第53話「何か掴めると思うんだ」
謎解きゲームの開始が告げられると同時に、出題箱へ参加者達が殺到する。
各出題箱には問題文の書かれた紙が入っている・・・それが10ヵ所、全部違う内容らしく紙を取った人はすぐ隣の列へ・・・
制限時間がある上に最初に解くと賞品も出るとあって、皆我先にと並んで大混戦・・・かと思ったら、列に並ばずに部屋の外に出ていく人が多い。
「あれ・・・皆なんで・・・」
「この部屋を後回しにして、まだ誰もいない他の部屋へ先に向かうつもりだろう」
予想外の人の動きに気を取られてすっかり出遅れた私に、部屋の中央に残った流也さまが答えた。
彼は自ら課したハンデを忠実に守り、この部屋の出題箱へ並ぶ参加者の列をそこから見ているだけのようだ。
なるほど、もし他の部屋もこんな風になっているのなら・・・並ぶ時間を短縮出来る、というわけか。
「でも、その間に問題文がなくなってしまったら・・・」
「いや、それはない・・・謎解きに必要な物は参加者全員に行き渡る数を用意してあるはず・・・二階堂の性格を考えればわかるだろう?」
「ああ、たしかに・・・」
この謎解きゲームを用意したのは綾乃様だ。
間違ってもこんな所で早い者勝ちになるような作りにするとは思えない。
むしろ何かあっても良いように、人数より多く用意している事だろう。
「右子、お前は並ばないのか?・・・左子はもう2枚目を手にしているようだぞ?」
「え、左子?・・・あっ」
私がモタモタしてる間に左子はしっかり動いていたらしい。
流也様の言った通り、列に並んでいる左子の手には紙が2枚握られていた。
うわ、私もはやく並ばないと・・・とりあえず反対側から並べば良いかな・・・
他の部屋に向かった人が多かったせいもあり、私達は程なくして10枚の問題文を集めることが出来た。
軽くそれらに目を通しながら他の部屋に向かう・・・まずは時計回りに・・・ええと、風の間かな。
鳥の間の隣はスタッフエリア、関係者以外立ち入り禁止の札が立てられている。
参加用紙に描かれていた見取り図では1つの部屋のように描かれているけど、実際は鳥の間との間に通路が伸びていて、その通路の時点でもう立ち入り禁止になっているようだ。
その通路を背にして反対方向。
こちらは入り口にスタッフが常駐しているみたい、「風の間」と書かれたボードを持って黒服の人物が立っていた。
風の間の「風」ってなんだろう・・・風景かな?
この部屋の壁には絵画がいくつか飾られていて、それらの前に参加者の列が出来ていた。
鳥の間のようにそれらの絵画の所に出題箱があるようだ。
「じゃあ私はここに並ぶから、左子はあっち側をお願い」
「ん・・・任せて」
とりあえず、入り口入ってすぐの列に並びながらこの部屋を観察してみる事にする。
今並んでいる先にあるのは、ひまわりが描かれた絵画だ・・・ゴッホだっけ?本物なのかな?
この部屋の絵画に統一感はなく、宗教画っぽいものや日本画、あれはピカソかな?何を描いてあるのかわからないものもある。
そしてこの部屋の奥には、それら以上に目を引く物体が1つ。
ピアノだ。
真っ白なピアノが1台、部屋の奥の方に展示されスポットライトを浴びていた。
ピアノと言えば以前に流也様が何か言ってた気がするけど・・・何だったかな。
ここの問題文には▲のマークが付いていた。
鳥の間の問題文を見てて気になったんだけど、それぞれの問題文に☆や●といった記号が付けられているんだよね。
参加用紙にも、これらと同じ記号が書いてある・・・きっとこれらの問題と対応してるんだろう。
問題文には解答欄と思われる□がいくつか書かれている。
□の数は問題ごとに違うので、単純に考えて答えの文字数・・・だと思うんだけど・・・
それら□のうちの1つが二重になっていて、そこの文字を使って・・・使って・・・どうすれば良いのか。
・・・一通り全部の問題を解けば見えてくるのかな・・・今の所はさっぱりわからないぞ。
問題文を集めて左子と合流、この部屋にあるのは全部で7つのようだ。
あとは、これ見よがしに展示されているピアノやその付近に何か隠れている・・・と思ったのは私だけではなかったらしい。
ピアノの周囲を取り囲むように人だかりが出来ていた。
「皆様、ピアノには触れないようにお願いします」
「これ以上は近付かないでください」
謎解きに関係してると考えた参加者達が、隅々まで見逃すまいと集まってきているんだ。
ピアノに近付き過ぎないようにスタッフの人が数名でガードしてる。
近くで見ると、ピアノはただ白いだけではなく、随所に細かな装飾が入っていてすごく高級感が・・・あ、思い出した。
(国宝のピアノの使用許可の話なら・・・)
そう国宝だ、流也さまがたしかそう言ってた。
このピアノがそれだとしたら・・・謎解きイベントなんかに使えるわけが・・・
「・・・左子、行こう」
きっと、これ以上ここに居ても時間の無駄だ。
次の部屋・・・花の間に向かう。
花の間というだけあって、花をテーマにした部屋のようで、桜の花の柄の絨毯が印象的。
この部屋は鳥の間と同じような構成で、出題箱も10個。
あちらでは鳥が描かれていたのに対して、様々な花が描かれた陶器・・・七宝焼が壁に飾られていて、出題箱もそれらの位置にあった。
そして玄関の真上あたり・・・たしかバルコニーがあったと思うんだけど。
残念ながら、この部屋の窓は全て厚手のカーテンで閉ざされ外の光景は見えない、バルコニーにも出られなそうだ。
これと言った収穫もなく、私達は4つ目の部屋、月の間へ。
この部屋は・・・
「ぉおぅ・・・」
思わず感嘆の声が出てしまった。
部屋の中央に吊り下げられた巨大なシャンデリア・・・これまでの部屋にあったどれよりも大きい。
中に人間が入っても余りある大きさだ、とにかく大きい。
万が一にも落ちてくる事なんてないだろうけど・・・この真下とか立ちたくないなぁ。
そして巨大な歯車のような大きな輪が、シャンデリアを幾重にも囲んでいる。
よくわからないけど、すごい迫力のオブジェだ。
壁際にはガラスケース、その中には金色をした棒のようなものや、不思議な形をした何かが展示されているみたいだ。
ええと、出題箱は・・・やっぱり人が集まってる所だよね。
何ヶ所かあるみたいだけど・・・なんか上を向いてる人が多い。
シャンデリア以外にも何かあるのかと思って見上げると・・・なんか丸いのが。
「???」
なんだろう・・・歯車のような輪の途中に突然生えた、こぶのような丸い球。
故障してつかなくなった照明?・・・というわけでもなさそうだけど・・・
とりあえずその球の真下に出題箱が設置されているらしく・・・そしてやっぱり記号の書かれた問題文が。
次の問題文を取りに行こうとした時、私はようやく球の正体に気が付いた。
次の地点の頭上に浮かんでいたのは、ひときわ大きな球体で・・・その特徴的な縞模様には見覚えがあったのだ。
「あ、木星・・・ってことは、まさかこの部屋って・・・」
そのまさか、中央の巨大なシャンデリアは太陽、その周りに浮かぶ太陽系の惑星を模型にした部屋だったのだ。
もちろん地球もある・・・そして壁には宇宙から見た地球の写真・・・より正確には月面からかな?それっぽい地面も映ってる。
そしてそこにも出題箱が設置されてるようだ。
なるほど、月の間・・・と言うか宇宙の間って感じだ。
ガラスケースに入っていた物も、望遠鏡とか六分儀とか天体観測に関わる品らしい。
そういうのぜんぜん詳しくないけど、なんかすごいね。
この部屋にあったのは全部で10問。
これで全ての問題文を集め終わった・・・という事で私達は最初の部屋に戻ってきた。
部屋に置かれた丸テーブルのひとつに霧人くん達3人がいたので、ちょっと様子を伺おうかな。
「霧人くん達も問題文集め終わった所?」
「なんだ右子さんか・・・今手分けして解いてる所だから・・・」
霧人くんは問題文に集中してるらしく、こちらの方に視線を向けないまま答えた。
ライトとレフトも真剣そのもの・・・凄いやる気だ。
「・・・あんな奴に絶対負けるかっての」
そう漏らしながら霧人くんがその視線を向けた先・・・部屋の中央で優雅に佇むその人物を見て色々と察した。
「ああ・・・流也さまに対抗意識燃やしてるんだ」
「何がちょうどいいハンデだ、目にもの見せてやる・・・」
まぁ、霧人くんのコンプレックスの元凶とも言える存在だもんな・・・
当の本人は向けられている敵意なんて意にも介さずといった風で、優雅に欠伸をしていた。
自分から言い出したハンデとはいえ、そろそろ退屈になってきた所なんだろう。
「流也さま、本当にここから動かなかったんですね」
「ああ、お前達か・・・どうだ、謎は解けたか?」
「いえぜんぜん・・・これから左子と手分けして解こうかなって」
「ふん・・・ハンデは足りなかったかも知れないな・・・」
「へ?」
ハンデが・・・足りない?
聞き間違いじゃないよね、もしかして流也さまは何か知ってる?
「もう一度言うが、謎解きの情報は何も知らされていないぞ」
他人の心を読んだかのように流也さまが釘をさす・・・嘘じゃないんだろうけど・・・
「じゃあなんで流也さまはそんなに自信ありそうな・・・ここから動いてないんですよね?」
「ここからでも、見えるものはある・・・」
「ここから問題文見えるんですか、まさかそんな視力が?!」
「そうじゃない、人の動きだ・・・」
「人の動き?」
「参加者達の中でも明らかに違う動きを見せる者がたまにいる・・・例えば、あれだな」
そう言って流也さまが指したのは、白鳥の描かれた場所。
1人の女生徒がそこに張り付いて壁面を調べていた。
「あの女・・・さっきから10ヶ所あるうちの2ヶ所だけ熱心に調べている」
「え・・・じゃあ他の8ヶ所はハズレって事?!」
「さぁな・・・それが正解かはわからないが、何かしらは掴んだんだろう」
その人物に見覚えはない、クラスが違うのか学年が違うのか・・・
ちょっと大人っぽい感じがするから上級生かも知れない。
彼女がいったい何を掴んだというのか・・・聞いて教えてくれるとも思えないけど・・・声をかけて・・・
「五月川、何か見つけたか?」
「いえ・・・残念だけどこっちには何も・・・」
私が話しかけようとした瞬間、別の人達が彼女に話しかけてきた・・・どうやら仲間がいたらしい。
見た感じ3人くらい?何人かで手分けして挑んでいるようだ。
「先輩方は?白鳥、鷲ときたら琴だ、と言って探しに行ってきたんでしょう?・・・他の部屋にそれらしいものは・・・」
「残念ながら琴は見つからなかった、他の楽器なら風の間の壁の装飾にあったんだが・・・」
「さすがにハズレかもなぁ・・・クリスマスパーティの謎解きで夏の星座なんてネタにしないか・・・」
「ま、仕方ない・・・素直に問題文に取り掛かろうぜ」
残念ながら彼らの読みは外れたらしい・・・参考にはならなそうだ。
でも人の動きか・・・何か掴んでる人は違う動きをしている・・・流也さまの口ぶりだと彼らの他にもいるかも知れないね。
ちょっと探してみようかな。
「ねぇ左子、ちょっと問題文任せても良いかな?」
「・・・姉さん?」
人を見る・・・私達と違う目線でこの謎解きゲームに挑んでる人を探す。
集めた37問の問題文を解く事よりも、この謎解きに有効な気がする。
「何か掴めると思うんだ・・・なるべく早く戻るからお願い」
「・・・わかった、任せて」
問題文を左子に預けて、私はこの部屋を後にする。
もう1度各部屋を・・・そこに居る人達の動きを観察する。
待ってて左子、絶対に何か掴んで来るからね。
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「せっかくだから月の間に行こうぜ、天文部としてはあそこを拠点にしたい」
「だよな、テーブルがないのが難点だけど・・・まぁ気合でなんとか」
「どうした五月川?まだそれが気になるのか」
「ええ・・・どうしても気になって・・・」
「いやだから白鳥座は夏の星座だから、もうその線はないって・・・」
「でも・・・白鳥座は・・・」
「ま、俺達は先に行ってるから、思う存分調べればいいさ」
ハズレと結論が出たはずの白鳥に執着を見せる彼女を1人置いて、天文部員達は鳥の間を後にする。
月の間の展示物の数々は、天文部員達にとって、かなり魅力的だったのだろう。
「でも白鳥座は・・・今日ほど『この星座』が相応しい日はないのよね・・・」
その場に残った天文部の2年生・・・五月川 舞耶
白鳥座の別名は『北十字』・・・クリスマスの夜に西の地平線上に降り立つというその由来に、逸話の数々に思いを馳せる・・・そして・・・
「ひょっとして、どこかに南十字もあるのかしら・・・」
そんな彼女の思い付きを告げるも・・・残念ながら彼ら天文部の謎解きは再び空振りに終わるのだった。




