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第24話「チャレンジ、スタート!」

「夏のチャレンジメニュー!脅威の5段重ねハーンバーグマウンテーン!・・・君はこの山を攻略できるか?!」


異なる大きさのハンバーグが次々と降ってきてピラミッド状に積み重なっていく。

その山の頂ではスライスチーズがとろりと下の段へと溶けだしており、その上から滝のように注がれるのは香ばしいガーリックソースと、大根おろし入りの和風ソースだ。


実に総重量1.5kgの肉の山と、それに負けるものかと盛られた山盛りの白いご飯。

どっきりビッキーの期間限定商品『どっきりハンバーグマウンテン』のテレビCMは、わざわざ富士山でロケをしてきたという話だ。

そびえ立つハンバーグの山に果敢に挑んだお笑い芸人達が「もう食べられな~い」と言いながら崖から転落していく・・・ああ、この崖が富士山なのか。


全国のテレビで放送されたらしいそのCMを、私達はお店の事務室のパソコンの画面で見せられていた。


「というわけで、本日からこの『どっきりハンバーグマウンテン』が始まります、制限時間のあるチャレンジメニューなのでお客様にしっかり説明出来るように、ルールを覚えてから働いてください」

「「はい」」


店長に言われるまでもなく、私と綾乃様は数日前からこのチャレンジメニュー用のマニュアルを読んできている。

これは制限時間内に完食すれば1000円分の食事券が貰えるという、所謂大食い企画だ。

食事券が使えるのは次回から、その場での値引きではないあたりがちょっとせこいけど、それなりの達成率を見越しているので仕方ない。

フードファイター向けと言うよりは一般人向け『楽しくクリアしてもらう』チャレンジ企画なのだ。


盛り上げるために専用のダイナマイト型タイマーやお客さんがクリアした時に使う拳銃型クラッカーも用意されている。

合成革製のホルスターにこの拳銃を収めると、本当にガンマンになった気分だ。


しかし早朝から働く私達に課せられた仕事はそれだけではない。

この企画専用の大きな立て看板・・・毎朝この看板を店の外に運ぶ必要がある。

女の子の力でこれを運ぶのはちょっと厳しいので、運ぶときは綾乃様と二人がかりだ。


「綾乃様、そっち持ちました?せーのでいきますよ、せーの!」

「せ、せーの!」


ハンバーグの山が枠からはみ出しているデザインなので、看板は結構バランスが悪い。

もちろんそっち側を持つのは私だ、重くて持ちにくい方を綾乃様に持たせるなんてとんでもない。


「この辺で良いんじゃないですか?降ろしますよ」


私達は入り口を出て、階段になっている部分の前に看板を降ろした。

ここなら通りからも駐車場からもよく見える。


「どれくらい挑戦するお客様が来るのかしら」

「こういうのって最初の一人が出れば釣られて挑戦するお客さんが出てくるんじゃないですか」

「そう・・・でもあんまり大勢来ても大変そうね」

「そしたら私もキッチンに入りますから、接客は綾乃さんに任せます」

「そうね、任されます・・・がんばるわ」


ちょっと前だったら一人で接客とか固まりかねない綾乃様だったけど、もうだいぶ自信がついてきたみたいだ。

だから私も安心して気兼ねなく任せられる。



もう8月も半ば・・・夏休みも残り日数の方が少なくなってきていた。

綾乃様と過ごすこのアルバイトの日々も決して悪くはない・・・悪くはない・・・んだけど。

・・・そろそろ攻略対象の事も考えないとね、アルバイトだってチャンスがないわけじゃないんだ。


乙女ゲーム『Monumental Princess』には、夏休み中に一定の確率で攻略対象に遭遇するランダムイベントというのがある。

それらは主人公の行動先によって発生するイベントが分かれており、アルバイトを選択した場合にもいくつか用意されていた。

ゲームの中ではバイト先の指定はなく、イベントに応じてその都度ファミレスだったりカラオケ屋だったりでバイトしている事になるんだけどね。

確率によっては異なるバイト先でのイベントが連日発生するという無茶苦茶な事にもなるんだけど、現にあのチート庶民も掛け持ちはしてるし、そういう可能性もあるんだろうね。


さてこのランダムイベント、専用のCGがあるわけでもなく、何より発生条件が完全ランダムなので、さすがに私も把握しきれていない。

でもそれっぽいのが一つあるんだ・・・それこそが数あるチェーン店の中からこの梅見台店を選んだ理由だったりする。

それは・・・


カランカラン・・・


「いらっしゃいませ!どっきりビッキーへようこ・・・き、きたきたー」


がやがやと入店してきたのは20人もの学生の集団。

その中に目当ての人物の姿を確認した私は、自分のポジションを放棄し綾乃様の元へと走った。


「綾乃さん、私ちょっとトイレに行きたくなったから、今来たお客さんの案内お願いします」

「わかったわ」

「あ、ついでに例のチャレンジメニュー、いけると思うからお勧めしておいて」

「?・・・いいけれど・・・」

「じゃあお願いします」


不思議そうな顔をする綾乃様に後を任せ、トイレに駆け込むふりをして物陰に隠れる。

ふふふ・・・発生したよ、ランダムイベントが。


「いらっしゃいませ!どっきりビッキーへようこそ!何名様ですか?」

「ええと・・・20人だよな?」

「はい20人っす・・・あ・・・二階堂さん?なんでこんな所に」

「え・・・か、要さま?」


そう・・・店にやって来たのは九谷要とバスケ部員達だ。



一応、事前にそれっぽい情報を掴んではいた。

七味男こと七里から聞いた話によると、今日は梅高で姫ヶ藤とのバスケの試合があったらしい。

試合は午前中に行われ、昼頃には腹を空かせたバスケ部員達が校外に解き放たれる・・・そしてこの『どっきりビッキー』はボリュームにおいて近隣の飲食店の追随を許さない。

加えてちょうど今日から始まったチャレンジメニューの看板だ、ここまでくれば彼らが来店するのは必然と言えるだろう。


「なんだ九谷~この金髪の子、お前の彼女か?」

「ちち、違いますよキャプテン・・・そんなんじゃ・・・」

「ああ、そう言えば見覚えが・・・前に試合を見に来てましたよね?たしか途中で九谷が怪我した時に・・・」

「ええ、まぁ・・・」


うんうん、いい感じじゃないか。

私的にはバイト先に知り合いがくるっていうのは、結構気まずいものがあるけれど・・・

それが要さまみたいな人気のイケメンなら話は別だ、ドッキドキのイベントだよ。


それに相対するは、すっかり看板娘が板についてきた綾乃様。

ここで上手く対応すれば好感度アップ間違いなしだよ、がんばって。

突然の事に綾乃様は動揺してるけれど、とりあえず何をすれば良いかは言ってある。


「あ・・・あの、今チャレンジメニューというのをやっておりまして・・・どっきりハンバーグマウンテン、いかがですか?」

「お、それそれ・・・皆で頼もうと思ってたんだけど・・・20人前とか大丈夫?」

「ええと・・・少々お待ちください」


あ、こっちに来た・・・トイレ今終わった感じでいこう。


「あ、右子、大変なの」

「ふぅすっきり・・・どうしました綾乃さん?」

「ええと、あのチャレンジメニュー20人分だって・・・」

「まあ大変、私キッチンの人達に聞いて来ますね、それまでお客様の対応をお願いします」

「え・・・対応って・・・」

「なんか試合の話聞いたりして間を持たせててください、じゃ」

「み、みぎこぉぉ・・・」


綾乃様の悲痛な声を背にキッチンへ・・・ちょっとゆっくり行こう。

お客様の対応は必要だもんね、仕方ないよね。


「店長、団体のお客様が20人なんですけど、全員どっきりハンバーグマウンテンにチャレンジしたいって・・・」


私がそう言った瞬間・・・なんかキッチン内の空気が変わった気がした。


「20人か・・・三船さん、いけますか?」

「あいよ、数が多いから嬢ちゃんにも焼いてもらおうかね」

「ん・・・がんばります」

「じゃあその注文受けてください、少し時間が掛かるという事も伝えて」

「はーい」


殺気立つキッチンを後に客席の方へと向かうと、綾乃様はなごやかにバスケ部員達と試合の話をしていた。

綾乃様は普通に美少女だからね、バスケ部員達も何人か顔が赤くなってる。

これまでの接客経験のおかげか綾乃様も固まってはおらず、適度に受け答えを交えていた。


「綾乃さん、注文受けて良いって・・・あ、作るのにお時間かかりますけど大丈夫ですよね?」

「まぁこの人数だしな・・・時間はたっぷりあるさ」

「ではドリンクのご注文を伺います」

「おう、お前ら決まってるかー」

「じゃあ綾乃さん、私キッチンを手伝うのでドリンクとチャレンジの説明とか、お願いしますね」

「え・・・右子?!そんな・・・」

「接客は任されてくれるって言ってたじゃないですか」

「そ、そうだけど・・・」

「じゃあお任せします、がんばって」

「もう・・・」


綾乃様は不満そうだけど、これも綾乃様の勝利の為。

ここで好感度を稼いでもらわないとね。

キッチンが大変そうなのも事実だし、私も頑張らないと・・・


「遅いよ、ごはんはいちいち計らない!」

「は、はいぃ!」


「姉さん・・・そこ邪魔」

「ご、ごめん・・・」


「なんか姉の方はトロくさいねぇ・・・少しは妹を見習ったらどうだい」

「ひぃぃ・・・」


二人に怒られながら、なんとか20人分のチャレンジメニューを運び出す・・・くぅぅ。

わ、私だって・・・それなりに頑張ったんだからね?


「お、お待たせしましたぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

「右子、大丈夫?」

「なんとか・・・それより配膳を」

「え、ええ・・・」


20人分ともなればテーブルに並べるだけでもひと苦労だ。

メインは綾乃様に任せて、私は要さまのいない方のテーブルに配膳していく・・・

料理が全員に行渡ったところで、チャレンジ開始の合図だ。

時間は全員同時という事で、ダイナマイトを一つ中央のテーブルに設置する。


「せっかくなんで、合図は景気よくコレでやりましょう」

「え、使ってしまうの?」

「注文が20人分ですから、一発くらい良いんじゃないですか?・・・私タイマーの方押しますね」


そう言って私はダイナマイトのスイッチに手を掛けた。

あとは綾乃様の合図に合わせて押すだけだ。


「で、では皆様、がんばってください・・・チャレンジ、スタート!」


パァン!


綾乃様が掲げた拳銃から、軽快な音と共に紙吹雪が舞い散る。

本来はチャレンジクリアの祝砲だけれど、この方が盛り上がるよね。

案の定、他のお客さん達が何事かとこっちを見て、チャレンジ企画の存在に気付いたようだ。


「お、うま・・・普通に美味いよこれ」

「うん美味い美味い」


我先にと皆がっつき始めたけれど、すぐに美味いって声があちこちから聞こえてくる。

あ、なんか嬉しいぞ、これが料理を作る喜びってやつか。

・・・私、ごはんをよそうくらいしかしてないけど。


「六道、九谷、試合ではお前らに良い所持ってかれたけど、こっちはぜってー勝つかんな!」

「ま、俺は別に食えればいいんで・・・」

「そう言いつつ六道さんペース早いんすよね、俺も負けませんけど」


レギュラー組でなんか早食い勝負みたいなのが始まってる。

要さまも病気を感じさせない食いっぷりだ。

彼の病気が本格的に悪化するのは来年のはずだから、この時点ではそんなに辛くもないのかな。

あっちは万田くん・・・だったかな?大きな身体なのに一人だけゆっくり味わって食べてるのが妙に印象的だ。


「そっちのテーブル、ペース落ちてるぞ・・・ちゃんと食べきれるのか?」

「う・・・うっす」


さすがにチャレンジメニューなだけあって、運動部の彼らでも結構厳しいようだ。

何人かは一番下の段のハンバーグに至る前に手が止まってしまっている。

たしか一番下のハンバーグは左子が焼いたものだ、一番大きなハンバーグを20人分で20枚。

左子もすごいがんばったよ・・・それ以外の80枚を三船さんが一人で焼いたというのもすごいけど。


でもこのままだと、そのハンバーグは食べられることなく廃棄されてしまう。

食べ残しなんて飲食店じゃ珍しくもないけれど・・・左子が初めてお客さんに出したハンバーグなんだよなぁ・・・



「まだ食べられますよ、がんばって!」

「・・・右子?」


気付いたら、自然と声が出ていた・・・

まだいけるよ、いける・・・もう一口、ほら口に入ったじゃない。


「・・・が、がんばって、諦めないで」


いつの間にか綾乃様も応援に加わっていた。

ほらお前ら、とびきりの美少女の応援付きだぞ、もうちょっと頑張って。


「よっし、食べ終わり・・・六道さんはど・・・はやっ」

「ん?・・・九谷も完食か、おめでとう」

「クソッ・・・お前らなんでそんなに早いんだよ・・・」


早食い勝負をしていたレギュラー陣は食べ終ってきたようだ。

この辺も彼らがレギュラーたる所以なのかな・・・六道くんがまだ食べれそうな顔してるのがちょっと怖い。

苦戦組もなんとか最後の一枚にはたどり着いたようだ・・・よしよし。


「・・・ごちそうさまでした」


ゆっくり食べていた万田くんは、そのままのペースを維持して今完食。

手を合わせてのごちそうさまだ、なんか礼儀正しい。


「がんばれ、がんばれ・・・」

「がんばって・・・」

「お前ら残り3分だぞ、スパートかけろ」

「うぷ・・・く・・・」


無情に迫るタイムリミット。

残りの量が少ない者は無理矢理口の中に詰め込んだ、一応口の中に入ってさえいれば完食にカウントされる。

それでも食べきれないのが3人・・・さすがにもう無理か・・・


ピッ、ピッ、ピッ・・・


ダイナマイトから謎の電子音が鳴り始めた・・・いよいよカウントダウンだ。

10、9、8・・・と文字盤の数字が減っていく・・・そして遂に。


ドカーン!


「制限時間終了です・・・だ、大丈夫ですか?」

「は、はい・・・」

「うぅ・・・なんとか・・・」

「自力で立てますか?右子、ちょっと手伝って」


綾乃様に支えられてふらふらと席を立つ姿はまるで病人のようだ。

私も手伝おうと近付こうとした所で、要さまが遮った。


「いや、俺達がやるから大丈夫、二階堂さんありがとう・・・ええと、そっちの・・・」

「あ、右子です・・・三本木右子」

「右子さんも応援してくれたよな、ありがとう」

「いえ、私は別にそんな・・・」


私は左子のハンバーグを食べてほしかっただけだし・・・

って綾乃様?なんで笑ってるの?そ、そんなのじゃないよ?!


「お前ら・・・しっかりしろ、すいません根性のない奴らで・・・お会計まとめてお願いします」

「はい、どっきりハンバーグマウンテンが20で・・・6万円でございます」


うわぁ・・・さすがにこの金額は大きいね。

でも17人が完食したので、お食事券も1万7千円分だ。


「お前らは明日から一週間、部室の掃除当番な」

「・・・は、はい」


食べ残した3人にはキャプテンからの罰が下されていた。

ただでさえ苦しそうなのに・・・かわいそう・・・


「ありがとうございました、次の試合もがんばってください」

「はい、今年はこのメンツで決勝まで行くつもりですよ・・・ごちそうさまでした」

「「ごちそうさまっしたー!」」


ふらつく数人の仲間を抱えながら、バスケ部員達は店を後にした。

うん、たしか決勝には行けるはずだよ・・・がんばって。


「さて、20人分の食器を片付けますか・・・綾乃さん、テーブルの清掃お願いしま・・・」


私がそう言いかけたその時。


「すいませーん、さっきのそれ・・・ええと、ハンバーグマウンテンお願いします」

「あ、こっちもそれお願いします」

「え・・・」

「さっきのやつ感動しました、俺も食い切れるか不安なんで応援してください」

「俺も、がんばれってやつお願いします」

「は、はいぃぃ?!」



いや、そういうサービスじゃないんだけど・・・


その日の『どっきりハンバーグマウンテン』のチャレンジ数、成功数共に全店舗ランキングぶっちぎりの1位となったのだった。

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