聞きたいこと
『ヨグ?』
『ええ、ヨグはおかしな人だったわ。見た目だけじゃ男か女かわからないし、なんなら若くも見えたし老いても見えたのよ。とにかく、奴の話はここまでにしておいて。私の協力してほしいことはそこにはないの。』
『何をしてほしいんだ?ヨグに関係ある話ではないのか?』
『関係は…あるわ。でも、奴を探して欲しいとかじゃないの。街の人々は失敗作だと奴は言っていたの。つまり、成功例がいるってことよ。そして、その成功例こそが私の主人。』
『…お前の主人もゾンビに変えられたのか。』
『それだけならまだよかったでしょうね。奴は主人を玩具のように扱ったわ。おんなじようにゾンビの体にさせられても、主人の自我は消えなかった。それを面白がった奴は、さらにいろんなものを混ぜたわ。ドラゴンをメインに、他の魔獣も沢山ね。主人の自我は残っていたけど、どんどん変わっていく自分の体を見て、精神もおかしくなってしまった。』
魔獣を混ぜ合わせて、体がどんどん変わっていく。
もしかしなくても、新種のキマイラ魔獣はこいつが原因?
『私からのお願いは、主人を…いえ、主人だった魔獣を殺して欲しいの。主人は城の地下室から出てこないし、特に雷雨の日なんかは怖がって地下室の隅で震えている無害な魔獣よ。でも主人の心は、今でもあの醜悪な混ぜ物に囚われている。だからお願い。あの体を壊して殺して、解放してあげて欲しいの。』
◇
すぐには俺も心の整理がつかなかったから、その晩は休ませてもらった。といってもろくに寝られなかったけど。
話を聞いた感じ、その主人という人はウンディーネの家族のような人だったらしい。主人は精霊を見ることはできなかったが、精霊魔法を使うためによく語りかけてくれたとか。
精霊が家族のように好いている人間を殺そうとするはずがない。そんな彼らが殺して解放してほしいというほどに、痛ましい状況なのだろう。そんな状況になってしまった不幸な人を殺すというのは俺も辛い。可哀想だから、痛ましいから殺すという考えにはもっていけない。
だから、俺はそれに見合うだけの対価を求めることで、自分の感情と今回の依頼を分けることにする。俺はウンディーネの話に同情して殺すんじゃない、自らの利益のために殺すんだ。それなら冒険者ギルドで魔獣討伐依頼を受けたのと同じ精神状態で戦えるはずだから。
『なぁウンディーネさん。俺の質問に答えてくれたら、依頼通りに倒してやる。少し教えてくれないか?』
『…わかったわ。答えられるかはわからないけど、知っていることならば教えてあげる。』
『じゃあ二つほど聞かせてもらう。まずは、ここがこんなことになったのはいつのことなのか、だ。実は最近、外でも2種類の獣を合わせたような魔獣や頭が三つある魔獣とかの新種が確認されてる。いつから出てきたのかはわからないが、そのヨグって奴ならやりそうじゃないか?』
『…ええ、そうね。そんなわけのわからない物が現れるなら、ヨグが関わっていても不思議じゃないわ。この事件が起こり始めたのは10年前、ゾンビもどきが出始めたのは8年くらい前かしら。主人がおかしくなって、それに興味を失った奴が消えたのは3年ほど前よ。主人が玩具にされたのとゾンビもどきが出てきた時期は一致するわ。猫をかぶる必要がなくなったんでしょう。』
『5年間も…じゃあ、今の地図にここが載っていないのは…』
『ゾンビもどきの討伐隊が何度かきたわ。さすがに街の惨状を見て、たとえゾンビもどきを倒し尽くしてもこの土地は立ち直れないと判断されたんでしょうね。だから、地図からも存在が消された。一つめはこれでいい?』
『ああ、十分だ。二つめは、君が精霊だから聞きたいことなんだけど…。』
そう、精霊だから聞きたいことだ。さっきの質問は旅をするためにどれくらい新種に出会うかを確認するだけの質問。本当に聞きたいのは、俺の旅の目的についてだ。
『世界樹について聞きたい。精霊は死んだら、世界樹で生まれ変われるのか。そもそも世界樹は本当にあるのか。なんでもいい、世界樹について知っていたら教えてくれ。』
『世界樹…ね。どうして探しているのか気になるけど、世界樹はあるわ。そして、世界樹で生まれ変われるというのは本当よ。だけど、それは精霊に限った話ではないわ。世界樹とは、魔力の海なの。世界中に散らばる魔力は世界樹から放たれたものよ。そして、そのあり方を魔力に依存する生き物は全て世界樹から生まれたのよ。だから、全ての精霊は死ねば魔力に戻って世界樹に還る。そして、世界樹からまた生まれ直すの。』
『じゃあ、死ぬ前の記憶とかは…残らないのか?』
『普通は残らないわ。なに?もしかして死んだ精霊を探すために世界樹を探してるの?』
そうか…そうだよな……姉ちゃんが言うようなうまい話はないか。そりゃ、普通死んだら終わりだもんな。
でも、だったら期待させるようなこと言わなくても…
『えぇっ!?泣いてるの?そんなに精霊と仲良くしてる人なんて見たことなかったから、びっくりしたじゃない!』
『ごめん…でも、その精霊は…アイレは、俺の姉みたいな子で、最期の時も…俺を助けてくれて…』
『…なぁんだ、名前があるのね。さっきは記憶が残らないなんて言ってごめんね。だって普通の名無し精霊だと思ったんだもの。名前を持つ存在は世界に覚えられてしまうわ。だから、名前がある精霊の記憶は完全には消せない。世界中の誰か1人でも、その名前を覚えていたら完全には消えないのよ。』
じゃあ、名前をつけた外装が強かったり、名前持ちの精霊が他より頭が良かったりしたのは世界の後押しが…いや、今はそんなことはどうでもいい。大事なのは、姉ちゃんにちゃんと名前があったことだ。
『じゃあ、姉ちゃんの記憶は残ってるのか!?』
『な、なによいきなり大声だして…大丈夫よ。全部覚えてるかなんて知らないけど、家族だったんでしょう?だったら、信じてあげなさいよ。きっと覚えていてくれるから。』
『そう…だな。ありがとう。ウンディーネさん。』
『お礼を言われるようなことじゃないわ。これから私のお願いも聞いてもらうもの。そしてごめんなさい。私もだいぶ前に生まれたから、世界樹の場所なんて覚えてないわ。』
『いや、いいんだ。姉ちゃんの言っていたことが本当だとわかっただけで十分さ。それより、ウンディーネさんにも名前があるんじゃないか?他のウンディーネたちと違って話しやすいし。』
『名前は、あるわ。でも教えない。主人がちゃんと解放されたら、私も世界樹に還ることにしているの。あなたに覚えられていたら、還った後も主人のことを、きっと思い出しちゃうわ。私には、あんなひどい記憶を残して生まれ変わる勇気がないの。』