第57話「カロリーなんて忘れてください!」
「右子、ペンギンが見たいわ」
唐突に・・・綾乃様がそう言った。
ペンギンと言えば、南極とかに住んでる飛べない鳥のあのペンギンだ。
かわいい生き物として人気が高い・・・綾乃様もペンギン好きだったのか。
「じゃあ来週にでも水族館に行きま・・・」
「千場須、飛行機を用意して」
「すぐにご用意致します」
「へ・・・」
あれよあれよという間に自家用飛行機に乗せられ南の空へ。
南半球かぁ・・・初めて行くけど季節がこっちと逆なんだっけ・・・日本は冬だから、向こうは夏か。
たしかサンタがサーフィンでやってくるんだよね。
「右子、そんな薄着で大丈夫?」
「え・・・」
そんな事を考えていると、不意に綾乃様の声が。
綾乃様の方を見ると、毛皮のコートに毛皮の帽子、耳当てもつけて全員モコモコ・・・完全に真冬の装いだ。
その隣には左子が同じような服装で並んでる。
私はというと・・・いつもの姫ヶ藤の制服で・・・
『間もなく南極に到着致します』
機長・・・いや、千場須さんの声だ。
窓の外を見ると、すっかり吹雪いていて1メートル先も見えるかどうか。
え、この飛行機、南極直行だったの?!
雪しか見えないような視界の中で、飛行機は高度を下げていき・・・
「あ、あああああぁぁああああ!」
恐怖の中で私は悲鳴・・・というかただ声が口から出ていく・・・
激しく揺れる視界、身体があちこちにぶつかって痛い。
「着いたわよ、右子」
綾乃様の声。
気付くと揺れは収まっていた・・・ずいぶん荒っぽかったけど飛行機は無事に着陸出来たらしい。
出口が開かれると同時に、外の冷気が機内に入ってくる。
「寒っ!」
「もう、だから言ったのに・・・」
呆れるような表情を浮かべながら綾乃様が飛行機を降りていく。
慌てて追いかけるけど・・・寒っ・・・当然ながら外はもっと寒い。
「こ、これが南極・・・」
辺り一面が雪に包まれた銀世界。
先程までの吹雪は収まったのか空は青く、視界は空の青と雪の白の2色に染まっていて・・・
「見て右子、ペンギンよ、ペンギンがいるわ!」
興奮したような綾乃様のその声に、ここに来た目的を思い出す。
そちらの方を見ると大きなペンギンが・・・って・・・
「でかっ!」
私の身長ほどもある大きさのペンギンがいた。
コウテイペンギンだっけ・・・大きいとは聞いていたけど、まさかこんなに大きいだなんて・・・
その大きな身体は現実味の薄い作り物のような質感で・・・しかしぺたぺたと歩く姿はたしかにペンギンだ。
「かわいいわね」
「ん・・・かわいい」
綾乃様のみならず左子までがうっとりと声を漏らす。
え・・・これかわいいか?ちょっと怖いんだけど・・・なんかこっちに近付いて来てるし!
「このペンギンって大丈夫なやつ?!襲われたりしない?!」
「ふふっ、右子ったらペンギンに気に入られたのかしら」
「・・・さすが姉さん」
え、そうなの?!懐いてるの?遊んでほしい的なやつなの?
ペンギンは私に近付くにつれて速度を上げていき・・・って、これやっぱりやばいやつなんじゃ?!
慌てて逃げようとする私の背中に、ペンギンの大きな嘴が・・・
「ふぎゃっ!」
背中をしたたかに打ち付けられ・・・私は目を覚ました。
視界には見慣れた天井・・・私と左子の部屋だ・・・どうやらベットから転げ落ちたらしい。
二段ベッドの上の段からは左子がひょっこり顔を覗かせている。
「姉さん・・・大丈夫?」
「うぅ・・・だ、だいじょうぶ・・・」
痛む背中をさすりつつ、寒さに体を震わせる。
窓の外は夢で見たのと同じような白さで・・・雪が降っているようだ。
今年の初雪・・・で良いんだろうか?今年はもう終わってしまうんだけど・・・今冬の初雪?
「どおりで寒いわけだ・・・風邪ひかないようにしなきゃ」
寝相のせいで冷えた身体をシャワーで温め、メイド服に着替える・・・メイド服も今は冬仕様だ。
雪が積もるという事は、雪かき作業が待っている・・・左子もいるとはいえなかなか大変そうだ。
この雪も、あと1週間早ければホワイトクリスマスだったんだけどな・・・。
斎京と二階堂の共催によるクリスマスパーティは盛況のうちに幕を閉じた。
綾乃様は国宝のピアノに動じる事無く、見事な演奏を披露・・・どっちかというと聴衆の方に緊張したらしいけど。
その後も綾乃様は主催者として堂々とした振る舞いを見せ、その存在感は充分にアピール出来た事だろう。
攻略対象達の好感度についても綾乃様が優勢・・・に見える。
共催の流也さまはもちろん、礼司さまも謎解きゲームをだいぶ手伝ってくれたらしいし。
霧人くんも綾乃様に顔合わせすることが出来たし、要さまが思ったより葵ちゃんに攻略されてなかったのも大きい。
透さまは・・・相変わらず何考えてるかわからないや。
というわけで、状況は順調と言えるんじゃないかな・・・私としては特に焦る必要も感じないわけで・・・
事後処理もあってお疲れの綾乃様を労わるべく、今はのんびりと冬休みを過ごして貰っている。
とは言え、何の手も打たないなんて事はなく・・・
「ここもここで結構でかいっすね」
「あ、メイドさんだ、メイドさんがいる!」
門の前で雪かき作業をしていると、通りの向こうから賑やかしい声が聞こえてきた。
予定より結構早い・・・クリスマスの時といい、待ち合わせには早く来るタイプか。
とりあえず作業は中断して、来客を出迎える。
「霧人さまとご友人方ですね、ようこそおいでくださいました」
「ええと・・・右子さん、ですよね?」
「さすがにわかったかー」
「まぁ・・・使用人やってるって話は聞いてたから・・・」
メイド姿の私を見た事ないから、メイドらしく対応したら気付かないかなって思ったけど、そんな事もなく。
冷静に対応してくる霧人くん・・・とライト&レフト。
クリスマスパーティだけでは心もとないので、屋敷に招待してみました。
「え・・・」
「み、右子さんっすか?まじで?」
「うんまじで・・・どう?本物のメイドさんだよ」
「「おお・・・」」
おっと、こいつらは気付かなかったみたいだ。
ふっふっふ・・・メイドさんなんてそうそう見る機会ないだろう。
「せっかく早く来てくれた所申し訳ないんだけど、見ての通りで・・・ちょっと待っててもらえるかな?」
「あ、僕達手伝いますよ」
「ええ・・・お客様だし、悪いよ」
「いやいや、これくらいなら一瞬っすよ」
「そうそう、秒で終わらせますから」
そう言って3人は半ば強引に雪かき作業を手伝ってくれる、やっぱり良い奴らだ。
「あ、でも私より左子の方が大変だから、あっちを手伝ってあげて」
そう言って左子の担当する庭の道を指さす。
車の通行がある門の前と違って、あっちは冷えた雪が固まりやすいのだ。
「了解っす!」
「左子さーん!手伝いまー!」
勢いよく駆け出していくライト&レフト。
さすが中学生男子、元気が有り余ってるなー。
そんな2人とは対照的に、霧人くんはその場から動かず・・・
「あれ・・・霧人くん?」
「・・・こっちにも1人くらい手伝いはいるだろ」
なるほど、手分けした方が速いと判断したのか。
霧人くんも小柄とはいえ男の子、体力はしっかりあるのですごい助かる。
さすがに秒とまでは言わないけど、これならだいぶ早く終わりそう。
「うん、これくらいで良いと思うよ、ありがとう」
「・・・どういたしまして」
「あっちもそろそろ終わるんじゃないかな・・・」
左子達の方を見ると雪で真っ白な庭に1本の道がくっきりと・・・うん、いい仕事してくれてるね。
「急に呼んじゃってごめんね、今日は大晦日だし予定とかあったんじゃない?」
「いや・・・まぁ・・・大晦日って言っても、どうせいつもの配信と大差ないし・・・」
「まだ続けてるんだ」
「他人に迷惑かけるような事はやってないから!」
「ん、ならよろしい」
チート庶民によるお説教があったゲームと違って、彼らの活動は細々と続いてる。
目立つための迷惑行為とかはしてないみたいだから良いけど、この事が攻略に影響しないとも思えない。
だからこそ、手を打ったわけで・・・
「それでね、今日はあと1人呼んでるんだけど・・・あ、来たっぽい」
霧人くんと話してると、見覚えのある眼鏡娘がこっちへ駆けてくるのが見えた。
「はぁはぁ・・・遅くなって・・・申し訳・・・ありま・・・」
息を切らして今にも倒れそうなゴミ子。
時間的には遅れていないんだけど・・・霧人くん達を見て焦ったのかな。
「大丈夫?!ってかすごい荷物」
五味原さんは大きなボストンバッグを下げていた・・・彼女がフラフラなのはこの荷物のせいか。
「霧人くん、ちょっとこの荷物お願い」
とりあえずバッグを霧人くんに渡して五味原さんを支える。
体育会系みたいなノリをしてるけど、体力はないらしい。
「すいません右子先輩・・・とんだ醜態を・・・」
「あっちに左子がいるから、もうちょっとがんばって・・・」
左子達と合流して五味原さんを応接室へ担ぎ込む。
いったん彼女の回復を待ち、私は本題を切り出した。
「さて、今日みんなを呼んだのは他でもな・・・」
「賑やかね、もう皆いらしたのかしら・・・」
「あ、綾乃様!」
不意に現れた屋敷の主を見るなりゴミ子が復活した。
現金なやつめ・・・まぁその気持ちはわからなくもないけど。
「ほ、本日はお招きいただだ・・・」
「ふふっ、お久しぶりね五味原さん・・・そちらの3人もクリスマスパーティでお会いしましたわね」
「「お、お招きありがとうございます!」」
男子達もすっかり緊張してしまったようで・・・まぁ綾乃様を前にしたら仕方ない。
どっちかと言うと人見知りの綾乃様の方が余裕を感じる。
クリスマスパーティであれだけやった後だもんね、綾乃様も成長したなぁ・・・
「さて、話を戻すよ・・・みんなには今日、ここで勉強をしてもらいます」
「べ、勉強・・・」
そう・・・今日はお勉強会だ。
姫ヶ藤の受験を控えたこの子達・・・霧人くんに聞いたらライトとレフトも一緒に受験するらしいのだ。
ゲームに登場する2人はもちろん、出来ればこいつらも合格させてやりたい。
「成績上位の現役生が勉強を教えてくれる、しかもメイドさん付き・・・試験勉強をするにはうってつけの環境でしょ?」
綾乃様は言うまでもないし、左子もがんばって成績上位には入ったからね。
ついでに言うと、私自身もちゃんと勉強しないとまずそうだなって・・・
とは言え、本人達のやる気があるかどうかが大事なんだけど・・・
「「あ、ありがとうございます」」
「まさかここまで気にかけていただけるなんて!・・・かくなる上は必ずや主席での入学を!」
どうやらその心配はいらなそうだ・・・約1名やる気がありすぎるのがいるけど。
「そうだね、五味原さんと霧人くんは可能性あるし、それくらいを目標にしても良いんじゃないかな」
「はい!がんばります!」
「そ・・・そうかな・・・」
「うん、霧人くんならやれるよ・・・というわけで、この2人は主に綾乃様が見る方針でお願いします」
「ええ、わかったわ」
ふふふ・・・こうやって学力で分ける事で、さりげなく霧人くんと綾乃様が会話するように仕込むわけですよ。
合格ラインを目指すライトとレフトには、私達くらいの方が良いと思うしね。
「では楽しい学園生活を目指してがんばるぞー、おー」
「・・・おー」
「おー!!」
「「おー!」」
「おー」
「お、おぅ・・・」
てんでバラバラな掛け声と共に、私達の勉強会が始まった。
今日は大晦日という事で、4人にはこの屋敷で年を越すつもりで、と用意をして来てもらってる。
逃げ道なんてない、今日はみっちりと勉強してもらうよ。
「うぅぅ・・・頭ががが・・・」
そして最初に音を上げたのは、私だった。
入試問題ってこんなに難しかったっけ?去年より難易度上がってない?
「右子さん、大丈夫っすか?」
「・・・姉さんは・・・いつもこう・・・出来ないフリをする」
「出来ないフリ?」
「姉さんは・・・実力を隠してる・・・本当は1番頭が良いのに」
「「なにそれかっこいい」」
や、違うから・・・本当に出来ないんだって・・・
ちょ、キラキラした目で見てくるのやめて。
「そ、そろそろお昼の時間だね、メイドの仕事してくる」
居た堪れなくなった私は、その場から逃げるように厨房へ・・・
そのついでに綾乃様達の方を見ると・・・
「綾乃様!ここがわからないんですけれど・・・」
「ここね、ここはこうやって・・・」
「さすがです綾乃様!実はここもなんですけど・・・」
「・・・」
五味原さんが綾乃様にべったりくっ付いて独占していた。
取り残された霧人くんは1人で黙々と・・・おのれゴミ子。
お昼の料理は魚介がメイン。
マリネにパエリアにアクアパッツァ。
勉強会と聞いた三ツ星シェフがDHAたっぷりのメニューを用意してくれたらしい。
「本当に頭が良くなるかはわかりませんが、味の方は保証しますよ」
との事だ。
「むっちゃ頭良くなる気がするっす!」
「うんうん、群青色の脳細胞が活性化するぅ!」
「なんだよそれ・・・でも美味いな」
なんかノリノリで食べてくれた。
少なくともライト&レフトには効果ありそうだ。
「デザートもあるから、食べ過ぎないでね」
「はいぃぃ!幸せですぅぅ!」
本当に人の話を聞いてるのか、ゴミ子の箸はぜんぜん止まらない。
でも確かに、今日の料理はいつもより美味しい・・・私も気を付けねば。
「ふふっ・・・こうやって皆で食べるのも楽しいわね、つい食べ過ぎてしまうわ」
なんと綾乃様も食べ過ぎるほどか・・・やるな三ツ星シェフ。
後でこっそり伝えておこう。
「でもどうしよう・・・」
「綾乃様?」
綾乃様が深刻そうな表情を浮かべた。
さっきの勉強会で気になった事があったのか・・・ゴミ子のせいで霧人くんの勉強を見れてないから?
やはり午後はゴミ子を引き離すか・・・
「このままでは、私・・・太ってしまうわ」
「はい?」
「最近ちょっと気になってるのに・・・」
えええええ・・・
理想的なプロポーションの綾乃様がなんてことを・・・世の女性達に聞かれたら怒られてしまう。
「綾乃様は少し太るくらいで良いです!」
「ええ・・・でも・・・」
「でもじゃないです!ほらデザート食べて」
「え、ええ・・・」
「三ツ星シェフ渾身の力作です!美味しいでしょう?」
「うん・・・おいしい・・・けど・・・かろり・・・」
「カロリーなんて忘れてください!もし太ったら一緒にダイエットしましょう」
「・・・」
??
おや・・・綾乃様の様子が・・・
「なら・・いいかな・・・おいし・・・」
結局、綾乃様はデザートも残さず食べてくれた。
ちなみに後で三ツ星さんに伝えたら感動して泣いてたよ・・・良かったね。




