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第19話「かけてください、今すぐに」

その日も、私はいつものように6時に起床・・・しなかった。


・・・だって日曜日だもの。

テスト期間が無事に・・・うん、無事に終わって迎えた日曜日だ。

連日の疲れも溜まっているし、色々と気苦労も多かった。

今日くらいは時間に追われる事なく、ベッドの中でまどろんでいたって良いはず・・・


「姉さん・・・起きて・・・」


なんか声が聞こえた気がするけど気にしない。

いつもはすぐに起きてるけど、このベッドもなかなか寝心地が良くってね。

元々使用人用って話だけどそこは二階堂家、決して質の悪いベッドじゃない、ふかふかだ。


大きな枕もポイント高くてね、中に低反発素材だったかな・・・綿と一緒にそれが入っていて程よい弾力なんだ。

普通の枕としても優秀なんだけど・・・あれ、どこいったかな。

たぶん私の方が変な方向向いてるんだと思うけど・・・私は寝相が悪いからね。

・・・あったあった、大きいからこうして抱き枕としても使えるんだよ、両腕でぎゅってするとおさまりが良いんだ。


ぎゅううぅぅぅ・・・ん?・・・妙に硬いぞ。

それに大きさもちょっと長いような・・・足のあたりまで何か当たってる。

低反発な感じはするんだけど・・・ひょっとして壊しちゃったかな。


「ん・・・姉さん・・・苦し・・・」

「うぇぇ?!左子?!アンタなんでこんな所に?!」

「起こそうとしたら・・・姉さんが・・・いきなり・・・」


間近で聞こえてきた左子のうめき声に、私の意識が急速に目覚めた。

気付くと、私が枕だと思って抱き締めていたのは左子で・・・寝相の悪さがここでも発揮されたのか、私達の姿勢は・・・たしかプロレス技の・・・そう、コブラツイストみたくなっていた。

ついさっきまで私に全力で締め上げられていた左子は息も絶え絶えだ。


「ごめん左子・・・私寝ぼけてて・・・大丈夫?」

「な・・・なんとか・・・生きてる」


大事になってないみたいだ・・・良かったよ。

今日は休みなんだから、左子もこんな目にあってまで私を起こしてくれなくても・・・


ともあれ私の目はすっかり覚めてしまったので、着替えの用意でもしようかな・・・いつものメイド服なんだけどね。

息切れしてる左子の分も一緒に・・・って、私服が出してある。


私達は屋敷の外に出る用事でもないと、私服を着るような事はないんだけど・・・何かあったっけ。

机の上に置かれていたのは、お揃いのTシャツとゆったり目のプリーツスカート・・・と言っても、中学の時に着ていたやつだから今だとギリギリかも。

私服なんてめったに着ないから、そもそも買う機会がないんだよね・・・どこかでアルバイトの面接に着ていく服を買わないと・・・あ。


___それが今日だった。



「ごめん左子、私ってば寝ぼけるのも大概だったわ・・・着替えられる?」

「ん・・・」


慌ててシャツに首を突っ込む・・・小さいかと思ったけど割と着れる。

まぁ、あんまり胸が育ってないからね・・・最悪このTシャツで面接を受ける事も出来そうだ。

スカートの方はちょっときついけど・・・なんとか。

お店で新しい服買ったら、そのまま着替えてしまう方が良さそうだ。


「左子、どこか痛くない?ちゃんと歩ける?」

「姉さん・・・心配し過ぎ」


・・・いや、それは心配するよ。

本当に全力でぎゅうぅってやっちゃったからね。

でも今のところ左子の様子に違和感はない・・・お母さんじゃないけど、丈夫な子に育った・・・って事で良いのかな・・・

お姉ちゃん、まだちょっと心配だよ。



「ごめんなさい、遅くなりました」


食堂では綾乃様が、既に用意された朝食に手を付ける事無く待っていた。


「そんなに急がなくても良かったのよ、疲れていたんでしょう?」

「いえ、今日は私達の買い物に綾乃様を付き合わせてしまうようなものですから・・・」


私達と違って綾乃様の私服はたくさんあるからね。

昔のやつとか一度しか着ないまま着れなくなった服も一着や二着ではない・・・贅沢な話だ。

ちなみに今日の綾乃様の服装は水色のワンピース、袖がレースになっていて涼しげだ。


「でもグランベリーレイクで良いの?服を買うんでしょう?」

「そこで良いんです、高校生がアルバイトに高級ブランド着ていく方が不自然なんですからね?」


梅見台グランベリーレイクは、地元ではそこそこ知られたショッピングモールだ。

お洒落な服が比較的お手頃価格で買うことが出来るので、地元の学生の間では結構人気がある。

さすがに綾乃様が着ているようなブランドと比べたら安物だし、生地もちょっとぺらかったりするんだけどね。

でも庶民から見たらこれでも高い方なんだよ?古着屋でも良いんだからね。


「じゃあ、私も何か買った方が良いかしら」

「そうですね、アルバイト用に地味目なやつを買った方が良いと思います」


綾乃様の場合はその金髪が目立つから、服装でどうにかなるとも思えないんだけど・・・高い服を着ていくのはやめた方が良いと思う。

私も前世で飲食のバイトしたことがあるけど、毎回べとべとになった記憶があるよ・・・臭いとか服に移って大変だった。

とてもじゃないけど、お気に入りの服とか着ていく気にはなれなかったよ。


「この辺りはここ数年でだいぶ変わりましたな・・・」


いつものように駅までは千場須さんに車で送ってもらうんだけど、彼には珍しく昔の話を語りだした。


「昔はこのあたりに水の綺麗な池がありましてな・・・夏にはよく旦那様と一緒に泳いだものです」

「お父様がそんな事を・・・」

「若い頃の話でございます・・・そう、ちょうど今のお嬢様くらいの歳の頃かと・・・」


私も何回か見たことがある程度だけれど、綾乃様のお父さんはとても落ち着いた大人の男性だ。

あの紳士が池で泳ぐようなやんちゃな時代があったなんて、にわかには信じられない。


「街にも人にも・・・それなりに歴史はある、といったところですかな」


綾乃様のお父さん達が泳いでいた池は、今ではすっかり周辺の開発が進んで畔に小さな公園のようなものがあるだけだ。

池の水も緑色に濁ってる所しか見たことがない。

正直グランベリーレイクなんて言うには名前負けも良い所だ。


「それでは、お帰りの時間にお迎えに上がります・・・行ってらっしゃいませ」

「ありがとう、行ってきます」


駅前のロータリーから程近くに、目的のグランベリーレイクがあった。

中央に建つ大きな建物は映画館になっていて、それを囲むように楕円形にカフェやブティックといったお洒落なお店が建ち並んでいる。

そのお店の屋根の部分も通路になっていて、各所に観葉植物が植えられ水の流れる水路まである二層構造のショッピングモールだ。

まずは一階部分から軽くぶらついて、目に付いたよさげなお店に入ろうかな・・・特別目当てのブランドとかはないんだ。

お菓子のお店から甘い匂いも漂ってきて左子が反応してる・・・そういうのは服を買った後に行こうね。

今日は私達の服を買いに来たんだから・・・って綾乃様?!


「なにこれ、かわいい・・・ねぇ見て見て、子猫がたくさんいるわ」


ペットショップの入り口に、客寄せを兼ねてだろうか・・・子猫が何匹か入ったケージがこれ見よがしに置かれていた。

子猫たちは大きなケージでもまだまだ狭いとばかりに元気に遊びまわっており・・・確かにかわいい。


「そういえば、屋敷でペットは飼わないんですね・・・犬とか似合いそうなのに・・・」


ゴールデンレトリバーとか、綾乃様にすごく似合うと思うんだけど・・・犬は嫌いなのかな。

私がそんな素朴な疑問を口にすると、綾乃様は表情を曇らせた。


「ペットと言っても、ひとつの命だから・・・私なんかが無責任な事は出来ないわ」

「ああ、酷い飼い主の話とかたまに聞きますね・・・でも綾乃様ならそんな事にはならないんじゃ・・・」

「そうは言っても結局は人間の都合だし・・・この子達も親猫から引き離されて、よくわからない人の家で暮らしたくなんかないんじゃないかしら」


・・・なんか妙に実感が籠った発言だ・・・実は昔飼ってたりしたんだろうか。

さすがに私達が屋敷に来る前の事は何も知らないから、小さい頃に飼ってたのかも知れない。

そうでなくても綾乃様は責任感強いからね。

ペット達にしてみても、変な飼い主に飼われるくらいなら、そういう人に飼ってほしいんじゃないかな。


「私は綾乃様に飼われるなら、この子達もきっと幸せになれると思いますよ・・・」

「そ、そうかしら?」

「ええ、一匹飼ってみます?私も猫好きですし・・・」

「そうね・・・でもやっぱりやめておくわ・・・間に合ってるし」

「そうですか・・・」


むぅ・・・ちょっと残念・・・まぁ猫なら学園にもいるしね。

綾乃様もあの猫達に餌をあげたりしてるんだろうか。

そんな事を思っていると・・・不意に頭を撫でられた、よしよしって犬みたいに。


「?!」


左子にも同じように撫でてるから、自分がどうされたのかがよくわかる。

なんか私にしたよりも撫で方が激しいかも・・・左子は無言でされるがまま・・・やっぱり犬みたいだ。


私達を一通り撫で終わった綾乃様は満足げに微笑んだ。


「私には二人がいてくれるから、寂しくないわ」

「綾乃様?私達はペットじゃないですからね?」

「ふふっ・・・そうね、お友達よね」


そう言って綾乃様は悪戯っぽく笑った・・・綾乃様がこんな事をするなんて珍しい。

こういう所に来たのは初めてだから、はしゃいでるのかな。

なんか綾乃様が楽しそうにしてると、こっちも嬉しくなるよ。


「そろそろ服を見ましょう、今日は服を買いに来たんですから」


そう言って、目に付いたブティックへと入る。

私の目を惹いたのは、襟元が左右非対称になった『アシメネック』と呼ばれる形状のトップスだ。

私と左子は左右対称の存在みたいなところがあるから、左右非対称というのに惹かれるものがあるのかも知れない。


「お客様、ご試着もできますよ」

「あ・・・はい、試着室は・・・」

「ご案内します」


目ざとく私に狙いを付けた店員が声をかけてきた。

正直私はこういうの苦手・・・話し掛けられるだけでも困るんだけど・・・

今回は本当に気になった服があったから、素直に案内してもらう事にした。


「じゃあ行ってきます、綾乃様はこの辺で待ってて貰って良いですか?」

「ええ、行ってらっしゃい」


左子は一緒に来てもらう・・・ってか、何も言わなくても付いてきた。

きっと左子もこの服の良さに気付いたのかな。


幸い試着室には十分な広さがあった、二人で入っても大丈夫そうだ。


「二人で入っても良いですか?私達双子だからその方が色々と便利で・・・」

「はい、どうぞ・・・」


店員さん的にも双子の客は珍しいらしく、興味津々な感じで様子を伺ってる気配がする。

なんか落ち着かないけど・・・まぁいいや。


さっそく私は、売り場から持ってきた服を左子に着せた。

私達はいつもこうやってお互いを鏡代わりに出来るんだけど・・・今回はちょっと違うんだ。


「姉さん・・・これは・・・!」


続いて私も同じデザインの服に着替える・・・ここで左子もこの違和感が理解出来たみたいだ。

私達は左右対称だけど、この服は左右非対称・・・鏡に映るとその違いがはっきり表れる。


例えばこの服、右肩がキャミソールみたいに細い紐になっているんだけど・・・

私が着れば、右で結んである髪がその肩紐の上に掛かる。

でも左子の髪は左で結んであるから・・・同じ服でも、ちょっと違う雰囲気になるんだよ。


面白い・・・これは私達にしかわからない感覚かも知れないけれど・・・すごく面白い。

同じ服を二人で共有する事もある私達だけど・・・なんか一粒で二度おいしいみたいな感じだ。

肩が出ちゃうあたり心もとない感じもするけれど、暑い夏にはこれくらいでちょうど良いかも・・・何か上に重ねても良いしね。


でも、欲を言えばもう一つ・・・


「すいませーん」

「はい何でしょう」


試着室の外に顔を出しながら店員さんを呼ぶと、すぐ傍に立っていた。

うわ、やっぱり・・・聞き耳とか立ててたのかな。

まぁいいや、今は思い付いた事を確認しないと。


「この服なんですけど、これとデザイン同じで左右逆になってるのありますか?」

「ええと・・・あ、はい、少々お待ちください」


さすがはプロ、私達の状態を見て店員さんもすぐに気付いたようだ。

この服と私達の組み合わせを考えると、どうしても逆パターンが欲しくなる。

同じやつを着るよりも逆パターンで合わせた方が『お揃い感』が出るんだよね。

もちろん同じのを着ても良いし、逆パターンも二つの選択肢がある・・・全部で4パターンの着方が出来るんだ。


「いくつかございました、色の合う物ですと、こちらのブラックとアンバーですね」


残念ながら、両方揃っているのは黒と茶色の二色しかなかった。

でも無難な色だし、充分かな。


「じゃあその二色を2着ずつください」

「かしこまりました、お包みしますのでレジ前でお待ちください」


生地も薄手の夏用の服だけど、普通に5000円は超えてくる。

やっぱりお値段は結構するけれど、まだこれくらいは全然バイトで稼げる範囲だ。

これに合わせる『下』も買わないといけない、ジーンズでもスカートでも合いそうなのが良いね。

あ、買ったらそのまま着替えちゃう予定だったな・・・次の店でお願いしよう。


会計を済ませたら売り場で待つ綾乃様の元へ・・・一人で退屈させてないと良いんだけど・・・あ、いた。


「綾乃様、お待たせしました」

「おかえりなさい、良い服は買えた?」

「はい・・・まだ上に着るシャツだけなんですけどね・・・次の店で下のを買った時にお見せします」

「そう、じゃあ楽しみにしてるわね」

「綾乃様は何か気に入った服とかありましたか?」

「そうね・・・なくもないのだけれど・・・二人の服を見てから決めたいわ」


そうだね、『普通の服』の参考にしてもらわないといけないもんね・・・

ざっと見た感じ、この店の服なら悪目立ちする事はないだろう。

このグランベリーレイクには、ゴシックでロリータな服のお店もあるんだけど・・・あの辺りには近付かないようにしておこう。

ああいうのも綾乃様には似合いそうではあるんだけど・・・


結局、デニムパンツとプリーツスカートを買う事にしたよ。

今着替えるのは左子の要望も聞いて、上は茶色い方と下はデニムにした。

着替え終わったら綾乃様にお披露目だ・・・私のセンス的には無難な組み合わせだと思うんだけど・・・ちょっと緊張するね。


「ど、どう・・・ですか?」

「うん、なんか大人っぽい感じがするわ」


そりゃあ、さっきまでは中学の時に着てたTシャツだからね・・・大人っぽくなった気がするかも知れないね。

でも綾乃様が心から褒めてくれてるのはわかるし、悪い気はしない。


「えへへ・・・綾乃様はどれにします?」

「私も下はそのデニムにするわ、上は・・・これなんてどうかしら?」

「え・・・」


そう言って綾乃様が手に取ったのは、さっきまで私達が着ていたようなTシャツだった。


「実は最初から二人が着てるのが気になってたの・・・ダメかしら?」

「い、いえ全然大丈夫です・・・」

「良かった、試着してくるわね」


綾乃様は笑顔を浮かべて試着室へと・・・良く知らない変なキャラがプリントされた割とダサいTシャツだったんだけど・・・

大丈夫かな・・・綾乃様はスタイル良いから何着ても似合うとは思うけど・・・


「ふふっ、どうかしら?」

「・・・」


・・・似合ってた。

そうかそうか・・・綾乃様が着るとこうなるのか。

これもギャップ萌え?ってやつなのかな・・・胸の真ん中に変なキャラがいる事で、逆に綾乃様の美しさが引き立てられちゃってる。

こういうダサい服って前世でもちょくちょく見かけて、なんでこんな服を作ったんだろう?なんで売れると思ったんだろう?って、見かける度に思ってたけど・・・

着る人が着ると、こうも印象が変わるんだね・・・美人はずるい。


「ええと・・・ひょっとして似合わなかった?」

「いえいえ、見とれてただけです!似合ってます、もう綾乃様の為にあるような服ですよ!」

「こくり」

「もう・・・大袈裟なんだから・・・でもこんな感じの服装で面接を受けても良いのかしら」

「いえいえ、これくらいが良いんですよ・・・じゃあ何か食べながら作戦会議しましょうか」

「ん・・・あれ食べたい」


食事と聞いて左子が指差したのは、『クィーンズバーガー』と書かれたお店だ。

店名からしてハンバーガー屋のようだけど・・・おしゃれなカフェと言っても差し支えのない佇まい。

まだお昼前の時間なので客席も空いている。

店の前にはチョークで書かれた立て看板と、お皿一枚を占拠する大きなハンバーガーの食品サンプルが置かれていた。


え・・・この大きさで来るの?いやいやサンプルだし実物はきっと・・・

一応念のために、トッピングの少ないシンプルなやつを注文した・・・綾乃様も「同じものを」って・・・良かった。

左子はというと・・・


「・・・ベーコンポテトダブルチーズバーガー」


・・・なんかいっぱい具がありそう。

いつもはボソボソ喋る左子だけど、メニューの注文はしっかりとした発音だ。

やがて運ばれてきたハンバーガーは、サンプル通りの大きさでナイフとフォークが付いてきた。

確かに・・・これを使って食べるべきだと思うよ、うん。


シンプルなハンバーガーを選んだからか・・・こうやってナイフで切って食べてると、そこまでの量じゃない感じがしてくる。

どっきりビッキーの200g相当をパンで頂いてる感じだ。

左子の方は・・・まぁ・・・ね、うん・・・よく食べるなぁ。

そうそう、どっきりビッキーの面接の話をしないとね。


「では、作戦会議を始めます・・・私達はこれから面接を受けるわけですが、どんな事を聞かれてどう答えれば良いのか・・・」

「・・・ごくり」

「・・・じゅるり」


いつになく真剣な表情で綾乃様が耳を傾けている。

後のは運ばれてきたデザートに対する左子の反応だ。


「まず履歴書を見て何か聞かれると思いますが、これは合否に影響はないです・・・軽い世間話とでも思っててください」

「そうなの?」

「むしろ受け答えする時の態度を見てる感じですね、変に動揺したりせずに自然体で流すのが良いみたいです」

「自然体ね・・・わかったわ」

「大事なのはここから先です・・・どんな仕事をしたいか店でのポジションの希望と、希望する労働時間」

「接客担当か調理担当ね・・・しっかりと見て来たわ、私は調理た・・・」

「ダメです、綾乃様は接客担当を希望してください、接客を嫌がったら面接で落ちますよ」

「そ、そんな・・・」


世界の終わりみたいな顔されても・・・

綾乃様の見た目は間違いなく接客担当だよ、むしろ接客のエースだよ。

調理担当とか超絶力仕事だからね?お屋敷でケーキ焼くのとはわけが違うんだからね。

逆に左子に接客は無理だろうな・・・後で言っておこう。


「次に労働時間ですが・・・夜遅い方が時給が良いのは知ってますね」

「ええ、夜を希望しましょう・・・帰りが遅くなってしまうけれど、仕方な・・・」

「ダメです、朝を希望してください・・・夜は時給が良い分皆がやりたがります、激戦です」

「げ、激戦・・・」

「逆に朝早くは苦手な人が多いので人が足りないはずです、朝を希望するだけでアピールポイントになります」

「そうなのね・・・」


特に綾乃様の場合は無理して時給とか稼ぐ理由がないからね。

採用してもらいやすくて、客の入りも少ない朝が一番楽で良いと思う。

夜とか変な客も来るからね・・・どっきりビッキーはビールも扱ってるし・・・


「あとはどれくらい日数入れるかとか聞かれると思うけど、最初は仕事覚える為に毎日入りたいって言えば良いかな」

「毎日ね・・・」


面接対策はだいたいこんなものかな・・・

ほぼほぼ私の前世での体験が元になってるけど・・・葵ちゃんから聞いたって言えば納得してくれるから便利だね。


「それで綾乃様、面接はいつ行くんですか?」

「え・・・そ、そうね・・・」


そう言うなり綾乃様の表情が固まった・・・このパターンは、もしや・・・


「綾乃様、つかぬ事をお聞きしますが・・・お店の方にアルバイト希望の電話はかけましたか?」

「え・・・それが・・・その・・・」


やっぱり・・・綾乃様が電話とか使ってるの見た事ないもんね。

一応スマホは持ってるはず・・・入学前に私達の分と一緒に買ってもらった記憶がある。

学園への持ち込みは禁止されてるんだけどね。


「・・・まだなんですね?」

「は、はい・・・」


綾乃様を怖がらせないように、なるべく控えめに尋ねたつもりなんだけど・・・これはこれで感情のない感じで怖がらせたかも。

そうか、まだだったか・・・急がないと募集を締め切られちゃうよ。


「かけてください、今すぐに」

「え・・・」

「持ってますよね?スマホ」

「ううぅ・・・」


綾乃様は渋々・・・鞄の中からスマホを取り出した。

私達と同じ機種、色も同じなんだ・・・そういえば今初めて綾乃様のスマホを見たよ。

本当に使ってる所を見た覚えがない・・・きっと中身とか、まっさらなんだろうな。


「ええと・・・電話番号・・・」

「私がメモしてあります」


ぷるぷると震える手で一つずつ番号を入力していく・・・かける前からガッチガチだ。

でも電話くらいは一人でかけられるようでないと困る。

今は心を鬼にするよ。


『お電話ありがとうございます!どっきりビッキー梅見台店、店長の八重樫です!』

「つつつながったわ」


電話口からやたらテンションの高い声が聞こえてきた。

この人が店長か・・・すごいやる気のある人なのかな。


「ほら綾乃様・・・ちゃんと喋って・・・」

「あの、その、あああアルバイトに応募・・・したい、のですけれど・・・」


『アルバイト希望ですね、希望の時間帯はありますか?』


あ、このタイミングで聞いてきたか・・・もうある程度埋まってるのかも知れない。


「綾乃様、朝ですよ、あ・さ」

「ええと・・・朝、朝からいけます!し、7時から・・・」


ちょっと待って、たしかに朝とは言ったけど、7時からって・・・いつもの6時起きじゃ間に合わないんですけど?

こういうのって時間になる前に店に入らないといけないんだよ?

5時?まさか4時に起きろと?


『一度面接を行いますので、店まで来て頂く事になるんですが、どこか都合の良い日はありますか?』

「あの・・・その・・・」

『いつでも大丈夫ですよ、もし今週が忙しいようでしたら来週でも・・・』


うわ喋りが丁寧になった、対応が優しい・・・これは乗り気だ・・・そりゃそうだよ。

こんな時間に来れる人とか、喉から手が出るくらいほしいだろうさ。

な、なんとか聞き間違えとかに出来ないかな・・・


「綾乃様、そのまま話進めないで、ここは・・・」


「あの・・・その・・・」

『いつでも大丈夫ですよ、もし今週が忙しいようでしたら来週でも・・・』

「そそ、そうじゃなくて・・・お、おと・・・」


音・・・音がよく聞こえない・・・それだ。

さすが綾乃様、アドリブに強い。


「そうそう、よく聞こえなかったから最初からって・・・」


『?・・・何かわからない事がありますか?』

「いえ、おと・・・お友達も一緒に働きたい、のですけれど・・・その、面接を・・・一緒に・・・」


あ、綾乃もういっぱいいっぱいで私の声とか聞こえてないや・・・

ど、どうしよう・・・面接のときに修正効くかなぁ・・・でも不採用になっても困るしなぁ・・・

ちょうどここの向かいに時計屋さんが・・・目覚まし時計も買って帰ろうか・・・


『それでは明日の夕方にお待ちしております、店長の八重樫やえがし 進すすむが承りました』


「や・・・やった、私やったわ右子、左子」

「そ、そうですね・・・よくできましたね・・・」


・・・何かをやり遂げた顔をしている綾乃様。

その頭をよしよしと撫でながら・・・私は自分の口から乾いた声が出ているのを感じていた。


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