第83話「厳しい戦いになったのではないかしら」
『今日は全国的に晴れ間が広がり、真夏日となっております・・・最高気温が40度を超える地域も多く、熱中症への対策が・・・』
画面に表示された関東圏の地図に、真っ赤な数字が並んでいる。
42、41、40、40・・・この数字を見ているだけでもう汗が出てきそうだ。
あ、チーバくんのつま先だけ38度だ、羨ましい・・・や、38度でも充分暑いか。
エアコンの効いたお屋敷で暮らせる幸せを綾乃様に感謝しつつ、朝の支度を整える。
と言っても、今日は終業式なのでたいした用意はない。
むしろお昼をどうするかの方が問題だ、攻略対象を誘って好感度を稼がなければ。
今日の気温を思うと涼しい所・・・冷たいデザートがあると良いかも知れない。
「左子、今日のお昼なんだけど、何か食べたいものある?」
「・・・ふむ」
軽い気持ちで左子に意見を求めたら・・・真剣な顔で考え込んでしまった。
「・・・」
「そ、そんなに本気で悩まないでいいからね・・・綾乃様にも聞いてみるつもりだし・・・」
「・・・・・・かき氷カフェ」
「かき氷?」
お昼ご飯の話を振ったつもりだったんだけど・・・冷たいデザートの事を考えてたのを読まれたのかな。
左子がスマホの画面を見せてくる。
半球状の器の上にまんまるに盛られたかき氷はシロップでほんのりと桜色に染まっており、その上にはクリームやナッツのトッピングで飾りつけられていた。
そして目立つ位置に『期間限定紅茶フレーバー』の文字・・・その下には各種紅茶の銘柄が並んでいて、なかなか本格的だ。
紅茶研の活動の一環、みたいな流れで礼司さまを誘うのにも良いかも知れない。
「へぇ・・・こんなお店あったんだ」
「周りのお店も・・・みて」
「周り?」
周辺地図を拡大する・・・なるほど横浜の元町か。
中華街の印象が強いけれど、お洒落な洋食店も多い辺りだ。
何を食べるにしてもお店には困らない・・・さすが左子、ここまで考えてのチョイスか。
「・・・どやぁ」
「うん、すごいすごい」
ここぞとばかりにドヤ顔を浮かべる左子の頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて・・・なんか猫みたいだ。
おーよしよし。
朝食の席で綾乃様にお願いすると、快く了承して貰えた。
「あ、出来れば他にも誰か誘えたら良いなって思うんですけど・・・礼司さまとか」
「そうね、紅茶研の皆なら興味を持ってくれると思うわ・・・葵さんは来れないかも知れないけれど」
「それはまぁ・・・仕方ないですね」
バスケ部が地区大会を優勝した影響で、最近の葵ちゃんはバスケ部にいる事が多い。
おそらくは今日も・・・葵ちゃんには悪いけど、向こうには要さまがいるから良いんじゃないかな。
終業式はつつがなく執り行われ・・・色々あった一学期もこれで終わりか。
二学期が始まると同時に『Monumental Princess』を決める人気投票が始まるわけだけど、葵ちゃんの様子を見る限りは要さまの分の票しか取れてないんじゃないかな。
紅茶研の活動も休みがちになったから礼司さまの好感度を稼げていたようには見えないし、流也さまと一緒にいる所も見ていない。
霧人くんに関しては完全に私達の側だ、透さまは・・・相変わらず何考えているのかわからないけど。
流也さまは比瑪乃の分だけ有利だし、夏休みは礼司さまを中心に好感度を稼げば・・・過半数の票が得られるに違いない。
うん、順調だ・・・順調すぎて怖いくらい。
「右子?どうしたの?」
「あっ・・・ごめんなさい、つい・・・」
気付くと綾乃様が心配そうにこちらを見ていた。
考え事に没頭していてる間に、目的地に着いていたようだ。
「その、どのかき氷にするか迷っちゃってて・・・」
「まぁ右子ったら左子みたいな事言って・・・ふふっ、さすが双子ね」
適当な事を言って誤魔化したつもりが、綾乃様に笑われてしまった。
ま、誤魔化せたからいっか・・・
思った以上にかき氷の種類が多かったのも事実だ、紅茶の物だけでも8種類ある。
「あの、皆で別々の物を頼んで、分け合えば良いんじゃないですか?」
「それだ!」
「む」
楓さんの意見が即採用されたけど、不満そうな顔をしたのが1人。
「お姉さまと食べさせあいっこしたかったのに・・・」
・・・比瑪乃だ。
たまたまなのか綾乃様の出待ちをしてたのか、学園を出る際に遭遇したので誘ったら、二つ返事で着いてきた。
しかし、綾乃様と食べさせあいっこ・・・だと・・・なんてことを。
「・・・それは・・・無謀」
そんな比瑪乃を見て左子がまたドヤ顔を・・・??
それがどういう事かは、運ばれてきたかき氷を見た瞬間に理解した。
「で、でか・・・」
「ま、まじっすか・・・」
「これは・・・配信のネタに出来るレベルだな」
ドドン・・・そんな効果音が聞こえてきそうな重量感。
画像で見た通りのまんまるのかき氷は、しかし大きさだけは画像の印象と大きく異なるサイズ感で・・・なんだこれ。
たしかに金額的にちょっと高いな・・・とは思ってたんだけど、このサイズだと逆に安く感じる。
ドンドンドン・・・巨大なかき氷が私達の人数の分だけ、テーブル狭しと並べられていく・・・や、本当に狭い。
「これは・・・取り分けるのも大変そうだ」
「・・・ですね」
礼司さまの呟きに、皆で深々と頷く。
どちらかと言えば1つのかき氷を皆で分け合うくらいでちょうど良いんじゃないだろうか。
かき氷の山を前に途方に暮れる私達・・・その沈黙を打ち破ったのは左子だった。
「・・・一人・・・一口ずつ」
「え・・・ええと・・・」
そう言って自分のかき氷を綾乃様に手渡した。
一瞬どうすれば良いか解らずに固まるが、さすがは綾乃様・・・左子の意図に気付いて、かき氷を一口。
「・・・美味しいわ」
ちゃんと味は美味しいらしい・・・この量で不味かったら罰ゲームも良い所だけど。
そして綾乃様はそのままスプーンでもう一口分掬うと・・・
「はい、右子の分」
「え・・・あっ」
かき氷の冷たさと紅茶の芳醇な香りが口の中に・・・これは美味しい。
そしてかき氷は私の隣、楓さんへと・・・ここまで来ると皆も察したらしい。
綾乃様から次の味のかき氷が・・・うん、こちらは柑橘の風味が爽やか。
一人一口ずつ・・・かき氷はぐるぐると私達の間を流れていき・・・最終的には再び左子の元に。
まだ半分以上残っているそれを、左子は・・・
「ん・・・美味しい・・・」
パクパクと食べていく・・・空の器が1つ、また1つと積み重なって・・・
「ひ、左子さん・・・」
「パねぇっす」
「嘘でしょ・・・」
あまり左子の食事を見慣れてない人々が驚愕の表情を浮かべて見守る中。
左子はペースを乱すことなく食べ続け・・・
「・・・う」
「左子?!」
「・・・頭が・・・キーンって・・・」
「「今頃?!」」
ほぼほぼ食べ終えながら、左子は頭を押さえて呻くのだった。
「いや~、凄いものを見せて貰ったっす」
「・・・どやぁ」
頭の痛みが治まったのか、まともやドヤ顔になる左子・・・今日はよく見るなぁ。
「・・・」
「?」
そしてなんか比瑪乃がこっち睨んでる・・・私何かしたっけ?
「双子って事は・・・まさかアンタも出来るの?」
「え・・・」
いやいやさすがにそんな事は・・・あ、でも試してないだけかも・・・遺伝子的にはたぶん同じなわけで・・・
「えっ、右子も?」
「や、さすがに無理です綾乃様」
「そ、そうよね・・・」
ホッとしたような表情を浮かべる綾乃様・・・うん、やっぱり無理だ。
きっと左子はお腹にブラックホールかなにかが入っているんだろう。
「でも、ゆっくり味わってられなかったですね・・・せっかく紅茶味だったのに」
「え、そんな事ないけど・・・」
「うん、どれもこだわりを感じる配合だった、参考になったよ」
「私は2つ目が気に入ったわ・・・あれはオレンジ・・・にしては少し風味が・・・」
「たぶん柚の皮も入ってたんだと思うよ、すっきりと風味を引き締めているね」
「「・・・」」
たった一口なのにそこまで・・・さすが紅茶研のツートップ。
その後、紅茶研のお茶会に向けて夏休み中に何度か集まる事に決まった。
私の目論見通り、礼司さまの好感度を稼げそうだ。
比瑪乃の謎解きも少しは進展があったようで・・・
2学期には入部テストを突破するからと、お茶会の準備を手伝ってくれるようだ。
お茶会の開催は姫祭の予定だ・・・『Monumental Princess』候補の2人を目当てに訪れるお客さんもいるんだろうな。
結果発表の時間の前には2人が抜けられるように段取りも必要だろう。
「一気に2人も抜けてしまって大丈夫かしら?」
「そこはこのメイド長にお任せください・・・綾乃様を無事に送り出してみせます」
なんてね、どうせその時間にはお客さんも発表を見に行くんじゃないかな。
ゲームでも『全校生徒が注目している中で・・・』って描写がされてたし。
「発表の時間にも寄るけど、お茶会もお開きになると思うよ」
「皆が気にしてますもんね・・・姫ヶ藤の姫かぁ・・・」
「やっぱり楓さんも気になる?」
「それはもう・・・あ、でもどちらに投票するかはまだ決まってないですけど・・・なんかギリギリまで迷いそう」
・・・出来れば綾乃様に投票してほしいけど、そこは楓さんの意志を尊重するよ。
ゲームでは主人公の敗北でbadend扱いになるので、『Monumental Princess』に選ばれた綾乃様の姿を見る事は出来ない。
でも私は確信している、姫のドレスを纏った綾乃様がそこに立つ姿を。
きっとそれは、歴代の誰よりも美しいに違いない。
・・・・・・・・・・・・
「それで、猛さんは一年葵に票を投じるのね・・・まだ時間はあるけれど?」
「仕事が忙しいんでな・・・どの道時間をかけた所で覆るとも思えん、一年葵に俺の100票を入れてくれ」
右子達が夏休みを迎えたその日・・・
北六郷猛は六郷本家の玲香の元を訪れていた。
そして『選定者』としての決断を伝えるべくそこに現れたのは、彼一人ではなく・・・
「朱里、貴女も決まったの?随分早かったわね」
「ま、ビビっと来ちゃったからね~・・・さすが玲香サマの見込んだ子だよ」
「ふふ・・・彼女は面白かったでしょう?」
「うん、面白かった」
屈託のない笑顔を浮かべながらそう語る首里城朱里亜・・・西六郷朱里を見て、玲香は満足そうに頷いた。
「では三本木右子に100票・・・静香、もちろん貴女にも選定者の権利があるけれど・・・」
「私は・・・まだ何とも言えません・・・」
「そう・・・慎重な貴女らしいわ、でもこれで・・・」
これで・・・一年葵に100票、三本木右子に100票が生徒達の票に加えられる事になる。
「当初最有力候補と言われた二階堂綾乃グレース・・・彼女にとっては、厳しい戦いになったのではないかしら」
それぞれの思惑を胸に、夏休みが過ぎていく。
ただ1人、姫の証たる冠を有する先代の『Monumental Princess』六郷玲香は、波乱が起こる気配を感じ取っていた。




