腐肉の魔竜
記憶を持ったまま生まれ変わる勇気、か。
ヨグがやったことは、来世に持ち越したく無いと思えるようなひどいものだったと言うことなのだろうか。それとも、記憶を持って生まれ変わることそのものが辛いのだろうか。
『もういいかしら。』
『ああ、聞きたかったことは聞けたよ。ありがとう。その情報に見合うだけのお礼をしなきゃな。』
『じゃあ、地下室に案内するわ。ついてきて。』
ウンディーネさんの後ろについて階段を降りていく。地下はとても静かで、ここに魔獣になってしまった人がいるだなんて信じられないほどだ。薄暗い通路は所々湿っていて、ウンディーネの過ごしやすそうな感じがする。
『ここよ。この扉の向こうにいるわ。』
指された扉は木製のもので、湿気が原因か少し腐っているようだった。とてもじゃないが、こんな扉で魔獣を閉じ込められるとは思えない。
半信半疑の状態で、扉を開けようとしたところ、取手が腐って崩れ落ちる。仕方なく扉を蹴破ると、確かに魔獣はそこにいた。
元人間だったとは考えられないほどに大きい。背中のようなところからは蝙蝠にも似た羽が生えており、その大きな羽によって体の大部分は隠れている。ドラゴンが混ざっているのは間違いないだろう。
魔獣は扉が破られたことに反応したのか、羽を広げながら起き上がる。それによって隠されていた体が露わになる。
羽の内側はゾンビのように皮が爛れ落ちており、この魔獣にもアンデットの性質が混ざっていることが一目でわかる。普通のドラゴンならば角がある部分は虫の触覚のようにも何かの触腕のようにも見え、斑点模様が目立っている。その程度の異形ならキマイラだとして流せたが、その魔獣の目が俺の視線を掴んで離さなかった。その目は普通の魔獣のような本能的な輝きもなく、人間のような理性も感じさせない虚無を孕んでいた。
『ね?大人しいでしょう?だけど私はもう、主人のこんな姿を見ていられないの。』
一言でいうなら、まともな精神状態ではないと一目でわかる目の色だった。殺してあげたいと思うのが自然だと、心のどこかで納得してしまうほどに。
よし、まずはシルフの力でなんとかできないかやってみよう。
『タイプ『シルフ』』
「…変身。」
『承認。『ウィンド・シルフィード』展開します。』
変身による魔力の流れを見ても、やはり魔獣は瞬きひとつしない。
『できれば最初の一撃で倒せればいいんだけど、そんな技術はないからな。』
ゾンビはすでに死んでいる魔獣だ。腕が切られようが心臓を突かれようが死なない。倒すには、魔石を砕くか浄化するしかない。そして、俺は浄化なんかできない。欠損させて動きを止めてから魔石探しだ。
『魔力充填、完了。』
『これで安らかに眠ってくれよ。『シルフィード・プレスボール』!』
過剰な魔力によって編んだ球体が、魔獣の体を押し潰す。これで魔獣の肉体は完全に潰れて動けない筈だ。
『…いけたか?』
『いえ、まだです!!飛んでください!!』
リンクの切羽詰まった声を聞いて空中に飛ぶ。元々俺がいた場所をなぎ払うように、魔獣の鎖かけの尾が振るわれた。
驚いた俺は空中から再度魔獣の死骸があるべき場所に目を向ける。そこには信じ難い光景が広がっていた。
まるで腐った肉から蛆が湧くかのように、ウネウネとしたものが潰れた体を再構築していく。そのウネウネは、よく見ると魔獣の触腕角と同じもののようにも見えた。
あれだけ動いているのだから、魔石は砕けていないだろう。むしろ、あそこまでぺしゃんこにしたのに魔石を確認できなかった。
そうしているうちに、体を完全に再構築した魔獣は俺に向かって前腕を振るう。目は虚なままだが、反撃はしっかりしてきたのだ。生命の危機を感じて俺を外敵だと認めたのだろうか。
『いやいやいや、これどうやって倒すんだよ。』
再生してしまうアンデットからどうやって魔石を探せばいいんだ。たぶんアンデットだから、浄化さえできればいいんだけどなぁ…!
『ウンディーネさん!俺の魔力を使えば、浄化の魔法は使えるか!?』
『…ええ、大丈夫よ。水魔法は治癒の魔法に繋がるもの…もちろん…使えるわ…』
『だったら、俺の魔力を預ける!なんとか足止めしておくから、隙を見つけて浄化してくれ!』
この魔獣は反撃しかしてこない。つまり俺しか狙ってこない。それならウンディーネさんが浄化する隙は沢山あるはずだ。
壁で腕を防ぐ。防いて防いで飛んで避ける。ドラゴンの見た目をしているのにブレスを吐いてこないのはありがたいことだ。ドラゴンいえばブレスだという話は有名で、俺も聞いたことがあったから警戒していた。だけど、それがないなら気を引くのは簡単…なんだけど、一向に魔力を持っていかれる感覚がない。
『ウンディーネさん!!』
『…むり、むりよ。私の手で主人を殺せるわけないじゃない!本当は、私が魔力を借りれる人なら誰でもいいってわかってたわよ!でも、むりなのよ…私にはむりよ…』
そこまで考えが及ばなかったけど…そりゃそうだよな。そうやって割り切って浄化ができるなら、俺に討伐の依頼なんかせずに、魔力だけ持っていけばいいのだから。
だけど、これで倒す方法が分からなくなった。どうすればいい…?
『ウンディーネさん、魔石は作り出せそうですか?』
どうしたんだよいきなり…いや、そういうことか!リンク!
『…魔石なら作れるわよ。でも、どうしてこんな時にそんなことをいうの…?水の魔石があれば誰でも浄化ができるわけじゃないのよ…そんなものじゃどうしようもない…』
『いや、できる!リンクの言うことを、そして俺を信じてくれ!必ず依頼は達成して見せるから!』
『…わかった。信じてるからね。』
ウンディーネさんの正面に青い魔力が集まり、青い宝石を作り出す。そして、ウンディーネさんはその魔石を俺の方に向かって投げ飛ばしてきた。
『ゲーデ作戦…完了。』
ウンディーネの魔石が、透き通る青色の鍵に変化する。俺はこの託された力を使って、ヨグの残したウンディーネさんの悪夢を浄化する!
『『ウォータ・ウンディーネ』!悪夢を押し流そうぜ!』