第20話「あの二人はとても優秀な子達ですので」
「・・・失礼致します」
そう言って事務室に入って来たのは、目を見張るような金髪美少女だった。
そして青い瞳・・・明らかに日本人離れした容姿、と言うか外国人そのものだ。
しかし、その口から発せられたのは流暢な日本語。
受け取った履歴書と登録用紙の名前欄には『二階堂綾乃グレース』と記入されている・・・なるほどハーフか。
そこで彼女が数あるファミレスの中でもあえてうちの店・・・『どっきりビッキー』を希望してきた理由を推察した。
その長い金髪だ・・・こと飲食業界というものは毛髪に関して、だいぶ気を使っている。
『料理に髪の毛が入っていた』なんて定番のクレームは誰もが耳にした事くらいはあるだろう。
男性の長髪、所謂『ロン毛』が採用されることはまずないし、不潔感があるという理由で髭もNGになっている所が多い。
髪の色についても当然各社の規定が存在する、例えば、大正風を売りにしている『赤煉瓦』さんは黒以外NGという徹底ぶりだ。
だが髪の毛の規定に関して、うちは同業の中でも緩い、飛びぬけて緩い。
茶髪はもちろん金髪もOK・・・まぁアメリカンスタイルだからなんだが・・・それでも創業時には賛否両論あって揉めたと聞いている。
だが彼女の美貌ならば、そういう規定のない個人経営や高級店なんかの方が良さそうだが・・・
「ええと・・・二階堂綾乃グレースさん、で良いのかな?うちの店を希望した理由を聞かせて貰えますか?」
「は、はい・・・自分で働いてお金を稼ぐという経験を通じて、多くの事を学び自身の成長に繋がると考えたからです」
表情の硬さから緊張しているのがすごく伝わってくるんだが、まるで練習でもしていたかのようにすらすらと言葉が出てきた。
なんというか、教科書通りの模範的な回答って感じだ。
履歴書を見ると、志望動機欄にそっくりそのままの事が書かれている。
「希望の時間も朝7時~14時・・・店としては助かりますが・・・こんな朝早くに起きれそうですか?」
「はい、いつも6時には起きています」
随分と真面目そうな子だし、これは控えめに言っても逸材だろう。
アメリカ系なのかまではわからないが、うちのカウボーイ風の制服も似合いそうだ・・・彼女目当ての集客も期待出来る。
問題となりそうなのは、例のお友達か・・・
「やっぱりお友達と一緒に働きたいですか?一緒に採用するかどうかは約束出来ないんですが・・・」
「・・・」
おや、彼女の雰囲気が・・・さっきまでの緊張が抜けた?
それにしては目つきが鋭いような・・・なんか今背筋がぞくって・・・
「本来はこういった我儘は許されないのでしょうけれど、もし・・・私一人のみの採用でしたら、辞退させて頂くつもりです」
「辞退・・・ですか」
「はい、決して遊び気分で応募したわけではありませんし、私一人でも勤めあげるつもりですが・・・あの二人はとても優秀な子達ですので」
「・・・」
そう言われても、実際に見てみない事には判断出来ないんだが・・・妙な威圧感があってそれを口にする事が出来ない。
彼女は一体何者なんだ・・・履歴書には高校1年生と書いてあるが・・・
「ま、まぁ・・・優秀な子達なら問題ないでしょう・・・しかしうちはシフト制なので、3人も同じ時間に入れられるかどうかは・・・」
「そこはお構いなく・・・店長様の采配に口を挟むつもりはございません」
いや、今辞退するって言ってたよね?
やっぱり抱き合わせになるか・・・仕方ない、彼女にはそれだけの価値があるだろう。
お友達も朝入ってくれるなら、それはそれで有り難い話だ。
「では採用させて頂きます、こちらの契約書を確認して記名と捺印してください」
「!・・・あ、ありがとうございます」
さっきまでの威圧感が消えた・・・こうして見ると割と普通の少女のようだが・・・さっきのはいったい・・・
まぁ俺も疲れてるからな・・・だがそれも彼女が仕事を覚えてくれるまでの辛抱だ。
「ではこちらがマニュアルです、希望日は・・・ちょっと先ですね・・・ではこの日に入ってもらいます、それまでに接客での言葉遣いや店内のルールをよく覚えてきてください」
「・・・はい」
?・・・なんか元気がなくなったような・・・ほっとして緊張の糸でも切れたか。
「では面接は終わりです、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
その日、私達はアルバイトの面接を受けるべくどっきりビッキー梅見台店に来ていた。
店内に入った私達を出迎えたのは、30代くらいのおば・・・お姉さん店員さんだ。
「いらっしゃいませ、どっきりビッキーへようこそ・・・お客様は3名様でよろしいですか?」
「いえ・・・私達はアルバイトの面接を受けに・・・」
「ああ、面接の方ですね、少々お待ちください・・・店長、アルバイトの面接の子達が来ました・・・なんかすごいですよ」
お姉さんは私達を入り口の辺りに待たせると、店の奥の方へと走って行ってしまった。
奥からうっすらと聞こえてきた声の最後の方がちょっと気になったけど・・・綾乃様のことかな。
しばらくすると、さっきのお姉さんが何かの紙とペンを持って戻ってきた。
「空いてる客席を使って良いので、この用紙に記入して頂いて・・・書き終わったら一人ずつ面接を行うので奥に来てください」
そう言って渡された紙には、アルバイト登録用紙と書かれており・・・見た感じ履歴書の簡易版みたいな物だった。
だいたい同じような内容だけど・・・制服のサイズを書く欄があったりと、よりこの店に合わせた内容になっている。
履歴書も用意してきているんだけど・・・一緒に渡せば良いのかな。
用紙の記入はそんな手間取る事もなく、すぐに書き終わった・・・つい先日に服を買ったばかりなのもあって、制服のサイズもばっちりだ。
「じゃあ綾乃様、一番手お願いします」
「えっ・・・私からなの?!」
「そりゃそうですよ、電話かけたの綾乃様ですし、向こうもまず綾乃様が来るって思ってるはずです」
「だってそれは右子がかけろって・・・酷い、右子ったら私を騙したのね?!」
「いやいや、どう見ても私達の代表は綾乃様ですからね、綾乃様から行くのが自然です」
「そ、そう言われると・・・たしかにそうなのだけれど・・・」
「ほら、綾乃様なら採用間違いないですから・・・自信を持って行って来てくださいよ」
「うぅ・・・」
何度も恨めし気にこちらへ振り返りながら、綾乃様が店の奥へと進んでいく・・・でもこういうのは最初が一番楽なんだよ?後になるほどプレッシャーが襲って来てね・・・
実際、綾乃様が落とされる事はまずないだろう。
人と喋るのが苦手ではあるけれど、マニュアルやルールがしっかりしてる分野には強い人だ。
事前に面接の練習もしてある・・・どこまで通じるかはわからないけど、もし私が店長なら見た目だけでもう採用してるよ。
むしろ心配なのは・・・あ、綾乃様が戻ってきた。
「すごく緊張したわ・・・寿命が何年か縮んだかも知れないわ」
綾乃様は、なんか本のようなものを貰って来ていた、おそらくマニュアルだろう。
無事に採用が決まった証のようなものだ。
「お帰りなさい、でも大丈夫だったでしょう?」
「え、ええ・・・採用だって・・・」
「さすがです、じゃあこの勢いに乗って左子も・・・って、左子まだ書いてるの?!」
「ん・・・姉さんが・・・先に行って来て」
左子は例の登録用紙いっぱいにびっしりと文字を書き込んでいた。
よく見ると履歴書の方もすごい書き込み量だ。
それだけどっきりビッキーに対する思い入れがあるんだろうけど・・・ドン引きされないかな。
ただでさえこの子は口数が少ないから不安なのに・・・
先に行かせて後から私がフォローを入れようと思ったけど、この分だと私が先に行くしかなさそうだ。
「あんまり長いと読む方も大変だから、私が行ってる間に短く直しとくんだよ?」
「これ以上短くは・・・難しい・・・でも頑張る」
他人の心配ばかりして、私が落とされる可能性もあるんだけどね。
面接かぁ・・・前世で受けた時はどんなだったっけ・・・よく覚えてないんだよなぁ。
「失礼します、三本木右子です、よろしくお願いします」
「はい、店長の八重樫です、よろしくお願いします」
八重樫店長は見た感じ割と若く見える・・・30代だろうか。
こういう仕事はハードだからね、あんまり歳を取ると続けられないのかも知れない。
「さっきの二階堂さんのお友達と聞いていますが、ここへは彼女に誘われて?」
「あぁ、はい、どちらかと言うと彼女が心配で付いてきた感じです・・・綾乃さ・・・んは、しっかりしてるんですが、ちょっと放っておけない所があって・・・」
あぶないあぶない、危うくいつもの感覚で綾乃様って言っちゃう所だった。
様付けとか普通はしないよね、ここはお屋敷でも学園でもないから気を付けないと・・・
「うーん、ひょっとして・・・どこかでアルバイトの経験がありますか?」
「いえ、ここが初めてですけど・・・」
「いや、なんか慣れてるような感じがしたので・・・違ったならすいません」
前世では経験してきてはいるけど・・・ひょっとして、そういうのってわかるものなの?
それともこの店長が勘の鋭い人って事?
ここは未経験で通さないと、後になってどこかで矛盾が出たら困るんだよ。
「申し訳ありませんが、まずその髪型は規定に引っ掛かります、勤務中は横ではなく後ろでまとめて貰っても大丈夫ですか?」
「ああはい・・・でも・・・」
「でも?」
「いえ、なんでもないです・・・」
さすがにサイドテールはアウトらしい。
たしかにそんな髪型してる店員さんは見た事ないもんね・・・
でも、この髪型を変えたら、私と左子を区別出来なくならないかな・・・
「次に・・・接客とキッチンの両方に丸がついてますが、これは両方やりたいという事ですか?」
「ええ、せっかくなので一通りの仕事を覚えたいなって・・・」
登録用紙には希望する仕事内容として、接客・キッチンのどちらかに丸を付けるようになっていた。
もちろん綾乃様には接客を、左子にはキッチンの方に丸を付けてもっらているんだけど・・・私はその両方に丸を付けている。
二人のどちらが何をやっても私がフォローに入れるように、両方のポジションを教わるつもりなんだけど・・・
「店としても両方出来るようになってくれると有り難いんだけど・・・まずは片方の仕事をしっかり覚えてから、もう片方を覚えてもらいたいので・・・どちらか一つを選んで貰えますか?」
「そういう事でしたら・・・うーん・・・まずは接客からで・・・」
「では接客・・・と」
「でもキッチンの方もなるべく早くお願いします・・・もちろん仕事はしっかり覚えますので・・・」
「店としてもその気持ちは有り難いんだ、状況に応じて足りない側に動いてくれる人がいるとすごく助かる・・・でも中途半端では困るんだよ、そこはちゃんと仕事ぶりを見て判断させてもらう」
「は、はい・・・」
実際に仕事を覚えられるかどうかだよね・・・口では何とでも言えるし。
早く仕事を覚えなければ・・・
「うん、確かに・・・彼女の言う事も一理あるか・・・」
「?」
「いや二階堂さんが、君達は優秀な子達だと言っていて・・・」
「そ、そんなことないですよ!」
「いやいや、まだ高校一年生なんだろう?その割には随分しっかりしてる」
ちょ、綾乃様?!なに言ってるの?!
こっちは未経験者の振りして低いハードルから挑もうとしてるのに・・・
私はともかく、このままだと左子が危うい・・・やっぱり何かフォローを・・・
「貴女も採用です、期待してるからがんばってくださ・・・」
「あ、あのっ!もう一人いるんですけど」
「ああ、その子も君と同じくらい優秀なんだってね」
「その子、私の妹なんですけど・・・ちょっと、いやかなり、人と喋るのが苦手で・・・でもどっきりビッキーが大好きで、このお店で働こうってなったのもあの子が言い出した事で・・・」
くぅ・・・焦ってうまく言えない・・・これじゃあ私がドン引きされちゃうよ。
「だから、その・・・あの子だけ不採用みたいな事にはしないであげてください、あの子のフォローは私がしますから・・・」
「・・・ええと、こちらがマニュアルになります、で、こっちがキッチン用のマニュアル・・・先に渡しておきますので読んでおいてください」
「は、はい・・・」
店長は表情一つ変えずに、淡々とマニュアルを渡してきた。
悔しいけれど、私に出来るのはここまでみたいだ・・・左子、大丈夫かな・・・
「右子・・・そのマニュアル・・・採用されたのね」
「ええ・・・なんとか・・・キッチン用のマニュアルも貰えました」
「あ、私もキッチンが良かったのに・・・」
「ダメです、綾乃様は接客に専念してください・・・ええと、左子・・・」
「ん・・・大丈夫・・・行ってくる」
私が何か言うよりも早く、左子は店の奥へと・・・面接を受けに行った。
「うぅ・・・左子、大丈夫かな・・・」
「私達だって採用されたのだから、きっと大丈夫よ」
「でもあの店長、すごい厳しそうな感じだったし・・・」
「あ・・・確かに」
左子はなかなか戻ってこない・・・いちいち気にしてるせいか、時間が経つのも遅く感じる。
「・・・」
「・・・」
「いらっしゃいませ、どっきりビッキーへようこそ!」
そろそろ夕食時と言う事もあって店内が賑わってきた。
客ではない私達がこうしてテーブルを一つ占拠するのも心苦しくなってきた、その時。
「姉さん・・・綾乃様・・・やったよ」
「左子!」
「・・・良かったぁ」
ようやく戻って来た左子のその手には、一冊の本・・・キッチン用のマニュアルがしっかりと握られていた。
「では面接終了です、よろしくお願いします」
「ぺこり」
その少女は無言のまま、お辞儀をして去って行った。
三本木左子・・・たしかに口数の少ない子だ・・・声も小さく、接客には不向きだろう。
かと言ってキッチンも正直厳しい、キッチンは何より従業員同士のチームワークが求められる場だ。
あれではキッチンメンバーとの連携がうまく取れるかどうか・・・危ういと思う。
だが・・・
俺の手元にはアルバイト登録用紙が3枚・・・あの子達が書いて行ったものだ。
こうして採用が決まった分は、従業員リストとして一冊のファイルに収められる。
今では50枚程あるそのファイルの中で、びっしりと書かれたその一枚はなかなかに異彩を放っていた。
『私はどっきりビッキーが大好きです・・・』
そんな書き出しから始まる、まるで小学生の作文のような文章が小さい文字で長々と・・・
所々文字が潰れていて何が書いてあるのか読めない。
だが、何が書いてあったのかは、俺にもなんとなくわかった。
「あ、店長、面接の子はどうでした?」
事務所に入って来るなり面接の結果を聞いてきたのはベテラン主婦の十河さんだ。
本来は16時までの人なんだが、新人が育っていない今は無理を言って延長してもらっている。
もうすぐ彼女もあがりの時間だ。
「全員採ったよ、これでしばらく朝の時間は安泰だ」
「3人とも朝行けるんですか?!それは助かりますね」
「それで十河さん・・・彼女達を入れる分のシフトを書きたいので、あと5分だけお願い出来ませんか?」
「・・・本当に5分だけですよ?」
「急いで書きます」
快く・・・と言うよりかは渋々の方が近いだろう。
5分の延長を引き受けてくれた彼女に現場を任せて、シフト表に3人分の名前を書き込む。
店長というものは店の事を考える存在だ、いちいちアルバイトの都合など気にはしない。
普段から厳しい事を言って嫌われるのが店長の仕事みたいなものだ、決してアルバイトと仲良くなるのが仕事じゃない。
(もし・・・私一人のみの採用でしたら、辞退させて頂くつもりです)
(あの子のフォローは私がしますから・・・)
だからこのシフトも、店の事を第一に考えて・・・カラーペンで3人の名前の横に、同じ長さの線を引いた。
最初は7時~11時、さすがに初日のバイトに昼のピークは任せられない・・・一週間だな、一週間で仕事を覚えてもらう。
そして一週間後の分は・・・7時~14時、3人ともだ。
別にあの子達の希望に添ったわけではない。
あの3人はその方が良い仕事をする・・・そう思った店長判断だ。
逆に3人でいる事で仕事をサボるようなら容赦はしない。
・・・だが、あの3人ならきっと大丈夫だろう。
そして俺は、その日の朝の時間から自分の線を消した。
・・・その日こそは、久しぶりに充分な睡眠時間をとれるに違いないのだから。




