第80話「首里城朱里亜の配信を・・・ぶっつぶす」
箱根観光業の盛衰の歴史は、日本の歴史と密接に関わってくる。
江戸時代は東海道一の難所と呼ばれた箱根の関は、道路交通の発達によって湯治の街として栄え始めた。
大正時代以降は鉄道網によって都心へと繋がり、大勢の観光客を受け入れられる環境が整えられていった。
やがてはバブル景気に後押しされる形で日本有数の一大観光地へと成長を遂げる・・・
しゅりしゅりによる授業は意外な程まともで・・・これまでのような軽いノリはすっかり鳴りを潜めていた。
箱根観光大使という肩書は決して飾りではないということか・・・
それにしては内情に詳し過ぎると言うか・・・内情を明かし過ぎているような気が・・・
『近年になってくると自然保護を求める声も強くてね、もう国内外問わず・・・特に富士山がよく見える芦ノ湖の景観は外国人の注目を集めていて・・・』
昔の歴史を追っているうちは気にならなかったけれど、話が現代のものになってくると観光業の収益の変動、観光客の客層の変化などの情報は、部外秘のものが混ざっているように感じられる。
いかに売れっ子配信者とはいえ、しゅりしゅり個人でここまでの情報を集めたとは思えない・・・おそらくは観光協会側でしっかりと用意された授業内容なのだろう。
『・・・それで、外国人観光客が増加しているのに対して、国内の観光客は減ってきていて・・・この流れが年々加速傾向にある・・・というのが今の箱根観光協会の悩みだったりするんだよね~』
箱根の歴史をひと通り語り終えて一段落ついたのか、しゅりしゅりの言動にも余裕が戻ってきている。
授業用の枠として予定された時間も残り半分程度。
霧人くんの話によると、そろそろ何らかの動きがあるはず・・・
(これまでのしゅりしゅりの配信時間の傾向から、例の『特別な配信』が始まるのは授業の直後か、多少それに前後するくらいだと思う・・・配信のための準備もあるだろうから、おそらくは授業時間中に何かやってくる可能性が高い)
その言葉を思い出して身構える・・・そして霧人くんの方をチラリと見ると、彼も同様で・・・緊張感が漂ってきた。
『というわけで、ここからはディスカッションタ~イム、テーマは【これからの箱根はどうあるべきか】・・・これから各班ごとにしっかりと話し合って、レポートに纏とめて提出すること』
なるほど・・・残りの時間を生徒達に話合わせて、その隙に配信の準備をするのだろう。
それだけなら想定の範囲内だ、私達もその隙に・・・
『それでね~、私はこの授業の後に生配信を予定してるんだけど・・・も~しやる気のある班がいたら~・・・あ、代表だけでも良いよ?その配信に出演して、そこでレポートの内容を発表してもらいたいなって・・・強制じゃないよ?やる気のある班、やる気のある代表だけでいいからね?・・・例えば~、成績上位の子とか、ね?』
そう語るしゅりしゅりは、あからさまにその視線を綾乃様の班と葵ちゃんの班に向けて・・・なぜかこっちも見たような・・・配置的に間のあたりにいるからかな。
・・・まぁこれは例の選定者として圧を掛けてきたって所か、票が欲しければ出演してアピールしろと・・・
『というわけで~、私はこれから別室で配信の準備してます、出演してくれる子は朱里の間へ来てね~、それ以外の子は予定通り夕食を食べてて良いよ』
朱里の間・・・しゅりしゅりだけに・・・なんか誂えたような部屋名だ。
そう言い残すと、しゅりしゅりは大広間を後にした。
彼女の姿を見送った後・・・私と霧人くんは顔を見合わせる。
「霧人くん・・・やっぱりやるの?」
「もちろん・・・こんなチャンスは二度と巡って来ないと思うし」
「相手はしゅりしゅりだよ?たぶんファンも敵に回す事になるだろうし・・・」
「全部わかってる・・・ライトも良いよな?」
「はいっす」
念を押すように訊ねるが、その決心は揺るがない。
ライトも覚悟の決まった顔だ・・・授業には使わなそうなボリュームで膨らんだ彼の鞄は、この時の為に用意してきたのだろう。
「首里城朱里亜の配信を・・・ぶっつぶす」
「え・・・ええと・・・み、右子さん達、何をするつもりなの?」
霧人くんの放った物騒な言葉を聞きつけて、蚊帳の外だった楓さんが反応した。
ああ、楓さんも同じ班だもんな・・・ちゃんと話しておくべきだった。
「楓さん、実はね・・・」
「右子先輩、僕から話します」
当たり障りないように無難な説明をしようとした私を遮って、霧人くんが説明を始めた。
事が起こったきっかけ・・・私も知らなかった詳しい事情も含めて・・・
「あの人が・・・本当にそんな事を・・・」
信じられない、といった様子の楓さんだけど無理もない。
まさかあの裏でしゅりしゅりがトカキソとコラボ配信してたなんて・・・代理で出演していた私ですら知る由もなかったのだ。
ゲームで見た内容だと、葵ちゃんに叱られたのがきっかけで配信から手を引いたのかと思っていたけれど・・・これは配信を辞める理由としても充分かも知れない。
「全部事実っす・・・だからここで一矢報いる為に俺達は準備してきたっす」
そう言ってライトが鞄を開く・・・あの時身バレを避ける為に私が付けた仮面が見えた。
まだ取ってあったんだ・・・あ、綾乃様が出た時の分まである。
「たぶん僕達の配信もこれで最後になると思う・・・みーちゃんさん、もう一度お願いします」
「ん・・・そういうわけだから楓さん、今からの事は見逃してもらえないかな?」
「・・・」
「楓さん?」
・・・返事はない。
楓さんの視線はまだ鞄の中に・・・ええと、仮面以外には、彼らの配信でよく見る・・・いや、見た事ないやつだ。
楓さんは興味深そうにそれをまじまじと・・・
「あの、これって・・・」
「へへへ、今日の為に用意したんすよ!こいつでしゅりしゅりをぎゃふんと・・・」
ぎゃふんと・・・まだ使われてるんだ。
妙な所に感銘を受けていると・・・楓さんはすうっと深く息をつき・・・仮面を手に取った。
「あの・・・私も手伝います」
「え・・・」
一瞬何か聞き間違いをしたのかと不安になる・・・霧人くん達もそれは同様で目をぱちくりと・・・
しかし楓さんはしっかりとした意思を込めて言葉を続けた。
「でも、授業はちゃんとやらないと・・・それで、ですね、私に考えがあるんですけど・・・」
「おおっ?!」
・・・思わぬ形で協力者を得て、私達は動き出した。
作戦の決行は授業の後・・・楓さんの方針に従い、ちゃんと私達の班もレポートを用意する。
でもそれは楓さんと霧人くん達3人で・・・その間に私は・・・
「綾乃様、お願いがあります」
「右子?!いったいどうしたの?」
「例のしゅりしゅりの配信に出ないでほしいんです」
そう言って深々と頭を下げる。
しゅりしゅりの配信に殴り込みをかける都合上、そこに綾乃様達がいる状況は避けたい。
もちろん葵ちゃんにも同じお願いをするつもりなんだけど・・・
(私の持つこの100票、どの候補者に入れるかを・・・この校外学習で決めようって事で)
『Monumental Princess』を目指す上で、しゅりしゅりの配信への出演は避けるわけにはいかないはず。
そこを辞退するように頼むのだ、綾乃様の従者として失格も良い所だが・・・
「大丈夫よ右子、元から出演する気はないもの」
「え・・・そうなんですか?」
「ええ、あんな話をされて従うのが『Monumental Princess』として相応しいかと考えると疑問があるわ」
なるほど・・・元から胡散臭いものは感じていたけど、綾乃様の方もしゅりしゅりを疑っていたようだ。
「じゃあやっぱりあの『選定者』の話はしゅりしゅりの出まかせと・・・」
「そこまでは・・・でも、それを含めて私達は試されているんじゃないかしら?」
よくわからないけど考えが深い・・・さすが綾乃様。
ともあれ出演しないでくれるのは助かる。
「でも、どうして右子はそんなに必死に止めたの?」
「え・・・ええと・・・それは・・・ホラ、選定者とか怪しいなって」
「左子・・・どう思う?」
「ん・・・姉さん・・・嘘をついてる時の顔」
「う・・・」
くぅ・・・さすが左子・・・双子だけに隠し事が通じない。
「右子、正直に話して?」
「はい、実は・・・」
結局、計画を全部話してしまった・・・ごめんよ霧人くん。
しかし、全てを聞いて綾乃様は・・・
「じゃあまた『みーちゃん』が見れるのね」
「へ?」
「左子、部屋のテレビでも見れるかしら?」
「ん・・・たぶん」
「みーちゃんの生配信、楽しみにしてるわね、がんばって」
「えええ・・・」
変な形で計画を応援されてしまった。
綾乃様、何か誤解してないと良いんだけど・・・
葵ちゃんの方はと言うと、私が説得するまでもなく・・・
「うん、話はレフトくんからだいたい聞いたよ」
「授業の後ですよね、俺も行きますって霧人さんに伝えといてください」
ああ、そういえば葵ちゃん、レフトと同じ班だった。
レフトはしっかり協力を取り付けたようだ。
葵ちゃんと同じ班と言えば恵理子さんも・・・
「楽しみにしてます!がんばってください、みーちゃ・・・」
「お前もか!」
私が配信に出るのを楽しみにされても困るんだけどなー。
今回はそういう話じゃない・・・はずだよね。
私が2人を説得?している間に、霧人くん達は無事に『レポート』を仕上げてくれた。
これでもう憂いはない。
授業が終わり夕食の時間になる中、私達は霧人くん達の部屋に集まり作戦を開始した。
霧人くんのPC画面には、ちょうど今生配信を始めたしゅりしゅりの姿が映っている。
『しゅりらーの皆~、お待たせ~!特別配信始めちゃうよ!』
しゅりしゅりが生配信を始めた同じ時間、同じタイミングに・・・
「「特別出張版ちろるーむ!」」
同じ箱根の同じホテルで・・・
しゅりしゅりの生配信に殴り込みをかける、私達の生配信が始まったのだった。




