第55話「私、わかったかも・・・」
思わぬ場所で再会を果たした中学時代の後輩、五味原 恵理子
彼女は私の数少ない友人の1人であり・・・おそらくは来年度から姫ヶ藤学園に入学してくるのだろう。
「そっか、五味原さんもパーティに来てたんだ」
「はい!綾乃様にご招待いただきました!」
え、そんな話綾乃様から聞かされてない・・・パーティに関係する事だからか。
当然ながら今回のパーティに関して私達双子は完全にノータッチ、綾乃様からは何1つ聞いていない。
綾乃様の事だから、彼女が来る事も『招待客に関する情報』として扱われたのだろう。
「それなのに私ったら遅刻してしまって・・・申し訳ありません!」
「や、そんな・・・私に頭を下げられても・・・別に時間厳守のイベントでもないし・・・」
「いいえ、この五味原恵理子一生の不覚です!せっかくの綾乃様の晴れ舞台だというのに・・・」
そうやって力説しながら握り締める五味原さんの右手には、謎解きゲームの参加用紙が。
うわ、握りつぶされてくしゃくしゃになってるよ・・・って、私もその謎解きの最中だった。
五味原さんには悪いけど積もる話は後回しにして、はやく左子と合流しなくちゃ・・・
「ええと五味原さん、申し訳ないんだけど・・・私も今その謎解きゲームに挑んでて・・・」
「綾乃様がお作りになられたという謎解きゲームですね!さすがは綾乃様、とても難解そうでやり応えを感じます」
「うん、そうだね・・・それで今そこの部屋に左子を待たせてるから・・・」
「左子先輩はそちらに居るんですね!ぜひご一緒させてください!」
半ば強引について来る彼女を引き連れて、左子の待つ鳥の間へ・・・
「姉さん?・・・あ・・・」
「左子先輩!お久しぶりです!」
左子の姿を見つけるや否や、全力で駆け寄るゴミ子・・・こういう場所では走らないでね。
案の定スタッフの人が来て怒られちゃった。
「うぅ・・・ごめんなさい」
「以後は気を付けてね、ここは上流階級の人もたくさんいるパーティ会場なんだから」
「はいっ先輩、お作法のご教授お願いします!」
「・・・とりあえず一度落ち着こうか?」
五味原さんを私の右、左子の反対側の席に座らせる。
一年くらい経ってるけど相も変わらず見た目に反した体育会系のようなテンション・・・いやいやきっと庶民の彼女はこの場の雰囲気に吞まれてしまっているんだろう。
とりあえず慣れるまで目を離さない方が良さそうだ。
遅れて参加した彼女の為に、これまでの流れを軽く説明しつつ本題へ。
「そうだ左子、その問題文なんだけど・・・全部やる必要はないみたいなんだ」
「・・・え」
私の言葉に左子の動きが止まる。
あ・・・37問もの問題の束を押し付けておいて、この言いようはちょっとなかったかも知れない。
ちょっと申し訳ない気持ちになりつつ、私はさっき得た仮説を話した。
「・・・クリスマスに・・・関係するもの・・・」
「そう、たぶんそれが参加用紙の方の記号を埋める分になるんじゃないかな・・・例えば風の間だけど・・・」
風の間に設置された出題箱は8つ。
8問の問題文にはそれぞれ4問ずつ▲と△の記号が書かれている。
対して参加用紙の方には▲は2つ、△は1つだけだ。
「△の中からクリスマスに関係しているのは柊が描かれていた絵だけ・・・だからここには・・・」
「平安時代に貴族の女性が着ていた着物・・・答えは・・・3文字・・・十二単」
対応する問題文を探そうとするまでもなく、左子が答えてくれた。
さすが左子、私があちこち行ってる間にここで解いてくれてただけの事はある。
答えは三文字で十二単・・・解答欄の1文字目が二重になってるから、採用される文字は『十』だ。
『●つの△字が~』の△は十・・・つまり十字がどうこうする話になりそうだ。
「もう片方の▲なんだけど、受胎告知が該当すると思う・・・クリスマスはキリストの誕生日だし」
「蜂の作る糖分の高い食べ物・・・はちみつ・・・じゅるり」
「はちみつの『は』だね・・・左子、よだれでてるよ」
左子もお腹をすかせてきたことだし、この続きは何か食べながらの方が良いかも知れない。
たしか下の階に料理が用意してあるんだったかな。
「頭使うとお腹すくよね・・・下で軽く何か食べようか・・・」
「ん・・・クリスマスチキン・・・」
「軽くだからね、ちょっと食べたら謎解きに戻るよ」
料理を食べつくさないように左子に釘を刺しつつ、階段を下りて1階へ・・・
階段を下りたあたりで千場須さんが立っていた、五味原さんのように遅れてきた人の為にここでルール説明とかしてるらしい。
「お食事でしたら朝日の間へおいでください、夕日の間はデザートが中心になっておりますので・・・」
そういう分け方になってるのか・・・
デザートも気になるけど、そっちは謎解きが終わってからでいいや。
「そういえば先輩、参加用紙には▲が2ヶ所あるんですけど・・・」
くしゃくしゃになった参加用紙を器用に広げた五味原さんが訊ねてきた。
「風の間・・・でしたか?クリスマスに関係するものがもう1つあったのでは?」
「あー、それなんだけどね・・・」
それは考えなくもなかったんだけど・・・残念ながらクリスマスに関連してそうな絵画はあの2枚だけだ。
かと言ってクリスマス関連という仮説は捨てがたい・・・その事から私はこう考えた。
「同じ文字が入るんじゃないかなって・・・ほら□の記号とか12ヶ所もあるでしょ?」
□の記号の12ヶ所に対して、□の付いた問題文は10問しかない。
それら全部を採用したとしても2文字足りない・・・もちろん複数回使う文字があるという見方も出来るけど・・・
「これは12文字じゃなくて、同じ4文字が3ヶ所に入るんじゃないかな」
「ああ・・・なるほど」
「・・・のはずなんだけど、私植物の事詳しくないから、その4文字の候補についてはさっぱりなんだ」
「ああ、でしたら・・・」
「うわ・・・」
朝日の間・・・宮殿の東側にあり、その名前からして夕日の間と対になっているであろうこの部屋は、元々は皇族の方々が政治家なり国賓なり偉い人達と朝食を取る為の部屋として使われていたらしい。
差し込んで来る朝の日差しを最大限取り入れるべく作られた大きな窓と、若草色の絨毯が爽やかな朝を演出する中で優雅に朝食を取る・・・そんな場所だったのだが、今はとても朝には食べられない量の料理の数々が、所狭しと並べられていた。
和も洋も中華も、たぶんなんでもありそう。
色とりどりの料理がテーブルに並べられ、それぞれに取り分ける為のスタッフが付いている。
その中でも目を引くのが、クリスマス料理の主役とも言うべき・・・
「チキンの丸焼き・・・じゅるり」
そう・・・絵に描いたような鳥の丸焼きがひとつふたつ・・・たくさん。
いったい何羽の鳥さんが犠牲になったのか・・・これはなかなか見ることが出来ない光景だ。
「ちゃんと取り分けて貰おうね、丸ごと食べちゃダメだからね・・・」
そう左子に念を押しつつも、別に1羽くらいなら良いんじゃないかなって気にもなってる。
むしろ食べ残してはいけないんじゃないかな・・・なんかこう、命に対する敬意というかそういうので。
「お取り分け致しますか?」
吸い寄せられるようにチキンのテーブルへ近づくと、担当スタッフが聞いてきた。
その手に持ったナイフは何かの儀礼用のような装飾に彩られており、あんまり実用的には見えないんだけど・・・
「じゃあ3人分、お願いします」
「かしこまりました」
頼むと、スタッフさんはそのナイフでキチンを綺麗にスライスして・・・ナイフの切れ味すご。
お皿によそうと、今度はスプーンで肉を飾り付けるようにソースをかけてくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます・・・」
こうしてお皿に切り分けられると印象が全然変わるね、すっかりフランス料理って感じだ。
左子は不満そうな顔しないの、後でお代わり貰おうね。
「私、こんな数のチキンの丸焼き初めて見ました」
「申し訳ございませんお客様・・・こちらはターキー、七面鳥です」
「しちめんちょう・・・まぁ、これがあの・・・」
七面鳥・・・そうかそうか、庶民にはチキンが一般的だけど・・・本式だとそっちか。
五味原さんが目を丸くして感動してるけど、私も同じ気持ちだよ。
これが七面鳥・・・心して食さねば。
「あ、でも七面鳥ってどんな鳥だっけ・・・」
「キジ科のキジ目・・・キジの一種ですね、確か鳥の間にもキジの絵が飾られていたかと・・・」
「あ、ありがとうございます」
素朴な疑問にすかさず担当スタッフが教えてくれた、さすが詳しい。
そうかお前キジなのか・・・桃太郎のお供とかしてたやつか・・・
あれ、そういえば今鳥の間って・・・
「右子先輩、今の・・・」
五味原さんも気付いたらしい。
料理のスタッフから鳥の間の話が出てくるなんて・・・謎解きのヒントとしか思えない。
お皿の七面鳥を食べ終えてお代わりを貰いに行こうとした左子を捕まえ・・・もう食べ終わったのか。
「左子、鳥の間の問題文わかる?キジのやつなんだけど・・・」
「ん・・・管弦楽におけるデュオとは元々何を意味するギリシア語?・・・答えは・・・1文字で・・・」
●は2だ。
『2つの十字が▽さなる時~』
たしか▽は月の間の・・・12.24の日付が書かれたアポロ8号の・・・やっぱりだ、ちゃんと意味が通る文章になる。
「こ、これは・・・いけるのでは・・・」
・・・正直そこまで自信がなかった仮説に、今は確かな手ごたえを感じる。
そうなってくると、花の間の4文字(仮定)がわからないのが悔しい。
誰かそういうの詳しそうな人を探すか?成美さんとかお花が似合いそうだけど・・・
「先輩・・・植物なんですけど・・・私少し心当たりが・・・」
「え・・・五味原さんわかるの?!」
「クリスマスに関わっていれば良いんですよね・・・好きな漫画の中にクリスマスのエピソードがありまして・・・ひょっとしたら・・・」
「まじか」
・・・まじだった。
「漫画で得た知識が役に立つなんて・・・ありがとうございます渡川夕夏先生」
まさか自分の漫画が謎解きの鍵になるなんて、作者の渡川夕夏先生も想像してないだろう。
うんうん、時に漫画は私達に大切な事を教えてくれる。
こうして必要な4文字を集めることが出来た。
4文字の組み合わせで出来る言葉・・・4文字なら総当たりでもそんなにかからなかったよ。
「だ、だいぶ埋まりましたね・・・」
「ここからが本番、って感じがするけどね・・・」
くしゃくしゃにしわのついた五味原さんの参加用紙。
せっかくだからと遠慮なくそこに書きこませて貰ったけど・・・
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▼夜のロザリオを星に求めよ
2つの十字が重なる時、真のロザリオが現れる
ロザリオに手を伸ばし、〇を掴みとれ
☆のロザリオには女神が笑う
〇の光は、はるからせんの日に輝くだろう
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まだ埋まっていない記号が3つ・・・とは言え、結構読める文章になった。
『〇を掴みとれ』とあるから、どこかで何かを手に入れる必要があるんだろうか。
最後の行にも同じ〇があるあたり、すごく重要な・・・攻略に必須のアイテムっぽい感じがする。
「うーん・・・一番肝心の部分が残っちゃってるような」
「先にこの『真のロザリオ』というのを見つけてしまえば、わかるかも知れません」
「2つの十字にロザリオ、ねぇ・・・クリスマスっぽい感じはするけど・・・」
残念ながら、この宮殿の中に礼拝堂のようなものはなかった。
そのものズバリな形で置いてあるなんて事はなさそうだけど・・・似たような言葉が何度も繰り返されている以上何かはあるはず。
何か十字の・・・十字架のようなものがどこかに・・・
「歩き回って探すしかないかな・・・この和別邸とかまだ行ってないし、庭園の中になにか置いてあるのかも・・・」
わざわざ参加用紙に描かれてるくらいだ。
ここの案内も兼ねているんだろうけど、何かはあるはず。
他の参加者の中にも手掛かりを求めて外に出ていった人が少なくなく、屋内の人数が減っている気がする。
「斎京流也が動いたぞ!」
そんな声が響いたのはその時だった。
見ると、流也さまが鳥の間から出てくる所で・・・もう30分どころじゃないけど・・・本当にハンデを伸ばしたのか。
その手には問題文が握られている・・・でも明らかに枚数が少ない。
やっぱり流也さまも気付いてるんだ。
そしてその後を追うように大勢の参加者がぞろぞろと・・・彼の答えを見る気満々だ。
・・・まぁ一番を目指さないならその方法が確実だろうね。
きっと流也さまは、このまま流れるように謎を解いていくのだろう。
私もそれについて行けば残りの文字がわかるんだろうけど・・・
「・・・先輩、手分けしますか?こっちは3人いますし・・・1人は流也さまに張り付いて・・・」
そう言いながら五味原さんが自分の参加用紙を手に取り、しわだらけのそれを折り畳んでしまおうと・・・
「あ・・・ちょっと待って」
「先輩?」
「私、わかったかも・・・」
そう言いながら私は・・・
あの記号が埋まっていった時と同じような・・・確信めいた予感を感じながら・・・
まさに今、しまわれる直前の参加用紙に手を伸ばした。




