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閑話 East end


「六郷本家の玲香様・・・ですよね?」


体育祭の日、私は玲香様の元を訪ねて来ていた。

六郷玲香・・・先代『Monumental Princess』・・・それ以外の情報は、根も葉もない噂話が囁かれる程度だ。

今の生徒達が何も知らないのも無理はない、何せ彼女が選ばれたのは7年も前の事なのだから。


「東六郷楓さんね、お久しぶり・・・と言って良いのかしら?」

「はい・・・朧げな記憶ですが、以前屋敷でお世話になった時の事は覚えています」

「・・・という事は、静香の事も覚えていそうね・・・たしか紅茶研と言ったかしら、彼女とはうまくやれている?」

「はい、静香先生にはとても良くして貰えています」


目の前の玲香様は、成熟した大人の女性としての魅力に溢れていた。

もはや『姫』と言うよりも、女王と言った方が相応しいような気がするけれど・・・きっと学生時代は相当な美少女だったのだろう。

残念ながら、私の記憶にある彼女の姿はそこまで鮮明ではない、でも・・・


「それで今日は何のご用があってここに?・・・わざわざ体育祭で誰もいないタイミングを狙ってきたのでしょう?」

「はい・・・」


さすが鋭い・・・私の考えなど全てお見通しであるかのよう。

教員はもちろん理事会の人間も観戦に出向いていて、この理事棟はもぬけの空だ。

肝心の玲香様すらここにいない可能性すらあったくらい・・・しかし彼女はこうして今ここに・・・私を待っていたのだろうか?


「玲香様にお願いがあって来ました・・・右子さんの辞退を認めていただけないでしょうか?」

「あら、綾乃さんの辞退ではなく・・・右子さんの、なのね?」

「・・・」


無言で頷く・・・こうして玲香様と言葉を交わしているだけで神経が磨り減るのを感じる。

百戦錬磨の玲香様の迫力・・・と言うよりは・・・きっと私が弱いからだ。

私はいつもそう・・・部活でも皆はあんなに優しくしてくれているというのに・・・


「確かに、右子さんは辞退を申し出て来たけれど・・・それは本人から聞いたのかしら?・・・いえ、あの子が誰かに話したとは思えないわね」

「やっぱり・・・右子さんは辞退を申し出たんですね・・・そして辞退は認められなかった」

「カマをかけたのね・・・ええ、あの時私は彼女の辞退を認めなかった、そもそも学園理事会が許さないのよ」


そうか・・・だから右子さんは皆にあんな嘘を・・・

玲香様の返答は私の予想を裏付けるのに充分なもので・・・しかし理事会には彼女も逆らえないようだ。

てっきり全権を任されているものかと思っていたけれど、そうでもないという事らしい。


「・・・ではもう玲香様にもどうにも出来ないのですね・・・」

「ええ、私に出来るのは彼女達を見守る事だけ・・・私には、だけど」

「?」


なにやら意味深な言葉遣いで・・・玲香様は挑戦的な笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。

私はその顔にどこか既視感を覚え・・・きっと見覚えがあるのだろう、幼い頃の記憶の中の彼女に。

たしか、あの時・・・玲香様は本家の大人達に憤り・・・いやそれは玲香様じゃない、そうだ確か玲香様は今のように・・・


「楓さん、貴女になら何か出来るかも知れないわ」

「え・・・私が・・・ですか?」

「もう気付いているとは思うけれど、私は各分家の人間を1人ずつ『選定者』に任命して、100票の権限を与えている」

「・・・!」


その言葉が意味する事を、私はすぐに理解した。

六郷本家に付き従う、東西南北の4つの分家・・・東六郷もまたその1つに数えられる。


「楓さん、貴女を『選定者』に任命するわ」

「玲香様は・・・それで私に何をしろと・・・」

「さぁ?・・・でもその100票をどう使うかは貴女の自由よ、とりあえず『何か』は出来そうな気がしない?」

「・・・」


悪戯っぽく微笑む玲香様に対して、私は返す言葉もない。

不意に手にした100票という権利をどう活かせば良いのか・・・それがわからないまま、あの事故が起こり・・・


・・・今。



「・・・右子さんは『Monumental Princess』に憧れたりはしないんですか?」


右子さんに問いかける。

もちろん綾乃様が選ばれる事を望んでいる事など百も承知の上でだ。


「楓さん?・・・いったい何を言ってるのかな」

「姫ヶ藤学園に通う女生徒なら、皆一度は憧れますよね?・・・自分が選ばれるわけがないっていう現実は別として・・・右子さんはどうなのかなって」

「ええと・・・私は綾乃様がふさわ・・・」

「綾乃様の事は忘れてください・・・純粋に右子さん自身がどう思ってるかを知りたいんです」


右子さんはすっかり困惑してしまった。

我ながら無茶苦茶な事を言っているという自覚はある。

きっとこの質問にも、答えにもたいした意味はないんだろう・・・私という存在と同じくらいに。

それでも・・・私は・・・


「ええと・・・そうだね・・・」


しばらく考え込んだ右子さんが口を開いた。


「憧れてはいる・・・と思う・・・あんな風になれたら良いなって願望ならあるよ・・・綺麗なドレスを着て・・・ステージに上がって踊るんだよね・・・流也さまあたりにエスコートして貰うのかな・・・もう、すごくキラキラした瞬間って感じで」


そう語る右子さんは私達となんら変わらない、ごく普通の少女の瞳で・・・その言葉に嘘は感じられなかった。

右子さんだって私と同じように憧れを抱くんだ・・・きっと自分には相応しくないからって・・・


「・・・でも私には、その光景は綾乃様にしか見えないんだ・・・綾乃様が相応しいから~とかじゃなくて、綾乃様がそこにいるのが私の憧れの光景・・・ごめん、ちょっとわからないよね」

「・・・」


その答えは、私の想像していた範囲の外にあった。

そうだ、右子さんはこういう人なのだ・・・きっとこういう人だからこそここまで・・・


「欲を言えばその瞬間を近くで見たい、かな・・・もうチケットとか完売してるんだろうけど」

「・・・関係者席があると思いますよ、それこそ落選した候補者のお2人は最前列に・・・」

「本当?!やった!・・・これはなんとしても行かねばねば・・・」


右子さんのやる気が刺激されたらしい。

リハビリ用の資料を取り出して読み始めた・・・よく見ると右子さんの字で色々と書き込まれている。

そして今も真剣な眼差しで新たな書き込みを・・・本当にすごいな、右子さんは。


「あ・・・ひょっとして楓さん、私に投票しようか迷ってるの?」

「え・・・ええ・・・まぁ・・・そんな所です」


不意に右子さんが痛いところを突いてきた。

さすがに私が『選定者』だという事は知らないはずだけど・・・つい身構えてしまう。


「そうなんだ・・・楓さんの好きにすると良いよ」

「え・・・でも右子さんは綾乃様に・・・あんな嘘までついてたのに」

「まぁそうだけど・・・なんか今の楓さんを見てるとね・・・その気持ちを曲げさせるのも悪いなって・・・」

「・・・」

「色々な人がお見舞いに来てくれて思ったんだ・・・私は意外と皆に必要とされてるのかなって」

「は、はい・・・必要です」

「ありがとう・・・もちろん楓さんが来てくれたのも嬉しかったよ」

「・・・」


そう言って微笑む右子さんは、いつも通りの・・・いつも学園で見る姿だ。

そうか・・・きっと私の憧れの光景は・・・


「だから楓さんの意志で私に投票するなら、もう止めない・・・私はその票を受け取るよ」

「・・・どうなっても知りませんよ?」

「いやいや、それくらいで綾乃様の勝利は揺るがないから!」

「右子さん、それ・・・フラグって言うんですよ?」

「う・・・や、いくらなんでもそれは・・・」


たちまち不安そうになる右子さんを眺めながら、私は病室を後にする。

一時は使い道を失ったかに思えたこの100票・・・その新しい使い道に思いを馳せながら。


(とりあえず『何か』は出来そうな気がしない?)


・・・『何か』は出来そうだった。


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