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第90話「ぴよぴよ!」

「右子・・・右子!」


必死に呼びかける綾乃の目の前で、右子はその瞳を閉じていく。


「?!」


右子死んでしまった?・・・最悪の事態の想像が綾乃の背筋を凍らせる。

しかしそれも一瞬の事、すぐさま聞こえてきた呼吸の音に綾乃は安堵の息をついた。

だが安心してはいられない、素人目に見ても今の右子の状態が危険な事はすぐにわかった。


「・・・このままでは右子が死んでしまう」


助けを呼ばなければ。


しかし周囲は切り立った断崖・・・高所恐怖症の綾乃でなくても足がすくんでしまうような高さだ。


「誰か・・・誰かいませんか!」


声を張り上げるも、近くに人の気配はなく。

その声も、風が木々を揺らす音に紛れて立ち消えてしまいそうだ。


「・・・右子」


こんな時に真っ先に助けを求める相手・・・それが目の前で倒れている。

今は甘えてなどいられない、自分が助ける番なのだ。


「待っていて・・・必ず助けるわ」


意を決して、綾乃は立ち上がると壁に手を掛けた。

幸いな事に綾乃の身体にたいした怪我はなく、腕も足も思うように動かせる。


(きっと・・・右子が庇ってくれたのね)


そうでなければ自分こそが生死の境をさまよっていたはずだ。

ごつごつとした壁面は土気も多く、体重を支えるには頼りない。

それでも綾乃は、震える足を一歩踏み出した。


(下を見てはいけない・・・いけない・・・)


足からの感触だけを頼りに壁面の凹凸を探り、慎重に足をかける。

フリークライミングの経験など当然ない綾乃だが、天性の運動神経のおかげか一歩ずつ確実に足を進めていた。

爪がひび割れ血が滲む・・・時折吹き付ける強風が身体ごと命を連れ去ろうとしてくる。


(右子・・・右子・・・)


今の彼女の頭には右子の事しかなかった。


(『あやのさま・・・だい・・・すき・・・です・・・』)


主に伝えようと、かすれた声で何度も繰り返したその言葉はしっかりと届いていた。

たとえ音になっていなくても、ずっと隣で見てきたのだ・・・伝わらないわけがない。


(右子・・・私が・・・助け・・・)


進行方向から照り付けてくる陽光が目を傷めつけてきた。

だがその方向に間違いはない・・・源氏山公園の南側は下り坂になっているのだ。

南に進めば、どこかでその下り坂に・・・その目論見を裏付けるように壁面が少しずつ傾斜していく。


やがて壁は坂となり・・・地面に足がつくようになった。

まだ上るには厳しい傾斜だが、斜面に生える木々を支えにしながら歩みを進める。

すると視界の隅に白いもの一瞬映った・・・それが道路のガードレールだと気付いた瞬間、綾乃は駆け出していた。


ぬかるんだ地面に足を滑らせ、転びながらもその足を止める事なく・・・急な坂道を駆け上っていく。

ガードレールの先の道は本来の駅伝で走る予定だったコース・・・弁財天の鳥居も見えた。

神に救いを求めるような気分で鳥居に歩み寄る・・・残念ながら周囲に人通りはないが、寺社には関係者がいるはずだ。


壁面をくり抜かれた洞窟のような入り口を潜り抜けた先に、ようやく人の姿を見つけた。


「よかった・・・これで助けを・・・」


安堵した綾乃は全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちて・・・


「住職、大変です!泥だらけの女の子が・・・」


作務衣を着た男性が綾乃に気付いたらしく、声を上げながら駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか、しっかり・・・」

「右子が・・・まだ崖に・・・救助を・・・」

「?!」


その後・・・住職から連絡を受けた救助隊によって、無事右子が発見されたのだった。





「ぴよぴよ」


・・・気付いたらひよこになっていた。

どうやら私はまた生まれ変わったらしい。

毎回人間に転生するのも無理のある話ではあるけれど・・・そうかそうきたか、って気分だ。


「「ぴよぴよ」」


なんか周りにもたくさんのお仲間・・・ひよこがいる。

たくさんどころじゃない、視界を埋め尽くすほどだ。

視界一面の黄色・・・なかなかシュールな光景なんじゃなかろうか。


「ぴぃ?!」


不意に目の前にいたひよこの一羽が宙に浮かび上がった。

空を飛んだわけではない・・・何者かに掴まれて・・・人間?!人間に捕まった?!

よく見ると他のひよこも次々に人間の手で掴み上げられている。


うわ・・・ひよこから見ると完全に巨人に襲われる構図だ。

さすがに私もこれがどういう状況なのかは察した、ひよこのオスメス判別的なやつだ。

掴み上げられたひよこ達は別の場所に放り込まれていく・・・そしてついに巨大な人間の手が私を・・・


「ぴぴぃ・・・」


さて、今の私はオスなのかメスなのか・・・ひよこの生態は詳しくない。

しかし掴んだ人間はその道のプロらしく、瞬時に判別を終えて私はひよこで満載の容器へと移される。

や、本当にどっちなんだ・・・自分では全くわからない。


「ぴよぴよ」

「ぴぴ」

「ぴーよぴよ」


ひよこ同士で意思の疎通を試みたが、全然わからない。

ぴよぴよ言ってるなーとしか・・・やっぱり人間じゃないと会話は無理なのか。

意思疎通は早々に諦め、容器の隅の方で腰を下ろした。


うーん、どうしたものか・・・

既にもう詰んでるんじゃないかって気がするんだけど・・・

そうこうしてるうちに足元が揺れ出した、どこかへ運び込まれるらしい。


そういえば、仕分けられた後のひよこってどうなるんだろう。

・・・その答えは割とすぐに判明した。


「ぴ、ぴぃ・・・」


容器ごと水槽のようなものに放り込まれた。

水槽を満たすのはただの水ではなく、色鮮やかな染料で・・・黄色かったひよこの羽毛がたちまち水色に・・・

こ、これは・・・カラーひよこ?!縁日で売られるやつだ。


ドライヤーのようなもので乾かされた私達ブルーひよこは、同様に染色された別の色のひよこ達と混ぜられ・・・

そのままトラックで運ばれて行く・・・その行先は想像した通りの・・・


「いらっしゃい!かわいいひよこだよー!」

「・・・ぴよぴよ」


1匹300円・・・それが今の私のお値段だった。

かわいいひよこは子供達の人気を集めたらしく、しきりに指で突っつかれる、痛い。


でもここで売れ残ると殺処分とかされちゃうんだろうなー。

誰かお客さんに買ってもらうのが、カラーひよこの生きる道だ。

精一杯かわいさアピールをして買ってもらわないと・・・でもあんまりやんちゃな子に買われるのも身の危険が・・・

客をよく見て、なるべくおとなしそうな子供を狙わないと・・・


「・・・あら、かわいい」


不意に頭上から金色の糸が降り注いだ。

それはまるで蜘蛛の糸の逸話を思い起されるようで・・・って、その声には聞き覚えがあるぞ。

ま、まさか・・・金色の糸・・・金髪の先を見上げると、やはり見慣れたその姿。


見紛う事などない、綾乃様だ・・・浴衣がよく似合ってる。

そっか・・・無事に助かったんだね・・・元気そうで何よりだ。


「あら、この子・・・」


綾乃様と目が合った・・・サイズ差を考えたら他の子を見てる可能性もあるけど、私と目が合ったように感じた。

そして綾乃様の手が私へと・・・こ、これは買ってもらえる?!

今度はペットとして綾乃様のお傍に・・・とめどなく溢れる期待にひよこの胸が膨らむ。


「ぴよぴよ、ぴよぴよ」


そうです綾乃様、このまま私を・・・その時、別の方向から視線を感じた。


「・・・じゅるり」


そ、その声・・・と言うか涎を啜る音は、ま、まさか・・・ひだ・・・


「ひよこの・・・丸焼き・・・骨まで食べれる」


ひぇぇ・・・や、やめて左子・・・私食べても美味しくないよ!

ほら、綾乃様もペットとして飼うわけで・・・そ、そうだよね?


「ダメよ左子、いつ食べるかは三ツ星さんの判断を聞かないと・・・」

「む・・・でも・・・太らせてもおいしそう」


へ・・・食べる前提?!

や、やめて綾乃様、私、右子です!右子ですよ!


「ぴよぴよ」

「すいません、この子ください」

「はい、まいど!」

「ぴぃ・・・」


当然ひよこの声は綾乃様に通じず、私は屋台のおっちゃんに摘まみ上げられ、紙袋へと放りこまれてしまった。

そんな・・・せっかくまた出会えたのに・・・こんなのって・・・綾乃様・・・綾乃様・・・


「ぴよぴよ!」

「ぴ・・・ぴよ?」


あ、あれ・・・ここは・・・

ひよこの鳴き声と共に飛び起きた私の視界に写ったのは、薄い色合いの空間。

そして突然の私の奇声に目を見開き、驚きの表情を浮かべているのは・・・ひよことなった私の飼い主、じゃなくて・・・


「綾乃様・・・あれ、私・・・にんげ・・・」

「・・・」


視線を降ろすとちゃんと人間の両手がある、水色の羽毛じゃない。

そして視界の右側にはサイドテールに結んだいつもの黒髪・・・これって、つまり・・・私は生きて・・・


「右子!」

「いた・・・痛い、痛いです!綾乃様!」


不意を突くように綾乃様が抱き着いてきた、その衝撃で身体のあちこちから痛みが。

特に腰の辺りがやばい、むっちゃ痛い、やばいやばいぎぶぎぶ・・・

それでもぎゅうぅ・・・と力いっぱい締めつける綾乃様の手は緩まない。


「よかった・・・よかった、みぎこぉ・・・」

「う・・・くぅ・・・」


身体に走る激痛を必死に堪えながら、私は自分が生きている事を自覚した。

あの後、何があったか知らないけど・・・助けが間に合ったんだろう。


「みぎこぉ・・・みぎこぉ・・・」

「あ、あやのさま・・・そ、そろそろ・・・」


しかし綾乃様はぜんぜん放してくれない・・・なんか意識が薄らいでいくのを感じる。

あ・・・今度こそ死ぬかも。

こうして私は九死に一生を得て・・・再び死線をさまよう事になったのだった。


「きゅぅ・・・」

「・・・右子?!しっかりして!」


綾乃様・・・気付くの遅いです。

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