第15話「そういう自由な所、私は好きだな」
「綾乃様、そろそろ機嫌を直してもらえませんか?」
「何の事かしら?私はいつも通りだけど?」
礼司さまと葵ちゃんとのお茶会を楽しんだ翌日。
綾乃様は依然としてご機嫌斜めだった。
会話こそしてくれるものの、いちいちそっぽを向いた状態・・・お世話をする身としても色々とやりにくい。
「いやいや、今だって全然こっちを見てくれないじゃないですか・・・」
「つーん」
いや、つーんって・・・わざわざ言葉にされても。
宿敵である葵ちゃんと私達が仲良くしたのが余程気に入らなかったようだ。
外では『完璧なお嬢様』という姿勢を崩さないくせに、こうして他人の目がない時は反応が子供っぽい。
長年一緒にいた私が綾乃グレース本人だと思えなかったのも仕方ない、うん仕方ないよね。
「あ、綾乃様、今日はクラス委員の仕事ないんですよね?」
「ええ、でも二人はゆっくりとお茶会を楽しんで来ればいいわ・・・私の事なんて気にせずに」
うぇぇ・・・そんな拗ねた顔で言われたら楽しんで来れないってば。
まぁ、行く気はないけどね。
元々、綾乃様と帰りの時間を合わせる為の入部だし・・・
「行きませんよ、綾乃様と一緒に帰ります」
「別に私に気を使わなくて良いから!行ってくれば良いじゃない!」
「や、私は元からですね・・・」
「いいから二人で楽しんできなさい、私に二人を止める権利はないわ」
そうじゃなくて・・・うーん、どうしたものか・・・
綾乃様はなかなか聞く耳を持ってくれない。
このままだと、お茶会に行っても行かなくても綾乃様の不機嫌は直らないだろう。
「・・・なら綾乃様も・・・一緒に行こう?」
「え・・・」
「私も・・・綾乃様と一緒に・・・お茶会したい」
「そ、そう?」
おお。
普段無口であまり主張しない左子が・・・その分発言力が違うのか、綾乃様も素直に聞いている。
よくやってくれた妹よ、お姉ちゃんもがんばるぞ。
「やっぱり綾乃様も紅茶研に入りましょうよ!」
「でも・・・私はクラス委員の仕事もあるし・・・」
「行ける時だけで大丈夫な緩い部活動だから平気ですって・・・私だって綾乃様と一緒に帰る為に入部したんだし」
「え・・・そうなの?」
綾乃様の表情が変わった、さっきまでの拗ねた顔じゃない・・・あれはちょっと期待してる眼差しだ。
この分ならうまくいきそう。
「そうですよ、だから綾乃様がお茶会に興味ないなら今日は一緒に帰りますけど・・・」
「きょ、興味ならある、わ・・・」
「じゃあ放課後、昇降口のあたりで待ってますね」
そして迎えた放課後___
私は綾乃様に挑戦状を突き付けた。
「まずはコレです、この謎を解いてください」
「謎?」
それは昇降口付近にある掲示板・・・その隅っこにひっそりと貼ってある小さなメモ。
『オータムナルの屋根の上でお茶会を』とだけ書かれたそれこそが、紅茶研に入る為の正規ルートだ。
・・・私はズルしたけど、綾乃様には是非とも正式なやり方で入部してほしい。
「これはいったい・・・どういうことなの?」
「これが紅茶研の入部条件なんです、がんばって解いてください」
「私・・・やってない」
「あーうん・・・昨日は、私がたまたまネタを知ってたからね・・・左子も手伝って良いよ」
「ん・・・がんばる」
左子に許可を出すと、さっそく二人で相談を始めた・・・楽しそうで何よりだ。
出来る事なら私も一緒にやりたかったけど・・・こればっかりはね、ネタバレ厳禁だ。
ここは二人の攻略を温かい目で見守ろうじゃないか・・・さっそく最初の謎を解いたみたいだ。
二人が向かったのは、赤い屋根が印象的な洋風建築の3年生の校舎、その屋上。
赤い屋根に囲まれた中央部分にある、ちいさな展望台のような屋上だ・・・普段は立ち入り禁止になっていて、施錠もされているんだけど・・・
この謎解きゲームの為に、一学期のこの時期だけ鍵が開いているのだ。
「オータムナルは紅茶の収穫時期の一つで、その年の3回目の収穫ね」
「そして・・・屋根の上だから・・・ここ」
そして、この屋上の手すりの真ん中には先程と同様のメモが張り付けられている。
正解者の為に用意された次の問題だ。
『ボストンバッグはカメリアの根元に』
「カメリアと言えば椿だけれど、この学園にあったかしら?」
「・・・紅茶の問題だから・・・きっと紅茶に関係してる」
そう、カメリアとは紅茶の木でもある。
この学園にも一本だけ、紅茶の木が栽培されているのだ。
二人もその事に気付き、温室へ向かう・・・すると今度はダイヤル式の鍵の付いた箱が。
この鍵を開けるための4桁の数字・・・そのヒントはもう出ている。
「ボストンバック・・・ボストン・・・紅茶・・・」
「確か、ボストン茶会事件というのがあったはずよ・・・鍵は1773ね」
1773年・・・ボストン茶会事件と呼ばれる事件があった。
大量の紅茶を海に投げ入れるという、それはダイナミックな形式のお茶会だ。
アメリカ独立のきっかけにもなった事件だから、テストに出るかも知れない。
年数がすぐにでてくるあたり、さすがは綾乃様だ。
箱の中には紅茶に関する問題集が入っている。
さすがに学園のあちこちに問題を置くのは難しかったようで・・・この問題集を解けばゴール地点の図書館に至る。
問題数は多いものの、紅茶に銘柄や産地といった紅茶好きなら比較的簡単な問題ばかり。
それらの答えから一文字ずつ・・・例えばセイロンの『ン』など・・・抜き出し、並べ替える事で二つのキーワードが浮かび上がる。
それが最後の問題『ブルーマウンテン』と『地図』だ。
さっそく二人は手分けして問題集に挑み始めた。
最後の問題は左子も答えを知っているはずだけど・・・どのタイミングで止めようかな。
ひょっとしたら私が止めなくても、双子パワーで気付いてくれるかも知れない。
そんな事を考えていたら・・・私が止めるまでもなく、先に綾乃様が答えに辿り着いてしまった。
青い山ニルギリ・・・海外にいるご両親が一度立ち寄った事があったらしく・・・その時に紅茶と一緒に手紙を貰っていたらしい。
これが『お金持ちならではの教養』というやつか・・・いいなぁ。
かくして、無事に鍵を手に入れた綾乃様と共に、私達は紅茶研の部室へと向かった。
「結構面白かったわね、私もクイズを考えてみようかしら」
「その時は私もぜひ挑戦させて頂きます」
「じゃあ簡単に解けないような難しい問題を考えないといけないわね」
「そこはお手柔らかに・・・誰も解けなくなっちゃいます」
「ふふ、それもそうね」
朝の不機嫌っぷりはどこへやら、綾乃様は輝くような笑顔を浮かべていた。
思いの外この宝探しゲームを楽しめたらしい、すっかり上機嫌だ。
「さぁ綾乃様、その鍵を使って扉を開けてください」
「少し緊張するわね・・・」
カチャリ。
音を立てて鍵が開き、綾乃様の白い手が扉を押し開け・・・その表情が固まった。
「今日は遅かったね右子ちゃん、左子ちゃん・・・って、二階堂・・・さん」
「ごきげんよう、葵さん・・・失礼致します礼司さま」
綾乃様と葵ちゃんがお互いを認識した瞬間から一気に張り詰めた空気が部屋に漂う。
やっぱり宿敵同士、相いれない運命なのか・・・綾乃様はすっかり悪役モード、あの葵ちゃんも気圧されているのか表情が硬くなってる。
そんな空気を感じているのかいないのか、礼司さまは柔和な笑みを浮かべて出迎えた。
「いらっしゃい二階堂綾乃グレースさん、お噂はかねがね聞いていますよ」
「こちらこそ、四十院流の御曹司が紅茶だなんて意外なご趣味ですわね」
「ふふ、紅茶もなかなか悪くないですよ、貴女のお口にも合うと良いんですが・・・こちらに来たという事は、一緒に飲んでいかれるのでしょう?」
「ええ、いただきます」
礼司さまにエスコートされる形で綾乃様が席に着く。
その両脇には私と左子が座るので、必然的に葵ちゃんとは向き合う形だ。
これはまた空気がピリピリしてくるんじゃ・・・そう思った時。
「あ、その鍵・・・二階堂さんもあの問題を解いてきたの?」
綾乃様が持っている鍵に、葵ちゃんが目ざとく気付いた。
・・・私達に渡されたスペアキーはごく普通の鍵なのに対して、クイズ攻略の証である鍵は特別製だ。
その見た目も凝った作りになっていて、いかにも宝の鍵という感じになっている。
「おや、貴女も謎を解いてこられたのですか」
「ええ、おかげで楽しい時間が過ごせました、ありがとうございます」
「それは何より、では貴女にもとっておきの茶葉を振る舞わないといけませんね」
そう言いつつも淹れかけていた茶葉を交換する様子がないあたり、彼は最初から気付いていたのだろう。
昨日と同じ香りがする紅茶を配膳し終えると、今日は薄く焼かれたメレンゲ入りのお菓子、ラングドシャが添えられた。
クッキーよりも軽いサクサクした食感が癖になるお菓子だ。
「しかし困りました、実はスペアキーは昨日配った分しかないんです・・・まさかこんなに早く次の解答者が現れてしまうとは」
それは確かに彼も想定していなかった事態だろう。
ゲームでは葵ちゃんだけしか入部して来ない、二人だけの寂しい部活だ・・・時折、友人を招くという形でキングとかが訪れるけど。
これ以上人が増えるとなると、この部室も少し手狭に感じるかも知れない・・・そこは礼司さまも気付いたようで。
「あまり部員が増えても困るから、ここらで締め切るとしよう・・・その鍵は貴女に差し上げます」
「え・・・良いのですか?これを私がいただいても・・・」
「ええ、今日という日の記念という事で・・・もし入部の意思がないのでしたら返して頂きますが」
「いえ、有り難くいただきます・・・良い思い出になります」
「いいなー、ねぇ二階堂さん、私のと交換しない?」
「まぁあつかましい、貴女になんて渡しません!」
そう言いながら綾乃様は私と左子の袖を引っ張った。
葵ちゃんに渡したくないのは鍵だけじゃないようだ・・・私も渡されたら困るんだけどね。
しかしさすがはチート庶民、葵ちゃんの物怖じしない性格のおかげでさっきまでの険悪な空気は幾分か和らいだようだ。
でも・・・
「もぐ・・・昨日のクッキーも美味しかったですけどもぐもぐ・・・これ全部手作りだったり?」
「いや、さすがに市販の物だよ・・・うちには色々と頂き物が貯まっていてね」
「ああ・・・たしかにおうちが家元だと、お歳暮とかもぐ・・・そういうのいっぱい貰ってそう」
「葵さん、食べるか喋るかどちらかにして頂けません?・・・いくら庶民とはいえ、もう少しお行儀よく・・・」
「えーでも・・・みんなでお喋りしながら食べた方が美味しいと言うか・・・その・・・私、クラスに友達がいなくて・・・だからこの場が楽しくて」
「あ・・・」
葵ちゃんのお行儀が悪いと思ったら、そういう理由があったのか・・・そう言われちゃうと私達も辛いものがある。
案の定、綾乃様も言い返せなくなってしまった・・・綾乃様もぼっちだったもんね。
でもそれはそれ、これはこれだ・・・あんまりよろしくはないよね。
「でもやっぱりそれ直した方が良いよ・・・別に喋っちゃいけないんじゃなくてね・・・一つ食べて、口の中からなくなったら喋るって感じで」
「う・・・右子ちゃんがそう言うなら・・・これからは気を付けるよ」
「右子が言うと素直に聞くのね」
「まぁまぁ綾乃様、葵ちゃんも気を付けてくれるみたいですし・・・ね?」
「もう・・・しかたないわね」
「あ、左子ちゃんは食べるのに専念してるよね、私もそうした方が良いのかな」
「・・・?」
・・・それは参考にしなくて良いよ、葵ちゃん。
何はともあれ、なんとか二人が喧嘩にならないように間を取り持つ事が出来た。
・・・この分だと私抜きで二人を会わせたら大変な事になりそうだ。
お茶会中は席を外さないようにしないと・・・トイレとか・・・大丈夫かな・・・
時間はあっという間に流れて、そろそろ千場須さんの迎が来ている頃だ。
「礼司さま、ごちそうさまでした、クイズもお茶会も・・・今日はとても楽しく過ごせました」
「それは良かった・・・あのクイズにしても楽しんで貰いたくて作ったようなものだしね」
「やはり礼司さまのお人柄がそうさせているのでしょうね・・・茶道の精神はもてなしの心と言いますし」
「・・・」
「・・・礼司さま?」
「ああ、そうだね・・・そうかも知れないね」
綾乃様のその言葉を聞いて、礼司さまは心ここにあらずと言った感じで物思いにふけってしまった。
あ、これは綾乃様・・・良い事言ったかも。
例え茶道から離れて他の事をしていても、茶道で培われたものが礼司さまの中にしっかりと息づいている事を自覚させる・・・彼が家元を継ぐ気になる『緑茶ルート』への分岐だ。
そのきっかけとなることで、好感度を結構稼げたはず。
「私も楽しかった、昨日から結構行儀悪い事しちゃってたのに・・・四十院君は少しも怒らないでいてくれたね」
「はは、さすがにあれはどうかと思っていたけれど・・・ここでは作法は気にせずに気楽に楽しんで欲しかったからね」
「ありがとう・・・そういう自由な所、私は好きだな」
・・・こ、これは・・・
葵ちゃんのその台詞、茶道を捨てて自由に生きようとする『紅茶ルート』への分岐のやつだ。
いったい礼司さまはどっちに行ってしまうんだ?!
ゲームにはない独自のルート?それとも差し引き0でふりだしに戻った?何より彼の好感度は?!
「これからも気軽にここへ遊びに来てほしい・・・次はおいしい紅茶の淹れ方を教えるよ」
「ごめんなさい、明日はクラス委員の仕事があって・・・」
「私、毎日来ますから教えてください・・・お父さんにもおいしい紅茶飲ませてあげたいし」
むむ・・・さすがチート庶民、息をするように彼の攻略を・・・このままでは好感度を稼がれてしまう。
やっぱり二人きりにはさせられない。
「私にも教えてください、綾乃様にも教えられるくらいに!」
「やる気だね、右子ちゃん・・・負けないよ!」
それはこっちの台詞だ。
このチート庶民よりも先に覚えて、好感度を稼がせないようにしないと。
・・・その後、私達は全員、一学期のうちに美味しい紅茶の入れ方をマスターした。
これで「自分が来られない日でも活動が出来る」と、礼司さまは満足げだ。
でも、誰が彼の好感度を稼げたのかは・・・よくわからない・・・なんか掴み所がないんだよね。
紅茶と緑茶のルート分岐も、この時点ではまだ何とも言えなかった。




