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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第五話 笑顔

 メイディアーマは、いつも一人で泣いていた。丘の上に座り、小さな肩を震わせて、静かに泣いていた。毎日、毎日。それでも、何か状況が変わったところを見たことがなかった。

 いつからか、少女のことが気になり始めた。なぜあんなにも泣いているのか、知りたくなった。できることなら、涙を止めてやろうと思った。

 ある日、バレないように少女の家についていった。家族はみんな優しそうな人だった。でも、忙しいのか、少女のことをめったに気にかけない。家にいるのに、ずっと一人だった。

 メイディアーマは寂しいんだ。僕が友達になってあげたら喜ぶかな。

 少女のために姿を変えてみることにした。怖がられたくないから。でも、初めてで、上手くできなかった。どうやっても人間に見えないし、上手に喋れない。

 早く涙を止めたくて、その姿でメイディアーマに会った。

 最初、びっくりしていたけど、仲良くしてくれた。僕が喋らなくても、話しかけてくれた。毎日一緒に遊んだ。

 涙は止まった。でも、まだ悲しそうだった。

 友達がほしいんじゃなくて、家族と一緒にいたいのだとわかった。

 あの人たちに気づいてもらおうと、夜、外にいる人を丘に呼んだ。もしかしたら、昼にまた来てもらえるかもしれないから。そしたら、メイディアーマのことを気づいてもらえるかもしれない。

 なのに、メイディアーマの家族はもっと忙しくなった。僕のせいだ。

 僕の仲間たちは、みんな僕のところに集まってくる。だから、丘の近くの畑はいっぱい荒らされてしまった。丘は荒らさないでほしいと言ったら、仲間は言うことを聞いてくれた。丘しか守れなかった。

 人間が僕たちのことを嫌っていることを知っていたから、昼に誰か見に来ても、僕は姿を隠すことにしていた。だんだん丘に来る人が増えて、メイディアーマと一緒にいられる時間が少なくなった。メイディアーマは、丘に来なくなった。

 また気づいてもらえなかった。でも、少女を一人にしちゃいけない。丘じゃないところでも、メイディアーマに会いに行った。

 そして、今日、またメイディアーマが来た。

 また寂しくなったんだ。今度こそ、家族に気づかせないと。

 少女を家族の見つからないところに連れて行った。みんなメイディアーマを心配していた。今なら、僕の話を聞いてもらえると思った。だから、ここで姿を見せたのだ。


 魔族の声が俺にだけ聞こえていることはまだ不思議だったが、これは伝えなくてはいけない。息を吸い、はっきりと声を出す。

「最近、丘に来なかったのは、家族と一緒にいられるようになったからだよ。子供が魔族の被害に遭わないように側におくようにしたから。お前のおかげで、メイディアーマは家族と一緒にいられたんだ」

 人型魔族の顔がこちらに向く。

「ホン…トニ…?」

 魔族の体が揺れる。

「ああ。メイディアーマは、お前のことを私と同じだと言った。メイディアーマは、お前が寂しい思いをしているんじゃないかと思って丘に来たんだよ」

 魔族は、何かを考えるように黙る。その後ろで、メイディアーマが顔を上げる。顔を袖でぐいっと拭う。

「私は、もう大丈夫だよ」

 涙は止まっている。擦ったせいで、頬が赤くなっているが。

 魔族は声の方を振り向く。体を動かして、メイディアーマと向き合う。

 本当に大丈夫なのだと納得したのか、スッと林の方へと動き出す。魔族がメイディアーマから離れると、両親が駆け寄り、無事を確かめる。爺さんとフィーリアもそれに続く。俺は、その場を動かず、魔族の様子を見る。

『あの子の笑顔を見たかった』

 俺の横を通るとき、また声が聞こえる。

 こんなにも心優しい魔族がいるんだな。

「ありがとう!」

 可愛らしい、無邪気な声が丘の上から飛んでくる。そちらに目を向けると、今までで見た一番素敵な笑顔が視界に入る。

 魔族も見ただろうか、と思い、林を見ると、その入り口で影が手を降っている。顔は見えないはずなのに、笑っているような気がした。そのまま暗闇へと姿を消して行った。



 今朝、プロートスを発った。

 エーピオスたちにお礼を言い、メイディアーマにお別れの挨拶をした。メイディアーマはやっぱり寂しそうにしたが、あの長い夜を乗り越えて、少し大人になったようだ。泣くこともなく、しっかりバイバイと手を振ってくれた。エーピオスは、家族の時間を大切にするよ、と笑っていた。

 きっと、大丈夫だろう。あの林のヌシが心配することはもう起きない。

「なんでわかったんですか?」

「何が?」

「いろいろですよ」

 フィーリアが俺の顔を覗き込んで、質問の答えを求める。青い瞳に全て見透かされてしまいそうだ。何も隠していることはないが。ふいっと目をそらして、もう一度、何を聞きたいのか、問い返す。答えはわかっている。でも、意地悪だ。

「あの魔族のことを説得したじゃないですか。あんなに的確なことを言えたのは、何か根拠があったからですよね?」

 絶対に何かタネがあると、わくわくした様子だ。俺が口を開くのを待っているのだ。

 空を見上げて、フィーリアを視界から外す。

「あいつの声が聞こえたんだよ」

 少し予想外だったようで、一瞬立ち止まる。それを気にしないふりをして、歩き続ける。

 何かいろいろ聞きたいが考えがまとまらない、と唸っている。

 俺も、それが良いものなのかわかっていない。原因もわからないし、警戒しないわけにはいけない。

 ただ、今回だけ、何か偶然が起こっただけなのかもしれない。そんなに心配することでもない、と自分に言い聞かせる。

「そもそも、あいつにそういう能力があっただけなのかもしれないしな」

 要因がこちらにあるとは限らない。

「それなら、喋られる必要ないじゃないですか。メイちゃんとも話せますよね?」

 俺にとっての救いの一手をこっぴどく折られる。ヌシの言っていたことを全て話していたために、その矛盾をつかれたのだ。まあ、わかりきっていたことだが。

 テキトウに相づちを打って、顔を正面に戻す。

 このあたりはまだ田舎の中の田舎で、村と村、町と町が離れている。下手すると野宿だ。強いとはいえ、か弱い女の子を外で寝させるわけにはいかない。せめて、テントを手に入れるまでは。さっさと歩いて、早く次の村か町に行きたいものだな。

「あ、そういえば、一箇所、寄っていきたい所があるんだ」

「どこですか?」

 フィーリアに説明をするために、半分お守り代わりにポケットに入れていた手紙を取り出す。

 昔の物で、色あせている。ポケットに入れていたのもあるだろうが、だいぶボロボロだ。

 中身を見せるわけではないため、封筒のままチラッとフィーリアに見せる。

「この手紙のやり取りをしていた相手に会いに行こうと思うんだ。王都に向かう途中にあるんだ。ちょっと西に外れるけど」

「どこの町ですか?」

「ヘブドモス」

「聞いたことありますけど、流石に場所はわかりません。あとで地図確認しますね」

 まあ、町とは言っても、大きな町からは離れているし、全員が場所を知っているとは限らないだろう。

「そいつ、俺の村に住んでたことがあって」

「パトリダですか?」

「うん。幼馴染みだったんだけど、引っ越したんだ。しばらくは手紙のやり取りしてたんだけど、途絶えちゃって。もし会えたら良いなって」

 自然の多い村だから、子供のうちは、外に出れば遊ぶ方法はいくらでもある。毎日、朝から晩まで遊んだもんだ。

「その幼馴染みさんのお名前は?」

「ん?ああ、フィロス。フィロス・アンドレイアー」

 フィーリアが立ち止まる。今度はすぐには動かなさそうなので、俺も立ち止まる。

「フィーリア?」

 声をかけてもフリーズしている。何かに驚いた表情のまま、小さな声でぶつぶつと何か言っている。

「フィーリア」

 もう一度呼びかけると、はっとして歩き始める。

 しばらくの間、歩きながらまだ考え事をしていて、話しかけてもから返事だ。少し心配に思いながら、隣を歩く。

 やっと何か言ってくれると思ったら、手紙を見せてほしいと言われた。見せるつもりはなかったが、隠すほどのものでもない。封筒ごとフィーリアに渡す。

 フィロスから送られてきた、最後の手紙だ。たしか内容は、商業の町は農業ほど手伝いが大変じゃないとか、変な客がいたとか、親が病気になったとか…見せていいのか、これ。

 後悔してももう遅い。だいぶ読んでしまっているようだ。今度会ったときに謝ろう。いや、いっそ言わないままでもバレないか。

「ありがとうございます」

 フィーリアから手紙を受け取る。確認したかったことが確認できたと言うが、知り合いなのか尋ねても首を横に振るばかりだ。

 誰しも聞かれたくないことはある。無理に聞き出すのはやめておこう。

 俺もフィロスに確認したいことがある。

 俺が前世の記憶を取り戻したのは、5歳。ただし、一部だ。その頃、一緒に旅をした仲間のことは思い出せなかった。

 そして、フィロスが引っ越したのが7歳の時。剣を極めようと、剣の練習にフィロスにも付き合ってもらっていたが、仲間のことなど考えもしなかった。

 9歳になる頃に、徐々に仲間のことを思い出すようになった。その頃には、手紙のやり取りが止まり、確認することができなかったのだ。

 フィロスはかつての相棒、マクリア・スィネルガティスではないかと思っている。

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