閑話 ゴミの子
私、五味原恵理子はごく普通の家庭で育った、ごく普通の女の子だ。
成績はクラスの真ん中くらい、運動は苦手。
趣味は読書・・・と言っても難しい本は苦手で、漫画やライトノベルがせいぜいなんだけど・・・
小さい頃から視力が弱く、度の強い眼鏡をかけている事もあって、文学少女のような誤解をされる事が多い。
人付き合いの類も得意ではなく・・・友達も少ない。
存在感が薄いので、2人組を作らされるとだいたい余る・・・そのまま気付かれない事も。
特に夢とか、なりたい何かがあるわけでもなく・・・このままただ地味に、社会の隅でひっそりと生きていくんだろうと思っていた。
・・・あのお方に出会うまでは。
二階堂綾乃グレース様。
サラサラと流れる金色の髪と、宝石のように澄んだ青い瞳。
強く気高く美しく・・・まるで物語に出てくるお姫様のように完璧なお嬢様。
なぜあのようなお方が、私などが通う学校に居たのかはわからない・・・本当にわからないけれど。
あの入学式の日・・・ひと目見た瞬間に、私の心はすっかり囚われてしまった。
とは言え、本物のお嬢様であらせられる綾乃様。
私如きと接点などあろうはずもなく・・・ただ遠くからその御姿をこの目に焼き付ける事しか出来ません。
そして視力の弱い私にはそれすらも難しく・・・そんな折、かの女神さまが我がクラスに舞い降りたのです。
「私の生徒会に入っていただけないでしょうか?」
まさに女神の如き神々しさを身に纏い、綾乃様が同志を募っておられたのです。
しかしその呼びかけに応える者はおりませんでした・・・あまりの格の違いにクラスの誰もが怖気づいてしまっていたのです。
かく言う私もです・・・特技の一つもない、取柄の一つもない私などに務まるはずがない・・・そんな事は誰の目にも明らかだったと思います。
しかしながら、私は夢見てしまったのです。
夢などとは無縁であったはずの私が、初めてこうなりたいと強く望んでしまったのです。
それこそが綾乃様の両翼たるお二方、完全なる左右対称の従者・・・三本木右子様と左子様。
聞けば庶民の出だというお二方が綾乃様に付き従う姿はとても自然でいて隙がなく・・・屋敷ではメイドとしてプライベートでもお仕えしているとか。
そして綾乃様もそんな二人に対してだけは表情を和らげる・・・ああ、なんと理想的な関係か。
あんな風に綾乃様にお仕え出来たら・・・そう願わずにいられなかったのでございます。
この人生最大の勇気を振り絞り、生徒会へと志願した私を、綾乃様は意外なほど温かく迎え入れてくださいました。
まさかいきなりお屋敷へご招待される栄誉を賜るとは・・・あの日の事は一生忘れられません。
それからの1年は至福の日々でありました。
綾乃様のお傍に仕える事で、隠された色々な事実を知ることも出来ました。
綾乃様はお友達がいないことを思い悩んでおりました・・・綾乃様は私達と同じ人間だったのです。
綾乃様は歴代の誰よりも生徒会を運営してみせました・・・綾乃様はただの人間ではありませんでした。
生徒会での綾乃様はよく笑顔を見せました、作られていない自然な笑顔・・・やはり綾乃様は女神では?
しかしそんな日々は終わりを迎えました、綾乃様方が卒業してしまったのです。
なぜ私はもう1年早く生まれることが出来なかったのか・・・悔やんでも悔やみ切れません。
あの時の私は・・・心にぽっかり穴が開いてしまったかのように、無気力になっていました。
そんな私を目覚めさせたのは一つの噂でした。
かの姫ヶ藤学園に貧しい庶民が特待生で入学したと・・・
最初は右子様左子様かと思いましたが、全く違う別人とのこと。
・・・どこの馬の骨とも知れない庶民に出来るなら、私にも出来るのでは?
思えば、あれは一筋の光明が差した瞬間だったのでしょう。
私は必死に勉強しました・・・まるで憑りつかれたかのように、と両親は語っています。
実際この1年で視力がさらに低下してしまったので、結構な無理をしていたのかも知れません。
「ここまで鬼気迫るものを感じては認めるしかない・・・」そう言って父は姫ヶ藤への受験を許してくれました。
そして先日行われた全中模試において私は、かなりの上位を勝ち取ることが出来たのです。
姫ヶ藤の合格ラインで見れば完全に安全圏、特待生も可能性がある、との事。
逸る気持ちで綾乃様にご報告のメールを送った所・・・
とても喜んでいただけたのみならず、パーティにご招待されてしまいました。
綾乃様主催のクリスマスパーティ・・・なんと素晴らしき催しか。
間違っても遅刻などせぬように・・・でも何をいったい着ていけば・・・上流階級のマナーは・・・
綾乃様主催のパーティで粗相などあってはなりません。
身だしなみは徹底して・・・髪型もいつもの三つ編みではなくアップに・・・ああもうこんな時間に・・・遅刻などあっては・・・あっては・・・
何とか会場に辿り着いた時には、パーティは既に始まっていて・・・
「おや、恵理子様・・・ようこそいらっしゃいました」
「ハァハァ・・・綾乃様は・・・パーティは・・・」
玄関ロビーでは執事の千場須様が迎えてくださいました。
彼もまた綾乃様にお仕えする執事の鑑とも言うべき優れた人物・・・その足元には大きな段ボール箱が・・・
「遅れてしまって申し訳ありません!もしよろしければその段ボールを運ぶお手伝いを・・・」
「ああ、それはこちらで良いのです・・・只今お嬢様が考えられた謎解きゲームが行われておりまして・・・」
「綾乃様が・・・そ、それはまだ・・・」
「はい、まだ参加可能です・・・そこでこちらを・・・」
そう言って千場須様は参加用紙をくださいました。
遅れてくる参加者の為に、こちらで手渡しているとのこと。
先程の段ボールにはその用紙が入っているそうです。
一通りの説明を受けた私は、大階段へと足を踏み出しました。
到着は遅れてしまいましたが、これこそ挽回のチャンスです。
誰よりも早くこの謎解きゲームを攻略して、綾乃様にご報告致しましょう。
その時はきっと最高の笑顔で迎えてくれるに違いありません。




