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第92話「か、勘違いしないでよね!」

チュンチュン…


外から雀の鳴き声が聞こえる・・・鳥に詳しくないので本当に雀かはわからないけど。

今朝は変な夢にうなされる事もなく・・・自然にすぅっと意識がはっきりしていくような、快適な目覚めだ。

優しく包み込むようなお布団の温もりと、仄かに甘い良い香り・・・それらがこの快適さをもたらしたのだろうか。


このままずっと微睡んでいたい気持ちを振り切って、私はゆっくりと瞼を・・・


「?!」


目の前に広がる光景に、私の中の眠気が一瞬で駆逐され吹き飛んでいった。


「すぅ・・・」


薔薇のような唇の隙間から放たれた甘い吐息が、私の頬を撫でつけて・・・


ドクンドクン…


私の心臓がフル稼働を始めた。

心拍数を数えられそうなくらいにはっきりと、胸の鼓動が高まっている。

これはつまり、さっきから私を包み込んで離さないのは、お布団の温もりではなく・・・


(ああああ綾乃様?!・・・そ、そうだ、昨夜は綾乃様と一緒に・・・)


やはり脚が動かないおかげで寝相の悪さは発揮されていないようで、狭いベッドから綾乃様を弾き出すような粗相はしなかったらしい・・・その事に安堵しつつ、今の状況について考える。

普通に考えて綾乃様を起こすべきなんだけど・・・気持ち良さそうに眠る綾乃様を起こしてしまって良いのか一瞬躊躇われた、その瞬間。


「ん・・・」

「?!」


ぎゅっ・・・と、綾乃様の両腕が私を抱き寄せた。

綾乃様は私の胸に顔を埋め・・・まるで抱き枕のような体勢に。


(ど、どどど・・・どうしよう?!)


抵抗してみたけど綾乃様の力はなかなかに強く、脚を動かせないのもあって振りほどけそうにない。

しかも綾乃様は次第に抱きしめる力を強めていく・・・これはまずい。


「いた・・・痛い、痛いです綾乃様・・・こ、腰が・・・」


負荷のかかった脊椎を経由して腰の辺りに激痛が走る。

いたいいたいいたい・・・だ、誰か助け・・・


「・・・よいしょ」


私の祈りが通じたのか、強い力で綾乃様の身体が引き剥がされた。


「・・・ふぅ、危なかった・・・助かったわ左子」


綾乃様を引き剥がしてくれた左子は姫ヶ藤の制服姿で・・・おそらく綾乃様を迎えに来たのだろう。

左子はそのまま綾乃様をベッドから降ろすと、肩を揺すって起こしにかかる。


「・・・綾乃様・・・起きて」

「う・・・ぅん・・・ひだ・・・りこ?・・・右子は?」

「私ならここにいますよ、綾乃様・・・おはようございます」

「え、ええ・・・ごめんなさい、私ったらなんてことを・・・」


ここで状況を理解したのか、綾乃様の顔が赤く染まる。

や、そんな風に意識されたら、こっちまで気になって・・・


「・・・姉さん?大丈夫?」

「だ、だ大丈夫大丈夫・・・左子は綾乃様を迎えに来たんだよね?はやく支度してあげないと」

「ん・・・」


程なくして綾乃様の支度が終わり、制服姿の2人と一緒に病室で朝食を食べた。

私はまた綾乃様お手製のお粥・・・うん、美味しいです綾乃様。


「右子、1人で大丈夫?」

「はい、全然大丈夫です、ご心配なく」

「本当に?本当に大丈夫?」

「もう・・・大袈裟ですよ綾乃様」


綾乃様は私を1人で病室に残していくのが不安らしく、何度も声を掛けてくる。

逆にこっちが心配になるくらいだ。


「ほら、早く行かないと遅刻してしまいますよ」

「うぅ・・・じゃあ行ってくるわね・・・本当に気を付けてね」

「はいはい・・・左子、綾乃様をお願いね」

「ん・・・任せて」


もう左子だけが頼りだよ。

私がいない分もしっかり支えてあげてほしい。

綾乃様を見送った後、しばらく1人でぼうっと過ごすのかと思ったら、医者の先生がやってきた。


外人とは聞いていたけど、白衣に黒い肌のコントラストがなかなか印象的だ。

日本語が上手くないのか左子以上に口数が少なく、本当に必要な事項だけを簡潔に告げられた。

詳しい説明は資料を参照とのこと・・・うわ分厚い、今日はこの資料を読むだけで過ごせそうだ。


資料の中にはリハビリについての記載もあった。

早く歩けるようにがんばらないと・・・すぐには始められないらしいけど、今のうちに内容は読み込んでおかねば。



「右子さま、失礼致します」


昼食を終えた頃・・・

綾乃様から知らされたのか、お見舞いに駆けつけて来たのは成美さんだった。


「成美さん、来てくれたんだ・・・でも授業は?」

「綾乃様からお聞きして、いてもたってもいられず・・・具合が悪いと嘘をついてしまいました」

「ええええ」


成美さんも優等生の部類のはず。

とても授業をサボるような子じゃなかったのに・・・


「なんかごめん・・・私のために・・・」

「いえ、私の意志でやった事ですので・・・どうかお気になさらないでください」


そうは言っても責任感じちゃうんですけど・・・大丈夫なのかな。


「でも、思ったよりも右子さまが元気そうで良かったですわ」

「そ、そうかな・・・」


自分では結構な重傷だと思うんだけど・・・両脚動かないし。


「あの時の右子さまは本当に酷いお姿で・・・死んでしまうのではないかと思いましたのよ?」

「そんなに酷かったんだ・・・」

「ええ、もう全身が血で真っ赤に染まっておりまして・・・」


私は意識がなかったけど、救助された時に成美さんも居合わせたらしい。

説明を聞く限りはかなり酷かったんだろうな・・・いまいち実感がわかないけど。


「こうしてお話が出来るくらいですもの、また学園に通える日も遠くないのではないかしら」

「だと良いけどね・・・や、私も早く学園に通えるようにがんばらなきゃ、かな」


成美さんと話ながら再び資料に目を通す。

日本語が苦手な割に資料は図解入りでわかりやすく作られており、私の頭でも理解出来た。

許可さえ出たら、もういつでもリハビリを始められる状態だ。


「もし何か私に手伝える事がありましたら、遠慮なく仰ってくださいね」

「ああ、それなんだけど・・・」

「はい?」


気まずいものを感じながら・・・成美さんに頭を下げる。

そう・・・また尿意が襲ってきたのだ。


「運ぶだけ、トイレに運ぶだけで良いからね?」

「でも・・・もし右子さまに何かあっては・・・」


・・・お前もか。


「そういうのはいいからね?!トイレに私を置いたら、速やか~に出て行ってくれるかな?」

「・・・右子さまがそこまで仰るのなら・・・何かあったらすぐ呼んでくださいましね?」

「わかったから!はーやーくー」


なんとかトイレから成美さんを追い出して、無事に用を足せた。

もう・・・綾乃様といい、育ちの良い子はそういう部分が抜けているのだろうか。



「お、お見舞いに来てやったわよ庶民、感謝なさい」

「・・・」


成美さんと入れ替わる形でお見舞いにやって来たのは比瑪乃だった。

まさかこの子がお見舞いに来るとは・・・ちょっと予想外だったよ。


「か、勘違いしないでよね!お兄様がお見舞いに行くって言うから私も来ただけで・・・」

「・・・」


見事なツンデレっぷり・・・や、これは本当にデレてるのか?

その口ぶりだと流也さまも来てるみたいだけど・・・なぜか姿が見えない。


「それでね・・・庶民・・・悪かったわね」


なんかばつが悪そうに視線を逸らしながら、比瑪乃が謝ってきた。

・・・何のことだろう?

正直思い当たる節が・・・たくさんあった、どれだろう・・・


「もう、アンタを裏切者とか言ったでしょ!・・・本当はお姉さまを勝たせる為だって聞いたわ」

「ああ、それか・・・」

「ああ、それか・・・じゃないわよ!気にして損したわ!」

「そんなに気にしてたんだ・・・」

「う・・・」


私が指摘すると比瑪乃は顔を赤く染めて・・・あれ、本当にデレたのかな。


「・・・その怪我もお姉さまを庇ったのよね?どう?痛む?」

「まぁ、多少は・・・」

「そ、そう・・・痛むのに相手させて悪かったわね」

「ううん、気にしないで・・・比瑪乃さんがお見舞いに来てくれてたのは嬉しいし」

「・・・ちょ、調子に乗らない事ね!私が来たのはお兄様のついでなんだから!」

「はいはい・・・そう言えばその流也さまは?一緒に来たんだよね?」


その質問に比瑪乃が答えるよりも早く、病室の扉が開かれた。

流也さまご本人の登場か・・・って、なんだあのメカ。


小振りの車輪が4つ付いた謎のメカが病室の中に入ってくる。

なんとなく自動車を小さくしたような、あるいはゴーカートを大きくしたような。

真ん中のあたりが座席だと思われるけど、誰も乗っておらず・・・そのまま自動運転?でベッドの脇まで来て停止した。

座席部分の手前にはハンドルの代わりにタブレット端末が装着されているのが見える。


「ふ・・・驚いたようだな」

「流也さま・・・何ですかこれ?」


続いて病室に入ってきたのは今度こそ流也さまだ。

このメカを自慢したかったのか、随分得意げな表情を浮かべている。


「最新式の全自動車椅子だ」

「あ・・・車椅子だったんだ」


へぇ・・・自動運転の車みたいなやつかな。

なんとなくタブレットに手を伸ばすと、座席部分がせり上がってきた。

ベッドと同じ高さに・・・


ウィーン


「おおぅ・・・」

「お前のデータを登録しておいた、マニュアルはそのタブレットから見れるはずだ」

「という事は・・・私が使って良いんですか?」

「当然だ、そのつもりで持ってきたのだからな」


私の為にわざわざこんな物を・・・じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて・・・


ウィーン


座席部分に身体を乗せると、座席が沈み込んで元の形に・・・

この時の動きで脚が定位置に固定されるようになっているようだ。

乗り心地は・・・そんなに悪くない。


「ええと、マニュアルは・・・っと」


タブレットを弄るとマニュアルはすぐ見つかった。

この病院や周辺地域の地形データが入っているようで、目的地を指定すると自動で移動してくれるらしい。

坂道や階段には車輪部分が変形して対応できる形になるようだ。


「こ、これが最新技術・・・」

「とはいえ動作試験中の試作機だ・・・あまり過信はするな」

「ああ・・・なるほど」


動作テストを兼ねたモニターという事か・・・データを取るのにちょうど良いとかそういう事なんだろう。

まぁ、こんな高そうなものをポンとくれるわけがないよね。


「・・・あ、姫ヶ藤学園のデータも入っているんですね」

「ああ、医師の許可が出たらこれで通うといい」


そうか・・・これがあれば歩けなくても学園に通えるのか。

これは嬉しい、すごく嬉しい。


「あ、ありがとうございます、流也さま」

「気にするな・・・ここで二階堂に恩を売っておくのも悪くないからな」


おお、綾乃様の好感度のおかげか。

そう言えばかなりの票数が綾乃様に入ってたけど、ひょっとしたら流也さまの分かも知れない。


「病室に充電器を設置しておく、バッテリーの残量には気を付けろ」

「はい」


充電式か・・・どれくらい持つのかわからないから、しばらくは病院内で使って感覚を掴まないとだね。

早く使ってみたくてうずうずしているのを察したのか、そこで2人は帰っていった。


それから午後は車椅子を使って病院内を見て回った。

最新式なだけあって人も避けてくれるし動作も快適、すごく便利だ。

なによりトイレに困る事が無くなったのは大きい。


病院内を一周して病室に戻ると、今度は結構な人数がお見舞いに来ていた。

礼司さまに霧人くん、ライト&レフト、恵理子さん、楓さん・・・紅茶研の面々だ。


「あ、ごめんなさい待たせてしまって・・・」

「いや、元気そうで良かったよ」

「右子先輩、なんですかそれ、かっこいい」


霧人くん達はメカに興味津々と言った感じなので、彼らに車椅子を預けてベッドに移動する。


「そうか、流也がこれを・・・」

「おかげで思ったより早く学園に通えるかもです、その時は紅茶研にも顔を出しますね」

「ああそうだ右子さま!酷いです、私達を騙すなんて・・・」

「あ・・・ごめんなさい」


フレンドリーな雰囲気だったから失念してたけど、今の私は怒られて当然の身だ。

綾乃様を勝たせる為とはいえ、紅茶研の皆を騙したのは事実なのだから。


「あの・・・ひょっとして・・・もう私の席はなかったりします?」

「席はないかもな」


車椅子のタブレットを弄りながら霧人くんが答えた。

彼らには特に酷い事言っちゃったもんなぁ・・・やっぱり根に持ってるのかな。


「これを部室に入れるんだろ?その分のスペースは空けないと・・・」

「え・・・」

「二階堂さんから事情は聞かせてもらっているしね、それに・・・」

「それに?」

「実を言うと・・・僕らを騙せてなかったんだよ」

「えええええ」


って言うと・・・私の作戦がバレてた?

でもあの時の皆の反応は本気で・・・それに・・・


「で、でも、綾乃様はすっかり信じ込んでいたみたいだけど・・・」

「まぁ、二階堂さんは・・・思い込みが激しいみたいで・・・」

「正直私達も危うく信じる所だったのですけど、楓さまが『右子さんは嘘をついてる』って・・・」

「楓さんが?」


意外な名前が上がって、その場にいる楓さん本人に注目が集まる。

礼司さまあたりかと思ったら、楓さんが見破ったのか・・・


「あはは・・・なんと言うか・・・直感・・・と言いますかその・・・」


あまり注目されるのに慣れていない楓さんは、たちまちしどろもどろになってしまった。


「いや、彼女の推理はなかなか的を射ていたと思うよ・・・『選定者』のくだりとか」

「そ、その・・・右子さんはずっと選定者を信じていないようだったのに、あそこであんな風に言うのはおかしいなって・・・」


なるほど・・・楓さんとは箱根でも同じ班だったもんな。

あの時は確かに『選定者』を名乗るしゅりしゅりを胡散臭い目で見ていたよ。

さすがは楓さん、今年の入部テストを真っ先にクリアしたのは伊達ではなかったという事か。


「そっか・・・自分では上手くやったつもりだったけど・・・私の完敗だね」

「それに・・・」

「?」


楓さんの鋭い洞察力に感心していると、楓さんはまだ何かあるのか、まっすぐ私を見つめて・・・


「信じてましたから・・・右子さんが理由もなくそんな事しないって」

「・・・」

「あ、もちろん俺達だって信じてましたよ!」

「嘘はよくないっす、霧人さんがあの時一番キレてたっすよね?」

「う・・・」

「まぁまぁ、こうして誤解も解けた事だし・・・僕らが君を拒む理由はないって事はわかってくれたかな?」

「礼司さま・・・皆・・・ありがとうございま・・・あいたたた」


皆にお礼を言って頭を下げようとしたら腰が・・・くぅぅ・・・


「だ、大丈夫ですか?」

「医者を呼んだ方が・・・」

「こういう時はナースコールっすよ!」

「右子さま!無理はしないでください!」


や、これくらいで大袈裟な・・・だ、大丈夫だからね?先生呼ぶ程じゃないよ?


でも皆血相を変えて私を心配してくれてる・・・その気持ちはすごく嬉しい・・・皆の優しさが嬉しい。

また紅茶研に行けるんだ・・・早く学園に行きたい、その理由が増えてしまった。



渡された資料に書いてある予定の通りなら、来週にはリハビリが始まるらしい。

その結果次第では学園に行く許可も下りるだろう。

ひょっとしたら姫祭にも・・・綾乃様が『Monumental Princess』に選ばれる瞬間に立ち会えるかも知れない。


専用のドレスを身に纏い、姫の冠を頭上に頂く綾乃様の姿を想像すると・・・まるで自分の事のように胸がときめいた。

姫祭まではあと1ヶ月程・・・それまでになんとか許可を取りたい。

私は食い入るように何度もリハビリの資料を読み耽ったのだった。


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