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第29話「まぁ、それは楽しそうですわ」

「位置について!よーい・・・ドーン!」


腕を振り上げ人差し指を頭上に向けた生徒が、拳銃の音をイメージした声を上げる・・・と同時に、数人の生徒がトラックを駆け抜けていく。

体育祭が近づくにつれて、みんな段々と練習に熱が入ってきている。


種目の多くは競争系なのでトラックの使用率が高いんだけど、そこは広い敷地を誇る姫ヶ藤学園。

校庭には大きな円形のトラックが2つと直線トラックを有している。

それらに加えて今は野球やサッカーのグラウンドも、体育祭の練習用に使われていた。


おかげで一人一人の待ち時間が少なく、たくさん練習が出来るんだけれど・・・


「ハァハァ・・・」

「次・・・三本木、早く位置に着け」

「ふぇぇ・・・」


おかげで、すぐに自分の番も回ってきてしまう。

前世と違って体力は結構ある方だと思ってたけれど、休む間もなく走らされるのでかなりきつい・・・待ち時間がないのも考え物だ。


私と左子の出る種目は二人三脚なんだけど、基本的な速度を高めるべく100m走の練習に混ざって走らされている。

本来なら足を縛って走る練習をするべきなんだけれど・・・

私たち双子の息がぴったりなのは周知の事実なので、そちらの練習は削ってしまって構わない・・・というのが流也さまの判断だ。

まぁそれはわかるんだけど・・・


「・・・もう無理・・・もう走れない」


幾度目かの全力疾走・・・もう疾走と呼べる速度も出なくなった私は、よろよろと倒れるように人工芝の上に転がった。

すると、すぐ横に倒れ込む気配・・・おそらく左子だ。

ちらりとそちらを見るとやはり左子・・・死んだように突っ伏してぴくりともしない・・・私に合わせて無理をしてないか心配だ。


私もそれに倣ってうつ伏せになろうと、横に転がる。

人工芝の程良い弾力は意外と寝心地が良い。

このままごろごろしたい衝動に駆られた私は、軽く反動をつけてごろごろと・・・


「きゃっ」

「?!」


何かに、いや誰かにぶつかった。

声から察するに女生徒・・・それも聞き覚えがあるような・・・


「うわごめんなさい・・・成美さん?!大丈夫?」

「いたた・・・はい、私は大丈夫です・・・右子さまこそお怪我などは・・・」

「あー、私はぜんぜん大丈夫、本当にごめんね」


こっちは成美さんの身体がクッションになったようなものなので、怪我などする訳もなく・・・例え怪我をしていても自業自得だ。

対して成美さんの方は身体が横倒しになっていた。

元がどんな姿勢だったのかはわからないけれど、私がぶつかった事で体勢を崩したのだろう。


「いいえ、私がどんくさいのがいけないのです右子さま」

「どんくさいって事はないと思うけど・・・」


どんくさいとか、前世の自分が散々言われてきた言葉だけど、成美さんの場合は単に運動が苦手なだけだ。

何もないような所で転ぶようなこともなければ、成績が悪いわけでもない。

ヴァイオリンを弾けるなんていう特技まである、そんな彼女がどんくさいなら前世の私はどうなってしまうのか・・・


「練習にもついていけず、こうして休んでいた所なんです」

「でも苦手なものは仕方ないんじゃない?そんな無理して練習しなくたって・・・」

「でも、もし私のせいで負けたら・・・」


・・・ああ、それはすごくわかる。

別にそれが原因でいじめられるような事はないと思うけれど、結構いたたまれない気持ちになるんだよね。

うちのクラスとか皆で一致団結して盛り上がってるから尚更だ。


「でもほら、成美さんが出るのは借り物競走なんだし、結果なんて運次第で・・・」


いや違う、そんな事は言われなくたって本人が一番わかってる。

それでも惨めな気持ちを味わう事には変わりない・・・運が悪かったなんて言い訳は通じないんだ。

逆に、もし都合の良いお題を引けたのにそれでも負けたら?

それこそ救いようがないじゃないか。


「・・・右子さま?」


私が急に黙ってしまったせいか、成美さんは不安そうにこちらを伺っている。


何か・・・何かないだろうか・・・


何かこう・・・成美さんを勝たせられるような必勝の策・・・ダメだ、ぜんぜん思いつかない。

そんなものがすぐに思い浮かぶようなら、私も前世で苦労してないわけで・・・仕方ないね。


「う・・・ごめん、何か良い作戦がないかと考えてたんだけど・・・全く思い浮かばなくて・・・」

「まぁ、私の事なんて・・・右子さまがお気を煩わせる事ではありませんのに」

「そんなことないって、お友達が困ってたら何とかしたいって思うものでしょ・・・って言っても私は何も出来そうにないんだけど」

「ふふ、そのお気持ちだけで充分ですわ、ありがとうございます」


そう言って成美さんは離れて行ってしまった。

そのままグラウンドの隅っこの方へ行くと、ちょこんと体育座りになる・・・おそらく私がぶつかった時もあんな感じで体育座りをしていたんだろう。

うーん・・・どうにかならないかなぁ・・・


「・・・」


視線を感じて振り向くと、無言でこっちを見る左子と目が合った。

さっきまでの成美さんとのやりとりを聞いていたんだろうか・・・何かを考え込むような難しい顔をしてる。

と言っても普段とあんまり変わらないんだけどね、微妙なこの違いがわかるのは私と綾乃様くらいだろう。


「あ、ひょっとして左子、何かいい方法が?」

「ぶるぶる」


ちょっとだけ期待して訪ねると、左子は首を振って否定した。

さすがにそんな都合の良いアイディアは出てこないか・・・


「でも・・・綾乃様なら・・・きっと」

「それだ!」


私と左子には無理でも、綾乃様なら何とか出来るかも・・・

綾乃様の方が頭が良いし、葵ちゃんに勝つべく借り物競争に向けて対策の一つも立てているに違いない。

その日の放課後、私達は成美さんを連れて綾乃様のクラスを訪ねる事にした。


「右子さま、それに左子さまも・・・お二人で私をどちらに連れて行くおつもりなのですか?」

「いいからいいから」


不安そうな成美さんを左子と引っ張るようにして綾乃様のクラスへ。

二階堂家のご令嬢である綾乃様に対して、プレッシャーを感じて距離を取りたがる生徒は多い。

成美さんもそのタイプで、たどり着いた教室を見るなり顔を青ざめてしまった。


「こ、こちらの教室って・・・あ、綾乃様のクラスなのでは?」

「うん、綾乃様に相談しようと思って・・・あ、綾乃様~」

「ふ・・・ふぇ・・・」


教室の中にいた綾乃様を見つけて手を振ると、綾乃様はゆっくりとこちらの方へ・・・

それを見た成美さんが、隠れるように私達の背後に移動した。

何をそんなに怯えているんだか・・・家の格で言ったらキングの方が上なのに。


「右子、左子、二人が訪ねてくるなんて珍しいわね・・・あら、その子は?」

「は、はい!百瀬成美と申します・・・あ、綾乃様におかれましてはご機嫌麗しく・・・」


残念ながら綾乃様は目ざとく、すぐに成美さんの存在に気が付いた。

成美さんは緊張でガチガチに・・・あ、なんか昔の綾乃様を見ているような気分だ。

対する綾乃様の方は堂々としたもので、初対面の成美さん相手でも緊張した様子が見られない。

きっと夏休みのアルバイトの経験が活かされているんだろう。


「この成美さんが、うちのクラスから借り物競走に出るんです・・・それで」

「作戦会議をしたいのね、ちょうど良かったわ」


おお、さすがは綾乃様。

私が説明をするまでもなく、目的を言い当ててしまった。

そんな綾乃様の表情からは並々ならぬ自信も感じる・・・これは作戦の方も何か良い考えがありそう。


「さすがに葵さんのいる紅茶研の部室でするわけにはいかないものね・・・成美さんといったかしら、今からお時間はありまして?」

「は、はい・・・」

「じゃあ決まりね、行きましょう」

「行くって・・・あの、どちらへ?」


そんなの決まってる、二階堂家のお屋敷だ。

千場須さんの車に成美さんを押し込むように乗せると、車はゆっくりと速度を上げていく。

成美さんはまだ怯えた様子で、縮こまるように小さくなっていた。


「成美さん、もっと楽にしていて良いのよ」

「は、はいっ!」


やっぱり成美さんは綾乃様に怯えているように見える。

綾乃様については普段から結構話しているんだけどな。

どこに怯えるような要素があるんだろうか・・・私何か変な事言ってないよね。


「改めて紹介しますね、成美さんはうちのクラスの中では一番仲良くしてもらってて、よく綾乃様の話とかもするんですよ」

「そうなの?いつも二人がお世話になっているのね」

「いえ、私なんて大したことは・・・」

「そんなに緊張しないで、二人のお友達なら私にとってもお友達のようなものだもの・・・これから仲良くしてもらえると嬉しいわ」

「・・・は、はい・・・ありがとうございます」


宿敵である葵ちゃんの時と違って、綾乃様は満面の笑みを浮かべている、明らかに好意的だ。

元々友達の少ない綾乃様だ・・・この機会にぜひ成美さんとお友達になりたい、っていう気持ちがだだ漏れと言っていい程伝わってくる。

ひょっとしたら、成美さんが怯えた様子なのにも人見知りの親近感を感じているのかも知れない。


「見えてきたわ、あれがうちの屋敷よ」

「大きなお屋敷・・・本当に私なんかがお邪魔してもよろしいのでしょうか?」


車は二階堂の敷地へと入り、お城のような外観の屋敷が見えてくる。

こうして成美さんの反応を見ていると、中学時代に生徒会の皆を連れてきた時の反応を思い出すなぁ・・・ゴミ子とか元気にしてるだろうか。

結局、中学時代はあの面子以外の子をこの屋敷に連れてくることはなかったっけ。

綾乃様の様子を伺うと、綾乃様も同じ事を思っていたらしく、目を細めて懐かしそうに成美さんを見つめていた。


「あの、綾乃様?降りないのですか?」

「あら、ごめんなさい」


中学時代を思い出している間に、車は屋敷の門の前に到着していたようだ。

綾乃様に続いて私と左子、そして成美さんが門をくぐり抜ける。

少しは慣れてきたのかその足取りは落ち着いていて・・・綾乃様程じゃないけれどなんか優雅と言うか、育ちの良さを感じる。


「綾乃様、私達は着替えてきますね」

「ええ、成美さんはこちらへどうぞ・・・」

「えっ、右子さま、左子さま?!」


まるで捨てられた子犬のような顔になった成美さんを振り切って私達は自室へ。

成美さんはまだ怯えているみたいだけど、綾乃様は仲良くなりたそうだからたぶん大丈夫。

それにしても成美さんはなんであんなに・・・どこかで変な噂でも聞いたんだろうか・・・今度聞いてみよう。


メイド服に着替えて厨房に向かうと、おしゃれなティースタンドと色とりどりの小さなカップケーキが用意されていた。

千場須さんが手を回してくれていたらしい・・・相変わらず仕事が速い。

左子と一緒に紅茶を淹れてカートに乗せてそれらを運ぶ・・・ここ最近は紅茶を淹れる役目は私達に任される事が多い。

紅茶研で教わった事が評価されているのかも。


「「お待たせ致しました」」


応接室のテーブル脇にカートを停めて、紅茶とカップケーキを並べたら私達もソファーに腰掛ける。

向かい合って座る綾乃様の隣に左子、私は成美さんの隣だ。

私達が席に着くのを待ってから、綾乃様は真面目な顔で本題を切り出した・・・


「第一回、借り物競争対策会議~」


ぱちぱちぱち・・・

どこかで聞いたようなタイトルコールに既視感を覚えつつ、和やかに会議は始まった。

綾乃様は鞄からノートを取り出すとテーブルの中央に広げて見せる。

そこに書かれていたのは・・・


「ハンカチ・・・眼鏡・・・マグカップ・・・」

「2Bの鉛筆、○㎝の靴、出席番号1番の人、如雨露・・・えっとこれは・・・」

「じょうろですわね・・・それに椅子、○月生まれの人、猫・・・これはもしや・・・」


その他にも色々な言葉がびっしりとノートに羅列されていた。

話の流れ的にこれらの言葉が意味するものは、おそらく・・・


「ええ、借り物競争で使われたお題の過去問、他校のものも入っているわ」


あの日、綾乃様達が借り物競争の参加を決めた後、綾乃様が一人でこれらの情報を集めたのだという。

リストは数ページに亘って書かれているけれど、似た傾向の品にはマーカーで色が付けられていた。

他にもいくつか印がつけられている、パッと見わからないけど何らかの意味があるのだろう。


借り物競争でどんなお題が出されるのか、そしてそれらをどう調達するのかを今のうちから考えておく・・・

本番当日にお題を見てから迷ったり探したりする時間のロスを省こうというのが、綾乃様の用意した作戦だった。


「正直な所、私も身体能力ではあの葵さんに勝つのは難しいと思っているの・・・だからこういう部分で手を抜くわけにはいかないわ」

「すごい・・・この印は学園にはない品物ですか?それにこちらの印は、人を連れて行かないといけない・・・」

「飲み込みが早いわね・・・靴のサイズや特定の部活は、事前に調べておけばすんなりいくと思うわ」


当事者という事もあって、成美さんは印の意味にもすぐ気付いたようだ。

きっと頭の回転も良いんだろうね、紅茶研の謎解きゲームとかやらせたら早いかも知れない。


「わかりやすい代わりに距離が遠い物もありますね」

「ええ、出来れば引きたくはないお題ね・・・職員室の鍵とか」

「3階の教室の黒板とか」

「そうね、階段の上り下りは大変だわ・・・ふふっ」

「男子トイレにある物とかも困ってしまいますわ」


なんか二人で盛り上がってる・・・あんなお題は嫌だ、こんなお題は困るって。

ちょっと取り残された感じがするけど、二人が仲良くなってきたのは良いね。

もう成美さんにも、あの怯えた様子がなくなってる。


「・・・でも・・・これ」


そんな二人の世界に左子も参加しようと、リストの一つを指差した。

ああ・・・それも定番のお題だね、お姉ちゃんも左子が言いたい事わかっちゃったよ。

そのお題を見て、綾乃様の表情が一瞬固まった・・・うん、苦手なやつだからね。


そこに書いてあったのは・・・『友達』


でも何も問題はない、なぜならば・・・


「私達がいるから・・・連れてって」

「私と左子で、二人分対応出来ますね」


もしろぜひ引いてほしいお題だ。

その時は全力で駆けつけるだろう。


「ええ、その時は遠慮なくお願いするわ」

「右子さま、左子さま、ありがとうございます」

「成美さん、その様を付けるのやめにしない?」

「え・・・でも・・・」

「綾乃様についてはすごくわかる、私達も様付けて呼んでるし、この二階堂家のお嬢様だものね」

「・・・いや、私も・・・な、なんでもないわ」


ずっと違和感あったんだよね、うちの学園で様付けって先輩か、それなりの地位のご子息ご令嬢に対して行うものだもの。

って何か聞こえたような・・・まぁいっか。


「ホラ私と左子って綾乃様の従者に過ぎないわけで・・・むしろ格下というか・・・私が成美さんにさま付けるべきなのかも」

「それはちょっと・・・私はそんな立派な者ではありませんもの」

「でしょう?私達だってそんな立派じゃないし、成美さんとはお友達だもの・・・ね、左子」

「こくり」

「・・・お二人がそこまで仰るのなら、これからもよろしくお願いします・・・右子さん、左子さん」

「うん、よろしくね」

「・・・よろしく」


こうして対策会議は無事終了。

成美さんにとっても、綾乃様にとっても有意義な結果になったと思う。


「成美さん、今日は楽しかったわ、またぜひ遊びにいらして」

「はい、喜んでお伺いします」

「じゃあ私、外まで成美さんを送って行きますね」


成美さんの帰りは千場須さんの車で送ってもらう事になっている。

だから私が送り届けるのは門の前までだ。

せっかくなので、このタイミングにあの質問をしてみようと思う。


「ねぇ成美さん、最初綾乃様に怯えてなかった?」

「申し訳ありません、実は怖い噂を耳にしていたので・・・でもとんだ杞憂でしたわ、お恥ずかしいです」


やっぱり・・・なんか変な噂が立ってたのか。


「その噂ってどんな・・・」

「はい一学期の事なのですが、二階堂家の力で気に入らない生徒を何名か停学に追い込んだとか・・・あんなにお優しい方がそんな事するわけありませんのにね」

「う、うん・・・酷い噂をする人がいるんだね」

「本当に・・・きっと綾乃様のお立場を妬んだのでしょうね」


一学期・・・

そういえば、葵ちゃんを虐めて私にも濡れ衣を着せた生徒達がいたけど・・・ここしばらく見掛けてないような・・・まさか、ね。

いやいや綾乃様がそんな事するわけないよ、うん。

余計な方向に考えが向く前に、私は話を変えることにした。


「そうだ成美さん、綾乃様の誕生日が近いんだけれど・・・実はね・・・」

「まぁ、それは楽しそうですわ」


こうして、綾乃様のお誕生会に新たなお友達が加わったのだった。


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