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第56話「謎解きゲーム攻略おめでとうございます」

「右子先輩?!・・・わかったって・・・謎が解けたんですか?」

「え、ええと・・・まぁ、その・・・たぶん」

「た、たぶん?!」

「きっと・・・や、もしかしたら違うかも・・・」

「もう、そんな事言って・・・焦らさないでください」


・・・五味原さんには私が事件解決前の名探偵にでも見えたのかも知れない。


すっかり興奮して私の肩を掴むと、眼鏡・・・もとい、顔を寄せてきた五味原さん。

その勢いに押されて、私はしどろもどろになってしまった。


たしかに手応えは感じるんだけど・・・なかなか流也さまのような自信満々にはなれないというか・・・偶然それらしきものが見えただけだし・・・

ってか、五味原さんも結構力が強い・・・掴まれた肩ががが・・・


「た、試してみない事には・・・あ、左子ありがと」


左子が五味原さんを引き剥がしてくれた隙に、私は自分の参加用紙を取り出した。

そこに書かれているのは謎の問題文と・・・色々と簡略化されたここの見取り図。


前庭の部分は割と正確に描かれている。

左右対称、2つの噴水、大きな十字路と・・・その中央の緑の丸は、あの場所にある巨大なクリスマスツリーだとわかる。

大きな正門と、実際に私達が入ってきた通用口のような入り口・・・そして、宮殿との間にあるもう1つの門。


その門のあたりに折り目が付く形で・・・この紙を折り曲げ、畳む。


本当なら・・・


本当なら、その門の先にあるのは、最初に皆で乾杯をした大きな広場だ。

人数分のシャンパンの並べられたテーブルが左右に置かれていた・・・結構広い空間だったはず。

この用紙にはその空間が省かれている・・・宮殿の本当の形も・・・


それは、この場所をわかりやすく案内する為のデフォルメ。


普通に考えれば誰だってそう思う、ごく自然で合理的なデザイン。

でもこれは『謎解きゲーム』で、その謎が書かれた『参加用紙』なんだ。


折りたたんだ紙を照明に向けてかざす。

うっすらとそこに浮かんだのは・・・赤い色をした十字架の姿だ。


「2つの十字がかさなる時・・・真のロザリオが現れる」


2人にも見えるように向きを変えながら、例の文章を読み上げる。

ちょっと得意げになってしまったのは仕方ない、謎を解いた者の特権だ。

うん、やっぱりこれだ・・・この赤い十字架こそが『真のロザリオ』なんだ。


「ロザリオに手を伸ばし・・・何を掴み取るのかは知らないけど、場所はここだよね?」


そう言って私が指さすのは、十字架の中央。

クリスマスツリーを示していた緑の丸がいかにもって形で指し示すのは玄関ロビー。

そこには千場須さんがいたはず・・・どうやら遅れてきた客への案内役ってだけではなさそうだ。


「姉さん・・・すごい・・・」

「さすがです右子先輩!」

「や、たまたまだよ・・・五味原さんが参加用紙をしまう時にちょっと透けて見えて・・・」


五味原さんのは紙がよれよれになってたからね・・・それで透けやすくなってたんだと思う。

きっと流也さまなんかは、この用紙を見ただけで・・・


「あ、流也さまは・・・」

「さっき風の間に入って行きましたけど・・・この分なら先に解けそうですね」

「でも、埋まってない文字も気になるから・・・左子、行ってもらって良い?」

「ん・・・任せて」


そう言っている間に、流也さまが風の間から出てきた。

やはりその手の問題文は少なく・・・必要な分しか取っていないようだ。

おそらく、たいしたリードではないだろう・・・急がないと。


「五味原さん、行こう」

「はいっ!」


流也さまの方には左子を向かわせ、私達は階段を下りる。

玄関には千場須さん・・・こうして見ると、その足元に置かれた段ボールは不自然な大きさだ。

いくら余分にあるとはいえ、遅れてきた人に渡す分の参加用紙だけではあんな大きさは必要ないはず・・・


「千場須さん!」

「おや、私めに何かご用ですかな」


さすがは千場須さん、詰め寄る私達に顔色一つ変えたりしない。

でも私達はわかってるんだよ、ここに何かがある事を。


「私達は謎を解いてここに来ました、ここにあるんですよね?」

「ほぅ・・・」


千場須さんは軽く息を吐くと、いつも通り穏やかな表情のまま・・・あれ・・・

なんか嫌な汗が・・・


「申し訳ありませんが、私めには何のことか・・・」

「え・・・そんなわけ・・・ここですよね?・・・この場所に・・・」


不安になりながら二つ折りした参加用紙を見せる・・・千場須さんはそれを見てしっかりと頷き・・・


「ええ、たしかにその用紙はこの場所を示しております・・・ですが・・・」

「??」


やはり間違ってはいないらしい。

その割には千場須さんの表情は硬く・・・


「それで、この場所に『何が』あるのでしょうか?」

「う・・・それはその・・・この謎解きゲームの鍵のような・・・」

「鍵?・・・はて、そのようなものは知りませんな」


ああ・・・そうきたか。



___ロザリオに手を伸ばし、〇を掴み取れ___



〇の部分に入る文字が何なのか、私達はまだわかっていない。

千場須さんはそこを答えろと言っているのだ。


何らかの方法でこの場所にだけ気付いても先行させない・・・きっと綾乃様は対策をしてきたのだろう。

紅茶研の謎解きの際に、直接最後の答えを当てた私のような者が現れる場合を想定して・・・


「くぅぅ・・・」

「申し訳ありませんが、ここは一度出直しくださいませ・・・月の間に向かわれるのがよろしいでしょう」


足りない部分の場所を教えてくれるのは千場須さんの優しさか。

どの道、このままここに居てもどうにもならないのは明らかだ。

ここは千場須さんの言う通りに・・・


「どうやら追いついたようだな」

「・・・姉さん」


一度戻ろうと階段を見ると、流也さま・・・と左子がまっすぐこちらに向かってくる所だった。

あああ・・・ごめん左子・・・私の判断ミスだ。

先に必要な1文字だけでも確認するべきだったよ・・・


「千場須、この場所に『星』があるな?渡してもらおう」

「かしこまりました」


当たり前の事のように流也さまがそれを告げると、千場須さんは段ボールの中から『星』を取り出した。

たしかにそれは『星』・・・プラスチックか何かで出来た半透明の星型の物体。

・・・よく見ると何かにぶら下げるのか紐が付いている。


私達の完敗だ・・・『星』を受け取る流也さまを、呆然と見ている事しか出来ない。

さすが流也さま、あれだけのハンデをものともしない・・・私なんかが勝てるわけがないんだ。


「・・・お前達、まだ『星』を・・・」


この場から動こうとしない私達を見てようやく流也さまも気付いたらしい。

そうだよ、文字が足りないんだ・・・今左子が書いてくれてるけど。

残りの3文字が書き足され、文章が完成する。



_________




聖夜のロザリオを星に求めよ


2つの十字が重なる時、真のロザリオが現れる


ロザリオに手を伸ばし、星を掴みとれ


偽のロザリオには女神が笑う


星の光は、はるからせんの日に輝くだろう



_________




「・・・千場須さん・・・私達にも・・・『星』を・・・」


左子が文字を埋めた参加用紙を見せると、千場須さんは『星』をくれた。

こんな状況でもルール上はOKらしい。


「これはさすがに私達の負けか・・・流也さま、この後は?」

「『星の光は、はるからせんの日に輝く』・・・おそらく、展望塔の螺旋階段を上った先だろうな」

「・・・そっか」

「お前達には悪いが勝利は譲れない、先に行かせてもらうぞ」



そう言って流也さまは、『星』を手に階段を上っていく。

展望塔はスタッフによって1度に上れる人数が制限されている、もちろん順番厳守だ。

今から追いかけても順番は変わらない。



「・・・右子先輩、どうか気を落とさずに・・・」


その場から動かない私を心配して、五味原さんが声を掛けてくれた。


「五味原さん・・・どうしよう」

「ええと、ここは・・・そうだ、ごちそうを食べましょう!ここはやけ食いですよ!」

「ごちそう・・・じゅるり・・・」


私を元気づけようとしてくれてるんだね、五味原さんは色々とアレだけど根は優しい子なんだよね。

良い後輩を持ったよ・・・でもね。


「ごめん、そうじゃなくて・・・本当にどうしよう・・・」

「??」


たぶん『星』って自力じゃ解けなかったと思うんだ。

その点では本当に完敗で・・・流也さまに申し訳ないと言うか・・・でも・・・

流也さまも言ってたしなぁ・・・


「私達、このまま勝っちゃっても良いのかなって」

「へ・・・」


おそらく思っていたのとは真逆の反応を示した私に、五味原さんが固まった。


うん、勝利は譲れないよね。



「もちろん左子にはわかるよね?」

「ん・・・あそこは・・・ハズレ」

「ええええ?!」



この宮殿をいびつな形にしている細長い展望塔。

元々は天体観測用に作られたんだっけ?・・・その辺はどうでもいいとして。

あそこはこの謎解きとは一切関係ないし、間違ってもゴールなんてことはない・・・こんなの最初からわかってた。


だって、綾乃様の作った謎解きだもの。


あの責任感の強い綾乃様のことだ、謎解きに関わるポイントは事前に全部自分でチェックしてるはず。


そう・・・


あの『高所恐怖症の綾乃様』が、あんな高い所に何かを配置するわけないんだよ!




だから私は最初からあそこはノータッチの方針だった。

綺麗な十字型に部屋が配置されたように参加用紙に描かれていたこの宮殿は『偽のロザリオ』

それはあの展望塔がフェイクであるという事も意味する・・・まぁ、これはハズレって知ってたから言える事なんだけど。


「『星の光は、はるからせんの日に輝く』・・・ここで、『螺旋階段がハズレ』って考えると・・・」

「他に螺旋の何かがここにあるんですか?」

「もしあったらそうなんだろうけど・・・今までにそういうの見た?」

「い、いいえ・・・」


なら答えは違ってくる、そもそも螺旋じゃないんだ。


「ここでヒント、参加用紙に書いてあって、私達がまだ行ってない場所があります」


そう言いながら、私は玄関から外に出る。

宮殿を回り込んで反対側へ・・・

表側とはうって変わって申し訳程度の照明しかなく薄暗いそこには、大きな池の中に浮かぶように立つ和風家屋が。

そして池を囲むように四季をテーマにした和風の庭園が待っていた。



しかし、待っていたのはそれだけではなく・・・



「待っていたよ、右子ちゃん」

「ぅげ・・・」


思わぬ人物の登場に変な声が出てしまった。

そういえば途中から姿を見てなかった・・・流也さまにばかり気を取られていたけど、もっと警戒すべき人物がもう1人いたよ。


「右子先輩?!この方は・・・」

「私達の宿敵、って所かな・・・姫ヶ藤に来るなら覚えといて」

「右子ちゃんそれひどい!」


初対面であろう五味原さんにチート庶民を雑に紹介する。

なんか不満の声が上がったけど、事実だし・・・


「ってか、なんでわざわざこんな場所で待ってるの?!」


当然の疑問をぶつける。

さっきの私達と違って、チート庶民はしっかり星を持っている。

謎解きで勝負とか言ってたし、私達に勝つつもりならさっさとゴールしてしまえば良いはずなのに・・・


「あ・・・そ、それがね・・・」


私の質問に葵ちゃんは・・・すごくばつが悪そうに答えてくれた。





「あー、こうなってたのか・・・」


椿の赤い花が彩る和風庭園の冬エリア。


『はるからせんの日』・・・春から数えて千日で、冬なんだけど・・・


そこには、だいたい160㎝程のクリスマスツリーが、2本、置かれていた。

それらのツリーにはてっぺんの『星』が付いておらず、千場須さんから貰った星をそこに飾ればゲームクリア・・・と思われる。


「ひどいよね、1人じゃ絶対攻略できないだなんて、あんまりだよ」


葵ちゃんが憤慨するのもわからなくはない。

せっかく誰より早く謎を解いたのに、ぼっちというだけで攻略不能だとは・・・

確かに、この手の謎解きゲームはチームで挑むものが多いけどさ・・・綾乃様なら同じぼっちの気持ちがわかりそうなのに・・・


「ああでも、葵ちゃんは要さまと仲良かったし・・・誘えば良かったんじゃ・・・」

「九谷くんはそういうの興味ないからって・・・今頃はバスケ部の人達とご飯食べてるはずだよ」

「ああ・・・あいつらか・・・」


夏休みのバイトを思い出す・・・きっとまた大食いチャレンジのノリで食べてるんだろう。

ひょっとして要さまが身体壊す原因なんじゃないか・・・いやそんなわけないか。


「というわけで、右子ちゃんが次に来るのを信じて待ってたんだよ」

「なるほどね・・・流也さまもだいぶ惜しかったけど」

「あー、斎京くんかぁ・・・その手もあったね」


あぶな・・・もし流也さまが先に来てたら2人で仲良くゴールされてたわけか。

好感度爆上がりのイベントじゃないか。


「悔しいけど、今回は引き分けって事で・・・右子ちゃんにお願いするよ」


それなら仕方ない、本来負けてたわけだし・・・


「じゃあ、せーので・・・」

「ちょっと待ってください!右子先輩、この話に乗る必要はないです!」

「え・・・」

「この宿敵さんは1人だから攻略できないんでしょう?、でも私達は違うじゃないですか!」


・・・ああそうか。

向こうは引き分けにするしかないけど、こっちはそうでもないんだ。

ナイスゴミ子、葵ちゃんには悪いけど、ここは私達が勝つよ。


「ええええ?!私ずいぶん先にここに着いてたよ?!」

「そんなの関係な、い、で、すぅ!!さぁ先輩方、勝利を掴み取ってください!」

「オーケー、左子、せーのでいくよ!」

「ん」

「右子ちゃん?!ひどい!ひどいよ!」


葵ちゃんの悲痛な声が響く・・・ごめんね、でも勝負は非情なのさ。

双子のシンクロ力で2本のツリーに星が同時に収まり、星の中に仕込まれていたLEDライトが淡い光を放つ。


その瞬間・・・




・・・聖夜の和風庭園に四季が顕現した。



春のエリアに桜が舞い散り、夏のエリアが緑に生い茂り、秋のエリアは紅葉に染まる・・・魔法のような光景。


もちろんここはファンタジー世界ではない、各エリアに設置されたプロジェクターによる映像だ。

さっきまでの薄暗さとのギャップもあって、殊更幻想的に感じられる。


「すごい・・・」


今いる冬エリアだけは暗いまま・・・それらを鑑賞するための特等席という事か。

私達はもちろん、葵ちゃんもさっきの事を忘れて、この光景に見入っていた。

しばらくそうしていると・・・この冬エリアにも照明が灯り・・・


「・・・雪?」


左子の声に釣られて手を伸ばすと、ひんやりと冷たいものが・・・

都会では珍しいホワイトクリスマスか・・・いや、違う・・・人工雪だ。


どっかからブオンブオンと駆動音が聞こえる・・・これが冬エリアの演出なのだろう。

綺麗だけど、ちょっと寒くなってきた。


「ご攻略おめでとうございます」


そこでスタッフの人が登場・・・中央に浮かぶ和風の建物へ案内された。

そこでこれから栄えある最初の攻略者として表彰されるらしい。


「最初に攻略された4名様をお連れしました」


ああ、そうなるのか・・・

傍目には4人のチームに見えるもんな・・・まぁいっか。


「・・・先輩、良いんですか?3名だって訂正しなくて・・・」


不満そうな五味原さん耳元で囁くけど、ここで葵ちゃんだけ置いて行くのはさすがにかわいそうだ。

一緒に連れてってあげよう・・・もし賞品が人数分なかった時は優先権は貰うつもりだけど。


和風のお屋敷は木造建築、大きな池の中にあるせいで船に乗ってるような錯覚を覚える。


スタッフに案内されるままに私達は進み、奥の部屋に通された。

そこは四方を竹細工で囲まれた風雅な茶室で・・・茶室と言えば当然のようにあの人物が・・・


「ああ君達か・・・流也が来るかと思ったけど・・・予想が外れたな」

「礼司さま、見ないと思ったらこんな所に・・・」

「この謎解きには僕も関わっているからね・・・今二階堂さんが表彰の準備をしているから、4人はお茶をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


こういう場所できっちり和装に身を包んだ礼司さまはさすがの風格だ。

顔馴染みである私達でも緊張してしまう。

ましてや礼司さまと初対面でもある庶民の五味原さんは・・・


「せ、先輩・・・こ、この場のおお作法はどうしたら・・・」

「ああ、楽にしていて良いよ」

「楽に、とはどんな姿勢の事で・・・で・・・」

「五味原さん!正座とかしなくていいから!足崩して・・・」

「で、でもこれから綾乃様が・・・綾乃様の前でそんな醜態を・・・」

「足が痺れて動けなくなる方が醜態だから!左子、手伝って」

「ご、ご無体なああぁぁ!」


左子の手を借りて、転がすようにして姿勢を崩させる。


「はい、良さげな座布団もあるから使って」

「ほ、本当にこんな姿勢で良いんですか?!」

「大丈夫、大丈夫」


ようやくゴミ子を適当な姿勢に落ち着かせると、部屋の外から誰かが近づいてくる気配が。

誰かなんて決まってるんだけど。


「ふふっ、ずいぶん賑やかね」

「あ、綾乃様・・・ふぐっ!」


綾乃様の登場に慌てて正座しようとするゴミ子を押さえつける。


「右子、左子・・・五味原さんに、葵さん・・・謎解きゲーム攻略おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「正直急ごしらえで調整不足だったけれど、皆楽しんでもらえたかしら・・・」

「はい!もちろんですとも!」


崩した姿勢を気にしながらもゴミ子が勢いよく答える。

うん、色々あったけど楽しかった。


「ちょっと難しかったけど、楽しかったです」

「良かった・・・私も右子達ならきっと攻略してくれるって信じてたわ」

「でも1人でも攻略できるようにしてほしかったなー」


葵ちゃんが唇を尖らせる、まだ悔しいらしい。


「やっぱりパーティのイベントだから、何人かで協力して攻略するように作ったんですよね」

「え・・・ええ、そうなの!」


あれ、一瞬固まったような・・・綾乃様?


「参戦表明をしてくれた流也さまにはすごく申し訳ないのだけれど・・・なんと言うか・・・そういうイベントにはしたくなかったの」


ああ、ガチ勢向けにはしたくないって事か・・・まぁそれはわかる。

クリスマスパーティのイベントだしね。


「そう考えると難易度高すぎかも・・・私も偶然に助けられてようやくだし・・・」

「そうね・・・もっと簡単でも良かったかも知れないわね」


すごく真面目な顔して綾乃様が頷く。

あ・・・なんか反省会みたいになってきたぞ。


「二階堂さん、そろそろ表彰を・・・」


そんな空気を察して礼司さまがフォローしてくれた。

さすが攻略対象、やっぱりこういう所が礼司さまの良い所だなぁ・・・


「ええ、そうね・・・では、あなた達4名にはこの賞状と、賞品を差し上げます」


そう言って綾乃様が賞状を配り・・・いつの間にか後ろに置いてあった箱から取り出したのは・・・


「なにこれかわいい」


ふわっふわ


「・・・良い触り心地」


もこっもこ


「ぬ、ぬいぐるみ・・・」


・・・そう、ぬいぐるみだ。

ひと抱えほどもある大きさの、羊のぬいぐるみ。

豪華な賞品を予想していた人もいたけれど、まさかこんなかわいいのが出てくるとは・・・


「ま、まさか・・・こ、これらは綾乃様が御自ら?」

「いえ、さすがに4つはちょっと・・・でも2つまでは私が作ったの」

「えっすごい、どれもよく出来ててわからないよ」

「ふふ、そうかしら・・・」


確かに4つのぬいぐるみはどれも同じくらいのクオリティに見える。

この中の2つ・・・半分が綾乃様の手作りだなんて・・・本当に見分けがつかない。

そう言えば以前にも編み物を貰ったけど、すごい技術が進歩してる。


「じゃあ、誰がどの子を貰うかだけど・・・」

「もちろん真の勝者である先輩方からでは?!」

「あー・・・それ言われちゃうと仕方ないか・・・どうぞ」


さすがに葵ちゃんもこの順番は譲ってくれた。

しかし、どれを選べば・・・出来れば綾乃様のお手製のが欲しいけど・・・


「右子達なら私が作ったのがどれか、わかるかも知れないわね」

「えええ・・・」


む、無茶を言いなさる・・・綾乃様、さすがにこれは・・・

ええい・・・確率は半分だし・・・これ・・・かな・・・


「・・・」


・・・綾乃様?

なんか表情が・・・ひょっとして・・・


「こ、これかなぁ・・・」

「・・・ホッ」


綾乃様?!


「ああ、やっぱりこっち・・・」

「・・・」

「いやいや、これの方が・・・」

「・・・ホッ」


まじか・・・なんてわかりやすい。

綾乃様はババ抜きとか勝てないタイプだね・・・


「決めた、私はこれで・・・左子はその子が良いと思うよ」

「ん・・・姉さんが言うなら・・・その子で」


綾乃様の反応を見てそれっぽいのを選んだ。

なんかずるいような・・・いやいや、本当にそれで合ってるかどうかはわからないし・・・


「決まった?じゃあ私はこれで・・・」

「宿敵さん!それは私が目を付けていた子です!」

「ムム・・・」


葵ちゃん達は綾乃様の表情に気付いてなかったのか、残りのうちの1つを巡って争い始めた。

え、本当に気付いてないの?わかりやすかったよね?


「もう2人とも喧嘩しないで・・・こういう時は、じゃんけんが良いかしら?」

「はーい、最初はぐー」

「ぱー、私の勝ちです!」

「ずるい!ちゃんとじゃんけん勝負してよ!」

「五味原さん、ずるはダメよ」

「は、はい!私としたことが・・・申し訳ありません!」


綾乃様の一声ですっかり委縮してしまったゴミ子。

仕切り直しのじゃんけんで負けてしまいましたとさ。


「ううぅ・・・いえ、残り物にこそ!」

「それで、どの子が手作りなの?」

「うーん・・・それは、ひみつ」

「ええええ、教えてよー」

「ふふっ、皆の想像にお任せします」


結局綾乃様は教えてくれなかったけど、どれが当りだったのかな。

外を眺めると、庭園に人が集まって来ていた。

みんな正解に辿り着けたのかな・・・それとも四季に彩られたこの光景に惹かれて来たのかな。

クリスマスパーティの催しとしては一応の成功をおさめた・・・と言えると思う。


ちなみに、流也さまはクラスメイトの誰かに手伝ってもらって攻略は出来たらしい。

負けたけど悔しがってるようなそぶりを見せないのは相変わらずだ。


「あ、いけない・・・そろそろ移動しなくちゃ」


皆で庭園を眺めていると・・・不意に綾乃様が慌てだした。


「綾乃様?どうしたんですか?」

「謎解きゲームの後に、風の間でコンサートがあるのだけど・・・」


ああ、那由多太郎だっけ・・・有名な音楽家が来てるんだよね。

それが綾乃様と何の関係が・・・あ、主催者の挨拶とかあるのかな。


「私、あそこでピアノを弾く事になってて・・・」

「え・・・」


ピアノって言うとあの白くて豪華な・・・国宝とか言ってたアレ?


「だから急がないと・・・皆、ごめんなさい」


そう言って綾乃様が小走りで駆けだす。

ドレスの裾が大きく翻って・・・すごく走りにくそうだ。


「・・・左子」

「・・・ん」


戴いたぬいぐるみをちょこんと茶室に座らせ、軸足に力を籠める。

何も言わなくても察してくれた左子も同じ動きだ・・・一緒に綾乃様を追いかけ走る。

私達のドレスは簡素なので、綾乃様に追いつくのは難しくない。


「綾乃様、失礼します!」

「・・・します」

「え・・・ちょっと・・・」


左子と2人で綾乃様の左右に並走、そして綾乃様の荒ぶるドレスの裾を抑える。

これで少しは走りやすくなったはず・・・後は綾乃様の歩調に合わせてそのまま走り続けるだけだ。


「走る速度はっ、私達が合わせますのでっ・・・綾乃様は、どうかそのまま・・・」


突然の事に驚いていた綾乃様も、すぐに理解してくれたようで・・・速度が上がっていく。

うわ、元々は綾乃様の方が速いんだった・・・がんばってついてかないと。


すると綾乃様が速度を落とした。


「・・・ふふっ」


私達に気を使ってくれたのかと思ったら・・・なんか笑ってる。


「あ、綾乃様?」

「なんだか体育祭みたい」


ああ・・・二人三脚か、左子と双子パワーで爆走したっけ。

あの時と違って、今は私と左子の間に綾乃様がいるんだけど。


「ふふっ、ふふふ・・・」


なぜかわからないけど、綾乃様はすごく楽しそうで・・・見ているこっちも幸せな気分になってくる。

綾乃様越しに反対側を走る左子と目が合った・・・左子も私と同じ気持ちだ。


よく考えたら、これもいつもの定位置。

綾乃様が真ん中で、私達がその左右。


そして再び速度を上げた私達は、周囲の人々の注目を集めつつ・・・3人で風の間へ雪崩れ込んだのだった。

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