴミ子も無事脱出・・・なかなかハードだった。


ぱんぱん


隣で綾乃様が二拍する音を聞いて本題を思い出す。

私も二礼二拍一礼・・・っと。



もちろん願う事は1つ・・・


(綾乃様の願いが叶いますように・・・)



きっと綾乃様は『Monumental Princess』に選ばれる事を願っているに違いない。

綾乃様1人の願いよりも私の分を上乗せすれば・・・たぶん左子も私と同じ思いのはず。

合わせて3人分だ、神様も無下には出来ないに違いない。


「ふぅ・・・疲れたわね」

「私も疲労が困憊です・・・」


本堂を出た所で綾乃様が疲労を訴え、ゴミ子がへたり込む。

もちろん私もくたくただ。


「ですね・・・どこかで休憩しましょう・・・良い所があるといいんですけど」


そう言いながら霧人くんの方に視線を投げかける。

彼らなら良い所に案内してくれるに違いない。


「俺達について来てください」


ほらね、そう言って霧人くん達は人の流れとは違う方向に進んでいく。

疲れている私達の為に近い場所をチョイスしてくれたようで、程なくしてひっそりと佇む和風茶屋が・・・


「ここ結構な値段がするけど、そこは問題ないよな?」


お店に入る前に霧人くんが念を押す。

なるほど、料金が高いから空いてる系か。

そこは仕方ないかな・・・その分良いお店なのは確実だろう。


「だだ大丈夫ですとも!綾乃様に相応しいと思います!」


さすがに庶民のゴミ子には厳しいか・・・声が震えてる。

もし厳しそうだったら私が立て替えよう。


「げ・・・」


お店に入った所で霧人くんが立ち止まった。

どうしたんだろう・・・見た感じ上品で良い雰囲気の内装に見えるけど・・・

臨時休業ってわけでもない、現に他のお客さんも・・・


「あ・・・」


ここで私も気付いた。

奥の方の席に、見知った人物が二人・・・霧人くんが反応したのはその片方だろう。


「ああ、二階堂さん達も来てたんだね・・・あけましておめでとう」


1人目は礼司さま、さすが茶道の次期家元、彼ほどこの和風喫茶に似合う人物はそうそういない。

そしてもう1人・・・


「二階堂と・・・妙なおまけが付いているな」

「斎京流也・・・何故ここに・・・」


いつも通り余裕溢れる流也さまと、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる霧人くん。

そんな二人を前に、正月早々から嫌な予感がする私だった。

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