第31話「私達の手は手袋代わりですか」
東京タワーの付近には大きな公園がある。
夜になるとライトアップされるタワーを公園のベンチから眺めることが出来る、なかなか雰囲気の良い場所だ。
割と評判のデートスポットでもあるらしい、今の時間はそんなに人通りも多くないけれど、夕方にもなればカップルで溢れかえるのだろう。
付近のお店で昼食を終えた私達は、特にあてもなくこの公園にやってきていた。
左子と左右から綾乃様を挟み込むような形で並木道を歩く。
いつもの並び、と言いたい感のあるこの配列も、ある程度の道幅がないと成立しないんだよね。
こうして綾乃様の右側を歩いていると妙に落ち着く・・・キャラとしての本能だろうか。
「右子、左子・・・手を繋いでもいいかしら?」
「え・・・良いですけど」
「ん・・・」
左子とほぼ同時に差し出した手を、これまた同時に綾乃様が握ってくる。
展望台での時と違って汗ばんでいない、いつもの綺麗な手だ。
「ちょっと冷えてきましたか?」
「ううん・・・ただなんとなくこうしたかっただけ・・・」
「昔お庭のお散歩をした時を思い出しますね、確かあの時もこんな風に3人で手を繋いで・・・」
「そうね・・・二人の手はいつも暖かくて好きよ」
「私達の手は手袋代わりですか」
「ふふっ、とても良い手袋だわ」
こうして握っている綾乃様の手は、ほんの少し冷たい。
まだ手が冷える程寒くはないので、たぶん基礎体温の差なんだろうけど・・・綾乃様が暖かいと感じてくれる体温で良かったと思う。
しばらく公園を散策した後、私達は駅へと向かう事にした。
時間は充分に稼げた、そろそろ屋敷へ戻っても良い時間だ。
「もう帰るの?」
改札口を通るために繋いでいた手を解くと、綾乃様は不満そうに口を尖らせた。
実質、東京タワーしか行っていないようなものだし、ちょっと遊び足りなかったんだろうね。
これが普通のお出かけだったらもっとゆっくりしたり、別の場所に向かっても良いんだけど、それじゃせっかく屋敷で準備してくれている皆に申し訳ない。
それに葵ちゃんが流也さまや礼司さまと仲良くなってしまうのも心配だ。
あのチート庶民のことだから、時間を与えればそれだけ好感度を稼いでしまうに違いないのだ。
そうはさせるものか、今日の主役は綾乃様なんだからね!
「なんかお屋敷が恋しくなってきました、また綾乃様と一緒にお庭を散歩するのも良いかなって」
「それも良いわね、いつも庭を手入れしている千場須も喜ぶと思うわ」
「えっ、千場須さんそんな事までしていたんですか?」
「ええ、あの庭は他人に任せられないって」
「・・・」
結構広いあの庭を・・・てっきり庭師の人を雇っているのかとばかり・・・言われてみれば確かにそれらしい人を見た事がない。
やっぱりあの人は底知れない、チート庶民どころじゃないチート存在なんじゃなかろうか。
そんな事を話しているうちに、私達を乗せた電車は最寄り駅へと戻ってきた。
私達の迎えに来た千場須さんの車がホーム越しに見える。
もちろん千場須さんにも今回のサプライズ作戦の事は話してある・・・彼がここにいるという事は準備万端整ったという事だ。
「お待ちしておりました」
駅から出てきた私達・・・たぶん綾乃様を、恭しく出迎える・・・その仕草に疲労の色は全く見えない。
綾乃様に続いて左子、そして私が車に乗り込もうとした、その時・・・
「お二人のおかげで綾乃様は本当に良いお友達を持ちました、ありがとうございます」
「え・・・」
そっと耳打ちされたその内容は、おそらく今日のサプライズのことだろうけど、彼にしてはちょっと軽率だ。
万が一綾乃様に聞こえちゃったらどうするつもりなのか。
まぁ・・・それだけ彼も綾乃様の事を気にかけてくれているんだろうね。
ひょっとしたら孫みたいに思っているのかも知れない。
「右子?どうしたの?」
「え・・・あ、なんでもないです・・・ちょっと疲れが出たのかも」
「そう・・・無理はしないでね」
「はい、気をつけます」
「でも右子の事は言えないわね・・・私も少し・・・疲れ・・・すぅ」
綾乃様が眠りに落ちるのと同時に千場須さんが車の速度を落とすのがわかった。
綾乃様が気持ちよく眠れるように加減された運転・・・絶妙な揺れ方が心地良い・・・なんだか私も・・・
「・・・すーすー」
気付けば左子も気持ちよさそうに寝息を立てていた。
左子は綾乃様に寄りかかるようにして・・・あ、ずるい、綾乃様の膝に倒れ込むなんて・・・私だって・・・あや・・・の・・・
「おやおや、お友達の皆様にはもう少し・・・お待ちいただく事になりそうですな」
3人分の寝息を背後に聞きながら、千場須は握ったハンドルを本来とは異なる方へと回した。
車は少しだけ遠回りをしてゆっくり進んでいく・・・
右子達が屋敷にたどり着いたのは、空がすっかり夕日に染まる頃だった。
「ぅ・・・ううん・・・あ」
ガクンと大きく車が揺れた・・・千場須さんにしてはいささか乱暴なブレーキの反動で、私の意識が揺り起こされた。
どうやら車の中で眠ってしまったみたいだ・・・ええと、左子は・・・
「姉さん・・・おはよう」
その言葉と共に、綾乃様の膝の上で眠っていた左子がゆっくりと目を開く・・・やっぱり起きていた。
たぶん私と同じタイミングで目を覚ましたんだろうね。
綾乃様の膝枕で眠るとか、我が妹ながら不埒な真似を・・・ちょっと羨ましいぞ。
「あ、そうだ綾乃様!・・・起きてください、綾乃様」
「・・・みぎこ?・・・あれ、私・・・」
「どうやら私達、帰りの車で眠ってしまっていたみたいです」
「あ・・・そうなのね」
「申し訳ございませんお嬢様、皆様気持ちよくお眠りになられておられましたので・・・」
「構わないわ、私の方こそ眠ってしまってごめんなさい」
千場須さんの配慮に感謝しつつ、車を降りる。
車の到着は屋敷の中からも見えたはず・・・きっと皆、綾乃様が玄関口をくぐるのを今か今かと待ちかまえているに違いない。
私と左子は申し合わせた通りの動きで玄関に向かう綾乃の前に回り込み、左右から両開きの玄関のドアに手をかけた。
「・・・いくよ左子」
「・・・ん」
「「せーの」」
扉が大きく開くのと同時に、屋敷の中からパァン!とクラッカーの弾ける音が鳴り響く。
「「お誕生日おめでとう!」でとうございますっ!」
微妙に揃わない不協和音だけど、綾乃様のお誕生日を祝う声。
・・・ワンテンポ遅れたのは成美さんだ。
流也さま、礼司さま、成美さん・・・そして葵ちゃんの4名が屋敷の玄関ホールで綾乃様にお祝いの言葉を口にする。
そして、もちろん私と左子も・・・
「「綾乃様、お誕生日おめでとうございます」」
「これは・・・私、夢でも見ているの?」
「夢じゃないです、皆、綾乃様のお誕生日を祝う為に集まってくれたんですよ」
「あ、あの・・・皆様・・・私、何と言ったら良いのか・・・」
もう感無量といった感じで声を震わせる綾乃様。
ふふふ・・・サプライズはうまくいったみたいだ。
「ふ・・・礼を言うのはまだ早いぞ」
「僭越ながら、私達でお誕生日パーティのご用意をさせていただきました」
「お誕生日・・・パーティ・・・」
「さすがにこのお屋敷の豪華さにはちょっと敵わないけれど、皆でがんばって用意したんだよ」
呆然と佇む綾乃様の元へ、成美さんと葵ちゃんが歩みを進める。
成美さんはアンバーを基調とした大人っぽいチュニック。
葵ちゃんは白と青の縞模様のセーター、ゲーム画面で見たことのある服だ。
流也さまも礼司さまもタキシードなんてことはなくカジュアルなスタイル。
・・・事前に豪華すぎないようにしっかり言っておいたからね、アルパカの二の舞にはならないよ。
成美さんと葵ちゃんはそのまま綾乃様の両脇へ・・・む。
「綾乃さま、パーティ会場にご案内致しますわ」
「右子ちゃん達は今のうちに着替えてきて」
なんだか私達の定位置を奪われたみたいで癪だけど、屋敷にいる時はメイド服というのが私達のルールだから仕方ない。
ここは2人に任せよう。
「では綾乃様、今日はたっぷり楽しんでくださいね」
自室で手早く着替えを済ませ、パーティ会場へ向かう。
パーティ会場はいったいどんな風になっているのか・・・私達にも知らされてないんだよね。
おっといけない、お誕生日に欠かせないアレを運ぶんだった。
厨房に寄って三ツ星さんからカートを受け取・・・
「すごい・・・今年はずいぶん大きいですね」
「おいしそう・・・じゅるじゅるり」
厨房に入った瞬間、それは抜群の存在感を放っていた。
パステルカラーのろうそくが16本刺さった、三段重ねのホールケーキ。
中央には『お誕生日おめでとう』と書かれたチョコプレートと綾乃様をモデルにしたと思われる、かわいらしい金髪の人形。
2段目3段目もフルーツとクリームでこれでもかとデコレーションされたそれは、ウェディングケーキと言っても通用しそうな風格だ。
「今年はお友達が来ると聞いたからね、ちゃんと皆で食べられるように・・・ちょっと気合いを入れすぎたかな?」
うん・・・さすがに作りすぎだと思うよ、お友達って言っても4人だからね。
・・・いや、左子がいることを考えたらこれでも適量かも知れないか。
「三ツ星さん、ありがとうございます・・・左子、よだれ出てる」
「・・・はやくたべたい」
「もう・・・綾乃様のケーキなんだからね、さっさと運ぶわよ」
「ん・・・」
間違ってもどこかにぶつけたりしないように、細心の注意でケーキの乗ったカートを運ぶ。
ケーキは香りにもこだわられて作られており、甘い香りがケーキを運ぶ私達を包みこむようだ。
「お待たせ致しました」
「あ!ケーキだ、すごーい!」
パーティ会場である食堂に入った瞬間、さっそく葵ちゃんが大きなケーキに気が付いた。
おそらくこの大きさのケーキを見るのは初めてなんだろう、キラキラと目を輝かせている。
「これホールケーキって言うんだよね?お店に並んでる以外で初めて見たよ・・・土台もよく出来てるなぁ、まるで本物みたい」
それも本物だよ葵ちゃん・・・食べられるやつだよ。
後でタッパーに入れてお土産にしてあげようか・・・
「まぁ・・・いい香り」
さすがに成美さんと上流階級組は動じた様子はない。
これくらいは見慣れてるのかな。
パーティ会場は色とりどりの鎖・・・手作り感あふれる折り紙のやつだ・・・がぶら下がり、同じく紙で出来た花があちこちに咲き乱れている・・・まるで文化祭の教室のような様相だ。
流也さまのことだから、部屋中を金ぴかにされるんじゃないかという不安があったけれど、礼司さまあたりが止めてくれたのかな。
「ケーキ置きます、真ん中空けてください」
こんな大きなケーキを置くには相応の空間が必要だ。
みんな慌ててテーブルの上を片づける・・・今綾乃様が抱えた包みはみんなからのプレゼントかな、後で中身を聞いてみよう。
どどん、とテーブルの中央にケーキが置かれる。
16本もあるろうそくに、流也さまと礼司さまが手分けをして火を灯していった。
「じゃあ部屋の明かりを消しますね」
「え・・・」
その私の声に綾乃様が一瞬びくりと震えた・・・いや、さすがに大丈夫・・・ですよね?・・・おばけとか出ませんからね?
カチっとアナログなスイッチを押すと、部屋を照らす灯りは先程のろうそくだけになった。
オレンジ色の炎が淡く部屋を照らし出す・・・なかなか幻想的な光景。
「じゃあ皆、せーのっ!」
「「はっぴばーすでーとぅーゆー♪」」
葵ちゃんの合図にあわせて皆で歌う・・・こちらは息の合った綺麗な合唱だ。
「「はっぴばーすでーでぃあ、あやのさまー♪はっぴばーすでーとぅーゆー♪」」
そして皆の視線が集まる中・・・
「ふぅぅ・・・」
綾乃様がろうそくの炎を吹き消していく・・・
さすがに16本分を吹き消すのは大変そうだ・・・がんばれ綾乃様。
「ふうううぅぅぅ・・・」
なんとか全てのろうそくの火が消えた。
真っ暗になった部屋で綾乃さまが怯えないように、すかさず照明をつける・・・と同時に皆の拍手が鳴り響いた。
「おめでとう二階堂さん」
「おめでとうございます」
「ふ・・・おめでとう」
「皆様・・・今日は本当に・・・最高の誕生日です・・・ありがとうござい・・・ま」
「綾乃様、どうぞ」
「あ、ありが・・・ぐすっ・・・」
綾乃様の目に涙がにじむ・・・そろそろ限界かも知れない。
すかさずハンカチを差し出してフォローするよ、涙でグシャグシャになった顔を見られるような事はさせない。
「じゃあケーキを切り分けますね」
「わーい、待ってました!」
「・・・はやくたべたい」
はいはい、この欠食児童どもめ・・・でも綾乃様の分が先だからね。
ちゃんと人形とプレートが入るようにして・・・こんなものかな。
「はい綾乃様、どうぞ」
「・・・ありがとう」
綾乃様はまだ半泣きだ・・・赤くなった顔もかわいい。
残りのケーキは適当に切り分けて・・・葵ちゃんと左子にはちょっと多めに。
「え、そこもケーキだったの?!」
「下の段も全部ケーキだよ、葵ちゃん」
「うわ・・・本当だ」
証拠とばかりに3段目に切り込みを入れて見せると、葵ちゃんの目が丸くなった。
「・・・後でタッパーに入れてあげるね、お父さんと一緒にお食べよ」
「うぅ・・・右子ちゃん、ありがとう」
その分を取り分けてもケーキはまだだいぶ残ってる・・・きっと左子が食べてくれるんだろうけど・・・
「生憎だが俺は甘い物はあまり好かん、左子、お前にくれてやろう」
「・・・!・・・いいの?」
「遠慮はいらん、腹いっぱい食べるといい」
「もぐ・・・ありがと・・・もぐもぐ」
ええええ、流也さま食べないの?!
さすがに左子に全部食べさせるのは酷な気がしてきたぞ。
「まぁ、左子さんはよくお食べになるのね・・・良かったら私の分もお食べになります?」
「ん・・・もぐ」
「成美さん?!食べなくていいの?!」
「お恥ずかしながら・・・体重が気になりまして・・・体育祭も近いですし・・・あ、少しだけいただきました、美味しかったです」
く・・・せめて礼司さま、我らが紅茶研の部長。
紅茶によく合うケーキですよ。
「礼司さま、ケーキのお代わりいかがですか?」
「え・・・いや、僕はもういいよ」
むー。
なんか最近の礼司さま妙にそっけないというか・・・ひょっとして避けられてる?
モルドワイン作りでだいぶ迷惑かけちゃったからかな。
・・・これはどこかで埋め合わせせねば。
「右子ちゃんこそケーキ食べないの?もぐ・・・おいしいよ」
「も、もちろん食べますともっ!もぐもぐもぐ」
くぅぅ・・・これじゃあ私が食べるしかないじゃないか。
左子に食べられるんだから私だって、それなりに食べられるはず・・・
「まぁ・・・息ぴったり・・・さすが姉妹ですわね」
「ふ・・・その調子で二人三脚も頼んだぞ」
「体育祭かぁ・・・私達もがんばらないとね、四十院くん」
「そ、そうだね・・・」
「悪いが、俺たち紅組の勝利は揺るがない・・・礼司、お前相手でもな」
「はは・・・お手柔らかに頼むよ」
その後も体育祭の話題を繰り広げつつ、パーティの時間は過ぎていく。
気付けばもうだいぶ遅い時間になっていた・・・やっぱり楽しい時ほど時間が経つのが早い。
「皆様、今日は本当にありがとうございました・・・そろそろお開きに」
時間を見て綾乃様がそう切りだそうとした、その時。
外から車が近付いてくる音が・・・そう言えば千場須さんの姿を見てないけれど・・・
「・・・ようやくか」
「?」
何かを知っているような顔で流也さまが頷いた。
よく見ればそれ以外の面々も表情が・・・何だろう。
「二階堂、俺達全員からもう一つプレゼントを用意した、受け取るがいい」
「えっ」
「え・・・え・・・それってどういう・・・」
全員って、私は何も聞いていないぞ?!
何?私達に内緒でもう一つサプライズを用意してたって事?
「ふふ、ごめんね右子ちゃん」
「こればかりはうまく行くかわからなかったので・・・」
「俺はうまくいくと確信していたぞ?」
綾乃様も私も困惑するしかない。
これからいったい何が起ころうというのか。
何もわからないまま身構える私をよそに、パーティ会場の扉がノックされた。
「失礼いたします」
聞こえてきたのは千場須さんの声。
やはりあの車は千場須さんの車で間違いなさそうだ。
彼の手で扉がゆっくりと開かれ・・・
「お父様!お母様!」
「?!」
そこに現れたのは1人の紳士と、もう1人は綾乃様と同じ金色の髪をした美しい女性。
それ以上の説明はいらないだろう、2人めがけてまっすぐに駆け寄る綾乃様の行動が全てを物語っている。
「綾乃、大きくなったね」
「おとうさま、おかぁさまぁ・・・」
「よしよし、甘えん坊な所は小さい頃のままね」
あれが・・・綾乃様のご両親か。
ゲームでは見たことがなかったけれど、なるほど確かに面影を感じる。
でも、綾乃様のご両親は仕事で忙しくて、ぜんぜん日本に帰れなかったはず・・・
「ふ・・・」
「ま、まさか・・・」
「そのまさかだよ右子ちゃん、斎京グループの力でね・・・」
まじか・・・ご両親のお仕事をどうにかしちゃったのか。
「斎京だけの力ではないぞ、百瀬の家に間に入って貰っている・・・それでも買収騒ぎになりかけたがな」
「海外を飛び回ってる2人には四十院くんのおうちが連絡をつけてくれたんだ」
うへぇ・・・これが上流階級の力か・・・
「とはいえ、二階堂の家の損益も馬鹿にならんからな・・・こんな話が通るとは、この俺も思わなかった」
「葵さんが絶対大丈夫だって・・・渋る流也さまを押し切りまして・・・それはもう凄かったです」
「当然だよ、子供の誕生日をお祝いしたくない親なんていないもの」
主人公パワーも発揮されていた、と・・・葵ちゃんもとんでもない事するなぁ。
・・・でも綾乃様すごく嬉しそう。
そうだよね・・・ご両親に会いたかったよね。
「じゃあ、お邪魔な僕らはこの辺で退散しようか」
「そうですわね、ここから先は親子水入らずで・・・」
「右子ちゃん達から、二階堂さんによろしく言っておいてね」
さすがにこれは完敗だ・・・私達じゃどうがんばっても綾乃様のご両親を呼び出すなんて出来なかったよ。
「では皆様、お帰りは私めがお送りいたします」
「うむ、頼むぞ、二階堂の執事」
くぅ・・・今の流也さま、ちょっとかっこいいかも。
礼司さまもありがとう・・・やっぱりメインを張るイケメンだよ。
皆が去ってだいぶ静かになったパーティ会場。
「お父様、あのねあのね」
「はは、そんなに慌てなくていいぞ」
さっきからずっとこんな調子で、綾乃様はいつもよりも子供っぽく見える。
でも・・・こんなに幸せそうな綾乃様は始めて見たよ。
ここは私達も、親子水入らずの邪魔をしないように退散しますかね。
「・・・左子、行こう」
「・・・うん」
後は家族だけでごゆっくりどうぞ。
部屋の片づけも程々に、私達は食堂を後に・・・
「待って、右子、左子」
・・・と、背中から声が掛かった。
「え・・・」
「2人とも、こっちに来て」
ご両親だっていつまでもここにいられるわけじゃないだろう、今はすごく貴重な時間だ。
出来ればその邪魔をしたくないんだけれど・・・綾乃様に言われたら逆らえない。
「あ、あの・・・綾乃様?」
「2人ともお父様達とは初めて会うでしょう?ちゃんと紹介したいの」
「はぁ・・・・ええっ?!」
私達にそう言うと、綾乃様はご両親の方に向き直り・・・振り返るその一瞬。
一瞬見えたその瞳は、今までになく強い意志の力を感じた気がした。
「お父様、お母様・・・この2人がわかりますか」
「ああ、確か三本木家の・・・」
「ええ、分家の右子と左子・・・私の、何よりも大切なお友達です」
綾乃様は告げた。
強い声で、はっきりと・・・その声を聞いた瞬間、私の胸がドクンと高鳴った。




