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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第四話 迷子

「そうかい」

 エーピオスがメイディアーマがいなくなってしまったことを話すと、奥さんは椅子に座る。食堂に集まって、村長と奥さんに事情を伝えたが、二人とも当然、ショックを受けている。特に、奥さんは、昨日会ったときのような元気と気迫が消えてしまった。もともとの迫力の凄さを知っているから、それが消えたこの状態は見ていられないほどに辛い。

 奥さんが大きくため息をつく。机に肘をつき、手を組んで顔を隠す。エーピオスが包み込むように、奥さんの肩に手を回す。俺の監督不行が原因なのだから謝ろうと思ったが、自分が救いを求めているみたいに感じて、言葉が出ない。

 すでに、エーピオスに謝罪したが、娘の面倒を人任せにしてしまった自分たちが悪いのだと逆に謝られてしまった。きっと、俺にメイディアーマを任せたことを後悔しているに違いない。

「とにかく村のみんなに伝えないとな」

 せめて自分のすべきことはしなければ、と言って爺さんが食堂を出ていく。その背中は、より一層小さく見えた。

「シド、どこに行くのですか?」

 憔悴しきった家族の姿を見て、いてもたってもいられなくなり、屋敷を飛び出す。もちろん、メイディアーマを探すためだ。

 罪滅ぼしのためかもしれない。俺のせいだと責められない状況に耐えられなくなったのかもしれない。でも、俺が探さくてはいけないんだ。

 林の中をずんずんと進む。木と木の間をすり抜け、暗闇に目を慣らす。後ろから俺を呼ぶ声がするが、振り返らない。

 どれくらい歩いただろうか。時間にしたらそんなに経っていない。林の半分もいっていないだろう。

「シド」

 フィーリアに肩を掴まれる。声から怒っていることがわかる。

「夜は危険です。戻って、明日探しましょう。村長さんが村の人たちに伝えて、明日みんなで探すそうです。魔族が動き出します。ね、戻りましょう?」

 俺を落ち着かせるため、子供に話しかけるように優しい声。俺を心配しているのだ。それを聞いたら、肩に置かれた手を振り払うことができなくなってしまった。


─リピがいない。

 食料調達を終え、野営に戻ると、リリィが涙目になりながら言う。リリィとリピには、野宿の準備をするよう言ってあった。テントを張り終え、薪を集めに行ったのだそうだ。リピと共にテントに戻ったはずなのに、いなくなっていたらしい。すぐに戻るだろうと考え、暗くなるまで待ってはみたが、今もまだ帰って来ない。リリィはどうすれば良いのかわからず、動くに動けなかったらしい。

 一人で行動するなと言っておいたのに。このあたりは魔族が多いから。

─リピが魔族に襲われてたらどうしよう。

 もう夜だ。リリィのように最悪の状況を想像してしまうのは不思議なことじゃない。


 なんで今思い出すんだ。

 あの時、リピは無事だった。すぐに森に探しに出た俺が、駆けつけて助けることができたからだ。でも、今俺が探さなかったら、メイディアーマは…?

「いや、戻らない」

 屋敷に向かって歩きだしていた足を止める。前を歩いていたフィーリアが振り向く。

「ごめんな」

 せっかく説得して帰る気になったのに、また探すと言い出したのだ。フィーリアは驚いている。そんな彼女に短く謝罪を述べ、来た道を戻り、林の奥へと進む。

「待ってください。それではあなたが危険です」

 フィーリアが俺の行く手に立つ。これ以上進ますまいと。再び説得を試みるが、無駄だ。フィーリアには申し訳ないが。

「今じゃなくても…」

「今探さないと手遅れになるかもしれない!」

 俺の強い言葉にフィーリアが肩をびくっと震わせる。それでも止めようと、両手を広げ、俺の前からどこうとしない。

 俺だって、どんなに止められようと諦める気はない。

 一歩踏み出て、フィーリアに近づく。俺にぶたれるとでも思ったのか、目をぎゅっと閉じる。

 もちろんそんなつもりはなかったが、この子を少しも傷つけてはならないのだと改めて思う。力はなくとも俺が守らなくては。

 もう大丈夫だ、と言って、肩を優しく叩く。ほっとしたような顔をして、両手を下ろす。

 根本的な問題は解決していない。フィーリアを安心させた言葉は、ただの無責任な現実逃避だ。何としてでもメイディアーマを探しに行きたい。だが、フィーリアを悲しませるわけにはいかない。

─お前の優柔不断な性格が、いつか命取りになる。

 誰に言われたんだっけ。

 フィーリアの肩から手を離し、視線をあげる。

「メイディアーマ?」

 小さな影だ。人の形をしている。目を細めるが、暗くてよく見えない。

 俺の呟きが聞こえたらしく、フィーリアが俺の視線の先を見る。

「メイちゃん、こっちおいで」

 フィーリアが影に近づき、声をかける。それに応えるように、影がヌッと動く。木から体を出す。でも、その姿は…。

「違う!メイディアーマじゃない!フィーリア、魔族だ」

 油断していた。丘から見た影と同じだろうか。

 影が片手を上げる。輪郭がぼやけて見える。顔はよく見えないが、こちらを見ているのはわかる。俺たちをしっかり認識しているのだ。

 フィーリアを止めるため、肩を掴み、自分の方に引っ張る。そのままフィーリアの前に立つ。

 影が上げていた手を下ろす。その瞬間、何かわからない圧がかかり、体がズンと重くなる。体のどこにも痛みはないが、何かに包まれているかのような気分だ。目の前が真っ暗になり、上も下もわからない。グワンっと体が傾くような感覚に襲われた直後、それらが全てなくなる。

 前と変わらず、自分の両足で立っている。だが、場所は違う。林にいたはずが、メイディアーマが消えた丘のふもとにいる。

 転移の魔法か。

 フィーリアはいない。俺の体がフィーリアにまで魔法が及ぶのを防いだらしい。

 体に以上がないことを改めて確認し、顔を上げる。丘の上に誰かいる。先程まではいなかった。一瞬のうちに現れたのだ。

 月を隠していた雲が動く。丘の上も月明かりに照らされる。

「メイディアーマ!」

 今度こそメイディアーマだ。あの赤髪は間違いない。丘を駆け登る。

 だが、途中で遮られる。あの影だ。人間の子供だと思っていたが、魔族だ。人型の魔族に出会ったことはあるが、こんなに輪郭がぼやけているものは初めてだ。

 村を探索していた時、メイディアーマと一緒にいたのはこいつか。それならば、一瞬で姿を消す芸当を見せてもおかしくない。

 さっきの瞬間移動させられる時に感じた圧は、魔法ではなく、邪力のせいか。でも、魔族の力に触れたわりに、体に異変はない。こいつは、害を与えるつもりはなく、ただここに連れてこようとしていたのか。

「なあ、メイディアーマを返してくれないか?」

 魔族はむやみやたらに襲ってくる奴ばかりじゃない。こいつは、これまでの行動を見る限り、すぐには危害を加えてこないはずだ。言葉による交渉をしようと、話しかけてみる。しかし、返事はない。

「メイ!」

 エーピオスの声だ。いつの間にか俺の後ろに立っていた。爺さんと奥さんもいる。

「間に合って良かった」

 フィーリアは安堵の表情を見せている。連れて来たのはフィーリアか。

「どうしてここに?」

 俺の質問に、フィーリアが簡単に答える。

 俺が影と同時に姿を消したから、影の力で転移したのだろうと考え、その場の魔力の流れから使われた魔法を解読して、目的地を調べようとした。しかし、使われていたのは魔力ではなく、邪力。影の正体は魔族で、その先にメイディアーマもいるだろうと予想し、屋敷に転移し、彼らを連れてまたここに転移したのだと言う。

 ここまでの説明を何でもないことのようにする。普通は二回連続、しかも複数人を転移させるなんてできない。そもそも、魔力の流れから魔法の痕跡を調べられるなんて初めて知った。

「メイディアーマの疾走は魔族だって予想していたのか?」

「メイちゃんが消えた辺りに邪力の乱れがありましたし、特に魔族の被害が大きかった場所ですからね」

 今日の調査の賜物でしたか。

 丘の近くの畑は荒らされていたのに、丘と近くの林の植物は被害に遭っていなかったのは不思議ですけど、と付け加える。それでも一番被害の大きい場所がここだと言われたのは、夜な夜な外を出歩くと突然ここに来てしまうという事件が多かったからだそうだ。

「メイを返してちょうだい」

「メイ!無事かい?」

 両親の一生懸命な呼びかけに誰も応えない。フィーリアの説明を聞き終え、様子を見ていたが、魔族に人の声が届くのか心配になってきた。

「カナ…シマ、セ…タ…。」

 聞き取りにくい安定しない声だ。声の高さが上がったり下がったりする。お世辞にも心地よい声ではない。その声の持ち主は人型魔族だ。

 輪郭がさらにぼやけ、ゆらゆらと揺れいてる。

 見たことのある人型の魔族は、本当に人間みたいで、話す声も安定していた。邪力を使わない限り、魔族だとは気づけないほど、人間とよく似ていた。

 でも、こいつは、姿も声も不安定だ。

「メイ…ヲ…カナシ…マ…セタ」

「もう、いいよ」

 メイディアーマの声だ。どうやら無事なようだ。でも、元気はない。消え入りそうな細い声。

 魔族がメイディアーマの方を振り返り、動きを止める。

 メイディアーマが泣いているのだ。涙が月に照らされてキラキラと輝きながら落ちていく。

 人型魔族はどうすれば良いのかわからないようで、おろおろしている。触れることもためらわれるのか、ただ茫然と立っていることしかできないようだ。

『あの時も泣いていた』

 どこからか声が聞こえ、他に誰かいるのかとキョロキョロと見渡すが、見当たらない。その様子を見たフィーリアが、大丈夫か、と問う。誰の声か尋ねるが、何のことを言っているのかわからないという反応をされる。

『メイは寂しかった』

 人型魔族の声で間違いないなさそうだが、俺以外に聞こえていない。両親もフィーリアも、メイディアーマと魔族に声をかけ続けている。

 誰も気づかないまま、目の前の魔族は語り始める。

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