ファング・ウルファング
正直、この髭面男をなめていた。
こいつの得物は背中に担いでいたバルバードだったが思っていたより力が強く、小技もしてくる。
戦闘センスが高すぎてなかなかめんどうなやつだ。
「髭面が!強いじゃねぇかよ!」
「仮面野郎こそなぁ!ちょっと楽しむつもりが長引かせやがって!やるじゃねぇかよ!」
「誘拐犯に褒められても嬉しくねぇなぁ!さっさとそこの子を渡しやがれや!」
「残念だがそれはできないんでねぇ!俺だって生活かかってんだよ!」
「子供の犠牲の上の生活とか、俺ならごめんだね!」
「仕事選んでられねぇのさ、俺たちはよぉ!!」
あぁ、めんどうだ!だけど負ける気はしない!
そもそもハルバードの刃が外装に阻まれて俺まで通らないのだ。
ファング・ウルファングの特徴はただただ硬く、鋭いこと。
敵の攻撃は全くダメージがなく、髭面が強いからいなされているが一撃しっかり当てれば勝てるだろう。
そして、それは向こうも気付いているはずだ。しかし向こうが降参する様子はない。
「お前の方が力はあるようだな仮面野郎。だが俺は降参しない。何故だか分かるか?」
「いや、分からんな。このままいけば俺の勝ちだろう。」
「なめやがって。確かにここまで行けば負けるだろうさ。まさか魔法無しでここまで強いとは思ってなかったしな。だが、奥の手が風魔殺ししかないとは言ってないぜ!」
そう言うと、髭面は液体の詰まった針付きの管を自分の腕に思いっきり刺した。
「なんだ、それは?」
「ははっ、依頼主から貰った奥の手パート2だ!肉体強化の薬らしいからなぁ。こいつを使えば逆て……ぐっ!」
髭面の背中の肉が大きく盛り上がり、手も肉肉しく肥大化して自慢のハルバードを呑み込んでいく。
いや、ハルバードだけでなく、建物の床板も、気絶していた2人も取り込まれていく。
そして、髭面…いや、元髭面は明らかに自らの変化に苦しんでいる。
「ぐ…グガッ……ナんだこレハ…!」
「い、いや、俺は何もしてないぞ!その薬が原因なんじゃないのか!?」
「は、ハハっ…がフッ!…はは、はハハハはハ!ハーッハッハッハ!!なルホどナァ!カラダのキョウかってのハそうイうことカァ!!コのクソッタレガァァ!グッ…ガァァァァァァア!!』
なんだなんだなんだ!急展開すぎて何が起こっているのか分からない!人助けしたことに後悔はないけど、入っちゃいけない世界に突撃してしまった気がする!
1つ間違いないのは、このままこいつを放っておいたらまずいことになるってことだ!
だけどあそこの少女を守りながらこいつのことを倒せるか?俺に!?
考えろ。どうすればいい。どうすれば元髭面を止めつつ少女を助けられる?
「仮面さん!私は大丈夫です!縄は自分で解けました!」
「そうか!よかった!ここは危ないから逃げた方がいいぞ!」
「いえ、動けるようになりましたし、援護します!ここに転がっている魔道具は使えそうですので!『ショット』!!」
『グゥッ!?……ガァ?』
少女が拾い上げた筒状の魔道具から土の礫が飛び出す。
しかし、それは肉ダルマの表面で解けるように霧散した。
「えっ?まさか、魔法が効かないなんて!!」
そういえば、さっき肉ダルマになった時にいろいろと取り込んでたな。その中に魔法殺しみたいな名前のものがあったような…。
…まさか、取り込んだものの力も使えるとか、ないよな?
「…『ウィンド・スラッシュ』」
俺の放った魔法も身体の表面で綺麗に掻き消された。
これは、ほぼ確定と見ていいな。こいつが取り込んだものの力を使えるのか、あるいは体内で魔法殺しが起動している。
「確か風魔殺しという魔道具を持っていたな。その魔道具が肉ダルマの体内で起動しているのかもしれない。」
「そんな!ではどうやってあれを倒せばいいのですか!あの肉肉しい見た目では物理攻撃も通りませんよ!?」
『…あの額の真ん中に魔石が見え隠れしていますので、あれさえ砕けば倒せるでしょう。あれが元人間だったはずとか細かいことは一旦置いておいてください。今のアレは成立過程はどうあれ魔獣なんです。』
「分析ありがとう。それにしても、俺を魔獣じゃないかと疑ってた奴が魔獣になるとはな!とにかく、魔石さえ壊せれば俺達の勝ちってことか!」
魔力リソースとして有名だったり、俺達の場合ゲーデの素にしたりする魔石だが、それ以上の特徴が存在する。
普通は体の中に隠れており、なかなか見つからないこと。
もう一つは、魔獣の心臓と言われるほどに、明確すぎる弱点だと言うこと。
魔石を砕いて倒した場合、魔石が手に入らなくなるため普通は見つけても魔石を避けて倒すのだが、今回は確実に殺すために魔石を狙うことになる。
額の周りの肉も蠢いているから、たまに肉の下に潜り込んだり、露出したりを繰り返している。
しかし、場所はわかった。ウルファングの必殺技なら多少の装甲程度は文字通り喰い破ってその下にある魔石を噛み砕くだろう。
『グォォォオ!グァァッ!!』
「あぁくそっ!めちゃくちゃに暴れやがってこのダルマが!」
あぁもう、蠢いて呑み込もうとしてくる肉がウザったい!
長く接触しすぎると魔道具や気絶してた2人のように呑み込まれてしまいそうだ。
あっやばい、足場が悪すぎてころぶっ…!
「させません!『ショット』!」
『グゥッ!…ググググゥ?』
「助かった!!」
この肉ダルマは魔法が効かないくせに、魔法が当たると明確に怯むのだ。効いていないのに怯むのは、髭面が魔法を怖いって言っていたことも関係しているのかもしれない。
…そうか。魔法を当てると隙ができるのか。
さっきから隙を見つけては少しずつ魔力充填をしてきたが、ここで一気に決めてしまおうか!
「ここで決める!もう少しだけ怯ませていてくれないか!?」
「わかりました!『ショット』!『ショット』!『ショット』!!」
『グゥ?ググゥ…グガァァァ!!』
ついに魔法に対する苛立ちが頂点に達したようで、肉ダルマが少女に向かって飛びかかろうとする。
しかし、肉ダルマと少女の間には俺が立っている。
肉ダルマの攻撃が少女に届くことはない!
『魔力充填完了。必殺術式起動。』
「この牙で、全部噛み砕いて解放してやるよ!『ウルファング・バイト』!!」
右拳に噛み付くようについていた狼の顔が顎門を大きく開け、身体強化にも使っていた無属性の魔力が鋭い牙の形を成した。
その牙を、力に任せて思いっきり額にに叩きつける!
ビシリ、と小さな破砕音。
そして、そこからビシ、ミシと音を立てて魔石のヒビが広がっていく。
『グァァァ!ガァッ!?グォアァォァァァァア!!!』
一際大きな断末魔の叫びを上げた元髭面は、その体を液状に変えていく。
肉の塊も、骨も、取り込んだはずの魔導具も、取り込まれてもなお振るわれたハルバードの刃も、その体の至るところ全てが液状となって消えていき、最後には砕けた魔石だけが残った。