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第93話「『Monumental Princess』に憧れたりはしないんですか?」

「おはよう右子、今朝の調子はどう?」

「あ、ええと・・・」


朝目を覚ますと、当たり前のような顔で病室にいる綾乃様が話しかけてきた。

お見舞いに来てくれるのは嬉しいんだけど、朝一でこれはちょっと心臓に悪い・・・ベッドの中じゃないだけマシだけど。

身体の具合は・・・腰の痛みはなくなってきた、両脚は・・・痺れが強くなった感じがする。


「前より脚が痺れてますね・・・それ以外は快調です」

「先生が言うには、その痺れは感覚が戻ってきている証らしいわ」

「そうなんだ・・・」


綾乃様は外国語が堪能なので、私よりも先生と会話が出来ているらしく・・・

私が聞かされていない事もたくさん知っているみたいだ。


「この分ならきっとリハビリを始められるわ、がんばってね」

「・・・はい!」


おお、ついにその時が・・・

自力で立ち上がって1歩でも歩く事が、外出の許可が出る条件になっているので、自然と気合が入る。

先生も新型車椅子の機能を褒めてはいたけど、便利な性能に頼り切ってはいけないという事だろう。


「今日のリハビリには私も立ち会うわ、手伝える事があったら何でも言ってね」

「ありがとうございます・・・よいしょ」


腕の力でベッドから移動して車椅子に乗る・・・この辺の流れは手慣れてきた。

車椅子の機能を使いこなせるようになってきたのもあって、最近は1日のほとんどをこの車椅子で過ごしている。

目的地までの自動操縦も便利だけど、マニュアルでの移動もなかなか便利だ、自分の意志で動いてる感が良い。


「綾乃様、今朝の朝食は上の食堂に行きましょう」


ここは大きな病院なのもあって食堂が複数ある。

上層階にある方の食堂はちょっとした展望になっていて見晴らしが良いのだ。

早い時間なのでエレベーターには他の人間はおらず、私と綾乃様をだけを乗せてエレベーターが静かに上昇していく。


「あ、ちょうど朝日が昇ってくる所ですよ」

「ええ・・・綺麗ね」


ガラス張りのエレベーターの壁越しに、遠くの景色が見えてきた。

昇ってきた朝日に照らされた山々が赤々と・・・山の奥の方ではもう紅葉が始まっているようだ。


私がこの病室で意識を取り戻してから、もう1週間が経つ。

お泊りこそしなくなったものの、その後も綾乃様はちょくちょく病室を訪ねて来ていた。

綾乃様が来ない時は、その代わりのように左子が・・・交代制?


やがて目的の階に辿り着いたエレベーターが静かに制止する。

一般のエレベーターと違って、こういう時に患者の負担にならない設計のようだ。


「右子・・・まだ食堂がやっていないわ」


先行してエレベーターを降りた綾乃様が食堂の営業時間に気付いたようだ。

たしかに食堂のオープン時間までまだ30分程早い。


「あ、大丈夫です・・・注文を受け付けていないだけで、食堂そのものはもう解放されてますので」

「そうなの?」


座席は1時間前から利用可能になっているのだ・・・こういう形式はちょっと珍しいかも知れない。

車椅子を動かし、見晴らしの一番良い席に陣取る。

都市部から外れた所にあるこの病院から見える景色はなかなかの景観だ。


「ふぅ・・・だんだん秋って感じになってきましたねぇ」

「もう、右子ったら・・・おばあちゃんみたい」

「まぁ・・・介護してもらってますし、似たようなものかと」


セルフサービスのお茶をすすりながら、ゆっくりと流れる時間に身を任せる。

そうしていると受付カウンターの明かりがついた、食堂がオープンしたようだ。

何を食べようかな・・・もう食事に制限はなく、普通に好きな物を食べられる。


「綾乃様はどれにします? 一応モーニングセットのA~Cがお勧めですけど」

「そうね・・・Aにしようかしら」

「じゃあ私もAで・・・」


モーニングセットのAはホットサンドとサラダのセット。

ちなみにどのセットにも紅茶か珈琲が付いてくる・・・もちろん私達は紅茶だ。

アツアツのホットサンドにかぶりつくと、中に挟まったチーズがびろ~んと伸びて・・・


「む、むぐぐ・・・」

「あぶない!」


どこまでも伸びるチーズを引っ張ってどうにかしようとしたのは失敗だった。

重力に負けて落下するチーズを、綾乃様がフォークでキャッチしてくれた。


「あはは・・・ごめんなさい」

「もう・・・しょうがないわね、はい」

「ん・・・おいひいれす・・・」


綾乃様はくるくると器用にチーズを巻き取ると、そのままフォークを私の口に。

こってりとしたチーズの味わいが口いっぱいに広がった。


「ふふ・・・おいしいわね」


朝食を食べながら、綾乃様は学園での出来事を話してくれた。

まだ投票してない生徒は残り少なく・・・票数に大きな動きはないようだ・・・綾乃様が選ばれるのはもはや確実と見て良いだろう。

紅茶研で企画しているお茶会の準備も順調に進んでいる様子で、当日は屋外にテラス席のスペースを取れるようだ。


「屋外かぁ・・・」

「充分なスペースを取れたから、その車椅子でも困らないと思うわ」

「・・・!」


・・・ひょっとして、私の為に広い場所を用意してくれたのか。


「当日は『Monumental Princess』目当てに混雑が予想される・・・という事で優先的に良い場所を貰えたの」

「ああ・・・そういう」


ちょっと思い上がってしまっていたようだ・・・まぁそうだよね。

きっと当日は綾乃様目当てにお客さんが殺到するんだろうな・・・行列の待機場所とかも必要になりそうだ。

その辺の対策については主に一年生組がスタッフとして動くようで、整理券とか用意してるらしい。


「色々大変そうですね・・・私もお手伝いしないと」

「無理に間に合わせようとしないで良いのよ?・・・リハビリは右子のペースで・・・」


そうは言われても、皆にばかりがんばってもらうわけにもいかないし。

綾乃様の晴れ姿も見たいですし・・・がんばろう。


「ああ、そうだ・・・『Monumental Princess』のドレスについて、透さまが意見を求めてたわ」

「透さまが?」

「ええ、透さまのお父様のブランドが制作を担当しているとかで・・・」


おお・・・フランスで活躍中のIZAYOIブランドがドレスを作ってくれるんだ。

それで着用者である綾乃様の意見を・・・スケジュール的に大変そうだけど、一流のプロだから拘りがあるんだろうね。


「それで・・・近いうちに右子にも話を聞きに来るそうよ」

「え・・・」


近いうち、どころではなく・・・その日のうちに透さまはやって来た。


「あの・・・私の意見とか・・・必要なんですか?」

「もちろん、『姫』のドレスはどの候補者が選ばれても良いように人数分・・・3着用意していますからね」

「まじか・・・」


てっきり選ばれた1人の分だけだと思っていたけど・・・

制作スケジュールを考えれば、結果が出るのを待ってはいられないか。

それにしても用意した3着のうち2着が無駄になるのかと思うと・・・勿体ない話だ。


「・・・今の票数的に、もう綾乃様で確定だと思いますけどね」

「さて、それはどうかと・・・」


『下剋上』だっけ・・・透さまは私の逆転をまだ期待してるらしい。

さすがにそんな番狂わせはもうないと思うけど・・・


「見ての通り、私はこんな状態なので・・・」


姫祭に出られるかどうかも危うい・・・そう伝えたつもりだけど、透さまは別の意味で受け取ったようだ。


「ふむふむ・・・この車椅子に合わせた調整が必要か・・・車椅子の図面などがあれば・・・」

「・・・その辺は流也さまに言ってください」

了解(ロジェ)・・・では失礼するよ、完成を楽しみにしてくれたまえ」


なんか勝手に満足したようで、意気揚々と帰っていった。

でもあの口ぶり・・・まるで透さまが私のドレスを作るかのような・・・まさかね。

どの道、私が選ばれるような事はないだろうけど。


その後は綾乃様に手伝ってもらってのリハビリが始まった。

平行棒みたいな器具に両手をかけて、腕の力で体重を支えながら・・・ゆっくりと両足を床につける。

足の裏が接地する感触に意識を集中して・・・あっ・・・


「右子、大丈夫?!」

「あ・・・ありがとうございます」


・・・いきなり上手くいくはずもなく。

私の両脚は体重を支える事が出来ずに・・・私は姿勢を崩して倒れ込む。

傍にいた綾乃様がすぐに支えに入ってくれたおかげで怪我をせずに済んだ。


これはなかなか・・・手ごわそうだ。

でもここで諦めるわけにはいかない。


「綾乃様・・・もう一度お願いしても良いですか?」

「ええ、遠慮しないで・・・何回だって付き合うわ」


その言葉に甘えて・・・私は何度も失敗を繰り返した。

何かあってもすぐに綾乃様が支えてくれる・・・おかげで怪我を恐れる事無く、何回でも繰り返した。


「はぁはぁ・・・右子・・・今日はもうこれくらいに・・・」

「あ・・・ごめんなさい・・・つい夢中になって・・・」


疲れ切った綾乃様の様子を見て、はっと我に返った。

リハビリに夢中になるあまり、綾乃様にかかる負担を失念していた。

このリハビリは綾乃様にとっても慣れない作業だというのに・・・


「別に私の事は良いの・・・でも右子もこれ以上無理をしてはいけないと思うの」

「はい・・・」


リハビリは無理のないペースで・・・資料にもそう書いてあったというのに。


「そんなに焦らないで右子・・・きっと間に合うわ」


フラフラになりながらも綾乃様は私を抱き上げ、車椅子に運んでくれた。

ああ・・・なんて情けない・・・


・・・その後の事はよく覚えていない。

落ち込んでいる間にお風呂に入れられていたようで・・・身体から汗臭さは消えていた。

病室のベッドに横たえられた頃には・・・腕が疲労を訴え出していた。


「いたた・・・筋肉痛ががが・・・」

「ふふ・・・私もよ・・・」


綾乃様も同じように筋肉痛に苦しんでいるようで・・・それにしてはなぜか楽しそうだ。


「じゃあ私は帰るわね、おやすみなさい」

「はい・・・おやすみなさい」


病室を去る綾乃様を見送りながら、今後の事を考える。

まずはリハビリのペース配分だ・・・どれくらいが良いんだろう・・・

資料をもう一度確認しようとしたその時、病室の扉が開いた・・・綾乃様が戻ってきた?


「綾乃様?何か忘れ物でも・・・」


しかし、病室に入ってきたのは綾乃様ではなく・・・


「・・・右子さん、あの・・・失礼します・・・」


・・・楓さんだった。


病室に入ってきた楓さんは何をするでもなく、私の方をチラチラと見て・・・どうしたんだろう。


「ええと、お見舞いに来てくれたんだよね?・・・今日は楓さん1人で?」

「あ、はい・・・私1人です・・・その・・・」


楓さんは何か言いかけて・・・また黙ってしまった。

それからしばらくの間、無言のまま・・・静寂が場を支配する。

本当にどうしたんだろう・・・学園で何かあったんだろうか・・・


やがて意を決したように楓さんは私に向かうと・・・はっきりとした声でその問いを発した。


「・・・右子さんは『Monumental Princess』に憧れたりはしないんですか?」


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