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第33話「ずるいよ二階堂さん」

「今更多くは語らないぞ・・・皆もう理解しているはずだ」


朝のホームルームの時間・・・

クラス委員である斎京流也さまが、厳かに告げる。


「安心しろ、俺達は強い、そして強い方が勝つ・・・至ってシンプルな話だ」

「おお!」


熱のこもった瞳で頷いたのはクラスの男子達だ、皆闘志を滾らせている。

熱を帯びた瞳で頷いたのはクラスの女子達だ、うっとりとした表情を浮かべている。

私はと言うと・・・


「がんばろう・・・姉さん」

「そ、そんなにがんばらなくても良いからね?」

「私達で・・・世界新・・・」


隣でやる気の炎を燃やす左子を見て不安でいっぱいだった。

いや、やる気があるのは良いんだけど・・・


「あのね左子、私はただ勝てればそれで・・・」

「そう、俺達はただ勝つ!それだけだ・・・この体育祭に新たな歴史が刻まれるのはその結果に過ぎない!」

「ん・・・姉さんと新たな歴史を刻む」

「やめてー」

「よっしゃあ!やってやるぜ!」

「王国に、キングに勝利を!」


私の悲痛な叫びをかき消すように、教室が歓声に包まれる。

みんな本当にテンションが高い・・・始めのうちは流也さまの並外れたカリスマが皆をそうさせているのかと思っていたけど、最近では元々ノリのいい性格の人間が集まったクラスなんじゃないかって気がしてきている。


そんなクラスのノリについていけずに困った表情を浮かべている女子が1人・・・成美さんだ。

それでも周りの生徒達に合わせて精一杯拳を振り上げて・・・や、無理に合わせなくても良いと思うんだけど・・・あ、目が合った。


「がんばりましょうね、右子さん、左子さん」

「ん・・・みんなでがんばろう」

「そ、そうだね・・・がんばろう、おー」

「「おおー!!」」

「ひっ・・・」


やる気なく振り上げた私の拳に合わせたかのように、クラスの皆が拳を振りあげる・・・たぶん偶然タイミングが合ったんだろうけど、ちょっと怖い。

色々と不安は尽きないけれど・・・姫ヶ藤学園1年目の体育祭がこうして始まったのだった。



ゲーム『Monumental Princess』の体育祭イベントはミニゲームになっていて、その結果によって攻略対象達の好感度が上下する仕組みだった。

と言ってもミニゲームはボタンを連打するだけの単純なもの。

私は家庭ゲーム用ジャイアントコントローラー、通称ジャイコンに付いている連打機能を使っていたので、このミニゲームで苦戦した記憶はない。

設定したボタンを押してるだけで、画面の中の葵ちゃんがぐんぐん加速してくんだよね、能力値の影響もあるはずなんだけど・・・どんな育成をしていてもほとんど気にならなかった・・・ジャイコンおそるべし。


でも今はゲームと違って、綾乃様を勝たせないといけない。

運頼みの借り物競走と言っても、そのお題については予習済み。

例えば・・・黒板消しとか大きい三角定規とか、お題に採用されやすい定番のアイテムがいくつかある。

どこにあるのかがわかりやすい反面、教室まで走らないといけないのが辛い・・・そんな所がお題としてよく使われる理由だろう。

そういった品々をあらかじめ私と左子で確保しておけばかなり有利・・・だったんだけど・・・


「戻してきなさい」

「え・・・」

「そんな方法で勝っても私は嬉しくないわ」

「で、でも・・・もしこういうお題を引いてしまったら・・・」


いくら場所がわかりやすいと言っても、校舎までの距離は致命的だ。

近くにいる生徒達や父兄に借りられるような物と比べて明らかに不利。

ゲームの綾乃グレースだったら、迷わずこの方法で勝ちに行くはずなんだけど・・・


「その時は、正々堂々走って取りに行くわ・・・勝てないかも知れないけれど、だからといって諦めたりはしないつもりよ」

「綾乃さま・・・」

「もう右子ったら、そんな世界が終わりそうな顔しないで・・・いいから戻してきなさい」

「はい・・・」

「右子はそんなに勝ちたいの?」

「あ、いや・・・私はべつに・・・」


まぁ普通に考えれば、借り物競走なんて体育祭の種目の一つに過ぎないわけで・・・それもネタ枠の・・・

そんな物の勝ち負けにまで必死になってるとか、どれだけ勝利に餓えてるのかと・・・そう思われてしまうのも仕方ない。

負けたら好感度が下がるとか言うわけにもいかないし・・・うーん、どうしたものか・・・


「でも・・・綾乃様が負けるところ・・・見たくない」

「・・・!」

「左子・・・」


そうだよ、大好きな綾乃様に負けてほしくない・・・理由なんてそれだけで充分じゃないか。

攻略の事にばかり気を取られて、大事な事が抜け落ちてしまっていた。

ありがとう左子・・・お姉ちゃん、心が汚れてたよ。


「2人ともありがとう、でも大丈夫よ・・・こんな事をしなくても、私は実力で勝ってみせるから」

「綾乃様・・・」


そこまで言われては引き下がるしかない、だいたい綾乃様は私よりも運動が出来るのだ。

葵ちゃん以外に負けるとは思えないし、その葵ちゃんと当たるとも限らない。

そう、葵ちゃんにさえ当たらなければ・・・


「さぁ正々堂々勝負だよ、二階堂さん」

「ええ、負けないわ」


やはりこの2人の対決は運命なのか・・・まぁ実際は単純に足の速い順で組分けしたんだろうけど・・・綾乃様は葵ちゃんと同じ組になってしまった。


「がんばって・・・綾乃様・・・」


隣で左子が声をあげる・・・声援と呼ぶには弱々しいけれど、その声に気付いたかのように綾乃様はこちらへ手を振ってくれた。


「綾乃様!勝ってください!私達はここで応援してますから!」


もし私達が対応出来るようなお題があった時に思い出して貰えるように、私も精一杯声を張り上げてアピールした。

そう、「友達」も定番のお題だ・・・前世の私からしたら無理難題にも程があるそんなお題でも、今の綾乃様なら大丈夫。

綾乃様・・・私も左子も、ここにいるからね。



「位置について!」


スタートを担当のする教師が合図の銃を構える。

100mトラックの中央には一列に机が並び、お題の入った箱が人数分置かれている。

・・・少しでも葵ちゃんより有利なお題が引けますように・・・くじの神様、お願い・・・


「よーい・・・」


バーン!


銃声とともに一斉に走り出す・・・やっぱり葵ちゃんが速い!嘘みたいに速い、ジャイコン連打のゲーム画面を思い出す速さだ。

2番手に続く綾乃様も充分速いはずなのに、その差は広がるばかり・・・普通の競争種目だったらそのまま勝負が決まっていた所だ。


でもこれは借り物競争・・・本当の勝負はお題を引いてから。

葵ちゃんが勢いよくお題の箱に右手を突っ込み・・・


「ていっ!」


迷うことなく掴み取ったお題を高々と掲げ・・・その動きが止まった。

これは・・・難しいお題を引いた?

葵ちゃんはどこへ行くでもなく、その場に留まったまま。

その隙に綾乃様もお題箱に辿り着いた・・・これはチャンス、黒板消しみたいなお題でなければ・・・いや多少距離があっても場所がはっきりしてるお題の方が良いかも知れない。


綾乃様がその手を箱の中へ・・・葵ちゃんと違って少し迷うような素振りを見せながらも、一枚のお題を引き抜いた。

これがまともなお題なら・・・あれ・・・綾乃様が固まった。

まさか・・・綾乃様も変なお題を?!

動きを止めた2人をよそに、後続の生徒達が次々にお題を引いてそれぞれのお題を求めて去っていく・・・そして、その場に残された2人は・・・




「ていっ!」


お題の入った箱に一番に辿り着いた私は、余計な時間をかけないように最初に手が触れたお題をそのまま引き抜いた。

そこに書かれていたのは意外なお題・・・意外じゃないお題があるのかは知らないけど。


「うわ・・・どうしようかな・・・」


どんなお題だとしても全力でぶつかるって決めてたんだけど・・・さすがにこれは・・・

こうしている間に皆が次々と追い付いてきた。

うぅ・・・せっかく一番最初にお題を引けたのに、身動きが取れないのがもどかしいよ。


だって、私の引いた『お題』は・・・


「どうやら、運が悪かったみたいね・・・」


動きを止めた私を見て勝利を確信したのか、二階堂さんが話し掛けてきた。

余裕あるなぁ・・・きっとすぐに取って来れるようなお題なんだろうね。

残念だけど今の私は負けを認めるしかない・・・運も実力のうち、って言うもの。


「うん・・・悔しいけれど、この『お題』じゃ勝ち目はなさそうだよ」


言いながら『お題』の書かれた紙を見せると、二階堂さんが目を見張るのがわかった。

驚くのも当然だよ・・・まさかこんな『お題』が入っているなんて・・・


「・・・今回のお題を考えたのは、随分と意地の悪い人みたいね」

「うん、私もそう思う・・・そういうわけだから私はここで皆がゴールするのを見送るよ、二階堂さんはお先にどう・・・ぞ・・・?!」


不意に腕を引っ張られた・・・二階堂さんだ、なぜか彼女が私の腕をがっつりと握って・・・


「痛い、痛いよ二階堂さん、そんな引っ張らなくても・・・」

「なら急いで、他の子に負けてしまうわ」

「え・・・」


引っ張られるままついて行く私に、二階堂さんが空いているもう片方の手で自分の『お題』を見せてきた。

そこに書かれていたのは・・・



「『ライバル』・・・これって・・・」

「残念だけれど、今回は引き分け・・・本当に誰がこの『お題』を考えたのかしら」


不機嫌そうに速足で進む二階堂さんに歩調を合わせ、2人でゴールを目指す。

でも『ライバル』かぁ・・・

二階堂さん私の事ライバルって認めてくれてたんだ・・・二階堂さんには悪いけど、これはこれで悪くないかも・・・



ちなみに私の『お題』は・・・『対戦相手』

・・・酷いよね?



ともあれ、私と二階堂さんは2人同時にゴールテープを・・・


「えいっ・・・一歩先にゴールしたから私の勝ちね」

「あ・・・ずるい!」

「お題の確認をお願いします、私が先にゴールしたので私から」


同時と見せかけてゴールの瞬間だけ加速した二階堂さんがゴールテープを切った。

そのまま困惑する先生にお題を手渡し・・・1位の位置へ・・・


「ずるいよ二階堂さん、引き分けって言ったのに・・・」

「私と貴女の勝負は、ね・・・でも紅組の点数は譲れないわ、あの子達に勝つって約束したもの」

「・・・右子ちゃん達かぁ」


右子ちゃん達のクラスと言えば、テストのご褒美で斎京君が海外旅行に連れて行ってくれるみたいな話があったっけ。

今回の体育祭でも勝つと何かご褒美があるのかな・・・いいなぁ・・・


そんな話をしていたせいか、次の番の走者の・・・たしかあれはお誕生会で会った・・・百瀬さんが右子ちゃんを借りてきた。

そのお題は「友達」・・・私達の時と違って普通に定番のお題だね。

その回は定番のお題で難なくゴールした百瀬さんが1位・・・やっぱりあそこまで酷いお題は無いみたいで、他の生徒達も割とすぐにゴールしてきた。


「成美さん、1位おめでとう」

「そんな・・・綾乃様も1位おめでとうございます」

「ありがとう、純粋に勝ったとは言い難い勝負だったけれど・・・紅組に貢献できてよかったわ」

「左子と一緒に見ててハラハラしましたよ、2人ともいったいどんなお題だったんですか?」

「そうそう、酷いお題でね・・・見てよこれ」

「うわ酷い」


私が手渡した『お題』を見て、右子ちゃんと百瀬さんは信じられないといった顔で顔を見合わせる。


「という事は綾乃様の方も・・・」

「ええ、運が良いのか悪いのか・・・おかげで2人でゴール出来たのだけど・・・」

「なんだか私ばかり簡単なお題で、申し訳ない気分になってきました」

「成美さんは悪くないって、よく頑張ったんだからもっと自信もって」


こんな感じで話し込んでるうちに、借り物競争は終了。

男子の方は・・・四十院君が勝ってくれたので、なんとか白組は踏み止まったかな。

うん、体育祭はまだまだこれからだね。



「一年、最後の所でしてやられたな」

「えへへ・・・ごめん、友達だったからすっかり油断してたよ」


クラスの仲間の元に戻った私に、さっそく叱咤の声が飛んできた。

この失点が勝敗を左右するとは思えないけど、負けは負けだ。

でも・・・


「だから俺は言ったんだよ、お前がリレーに出ろって」

「ごめんってば・・・でも、九谷君だって足速いし・・・」

「まぁな、お前の分まで点数取って来てやるさ」


彼は九谷要君、1年生でバスケ部のレギュラーの座を勝ち取った・・・うちのクラスの切り札だ。

全学年各クラスから1人ずつ出場するリレーは、この体育祭で最も高得点の種目・・・それこそ勝敗を左右するやつだ。

二階堂さんとの事があって私は断っちゃったけど、やっぱり九谷君の方が適任だったって思う。

一緒に練習して思ったけど、九谷君は本当に速い・・・長距離は苦手みたいだけど、リレーなら誰よりも速いんじゃないかな。


「祝勝会のつもりでバイト先の部屋取ってあるんだから、負けないでね」

「おう、任せとけって」


パチン。

片手で軽くハイタッチを交わす・・・ごめんね二階堂さん、右子ちゃん。

悪いけど、勝つのは白組だよ。


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