第14話「もう二人なんて知らない!」
「今日は帰りが遅くなると思うわ、二人を先に送ってあげて」
「かしこまりました、お嬢様」
「私は・・・そうね、午後6時頃に迎えの車をお願い」
例によって今日はクラス委員の仕事がある日らしい。
登校中の車の中、綾乃様は予め千場須さんに帰りの時間を告げていた・・・6時までかかるのか、大変そうだな。
責任感の強い綾乃様の事だから無理してないと良いんだけど・・・ってのんびりしてもいられない。
「ちょっと待ってください、今日は私も遅くなると思うので、帰りは綾乃様と一緒にお願いします」
「右子、どうしたの?」
「や、そろそろ部活に入ろうかなって・・・」
「ああ、この間のバスケ部に」
「ええと、それじゃないんですけどね・・・」
バスケ部はイケメン四天王の一人、九谷要を目当てに女子マネージャー志望の子達が殺到しているらしい。
私がそこに混ざった所で、埋もれてしまうだけだろう。
それに正直な所、運動部のマネージャーとか私に務まる気がしない。
私が入りたい部活は、もっと緩い所だ。
私に体育会系のノリは無理だ、あんまり厳しくない文化系がいい。
綾乃様の予定に応じて、行ったり行かなかったりが出来るような・・・それでいてイケメンの攻略にも関われる。
そんな都合の良い部活が一つだけあるのだ。
「というわけで、今日は左子だけ先に・・・」
「・・・私も行く」
すかさず私の制服の袖が左方向に引っ張られた。
ふふふ、そう来ると思った。
アレは左子にもお勧めの部活だからね、きっと気にいると思う。
私も一人だと心細いから、付いてきてくれて助かるよ。
「じゃあ今日も三人一緒に帰れるわね」
「それでは6時に、皆様をお迎えにあがります」
そう言って千場須さんが帰っていく・・・屋敷の仕事もあるのに2回も迎えに来させるのは悪いもんね。
極力、帰りは3人一緒になるようにするよ。
・・・放課後、左子を連れて私は図書館に向かった。
姫ヶ藤学園は図書室ではなく図書館だ、それ単体で独立した建物になっている。
ゴシック建築風の建物に収められた古今東西様々な書物の数々が荘厳な雰囲気を醸し出し・・・まるで魔導書の一冊もあるんじゃないかって気がしてくる。
この場所で司書気分が味わえる図書委員が結構な人気なのも納得だ。
とはいえ、私が入ろうとしているのは図書委員でも文芸部でもない。
私はここに『部室の鍵』を取りに来ただけなのだ。
文化部の部室がある文化部棟の中には、ひと部屋だけ用途不明の怪しい部室がある。
常に鍵が掛けられているけれど、誰もその鍵を見た事がない・・・開かずの部室。
その実態は攻略対象の一人である四十院 礼司がほぼ一人で私物化している同好会だ。
その同好会に入る条件が、この学園のどこかに隠された『部室の鍵』を見つけ出す事なんだけど・・・
まぁ、私は知ってるからね・・・いきなりゴールさせてもらう。
本当は学園のあちこちに配置された謎を解いて回る必要があるから、相当なズルだね・・・へへへ。
・・・あれはあれでよく出来た謎解きゲームだから、今度時間のある時にでも綾乃様を誘おうかな。
本来の謎解きの結果に則る形で話すと・・・
「ブルーマウンテン、地図」という2つのヒントを元に、私達はこの図書館に辿り着いたのだ。
もちろんこの図書館には世界各地の地図帳が収められている。
その中から探すのはブラジル・・・ではなく、インドの地図だ。
ブルーマウンテンはコーヒーで有名だけど、インドにも青い山と呼ばれる山があるんだな。
その名はニルギリ・・・人呼んで「紅茶のブルーマウンテン」
最後が引っ掛け問題になっているあたり、出題者の性格が窺い知れるね。
ニルギリはインドの中でも南にある山なので、南インドの地図帳を・・・
「「あった」」
その地図帳を見つけた瞬間、何者かと声がハモった、そして同時に伸ばされた手が地図帳の手前でぶつかった。
ハモったと言っても左子じゃない・・・この声には聞き覚えが・・・それも最近よく聞くようになったような・・・
「右子ちゃん?!」
チート庶民・・・葵ちゃんだ。
「葵ちゃん?!まさかもう謎を解いて・・・」
「その様子だと、右子ちゃんもやってたみたいだね・・・この謎解きゲームを」
それはこっちの台詞だよ。
ズルしてゴールに直行した私と違って、葵ちゃんはたくさんある謎を解いてきたんだろうね・・・ゲームのように。
しかし予想以上の速さだ・・・ここに来るのがもう少し遅かったら鍵を取られてたよ。
「・・・」
地図帳を前に数秒睨み合う・・・タイミング的には全く同時だったはず。
・・・じゃんけんに持ち込むか?
いや、権利は謎を解いた者全員に公平に与えられたはず・・・
「・・・ここは、引き分けって事でいいかな?」
「そうだね、さすが私のライバル・・・いい勝負だったよ」
そういう勝負じゃないような・・・でも攻略には関わるか。
出来ればここで阻止したかったんだけど、こうなったら仕方ない。
本来ならズルしてるこっちが脱落だからね・・・なんとかイケメンの攻略は阻もう。
二人で地図帳を開くと、表紙の裏に鍵が一本。
そして、開かずの部室について書かれたメモが挟まっていた。
「どうやら、この鍵で開かずの部室に入れるみたいだね」
「ああ開かずの部室には何があるのかなー、きになるなー」
「そうだね、一緒に行こう」
開かずの部室は文化部棟の最上階である5階の角部屋だ。
私達は階段を上って5階へ登る、残念ながらここにはエレベーターのような便利な物はついていなかった。
いちいち階段を上る必要があるせいか、5階の部室は人気がなく・・・文化部の中でも弱小の部にあてがわれている。
おかげで人目を気にしないでいられるのは有り難いんだけどね。
私達が『開かずの部室の鍵』なんていう重要アイテムを持っているとは、きっと誰も気付かないだろう。
廊下に誰もいない事を確認して一番奥の突き当りへと進むと、クラシカルな木製の扉が待っていた。
扉のデザインからして他の部室とひと味違う・・・こんな部屋が鍵の在処も不明となれば『開かずの部室』と騒がれるのも仕方ない。
「葵ちゃんが開けて良いよ」
「えっ、良いの?」
私は中身を知ってるからね、この扉を開けるワクワクドキドキ感は葵ちゃんに譲ってあげよう。
鍵を受け取った葵ちゃんははやる気持ちを抑えながらゆっくりと鍵穴に・・・ふふ、鍵を持つ手がちょっと震えてる。
カチャリと音を立てて鍵が開く・・・と同時に部屋の中で小さく人が動く物音が聞こえた。
そのまま葵ちゃんが扉を開けると、一人の人物が私達を出迎えた。
「おめでとう、よくここまで辿り着いたね・・・おや、3人もいるのか」
長い黒髪が特徴的なイケメンだ。
高1にして落ち着いた大人の雰囲気を漂わせており、何も知らなければ上級生だと思っただろう。
彼こそ攻略対象の一人、四十院礼司だ。
「てへへ・・・ひょっとして、一人じゃないとマズかったかな?」
「いや、歓迎するよ・・・ちょっと席に着いて待っていてくれ」
そう言って彼は部屋の隅に置かれたティーセットを手に取った。
いつ来るかもわからない来訪者の為に、わざわざ用意していたのだろうか・・・紅茶の香りが漂ってくる。
私達は言われた通り席に・・・部屋の中央の丸いテーブルの元には、ちょうど人数分の4つの椅子が置かれていた。
私と左子が隣合うように座って、私の右隣・・・左子の正面の席に葵ちゃんが座った。
程なくして、私達の前には紅茶の入ったカップが置かれていった。
テーブルの上には4つのティーカップ・・・最後にテーブルの中央に置かれたのはこれまたいい匂いのするクッキーだ。
じゅるり・・・と、その匂いに左子が反応したのを感じた。
「では改めて・・・ようこそ紅茶研究会へ、ここに辿り着いた君達へのご褒美・・・と言うにはささやかだけど、ぜひ味わって行ってくれ」
「「いただきます」」
部屋の2方向に付けられた大きなガラス窓から、夕日が差し込む中での優雅なティータイム。
これがゲームだと、葵ちゃんと礼司さまの二人っきりの時間なんだけど・・・それだけは阻止できた。
この紅茶研究会というのが、私が入るつもりの同好会だ。
「礼司さま、先程紅茶研究会って言いましたけど、これは部活なんですか?」
左子一緒に葵ちゃんがクッキーをほおばっている間に、私は会話を切り出した。
食べてるだけじゃ好感度は稼げないからね・・・葵ちゃんはずっと食べてていいよ。
「うん、まだ同好会と言うか・・・僕一人しかいないんだけどね。ここで一緒に紅茶を楽しめる仲間が現れるのを待っていたんだ」
「ああ、もぐ・・・それで全部紅茶に関係したもぐもぐ・・・クイズだったんですね」
そこは主人公の葵ちゃん、食べながらでも会話に参加してきた、く・・・チート庶民め。
お行儀悪いよ、少しは左子を見習って。
「そういう事、勝手に試すような事をしたみたいで悪かったね」
「いやいや、楽しかったですし・・・こうして良いお茶まで頂いてますから・・・」
「ふ・・・さすがだね、君達の為にとっておきの茶葉を出したんだ」
この紅茶がかなり上等な品である事はよくわかる・・・これまでお屋敷で高級品を口にしてきてるからね。
もうその辺の安い紅茶は飲めない身体になってるかも知れない。
「それにこの眺め・・・こんな所で紅茶を楽しめるなんて素敵だと思います」
窓の外に見えるのは、この学園が誇る美しい校舎の数々・・・この部室は学園を見渡す事が出来る優良物件だ。
こんな部屋を正式な部でない同好会で私物化しているあたり、彼の持つ影響力は計り知れない。
「ここの管理人が父の友人でね・・・一番いい部屋を僕に使ってくれって・・・僕は部活をする気はなかったんだけど」
「それで紅茶研究会ですか」
「最初は茶道部で使うものだと思われていたから、模様替えが大変だったよ」
「ええっ!」
「信じられないだろう?ここ、和室だったんだよ」
今使っているこのテーブルや椅子といい、壁紙といい・・・貴族のサロンのような雰囲気だ。
このネタを知っていた私でも、ここに畳が敷き詰められていたなんて想像もできない。
「でもなんで茶道部だなんて勘違いを・・・」
「おや、知らないのかい?」
そんな葵ちゃんの反応に礼司さまが不思議そうな顔をする・・・まぁ葵ちゃんは庶民だからね。
彼の実家の四十院家は茶道の名家・・・礼司さまは家元の息子なのだ。
「ええー!」
再び驚きのリアクションを見せる葵ちゃん。
今日は驚いてばかりだね・・・この学園じゃ毎日が驚きの連続なのかも知れないけど。
「それは勘違いするも無理ないよ、なんで茶道部に入らなかったんですか?」
「家元の息子ともなると作法だなんだとあれこれ厳しくてね・・・せめて学校くらいは茶道から離れたかったんだよ」
心底嫌そうな顔をしながら、礼司さまは答えた。
跡継ぎとしての期待が重すぎるんだろうね・・・厳しすぎる両親というのも大変そうだ。
この茶道絡みのいざこざが彼を攻略する場合のメインルートになっているんだけど、紅茶ルートと緑茶ルートと呼ばれる分岐があって・・・
「それで紅茶・・・」
「やってみると結構楽しいものでね、茶道よりも僕の性に合ってるかも知れない」
「そんな、将来の家元がそんな事言ってて良いんですか?!」
「良いんだよ、実家の力もここまでは届かない・・・今の僕は自由の身さ」
どっちも捨て難いんだよなー、礼司さまは着物姿も似合うんだよね。
ファンの間でも人気が別れる、ある意味攻略よりも重要なポイントかも知れない。
その辺は一度、綾乃様の好みとか聞いてみてからで良いかな・・・私が独断で決めるのもどうかと思うし。
「礼司さま、私・・・と左子を、この紅茶研究会に入れて貰っても良いですか?」
「ああ、もちろんだとも」
「あ、右子ちゃん達だけずるい!私も入ります!良いですよね?」
「ふふ、全員歓迎するよ・・・これは随分と賑やかになりそうだ」
スペアキーは人数分あったようで、私達は一本ずつ貰う事が出来た。
これでいつでもこの部室に出入りする事が出来る・・・この鍵が部員の証って所かな。
「楽しかったね」
「うん・・・おいしかった」
「うんうん、あんなに美味しい紅茶とお菓子が食べ放題だなんて、毎日通ってたら太っちゃうね」
・・・お前は太らない体質だろ。
ごく普通の女の子ですって顔しててもアンタが天に恵まれた存在、チート庶民なのはわかってるんだからね。
こっちは双子揃ってようやく綾乃様に並ぶ事が許されるレベルだってのに・・・
「さすがに毎日は通えないかな、綾乃様に合わせて帰るつもりだし・・・」
「そっか・・・じゃあ来れない日は私が二人の分まで食べちゃうね」
「やめて、アンタも毎日通わなくて良いんだからね!」
「・・・やめて・・・お菓子がなくなる」
「うわ、いくら双子だからって同じ顔で怒らないでよ・・・」
時間も遅くなってきたという事で、その日のお茶会はすぐ解散になった。
私と左子は6時には帰らないといけないしね、綾乃様を待たせるわけにはいかない。
急いで教室に戻って帰りの支度をしないといけないんだけど・・・葵ちゃんはどこまで付いて来る気だ、クラス違うんだけど?
「葵ちゃん?ここ、うちのクラスなんだけど?」
「ああ、ごめん、外で待ってるね・・・このまま昇降口まで送ってくよ、もう少し二人と一緒にいたいんだ」
なんかぐいぐい来るな・・・私達を攻略しても意味はないと思うんだけど・・・
まぁイケメンを攻略されるよりはマシか、仕方ない。
「右子ちゃん達は明日来れそう?紅茶研」
「どうかな・・・綾乃様次第になるし・・・」
「二階堂さんかぁ・・・いっそ誘っちゃうとかどう?」
「それもありか・・・そうだね、誘ってみるよ」
「うんうん、じゃあまた明日ね」
「ん・・・」
そう言って手を振るチート庶民に背を向けて、私達は千場須さんの車へと向かった。
確かに綾乃様さえよければ紅茶研に誘いたい・・・どのみち綾乃様に礼司さまを攻略してもらわないといけないし。
でも忙しそうなんだよな・・・無理はさせたくないな。
「右子、左子」
「あ、綾乃様、お帰りなさい」
後ろから綾乃様が小走りで追い付いてきた。
学園内ではお行儀よく、決して走ったりしない綾乃様だけれど・・・ここはもう学園の外か。
「ねぇ・・・今、この間の子と一緒に居なかった?」
「ああ・・・葵ちゃんですね、なんか同じ部に入る事になって・・・」
「同じ部に?!」
「ええ、同好会なんですけど・・・紅茶研究会と言って、のんびりお茶会する感じの・・・それで、よかったら綾乃様も」
「そう・・・仲良くお茶会、ね・・・」
あれ・・・なんか綾乃様の表情が悪役っぽく・・・すごく嫌な予感がする。
「あの・・・綾乃様?・・・綾乃様も紅茶研に入りませんか?」
「結構です、もう二人なんて知らない!」
・・・綾乃様の機嫌を損ねてしまったらしい。
べ、別に私達、敵に寝返ったわけじゃないからねっ!
結局、その日は口をきいてもらえなかったよ。




