第81話「今、なんでもするって言ったよね?」
「実は俺達、箱根のリゾートホテルに来てまーす」
「しかも、貸し切りっすよ!貸し切り!」
「・・・お前ら、はしゃぎ過ぎだろ」
「いやいや、これがはしゃがずにいられますかって!」
「ほらほらコメントにも、すげーまじかーって・・・いやマジっすよマージマジ」
いつも以上にテンションが高い生配信・・・事情を知っていると無理をしているようにも感じられる。
ライトもレフトも、これが最後の配信になる事を覚悟しているんだろう。
人気配信者しゅりしゅりの生配信への殴り込み・・・炎上は必至だ。
「楓さん・・・本当に良いの?」
「はい・・・さすがに緊張は、しますけど・・・」
私は以前出演した時同様に『みーちゃん』として仮面を着けて端っこの方に控えていた。
隣には同じく仮面を付けた楓さん・・・霧人くん達に同情したのか、自ら出演を買って出ている。
心強くはあるんだけど・・・巻き込んでしまった身としては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「では続いて今回のゲストを紹介します!」
「さっきから画面の端に写ってたっすよね・・・こちらへどうぞっす」
「ど、どうも・・・みーちゃんです」
右子だからみーちゃん・・・1回限りだと思って適当につけたこの名前を使うのも、これで何度目か・・・さすがに最後だと思いたい。
そう思うと抵抗感もさほど・・・や、やっぱり恥ずかしい・・・綾乃様も部屋でこの配信見てるだろうし。
「え、ええと・・・みーちゃんさんの友達で・・・」
以前に綾乃様が出演した時は私に合わせたネーミングだったけど、楓さんは・・・かーちゃん?
いやいやさすがにそれは・・・
「も・・・もみじです」
「もみじさん!今回初出演ですね、よろしくお願いします!」
「「お願いしまーす!」」
おお・・・楓からの紅葉か・・・私よりも全然センスを感じる。
ちなみに私達は全員お揃いのジャージ姿だ、姫ヶ藤学園指定のジャージはぱっと見ではそれと分かりにくい。
まぁ、私が姫ヶ藤の生徒である事は初出演の時点で明かしているんだけどね。
「みんな、首里城朱里亜って知ってるかい?」
「有名な配信者のしゅりしゅりっすよね、俺らよりも全然知名度高いっす」
「そんな自虐しなくても・・・ってあれ・・・ちろるさん、その名前聞いたことあるような・・・たしか去年に・・・」
「そう!去年にゲスト出演の約束すっぽかしてくれた首里城朱里亜だ!・・・あの時代打してくれたみーちゃんさんには本当に感謝してます!ありがとう!」
「え・・・や、どういたしまして・・・」
大きく・・・腰を45度くらい曲げて頭を下げる霧人くん。
改めてお礼を言われる程の事でもないのに、そんな大げさな・・・
「それで、そのしゅりしゅりがどうしたんです?」
「そのしゅりしゅりこと首里城朱里亜が、なんと、今、このホテルにいる!しかも今、生配信の最中だ!」
「「ええええええ」」
予め示し合わせたリアクション・・・さすがにわざとらしさを隠せない。
霧人くんがこれ見よがしにノートPCの画面を・・・しゅりしゅりの生配信を映して見せた。
視聴者の方でもしゅりしゅりの生配信を確認したようで、リアクションコメントが次々に流れていく。
「ま、まさかとは思いますが、ちろるさん・・・」
「そう、そのまさかだ!しゅりしゅりにリベンジするなら今だろ!」
「ま、まじっすかー」
「・・・というわけで、今からしゅりしゅりのいる部屋に突撃しようと思います!」
おい待て
いいぞ、やっちまえ!
さすがにそれはまずいだろ
まぁ・・・気持ちはわかるけど・・・
ふざけんな三下が!
しゅりしゅりの邪魔すんなし
様々なコメントが流れていくが、視聴数は減る事なく・・・
しゅりしゅりのファン・・・しゅりらーらしき人も多く流れてきたようで・・・予想通りの炎上ぶり、コメントを追うのも難しい。
配信をしながら私達は移動している・・・今はほとんどの生徒達が夕食をとっている時間だ。
朱里の間方面に出歩くような生徒はなく、私達は無人の廊下を進み・・・目的地へと辿り着いた。
コンコン・・・扉をノックすると、中からしゅりしゅりの声が聞こえてきた。
「鍵は開いてるからどうぞ~」
ガチャリ・・・扉を開けると中にもう1枚・・・襖によって隔てられた和室のようだ。
どうやらここは靴を脱ぐ場所みたいで・・・中は土足厳禁だから仕方ない。
私達は順番に靴を脱いでいく・・・殴り込みと言うにはちょっと間抜けな絵面になってしまった。
「しゅりしゅり!この配信は俺達が乗っ取った!」
「ええっ!何なに?!ど~ゆ~こと~」
それでも気を取り直した霧人くんが勢いよく襖を開けて叫ぶと、しゅりしゅりは慌てふためいて立ち上が・・・ろうとして浴衣の端を踏んづけた。
「むぎゅう・・・」
バランスを崩したしゅりしゅりは、ちょうど敷かれていた座布団に突っ伏すように着地・・・なかなかに芸術点が高い。
そしてしゅりしゅりは乱れた浴衣を直しながら、ゆっくりと上体を起こし・・・??・・・カメラ目線?
「もう・・・びっくりしたじゃない」
なんかセクシーなポーズをしながら、妙に艶のある声を出した。
「な・・・」
とっさのトラブルに全く動じていない?!むしろ利用してる?・・・これが人気配信者か。
もちろん配信の方ではしゅりらー達が各々反応している。
みえ・・・みえ・・・
みえ・・・ないだと・・・
しゅりしゅり鉄壁のガード
しゅりしゅりの声エッロ
しゅりしゅりはそのままの姿勢で、値踏みするように私達をねめつけた。
「・・・ふぅん」
その口元には、笑みさえ浮かべている。
どうしてこの人はこんなに余裕そうにしているんだ・・・殴り込みをかけた私達の方が気圧されてしまいそうになる。
そんな中、霧人くんだけは気圧されず・・・一歩足を踏み出した。
「・・・しゅりしゅり、去年の事は覚えているか?」
「さぁ?・・・しゅりしゅりは鳥頭なので~、昨日の事でも忘れちゃうんだよね~」
「・・・そうだろうな」
やる気なさそうな素振りで答えるしゅりしゅりに、霧人くんの目が細まった。
その手がぎゅっと握りしめられて・・・ふるふると震えて・・・
霧人くんは無言で一歩、二歩としゅりしゅりに近付き・・・
「ぼ、暴力はダm・・・」
私が止めに入る間もなく、霧人くんは・・・
「しゅりしゅり、俺達と勝負しろ!」
テーブルに乗っていた料理を乱暴に押しのけた。
「うわもったいな・・・あ、セーフ」
和室の畳はある程度の衝撃を吸収する・・・高さも低いテーブルから落下した食器は割れる事なく、畳の上に散らばるに留まった。
お刺身の盛り合わせも・・・箱根なのに海の幸?・・・船の形をした入れ物の淵に引っ掛かって零れずに済んだようだ。
料理の無事を確認してほっと一息つきつつ、それらを別のテーブルに移動させる・・・これもメイドの性か。
「もう・・・食べ物を粗末にしちゃダメだよ」
「あ、ごめんなさい・・・つい勢いで・・・」
片付けながら文句を言うと、霧人くんは素に戻ってしまった。
なんか気まずい空気が流れ・・・
「ええと・・・こ、これは俺らが後で美味しく頂きますっす」
「え~・・・それ私のなんだけど・・・」
とっさにライトがフォローに入るも・・・すっかり配信はグダグダだ。
「と、とにかくっ!」
微妙な空気が流れる中・・・霧人くんが改めてしゅりしゅりに宣戦布告した。
「今から俺達と勝負しろ!・・・こいつでな!」
ドンと音がしそうな勢いで・・・ライトの持ってきた鞄を開けて、その中身をテーブルに置いた。
「これは・・・ゲーム?」
テーブルに置かれたのは、パンパンに膨らんで蓋がきつそうな厚紙でできた箱。
その上面には、ビルの街並みと、スポットライトで照らされるシルクハットを被った怪盗の姿が劇画調に描かれていた。
「怪盗VSロス市警・・・怪盗と刑事に分かれて勝負する対戦型のゲームっす」
「怪盗1人に対して、刑事5人で遊ぶのがベスト人数なので、今回はしゅりしゅりが怪盗役ってことで・・・」
すかさずライト&レフトがゲームの解説を始めた。
ロサンゼルスの街を舞台に、逃げ回る怪盗・・・刑事達はその逃走経路を推理して怪盗を捕まえるのが勝利条件だ。
逆に怪盗は様々な手段で刑事達を欺き・・・既定のターン数逃げ切れば勝ちというもの。
舞台となるロサンゼルス市街は複雑に入り組んでおり・・・圧倒的に逃げる怪盗が有利なゲームバランスに出来ているが・・・
自己顕示欲が強い怪盗が、度々刑事達に現在位置を教えて挑発する・・・という役割を演じる事で、程よいバランスになっている。
自己顕示欲が強い怪盗・・・なるほど、人気配信者のしゅりしゅりに相応しい配役かも知れない。
「もちろん、ただ遊ぶだけじゃないぞ・・・負けた側は勝った側の言う事をなんでも1つ聞く・・・その条件での勝負だ」
「ええと・・・そっちは5人いるけど・・・全員に聞いてもらえるのかな?」
「もちろんだ」
「本当に?・・・今、なんでもって言ったよね?なんでもいいの?」
「・・・もちろんだ」
重ねて条件を確認したしゅりしゅりが二ヤリと笑みを浮かべる・・・え、なんで私を見ながら?!
すごく嫌な予感がするんだけど・・・
や、霧人くんに聞いた話だと、しゅりしゅりはこういうゲームの類はしたことがないって聞いてるし・・・普通に私達が勝てるはず。
しゅりしゅりは場慣れしてるってだけだ、弱気になっちゃいけない。
「うんOK、その勝負受けるよ・・・あ、ちょっとカメラ弄るね」
そう言ってしゅりしゅりは生配信のカメラを動かした。
視聴者が盤面を見やすいようにカメラ位置を調整するらしい。
その間に霧人くん達もテーブルに駒を並べ、ゲーム盤を広げていく・・・
テーブルの8割くらいの大きさに広げられた地図上のゲーム盤・・・それはロサンゼルス市街、ではなく・・・
全体的に緑色・・・その中を走るのは、うねうねとした蛇のような曲がりくねった道路。
鉄道にロープウェイ、山の中を進む登山道・・・これはこれで複雑に入り組んでいる。
更には特徴的な形をした湖と、日本人には馴染みの強い大きな山が端に描かれたこの地形は・・・
「これは・・・箱根?」
さすが箱根観光大使・・・しゅりしゅりもすぐに気付いたようだ。
地図上にはいくつかの観光名所も描かれている・・・どれも今日巡ったものばかりだ。
「はい・・・わ私達で、作りました・・・じゅ、授業は授業なので・・・」
「・・・」
緊張でカミカミになりながら、楓さんが説明する・・・やはり恥ずかしいのか、だんだんその声が小さくなってる。
そうか、私が綾乃様達の所に行ってる間にみんなでこれを作ってたのか。
あの時楓さんが言ってた考えっていうのも・・・霧人くん達の行動を授業の範囲に収めようと・・・
「うん、よく出来てるね・・・・でも・・・あ~、これは~、立場的に負けられなくなっちゃったな~」
しゅりしゅりは感心したように箱根マップを隅々まで眺めると、ゲーム付属のシルクハットを目深にかぶった。
大きなつばのシルクハットは、地図を見る時の視線から怪盗の現在地を読まれないようにするための小道具だ。
それよりも、今のしゅりしゅりの発言だと、まるで負ける気があったかのように・・・いやいやまさか。
しゅりしゅりは怪盗のマークの書かれた専用カードの山を手に取ると・・・
「ええと・・・怪盗の持つ特殊能力は元のルールと同じで良いのかな?たぶん芦ノ湖の海賊船ルートが怪盗専用だよね?他に追加はある?」
「え・・・」
しゅりしゅりは手慣れた手つきでカードをシャッフルし、そこから既定の枚数を引いた・・・1度もルールブックを見ずに。
それだけではない、箱の中から怪盗が使う物だけをしっかり自分の手元に置いてきている。
どう見てもこれは、ゲーム経験者の・・・
「さぁ始めようじゃないか刑事諸君・・・この怪盗しゅりしゅりを捕まえてみせたまえ」
芝居がかった台詞と共に、しゅりしゅりは初期配置が書かれたカードを全員に配った。




