領主がめんどくさい
待つこと数十分。暇すぎて魔力を練っているときに、身体強化が使えそうなことに気がついた。
「なぁリンク、俺身体強化使えそうなんだけど。もしかして外装の力を使った後はその魔法が上達したりする?シルフの時はヴァルテンウィンドは使えなかったけど、風魔法の出力が上がったし。」
『本来そういった機能はありませんが…まぁ魔力の使い方を覚えるきっかけにはなるでしょう。
レヒトは魔力量は多いくせに魔法は習ってませんから、使い方さえ知れば使えるのでしょう。
ですが、魔導外装を使うつもりならこれからも魔法の使用は控えてくださいね。」
「わかってるさ。そんな馬鹿みたいに使わないよ。」
なんて話をしていると、客室の扉が開いた。
そこにいたのは…
「…アイリーちゃん?とバルドもか!なんでここにいるんだ?」
「俺はこの家の騎士だからな。門番の仕事は騎士団の人間がやってるのさ。そして、アイリーはここフォレンド家のお嬢様だ。」
「はい、改めて自己紹介させてください。私の名前はアイリーン・フォレンド。領主である、フォレンド辺境伯の娘です。今日はお礼がしたくて呼ばせていただきました。」
「じゃあ俺も本名言っておくか。バルドゥール・フォレンド。フォレンド家の次男だ。
次期領主は兄さんがやるっていうんで騎士団長をやっている。
俺からもお礼を言わせてくれ。アイリーを助けてくれてありがとう!」
うん、アイリーちゃんとバルドって貴族だったの?とか、お礼しなくていいって言ったのに、とか色々あるけど、今一番驚いていることは、
「バルドってそんな感じの名前だったの?」
これだ。これである。
だって、バルドゥールって結構音の響きが違うじゃん!
「まずそこかぁ…まぁ、そこは置いといてくれよ。
どんなお礼をすれば良いかって話はあとで親父も交えて直接話すから、その話は後だ。
それはそれとして、アイリーとお前が戦った魔獣について調べてみたんだ。」
「あれを?調べたのか?それで、なにか分かったのか?」
「いや、分かったことは今まで確認されたことのない魔石だったということ、そのことから今まで発見例のない新種の魔獣であることだけだ。
だが、アイリーから聞いた状況を合わせると、あの時打ち込んだ薬によって人工的に作られた魔獣の可能性が高い。」
「魔獣を人工的に作り出すか…可能なのか?」
「わからないが、状況を見るにそれが可能なやつがいるということだろう。」
「私を拐うように依頼した犯人は見つかりましたが、そこから薬の出どころを探るのは難しそうです。どうやら本人も肉体強化の薬だと言われて買ったようでして…申し訳ありません。」
「いや、アイリーちゃんが謝ることじゃない。それより大丈夫なのか?敵の狙いはアイリーちゃんなんだろう?」
「はい、大丈夫です。犯人は捕まえましたし、薬を作った人が私個人を狙ってくることはないでしょう。
実は犯人探しの時に、旅商人から他領の話を聞けたのですが、そこにも見たことがない魔獣が出現したそうです。
薬によるものかはわかりませんが、ネズミ型魔獣でありながら尻尾に蛇の頭がついていたとかで、明らかすぎるほどの異形だった、とのことです。」
確かにその話だけ聞いても、昨日の肉ダルマを思い出しても、牙狼の肥大した牙を見て異形だなんて言っていたのが恥ずかしくなるほどに歪な形をしている。
その魔獣も薬の影響で生まれた…のかもしれない。
「幸いにも魔獣の魔石が露出していたこと、自分の尻尾と喧嘩したのか、その場で回転していたところを発見されたことから被害は出なかったようです。」
…あの肉ダルマは耐性が酷かったが、ネズミ型の方は知能が低くて助かったと言ったとこか。
「レヒトさんは世界中を旅するつもりだと兄から聞きました。
むしろ、これからそう言った異形魔獣とよく会うことになるのはレヒトさんの方でしょう。
どうかお気をつけてください。私は助けて貰った恩がありますし、この領にいる間は精一杯サポートします。」
「…ありがとう、助かるよ。」
そこまで話したところで客室の扉が叩かれる。
「アイリーン様、バルドゥール団長、レヒト様。領主様の準備が整ったようです。」
「じゃあ案内するぜ、ついてこい。」
俺達は領主が待つ部屋に向かった。
◇
「親父!レヒトを連れてきたぜ!」
「うむ、入ってこい。」
領主から返事があったようなので、俺が扉を開けると…
「隙あり!!食らえやオラァ!」
「なぁっ!!」
いきなり剣を持ったおっさんが突っ込んでくる!
いやいや待て待て!待ってくれ!
「むぅ、止められたか。」
俺は咄嗟に左手を剣の軌道に突き出して止める。
剣は突きの衝撃に耐えられずに折れた。
左手のリンクは無事、というか無傷である。
リンクはとても丈夫だからつい盾みたいに掲げてしまう。
リンクに傷がついたところを見たことがないんだよな。
「お父さん!恩人にいきなりなにするんですか!」
このおっさんがアイリーちゃんとバルドの父親、つまり領主らしい。
「お前をまだ嫁にやるわけにはいかんからな!」
「そういう理由で助けてくれたんじゃないんですよ…
それに、お父さんがそうやって縁談を断るせいで、私はすっかり行き遅れです。」
「いや、しかし嫁にはやれん!お前の容姿に惚れるような奴はクソッタレばかりだからな!その地位を狙う奴もクソッタレばかりだ!お前にくる縁談はロクなものが無い!」
…もしかして、俺がアイリーちゃんに惚れて助けたと思われてるのか?
だけど、俺は幼い子を連れ去るあいつらが気に食わなかっただけだ。恋心とかでは無いとちゃんと伝えなければ。
「領主様、大丈夫だ。俺、アイリーちゃんに惚れて助けたわけじゃないから。」
「んなぁにぃ!?我が愛しの娘を見て惚れないだと!?娘を侮辱してんのかキサマは!!」
あれ、惚れてないって言うのダメだった!?
「いや、違うんだ!かわいい子だとは思ったぞ!恋愛対象にするには見た目が若すぎてそういう目では見れないだけで!」
「まさかキサマァ…もうちょっと成長したら嫁にしようとか考えたのかぁ!?たとえ成長したとしてもキサマにはやらんぞ!」
「…お父さん?私はもう成長しませんよ…?
そしてレヒトさん?私の容姿が幼くて悪かったですね?恋愛対象にできないほどなんでしょう?」
「…親父もレヒトもそろそろやめとけ、アイリーがそろそろブチ切れるぞ…!」
すまないアイリーちゃん、そしてバルド。
心の中に留めておくけど、こう思うことくらい許してくれ。
この人、すっごい親バカな上にめんどくせぇ!!