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飢えた文字書きの夢追い自殺  作者: 朝飯怪獣めだまやき
第一部:朝に見る夢
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第二章:壊れたブレーキ ③

           ※※※※※※

 十四年前、両親が死んだ後のことだ。それ以前のことは正直なところ覚えていない。両親がどんな人だったのか、どういうことをしてくれたのかは知らない。自分が何をしていたのかさえ知らない。だけど、この十四年のことはよく覚えている。

 両親が死んだあと、親戚は誰も僕を引き取りたがらなかったらしい。困り果てた親戚は、両親の共通の親友だった雨夜夫妻を頼った。雨夜夫妻は快諾してくれたらしく、僕はほんの少しの荷物だけを抱えて雨夜家の一員になった。

 はじめて雨夜家に行ったのは、恐ろしいほどに雲一つない晴天の日。そよそよと風が吹いて、緑がさわさわと揺れている。汗だらだらになりながら上ばかりを見ていると、雨夜家の扉が開いた。中から出てきたのは雨夜夫妻と、長女の陽鈴だった。

「わたしは雨夜陽鈴! よろしくね千夜」

 サイズが大きいライダースを着ていたのが、すごく目立っていた。笑顔はすごくまぶしくて、だけどどこか悲しそうで。笑っていたのに、手はすごく震えている。僕は「よろしく」と小さく挨拶した。

「よろしくな」

 雨夜のお父さんが言うと、お母さんも「よろしくね」と続ける。どうしていいかわからず立っていた僕の手を陽鈴が引いて、僕は雨夜家の玄関をくぐった。

 雨夜家で僕は、誰も信用しなかった。雨夜夫妻が作ったご飯は口にせず、転校先の学校の給食も口にしない。困り果てた夫妻は、自分の分を自分で作るようにと言った。僕は面倒なので全員分のご飯を作るようにした。みんなが給食を食べている間は、僕だけ弁当を食べる。みんなが「えぇ……」という顔をしていたのを覚えている。どうして南森だけ弁当なんですか、と大声で質問するクラスメイト達の悪気の無い笑顔を今もたまに思い出す。

 陽鈴とも最初、あまり話さなかった。陽鈴は極力笑顔で僕に語りかけてくれたが、その笑顔が妙に嘘くさいと思って遠ざけていた。

 そんなある日、僕は雨夜夫妻に隠れて煙草を吸っている陽鈴を見つけた。

 雨夜家の近くには公園があり、そこには大きな遊具がある。その裏に遊具と遊具に囲まれた死角のスペースがあって、僕はよくそこでぼうっとしていたっけな。その日もぼうっとしに行ったら、何故か陽鈴が煙草を吸ってた。

 今でも覚えている。雨上がりの草の匂いにクラクラとしながらそこに行くと、明らかに違う匂いが漂ってきた。「臭い」と思ったけど、その匂いがどうしても嫌いにはなれなくて。引き寄せられるように覗き込むと、陽鈴が地面に胡坐をかいて煙草を吸っていた。その顔は普段僕に向けられている笑顔とはかけ離れた、心底うんざりしたような暗い顔だった。眉間にしわをよせ、目尻は下がり、視線はどこを見ているのかわからない。髪の毛はぼさぼさで、ライダースに煙草の灰がついている。僕を見て「ゲッ」と言った。その瞬間強い風が吹いた。自然が宙に投げ出され、陽鈴が持っていた煙草が空を舞う。「ちくしょう」と言って、ライダースのポケットから煙草を取りだした。そのときの顔はとてつもなく不細工だけど、とんでもなく綺麗だった。その顔が陽鈴の本当の顔だと知って、僕は陽鈴のことが気になり始めたんだと思う。

 陽鈴は煙草を消さずに僕を手招きし、僕を共犯者にした。

 僕はその頃から、喫煙者になった。

「煙草はね、十一歳くらいから始めたんだ」

「めっちゃ早くない?」

「お。君、喋れたんだ」

 陽鈴がニシシ、と意地悪に笑う。これが本当の陽鈴の笑顔なのか、とはじめての煙草を吸いながら思った。はじめて吸ったはずの煙草なのに、なぜかむせなかった。

「どうやって手に入れてんの?」

 聞くと、陽鈴が頭をかいた。

「無くなる度に親戚からもらってる。」

「親戚?」

「おう。家の近くに親戚の家があってさ。そこに妹が住んでてなあ」

「まじか」

「まじ。というか感想は?」

 陽鈴が僕の頭をゆっくりと撫でながら聞いた。風がさわさわして落ち着かない。自分の吸っている煙草から出た煙が鼻を刺激して、涙が出る。煙が僕の喉を傷めつけながら肺を満たしていく。紫煙が天に上ろうとして、途中で消える。ああ。どれもこれもが心地いい。

「いいね」

「だろ!」

「うん」

 そのとき、僕はたぶん笑っていたように思う。

「煙草を吸うとな。自分自身が色を持つように感じるんだ。灰色かもしれんけどなあ。生きているという感じがする。わたしはここにいるんだぞ。これがわたしだ。ざまあみろって気持ちになる」

 陽鈴がどこかを見て言った。視線の先は、雨夜の家の方だった。僕の人生はこの陽鈴の言葉で、色を持ち始めた。灰色だとしても、確かな色だ。

「詩人みたい」

「詩的だろ? いいかよく聞けよ?」

「うん」

「わたしはな、作家になりたいんだ」

 そう言って、陽鈴は吸殻を投げ捨てる。その瞬間の笑顔はこれまで見たどんなものよりも美しく、その瞬間の声はこれまで聞いたどんな音楽よりも楽しげだった。

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