第87話「・・・私、辞退しようと思うの」
一年葵、134票(+34)
二階堂綾乃グレース、57票(+57)
『Monumental Princess』を決める投票が開始され、現在の得票数が掲示された。
ゲームでは専用の画面があるんだけど、校舎入ってすぐの場所に専用の掲示板が設置されていた。
例の『選定者』からの100票の差こそあるものの、綾乃様の獲得票数は大きい。
この調子でいけば綾乃様が巻き返す可能性は充分あるだろう。
しかし・・・
三本木右子、140票(+40)
思ったよりも私の票数が多い。
攻略対象の1人である透さまが支持を公言したとは言え、あのチート庶民を上回る票数とは。
・・・この状況を面白がっている生徒が少なからずいるという事か・・・や、それにしたって・・・
掲示板を前に首を傾げていると、背後の方から気配を感じた。
振り返った私の視界にツインテが揺れる。
「フン、大口を叩いた割にはたいした事ないわね」
おそらく比瑪乃も得票数から逆転は可能と判断したのだろう。
むしろ勝利を確信したような口ぶりだ・・・私としては、もっと差がつくと思っていたんだけど・・・
これくらいの票数で油断されては困る、比瑪乃にはがんばって貰わないと。
「でもこのペースだと100票分を巻き返すのがせいぜいじゃないかな、私には他に選定者がいるって言わなかったっけ?」
「そ、そんなの・・・出まかせに決まって・・・」
「そう思うならそうなんだろうね・・・比瑪乃さんの中では」
「・・・!」
もちろん出まかせだけど。
もし選定者が他にいるなら、全力で綾乃様を推すよ。
私の煽りはなかなか効いたようで、比瑪乃は顔を真っ赤にしてその怒りを露にしている。
それだけ本気で綾乃様を味方してくれているのは心強いんだけど・・・挑発に弱過ぎるのはちょっと心配になる。
暴走して綾乃様の票を減らすような事態になってもいけない。
「言っておくけど、家の権力を使って妨害とかしないでね?それでバレた時に困るのは綾乃様だからね?」
「言われなくてもそんな卑怯な事しないわよ!」
や、ゲームだとやってきたんですけど・・・葵ちゃんに嫌がらせを・・・
まぁ言質は取ったし、この分なら綾乃様を任せても大丈夫だろう。
「それを聞いて安心したわ、正々堂々ルールの範囲で綾乃様を支えてあげてね」
「く・・・なんなのその余裕は・・・い、いつまでも調子に乗らない事ね!この愚民!」
気付けば、遠巻きに生徒達が集まって来ていた。
『後輩相手に大人げなく挑発をする右子先輩』としてイメージダウンになったかな。
後は綾乃様が登校してくるタイミングで・・・あ、来た来た。
「ち・・・行くよ、左子」
「ん・・・」
綾乃様に気付いて舌打ち・・・がうまく出来なくて普通に「ち」って言っちゃった。
とにかく、綾乃様に気付いて尻尾を巻いて逃げる三下ムーブだ、これはマイナスポイント高いはず。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
まだ綾乃様に気付いていない様子の比瑪乃を置いて、そそくさと階段を上る。
綾乃様の誤解を解くのはある程度投票が進んでから・・・それが成美さんと話し合って出した結論だ。
まずは綾乃様を勝たせるのが最優先・・・もちろんチャンスがあれば説得を試みて良いんだけど、その場に第三者がいてはいけない。
成美さんの協力を取り付けた事で、私は迷わずに動けるようになった。
全て当初の予定通りに・・・大丈夫、焦らなくても説得するチャンスはきっとくる。
それまでの我慢だ・・・それまでの。
___放課後、紅茶研の部室
「あの愚民ときたら、本当に許せないわ!」
朝の怒りがまだ冷めやらず、愚痴を垂れ流す比瑪乃。
他の部員達も各々それにどう反応して良いか複雑な心境だ。
自分達は裏切られた・・・その事への怒りもある、だがそれ以外の感情もあるのも確かだ。
「・・・」
重い沈黙が場を支配する。
どんな茶葉を以てしても、この空気を変える事は出来そうにない。
「でも・・・」
その沈黙を破ったのは礼司だった。
「あの2人の置かれた環境・・・家の事情を考えると、僕はそこまで否定は出来ないよ」
礼司もまた家の事情で苦労をした身だ。
置かれた立場は違えど、その心労は察して余りある。
「せめてこの部にいる間は、しがらみを忘れていて欲しかった、けど・・・」
そうはならなかった・・・それは部長である自分の力不足だ。
実家のしがらみから逃げるように始めたこの部活動は、彼女達にとっては救い足りえなかった。
その悔しさと無力感が今の彼を苛んでいた。
「・・・どんな理由があったって、あいつが俺達を裏切った事に変わりはないだろ」
そう呟いたのは霧人だ。
小さな呟きだったが、その声は静まり返った部室に染み込むように波紋を広げる。
信じていた者に裏切られた悔しさ・・・それは何度味わっても慣れる事はない。
「・・・そもそも、味方だったかどうかも・・・」
そんな事は言いたくはなかった・・・
それでも口に出してしまった自分自身がひどく惨めに感じられる。
決して長くはないものの、右子と過ごした時間は彼にとって、とても大きく・・・
(ど、どうしよう・・・私はどうすれば・・・)
皆が俯く中・・・楓は1人確信していた・・・
『右子さんは嘘をついている』
きっかけとなったそれは、ほんの小さな違和感だった。
選定者を名乗った首里城朱里亜を見た時に感じた既視感、そして先代として登壇した六郷玲香を見た時・・・
どちらもそうだと言い切れる確証はなく・・・だが考えれば考える程、その仮説に至るのだ。
「あ、あの・・・その・・・」
何か言わないと・・・でも何と言えば・・・
気持ちだけが先走り、か細いその声は言葉にならない。
余りにも根拠が薄いのだ、一個人の主観など信じるに値しない、まして自分のような存在には。
あと一歩・・・その一歩を踏み込むには、余りにも心細く・・・
楓が何も言えないまま、再び場は沈黙に囚われ・・・
重くなったその空気を纏めるかのように、綾乃が口を開いた。
「・・・私、辞退しようと思うの」
・・・一瞬の静寂。
その意味を理解するのが遅れたのか、幾ばくかの時間差を伴って・・・
「お姉さま?!何を言って・・・」
「だってそうでしょう?・・・あの子達の人生を奪ったのは私だもの!」
「・・・」
身を切るような悲痛な叫び・・・気の強い比瑪乃ですら返すべき言葉を失ってしまう。
「あの子達が二階堂の屋敷に来た時に、私は聞いてしまったの・・・嘆き悲しむ声を」
それは決して忘れることの出来ない記憶。
泣きじゃくる幼い双子達の姿が、今でも焼き付いて離れない。
「あの子達に相応しい立派な主になればきっと、って・・・ずっと自分に言い聞かせてきたけれど、もう・・・無理」
堰を切ったように溢れてくる感情。
ずっと抑え込んでいた気持ちに押し潰されるかのように、綾乃はその場に崩れ落ちる。
「お願い・・・あの子達の願いを叶えてあげて・・・」
もう誰も何も言うことが出来ない。
姫ヶ藤学園の頂点にも立とうというその才知は何の役にも立たなかった。
誰もが羨むその美貌も形無しにして、ただ泣きじゃくる・・・彼女もまた年相応の少女でしかない。
「残念だけど・・・辞退は認められないわ」
「?!」
その声の主は、それまで黙って状況を見守るだけだった部の顧問・・・静香だった。
生徒個人のプライベートな問題に教師が口を挟む事ではないのだが、こと『選定』に関するルールだけは守らねばならない。
その為だけに彼女はこの学園にいるのだから・・・
「他の候補者の辞退による勝利は適正な選定とは見做されない・・・実際にそれで中止となった前例も過去にあるのよ」
「そん・・・な・・・」
弱々しく顔を上げた綾乃の姿に、静香の胸が痛む。
「嫌よ・・・私・・・あの子達の邪魔をしたくない・・・」
「ごめんなさい二階堂さん・・・私にはどうする事も出来ないの・・・」
いや、出来る事はある・・・静香には100票分の権限が与えられている。
その100票で綾乃の望む結果を引き寄せる事は出来るだろう・・・だが今それを伝えるわけにはいかない。
それに、三本木右子・・・彼女の真意は、おそらく・・・
(玲香様・・・恨みますよ・・・)
天を仰いでため息を吐く・・・
今の静香には、損な役割を押し付けた主を呪う事しか出来なかった。




