第49話「みーちゃん、です・・・」
「はいはーい、小さくても舐めるなよな!ちろるでーす!」
「レフトでーす」「ライトでーす」
「せーのっ!『ちろるーむ!』」
カメラの前でポーズを取る3人組。
この配信番組のお約束らしいけど・・・正直ダサい。
ちろること霧人くんが美少年だからなんとか通用してるというか、逆にそのせいで中途半端になっているとも言えなくも・・・
ゲームではこの先、霧人くん単体でしか出番がないので横の2人は印象にすら残ってないユーザーも多いんだけどね。
「最近思うんだけど・・・僕らさー、イマイチ華がないよね」
「いやいや、ちろるさん自身が華みたいなものじゃないですか」
「そうそう、ちろるさんは大輪の・・・大輪のぉぉ・・・ひ、ひまわり~みたいな!」
「どんだけでっかいんだよ!それにひまわりってなんだよ!」
「それだけちろるさんが愛されてるっていう・・・ほら、みんな大~好きでしょ~ひ~まわりのた・・・」
「それ以上はいけない!!」
ノリノリで小動物アニメソングを歌い出したライトの口をレフトが慌てて塞ぐ。
配信者たるもの、著作権に配慮が無くてはいけない・・・アレを配慮と呼んでいいのかはわからないけど。
「まぁそんなわけで、今日は女の子のゲストを呼んでいるんだ」
「女の子?!マジっすか!」
「俺知ってますよ、ちろるさん最近SNSで首里城朱里亜ちゃんと仲良くしてたっすよね?」
「え、まさかあの有名配信者のしゅりしゅり?!しゅりしゅり来ちゃうの?!」
しゅりしゅりの愛称で呼ばれる首里城朱里亜ちゃんは個人で活動してる配信者だ。
個人勢の中では結構人気がある配信者で、たまにランキングに入ってくる事もある。
彼らから見たら格上も良い所だけど、確かにSNS上では仲が良さそうにやり取りしていた。
だからリスナーの間では今回のゲストの話も事前に噂されていたらしい。
「ごめん・・・しゅりしゅりには振られちゃった」
「え・・・ああ・・・どんまい」
「しゅりしゅりは忙しそうですもんね・・・」
「なので今回は普通の、一般人の女の子に来てもらいました、おいでー」
いよいよ私の出番か・・・うわぁ緊張する。
特別何かをする必要はないんだけど、カメラで撮られるってだけですごいプレッシャーを感じてしまう。
床に張られた養生テープはここからカメラに映るっていう目印だ、そこを踏み越えた瞬間、ライトとレフトが大げさに反応した。
「高校生?!」
「あの制服ってアレですよね・・・なんか名門的な・・・」
「はい、あの有名なやつです・・・学校名は出さないでね」
「ちろるさーん、ぜんぜん普通の子じゃないっすよー」
別に姫ヶ藤学園は芸能活動を禁止してはいないんだけど・・・一応身バレ対策という事で。
学園名を伏せて貰いつつ、トレードマークのサイドテールを解いて、目元を変なマスクで隠してる。
これで私だとわかる人はそうそういないはずだ。
「みーちゃん、です・・・よ、よろしくおねがいします」
「はい、みーちゃんさん、ちろるーむへようこそ・・・今日はこのみーちゃんさんを交えて遊んでいこうと思います」
「「よろしくお願いしま~す」」
右子なのでみーちゃん、なんだけど・・・この時点でもう恥ずかしい。
ううぅ・・・知ってる人には見られませんように・・・
『ちろるーむ』は彼ら3人がこの部屋で喋ったりパーティゲームをしたりする配信番組だ。
今日の配信もその例に漏れる事なく、私を加えた4人でゲームをして遊ぶことになった。
「ええと、次のお題は・・・『おやつ』『赤』・・・赤いおやつ?!」
「赤いのはパッケージとかでも良いんですよね?ここはアレかなぁ・・・」
「問題はお嬢様がそれを知ってるかだ、よく考えろよ」
「あ・・・あはは・・・」
姫ヶ藤の生徒って事でむっちゃお嬢様扱いされてる・・・なんかこういう扱いは新鮮だ。
今やってるのはお題から連想した物を書いて一致させるゲーム。
皆が書くような内容を予想して書くものなんだけど・・・なぜか私の答えを予想するゲームになってしまっている。
「じゃあ答えをオープンしていくぞ、まず僕は・・・『シルフィーユ』」
「「お嬢様っぽい!」」
個包装されたケーキのお菓子・・・なるほどパッケージが赤いビロード風で高級感あるやつだ。
たしかにお嬢様が食べてそうなイメージある・・・もっとも、綾乃様のお屋敷では三ツ星さんが作ってくれるから市販のお菓子自体食べる機会なかったけど。
「じゃあ次は俺っすね・・・『コアラのフーガ、イチゴ味』」
「それは・・・色々と厳しくないか?赤っていうよりピンクだし・・・」
「いやいや、みーちゃんさんは庶民的なものに憧れてるタイプっすよ!こ、これが庶民の味・・・とか言って食べてるに違いない」
惜しい、確かにコアラ好きだけど・・・赤いって印象はなかったなぁ。
イチゴ味か・・・そういうのもあったね。
私はもう、色だけでそのものずばりみたいなやつしか・・・
「じゃあレフト、お前はどうなんだ?」
「えっと・・・その・・・『レッドサンダー』」
「お前・・・」
「いや・・・赤いって言ったから・・・他に何も思いつかなくて・・・」
「お嬢様だぞ?!毎日優雅にお茶会とかしてるお嬢様が1個20円の『レッドサンダー』なんて・・・」
「・・・だよなぁ」
そうだよね・・・本当に・・・私毎日お茶会してるんだけどなぁ・・・
「・・・ご、ごめんなさい」
消え入りそうになりながら、私の解答を差し出す。
うん、他に思いつかないよね・・・ね・・・
「れ、レッドサンダー・・・」
「・・・うそやん」
その後も、お嬢様をイメージした解答を考えてくる3人に対して極めて庶民的な解答を出す私。
という展開が繰り返されていき・・・
「ちろるさん・・・その子、本当にお嬢様なんですか?」
「本当だって」
「でもさっきから答えがぜんぜん庶民じゃないですか」
「わかった、制服だけ借りてきたパティーンっすよね」
たちまち疑惑の目が・・・いや庶民ではあるんだけど・・・
庶民だって姫ヶ藤通うんだよ?葵ちゃんとかもいるよ!
「何か証拠ないっすか?」
「あ、学生証あるでしょ?学生証見せてくださいよ」
「いや・・・それは・・・個人情報が・・・」
「ここで渋るとか怪し~い」
いやいや特定されたらどうすんのさ!
まぁ、名前とか隠してチラッとならいいかなぁ・・・
カメラには撮られないように手元で・・・
「写さないでくださいね・・・ちょっとこっちに・・・はい」
「ま、まじか・・・」
「ええっ、ちょっと俺にも・・・うわ本物だ」
「これで納得いただけたかしら?」
「「ははー」」
たちまち平服する2人・・・ああ、これがお嬢様ってやつか、ちょっと癖になりそう。
そんなこんなでなんとか無事に配信は終わり・・・一応うまくやれたみたいだ。
「やった、今日の同接4桁いってる!」
「マジすか?!すげぇ!」
「やっぱりゲストですかね・・・『お嬢様ww』ってコメントがこんなに・・・」
「すごいなお嬢様パワー・・・」
今日のリスナーの数を見て3人が盛り上がってる。
この先の展開は知ってるので、とりあえず髪形を戻しておくかな。
左子がいないとちょっと面倒なんだよね・・・
「良い流れが来てるな、このままもっとリスナーを増やしたい」
「じゃあこのままみーちゃんさんにレギュラーになってもらうとか?」
「いやそう何度も通用するネタじゃない、どうせすぐに飽きられるさ」
「最近のリスナーは飽きるの早いっすもんねぇ・・・」
「なら、新しい事に挑戦するとか!」
「でも新しい事って何だよ」
「ええと・・・俺達からしたら今までのも充分新しい事なんすけど・・・」
「いったい何が受けるんですかねぇ・・・ちろるさんは何か思いつかないですか?」
「そうだな・・・うーん・・・たまには外に出て配信する・・・とか」
「ロケってやつですね、ランドとか行っちゃいます?」
「ランドかぁ、いいっすね・・・ちろるさん知ってます?修学旅行であのネズミを池に落としたのがいたっていう・・・」
「それで出禁食らったって話だろ・・・本当なのか」
「あ、それを俺らで試してみるとかどうっすか?!絶対受けますって!」
話が物騒になってきた・・・そろそろかな。
お説教タイムに備えて、身構えておかねば。
ゲームでは葵ちゃんがこう・・・お姉ちゃん感?みたいなの出して叱ってたんだけど・・・
こう・・・「そういう事しちゃめっ!だよ」って・・・霧人くんはそういうタイプが好みだったわけだ。
私にそういうのが出来るとは思えないけど・・・なんとかやってみるしかないよね。
・・・めっ!ってやる・・・めっ!ってやる・・・
「確かに受けるとは思うけど、出禁食らうのはなぁ・・・」
「じゃあちろるさん、お金あるっすから売店のグッズ買占めるとかどうです?」
「あ!ここからここまで全部って、一度やってみたいやつ!」
「でもただ買い占めてもな・・・」
「なら別の所で売ってみるとか・・・それこそリスナーに売るとか良いんじゃないですか?」
「どうせ売るならちゃんと売って儲けを出したいっすね・・・人気グッズか何か買い占めれば高く売れる?」
「それだ!」
「それだ、じゃないわよ!」
「「み、みーちゃんさん?!」」
「転売ヤーは滅びろ!滅っ!」
ポコポコポコ・・・3馬鹿をリズミカルに引っ叩く。
良い感じにパーティゲームのメガホンが転がってて良かった。
「い、いきなり何を・・・」
「黙れ、転売カスに人権はない」
ポコポコ。
「あのね・・・リスナーに受ければ何しても良いってものじゃないのよ!転売配信とかどこかで襲われても文句言えないからね!」
「いやいや、この日本で襲われるとか・・・」
「甘い!コアラのフーガより甘い!転売なんて保存用や布教用で買ってるガチファンかも知れないから見逃してもらえてるだけだからね!転売目的ってわかってたら、己を犠牲にしてでも滅ぼしたいって人が山ほどいるの!あらゆる手段で見せしめに処されるわよ」
「じゃあバレないように細心の注意を・・・」
「馬鹿!まず転売から離れなさいっての!」
ポコポコポコポコ。
「えええ・・・でもランドで他に受けそうな事って言ってもな・・・」
「アトラクションは撮影禁止だし・・・ツンデレラ城くらいしか撮れる場所が・・・」
「なら無理にランドに行かなくても良いんじゃない?もっと手近な場所で考えてみるとか」
「手近な場所かぁ・・・」
「あ、線路内に入って電車と競争・・・」
「いい事思いついたみたいな顔で何てこと言ってんの!迷惑行為はやめなさいっての!」
ポコポコポコ。
「でも、大抵の事はやりつくされてるじゃないっすか」
「他人より目立つにはリスクが付き物、売れてる人達だってバレてないだけで皆何かしらやって・・・」
「真面目にやってる人に失礼でしょうが!」
ポコポコ・・・本当にこいつらは・・・
「あのさ・・・アンタ達は何のために目立ちたいの?」
「え・・・」
「そりゃあアレっすよ!有名になってモテモテに・・・」
「迷惑行為でモテるとでも?・・・少なくとも私は絶対無理」
確かに良い人タイプよりも、俺様系とかちょっと悪い男の方が魅力を感じるってのはあるけどね。
売名の為に迷惑行為重ねるようなのは絶対ないわ・・・トラブルに巻き込まれそうだし。
「確かにそういう迷惑行為を面白がる人はいるだろうけど、ああいうのは煽るだけ煽って大事になるのを安全な所から見てたいだけ、ファンでも何でもないからね、モテたいならモテるような事しなさい」
「モテるような事って・・・」
「スポーツで活躍するとか、成績でトップになるとか、特技で評価されるとか・・・」
「あーそれむりむり」
「俺ら才能とかないっすもん」
うっわ、やる気ないにも程が・・・アンタ達まだ中学生じゃん。
前世の私ですら中学の時はまだ腐ってなかったぞ・・・たぶん。
「もう、やってもいないうちからそんな事を・・・」
「やってもいない、だと・・・」
私のその言葉に反応して霧人くんの表情が変わった。
年相応の無邪気さは失われ、凍りつくような冷たい目へと・・・私はここで己の迂闊さを悟る。
千代丸霧人・・・彼を攻略する際に求められるのは『突出して高いステータスを持たない』事。
それは彼がそういった才能に対してコンプレックスを持っている事に由来する。
現代において貧富の格差が学力に影響を与えているのは有名な話だ。
現役東大生のほとんどが富裕層だというし、家で勉強していない富裕層の子が毎日何時間も勉強してる貧困層の子より成績が高いという統計データまであるという。
勉強に限った話でもなく、子供の成育に対する環境の重要性は計り知れないものがあるだろう。
千代丸銀行の頭取の息子として生を受けた彼もまた、恵まれた環境で不自由なく・・・それこそ何をするにも有利な環境だった。
しかし彼には才能がなかった。
勉強も・・・スポーツも・・・他人より恵まれた環境なのに、努力もしているのに・・・結果が出ない。
それに加えて1つ上の学年では斎京流也、四十院礼司、九谷要、十六夜透といった才能あふれる面々が若くして活躍している。
そんな彼らに憧れを抱き、目標にしてはどうにも埋まらない差を知って挫折する・・・その辺の彼らに対する複雑な感情は、ファンの間では色々な『解釈』がされているんだけど・・・
「やってないわけないだろ、持ってるやつとそうでないやつの差は最初からはっきりしてる・・・持ってるやつに限って『努力が足りないから』だとか言うけど、持ってないやつが努力したってその差が広がるだけだ、とても割に合わない」
「それは・・・そうかも知れないけど・・・」
「アンタだって、持ってる側だから姫ヶ藤学園に通えてるんじゃないか!お嬢様育ちが偉そうな事言うなよ!」
「あ・・・それなんだけど・・・」
「?」
「私、お嬢様じゃないんだ・・・どっちかと言うと庶民・・・変に誤解させちゃって、ごめんね」
「いやだって、それ姫ヶ藤学園の制服・・・学生証だって・・・」
「一応家の都合で・・・小さい頃からお嬢様の・・・こっちは本物のね、お付きやってまして、同じ学校に・・・あ、入試はちゃんと実力でがんばったよ」
「・・・・・・」
「た、確かに・・・さっきのゲームでも全然庶民っぽかったし・・・」
「みーちゃんさんって実はすごい苦労を・・・」
「いやいやいや、ぜんぜん!ぜんぜん苦労とかしてないからね!」
まずいまずい、これじゃ綾乃様の印象が悪くなる。
霧人を攻略するのは綾乃様でないといけないんだから、なんとかしなきゃ・・・
「私がお仕えしてるお嬢様はすごく良い人だからね!綺麗だし、優しいし、こんな人にお仕え出来て幸せ!って言うかっ!」
「み、みーちゃんさん・・・それ本当に大丈夫なやつ?洗脳みたいな事されてない?」
「なんか心配になってきたんすけど・・・」
「大丈夫だって!本当に良い人だから!今度紹介するよ・・・ああでもすごい人見知りする子だから・・・」
「人見知り?」
「そう、初対面の人とか話すのも大変で・・・すごい表情が強張ってね、一見怖く見えるかもだけど、緊張してるだけなの」
「コミュ障じゃん」
「でも周りの子はそれで威圧されちゃったりしてね、お嬢様なのもあって近寄りがたい雰囲気になっちゃって・・・友達が出来ないのが悩みだったりするんだ」
「ははっ、なんだそれ・・・」
「本当に紹介していい?向こうも年下の方が話しやすいと思うし・・・友達になってくれないかな」
「まぁ、そこまで頼まれちゃ仕方ないな」
「じゃあ今度のクリスマスの予定空けておいて、パーティがあるからそこで・・・」
ゲームでおなじみのクリスマスパーティに誘導っと。
たしか流也さま主催のやつだから、一応後で流也さまに頼んでおこう。
ゲームでは招待状とかそういうのは描写されてなくて、なんか当たり前のように来客してたな。
斎京の家と何かしら繋がりがあったのかも?
「みーちゃんさん、そのパーティなんですけど・・・」
「俺らも行っても良いんすか?」
「ああ、3人分か・・・うん、がんばってみる」
「「やったぁ!」」
ゲームではこいつらはいないんだよなぁ・・・やっぱり家の関係か。
流也さまに頼めば何とかしてくれそうだけど・・・
「もしダメだった時はごめんね」
「はーい」
「期待せずに待ってるっす」
彼らと連絡先を交換して、その場を後にする。
よし、今回は上手くやれた気がするよ。
私のお仕えするお嬢様が、流也さまに負けず劣らずの完璧超人な綾乃様である事を伏せたのがポイントだ。
先にコミュ障って弱点を伝えることで、霧人くんのコンプレックスを刺激せずに済むという作戦ですよ・・・ふふふ。
ゲームでも仲良くなった後ならステータスが伸びても大丈夫だったし、先に友達にしてしまえばいけるはず。
「流也さま、クリスマスパーティの事で相談があるんだけど・・・」
「ああ、国宝のピアノの使用許可の話なら降りたと伝えておいてくれ」
「??国宝??ぴあ・・・の??」
「違うのか、では謎解きゲームの件か・・・俺としてはあまりネタバレを食らいたくないんだが・・・」
え?え?
いきなり何を言ってるんだ流也さまは・・・
「ええと、私は招待枠の事を聞こうとしたんだけど・・・学園外で呼びたい子達がいて・・・」
「何を言っている?そんな事なら二階堂に頼めば・・・」
「綾乃様に?なんで?」
「お前・・・二階堂から何も聞いていないのか?」
そして私は知ることになる。
斎京と二階堂・・・流也さまと綾乃様の共催による、ゲームのものとは全く違うクリスマスパーティの全貌を。




