第84話「残念ね、その願いは叶わないわ」
二階堂家の朝は早い。
夏休みだろうが関係なく、規則正しい生活を送る綾乃様。
それに合わせて綾乃様のお世話の為に毎日早起きする私達も、それなりに規則正しい生活を送れているんじゃないだろうか。
今ではもうすっかり身体が慣れてきて目覚ましを鳴らす事もなくなった・・・この辺りはそこらの庶民には真似の出来ない事だと思う、葵ちゃんは別格として・・・ね。
今日も私は朝日と共に目を覚ます・・・夏の日差しが殺意を感じるレベルで照り付けてくるのはまだもう少し先の時間だ。
「ん・・・」
「姉さん・・・おはよう」
「左子、おはよ」
軽く伸びをしていると左子がベッドの上から降りてくる。
2人で手際よく支度を済ませ、綾乃様を起こしに向かう・・・もちろん綾乃様が寝坊をするような事もないんだけど。
「おはようございます、綾乃様」
「おはよう・・・今日の右子は元気ね」
「え・・・そうですか?」
私としては別にいつも通り、これといった自覚はないんだけど・・・
綾乃様から見て、何か違う所があるのだろうか・・・と首をかしげていると、綾乃様が解答を口にした。
「だって、いつもの右子は・・・学校が始まると、もっと休みなら良いのにって・・・」
「あ・・・あはは・・・」
ああ、確かに・・・それはそう、身に覚えはしっかりあった。
いかに姫ヶ藤学園が良い学校だと言っても、休み明けはどうしてもテンションが下がる、夏休みはいつまで続いても良いと思うよ。
でもこれから始まる2学期は特別だからね・・・そんな事は言ってられないんだ。
「綾乃様、いよいよ投票が始まりますね」
「ああ、右子ったら・・・それで気合が入っているのね」
今日は始業式だ、ついに2年目の2学期が始まる。
全校生徒の前で『Monumental Princess』を決める投票の開始が告知されるのだ。
気の早い生徒は初日からでも投票してくるようで、ゲーム内では毎日更新される投票数を見ることが出来た。
「今まで頑張ってきた成果が形になるんです、気合も入りますよ」
「右子、今日結果が出るわけじゃないのよ?」
「わかってますって・・・でも綾乃様なら勝てるって信じてますから」
この胸にある勝利の確信が綾乃様にも届きますように・・・と、私は胸を張って答えた。
票数には攻略対象の好感度が直結する・・・どう考えても綾乃様が優勢だ。
この夏休みも、ダメ押しとばかりに好感度を稼ぎまくった。
紅茶研の活動には積極的に参加、礼司さまの紅茶知識についていけるのは綾乃様だけだ、好感度も相当稼げたはず。
霧人くん達を呼んでゲーム配信もしたし、成美さんや楓さん、比瑪乃も呼んで勉強会もした・・・もっとも比瑪乃は謎解きの方のお勉強だけど。
妹が世話になったからと、流也さまから私達宛てにプレゼントが届いたりもした。
チャイグラスのセットに、左子用と思われるラクダのお肉・・・今度はアラビアかエジプトにでも行ってきたのだろうか。
正直流也さまに関しては少し自信がなかったけど、プレゼントが届くというのは好感度が高い証だ。
その一方で葵ちゃんは全国大会に進んだ要さまの応援で手一杯。
他の誰かの好感度を稼げたようには見えない。
攻略対象の過半数は、葵ちゃんよりも綾乃様を選ぶはず。
「絶対に大丈夫です!綾乃様には私達がついてますからね!」
「・・・そうね、2人がいてくれるのだもの・・・私も負ける気がしないわ」
強い眼差しを私達へ向けて微笑む綾乃様。
自信に満ちたその笑顔は『姫』の風格を感じさせてくれる。
今ここに居るのはゲームで負ける悪役令嬢の綾乃グレースじゃない。
誰よりも『Monumental Princess』相応しい、私達の自慢の主だ。
『これより、本年度2学期の始業式を始めます』
講堂に集められた私達の前で、始業式はつつがなく進行していく。
始業式そのものはいつも通りだ、教頭先生のスピーチにやたら熱が入っていた気がするくらいで・・・偉い人でも来ているのかも知れない。
そして・・・見慣れない人物が壇上に上がってきた。
いや、よく思い出せ・・・見覚えがないわけじゃない、ゲームでもあったシーンだ。
確かあれは先代の・・・チラッとしか出てこないからあんまり記憶にないけど・・・
『先代Monumental Princessの六郷玲香です』
そうそう、7年前の『Monumental Princess』だっけ。
ゲームではドレス姿で出てきたので先代と分かりやすかったけど、今壇上に立っているのはスーツ姿。
服装のせいで雰囲気が結構違うけど、そのすらりとした長身は立っているだけで優雅さを醸し出している。
よく通る声はマイク越しでも気圧されるものを感じる・・・さすが先代だ、存在感がすごい。
『生徒の皆様はご存知の通り、今年度は新たなMonumental Princessに選ばれるに足る候補者達が現れました・・・そして本日より全校生徒による投票の受付が始まります』
うんうん、ゲームと同じ投票のルールの告知だ。
生徒達は一人一票の投票権を持ち、期日外と重複した投票は無効。
あ、教職員にも投票権があるのか・・・なんかゲームより細かいぞ。
『・・・また今回は生徒達の投票に先立ち、私が選んだ外部の人間数名を特別な選定者として招聘しております』
「!?」
選定者・・・まさか実在していたのか・・・
そうなるとあのしゅりしゅりの話は真実・・・彼女の言っていた100票というのも・・・
『彼ら選定者には一人100票の権利を与えております・・・そして現時点での投票の結果は・・・』
あの時のしゅりしゅりの100票が誰に入れられたのか・・・そこは自信がない。
どうせ出まかせ、嘘だと思って点数稼ぎみたいな事は一切してないし・・・
あの状況だと葵ちゃんに100票入ってもおかしくは・・・
『理事会に選ばれた3名の候補者のうち、一年葵100票、二階堂綾乃グレース0票、三本木右子100票・・・この状態から生徒の皆様の投票を開始させていただきます』
葵ちゃんに100票か・・・これは大きい、でも攻略対象の票は要さまの分だけのは・・・ず・・・あれ?
今なんか・・・私の名前が聞こえたような・・・
『長らく候補者不在のまま時が経ってしまいましたが、今回3名もの候補者に恵まれた事、そしてその内の2名が決して裕福ではない出自の生徒である事は、私自身大変期待しております・・・この中の誰が学園の新たな象徴に選ばれるのか、この宝冠を託す日を楽しみにしております』
そう言って彼女は優雅に一礼すると、壇上から降りていく・・・
私はただ混乱するばかりだ・・・や、さすがに聞き間違いだよね?
とりあえず、近くにいる楓さんに聞いてみ・・・
「素晴らしい!」
「?!」
突然、講堂に響き渡ったその声は聞き覚えのある・・・攻略対象のものだった。
「従者が主を下し姫の地位を得る・・・まさに我々は下剋上の瞬間を目撃しようとしているのです!」
「・・・は?」
下剋上?何を言っているんだこの人は・・・
しかし攻略対象の一人である十六夜透さまは感極まったように興奮してその言葉を続けた。
「・・・いったい誰がここまでの状況を想像出来ただろうか?三本木右子嬢・・・よもや君がこれ程の計り事をする人物だったとは・・・実に面白いっ!」
え・・・ど、どういうこと・・・その言い方だとまるで・・・
「私は君の支持を宣言する!見事下剋上を果たし、この学園の象徴となる君の姿を見せておくれ!」
「・・・講堂で騒がないでください!」
「おっと失礼、マドモアゼル・・・私とした事がつい興奮して・・・」
「はいはい、まず口を閉じましょうね・・・」
さすがに静香先生が止めに入ったが、透さまは悪びれた様子もなく、私の方にその視線を向けてくる。
動揺する私を見て面白がっているのか・・・それとも・・・
しかしこれではっきりした、候補者として私の名前が出てきたのは決して空耳ではないらしい。
私が候補者・・・しかも100票・・・何かの手違いだと思うけど・・・
「み、右子さん・・・」
おとなしい楓さんもこの状況には驚きを隠せない様子だ。
楓さんだけじゃなく、周りのクラスメイト達が・・・いや全校生徒の視線が私に集まって・・・ひぇぇ。
「こ、これはきっと手違いか何かだから・・・」
きっとそうに違いない、そうあってほしい。
始業式が終わると同時に、私は駆け出していた。
学園理事会・・・はよくわからないから・・・とりあえずはあの先代、六郷玲香に問いたださないと・・・
・・・おそらくは理事棟にいるはず。
講堂を飛び出した私は、靴を履き替える間も惜しんで理事棟の方向へ・・・
さっき見たスーツ姿の女性・・・いた!
「ま、待って!」
息も絶え絶えになりながら、必死で声を絞り出すと・・・六郷玲香は立ち止まり、こちらへと振り返った。
こうして近くで見るとかなりの美貌の持ち主だ・・・どこか綾乃様に近いものを感じる。
「はぁはぁ・・・待ってください」
「・・・三本木右子さんね」
「は・・・はい」
彼女に歩み寄りながら、なんとか呼吸を整える。
その間にも向こうは鋭い視線でこちらを観察していた・・・全身くまなく、まるで指先の動きひとつ見逃すまいとしているかのように・・・
「私が候補者って・・・何かの手違いですよね?しかも100票って・・・」
「・・・いいえ」
私の質問に、しかし彼女は首を振って否定した。
「貴女は間違いなく『Monumental Princess』の候補者の1人、随分前に説明のプリントも送られていたはずよ」
「え・・・そんなもの送られてきてな・・・」
「100票の件も間違いなく、選定者本人の口から直接伺っているわ・・・先の校外学習の件で心当たりがあるのではなくて?」
「・・・!」
校外学習の件、とまで言われたら身に覚えはある・・・しゅりしゅりの100票が私に入れられたというのか。
「心当たりはあったようね・・・じゃあもう用はないかしら?」
「ま、待ってください!」
立ち去ろうと踵を返した玲香を慌てて呼び止める。
仮に私が候補者だとしても、私はそんなつもりはないわけで・・・
「なら辞退します、辞退させてください!」
「・・・本気で言っているの?」
「もちろん本気です!」
玲香の視線が不穏な光を帯びる・・・が、私は何も迷う事などない。
『Monumental Princess』は綾乃様がなるべきで、私なんかがなるものじゃない。
普通に考えれば政財界に広いコネを持つ理事会の手厚い支援を受けられる『Monumental Princess』は将来が約束される、庶民にとって千載一遇のチャンスなんだろうけど・・・そんなものに興味はない。
「私は綾乃様を『Monumental Princess』にすると決めているんです!辞退させてください!」
「そう、あくまでも主を立てるというのね・・・見上げた忠誠心だわ」
私の気持ちが通じたのか、玲香の視線から険呑な光が消えた。
よかった、一時はどうなるかと・・・私が候補者とか無理があるよ、うん。
・・・しかし、その次に告げられたのは残酷な現実だった。
「でも・・・残念ね、その願いは叶わないわ」
「え・・・」
「姫の冠を預かる『先代』として、貴女の辞退は認められない、認めるわけにはいかないわ・・・絶対に」
絶対・・・その言葉通りの強い意志で、六郷玲香は私の願いを拒絶した。




