第ニ話 出会い
「今日は、この村で宿を探しましょう。」
フィーリアが指差す村は、俺の故郷より少し大きいぐらいだ。環境に恵まれた、いわゆる田舎の村だ。農業を営む家が多い。
朝早くに出発したおかげで、暗くなる前に次の村にたどり着いた。村や町が見つからなかったら、当然野宿だ。
「なあ、魔王城がある場所が北の大陸なのは変わらないのか?」
イロアスの頃は、北の大陸にある魔王城を目的地として、各国で勃発する魔族との戦争に参加しながら、旅をしていた。
「はい。変わっていません。魔王討伐を目指すなら、北へ向かうのがセオリーです。私たちがまず目指すべき場所は、王都です。」
王都?戦争でもあるのか?
「魔王討伐を目的としている私たちのような旅人は、申請すると支援してもらえるのです。」
支援?ああ、お金か。宿代とか馬鹿にならないからな。いろんなところでクエスト消費して稼いだもんだ。
「支援してもらえる量としては、能力によりけりなのですが、やはり、勇者の運命印があるとだんとつですね。今のところ、そういう人は現れていないそうですけど。」
運命印か…。イロアスの時はもちろん持ってたさ。でも、力がない今だからこそ、それは当然だったし、すごいことだったと思う。自分で言うのもなんだけど、俺、強かったからな。
「旅人ですか。」
肩幅の広いおじさんだ。このくらいガッシリした体つきが理想なんだよな。農作業をしていたのか、首にタオルを巻き、汗を垂らしている。冬が近いとはいえ、大変な仕事だもんな。父さん、一人になっちまったけど大丈夫かな。
「はい。」
フィーリアが笑顔で答えている。
お?おじさんの足に、小さな女の子がくっついている。
「こんにちは。」
しゃがんで声をかけると、顔を隠してしまった。人見知りか。頑張って笑顔で話しかけてみたんだけどなー。
「…それで、こちらがシド…スィドロフォスです。」
自己紹介をしていたのか。シドで良いんだけど、別に。長い名前は呼びにくいんだから。
立ち上がり、右手を出す。
「よろしくお願いします。」
おじさんは、俺の手をとり、挨拶をする。
「私は、エーピオス。この子は、メイディアーマ。メイ、ほら、挨拶なさい。」
名前を呼ばれた女の子は、さらに体を隠してしまった。本当に人見知りが激しい子だ。
「私の父がこの村の長なんです。案内します。」
おじさん…エーピオスについて村の中を進んんで行く。
ほのぼのとして、平和な感じが漂っている。村人同士の争いも少なそうだ。
ん?メイディアーマがいない。エーピオスにくっついて来てたと思ったんだけど。
「ここです。」
これがエーピオスの家らしい。ずいぶんと立派な屋敷だ。二階建てで、目の前に大きく広がっている。赤を基調としたデザインもあって圧迫感がある。屋敷の周りは、林だ。というよりは、林の一部を切り開いて屋敷を建てたという感じだ。
大きな扉を開き中へと通される。
「親父、旅人が来たよ。」
エーピオスが少し大きな声で呼ぶと、はいはい、と言いながら、一人の爺さんが出てきた。けっこう年をとっているみたいで、髪は真っ白で、背中が丸まっている。杖をついているけど、足取りは意外としっかりとしている。
「ようこそ。」
爺さんは、フィーリアと俺の手をとり、順に握手をする。
「お疲れだろう。部屋へ案内するよ。」
そう声をかけてくれたのは、エーピオスの奥さんと思われる女性だ。お母さんって感じがする。
女性についていき、部屋に案内される。
階段を上がり、長い廊下の一番奥にある部屋だ。
「申し訳ないけど、一部屋しか空いていなくてね。布団は二つ用意するけど、ベッドは一つしかない。」
お気遣いなく、とフィーリアが言う。落ち着いて寝る場所があるのは有り難いことなんだ。文句を言うわけない。
夕食の準備をしてくるから、と言うと、颯爽と去っていった。忙しそうだ。
奥さんの口ぶりからすると、他にも旅人がいるのか?下手に顔を合わせると気まずいんだよな。
「とりあえず、部屋に入りましょうか。」
フィーリアに促されて部屋に入る。たしかに、ベッドは一つしかないけど、十分広い。
旅人の支援のために、それぞれの村や町の長の家や聖堂は旅人に宿と食事を与えることが義務付けられているらしい。その分、国からの補助金も出るのだそうだ。お金がもらえたって、大変なもんは大変だよな。
「私は、夕食の準備の手伝いに行ってきますけど、どうしますか?」
奥さんが忙しそうに見えたのは、俺だけではないらしい。
「俺も手伝いたいところだけど、村の探索に行ってきても良いかな?」
「わかりました。遅くなる前に帰ってきてくださいね。」
了解、と短く応えて、部屋を出る。
廊下を進み、階段を降りる。窓から差し込む光は少し赤い。どこに行っても、空の色は変わらないな。いや、北の大陸だけは違うか。いつ行っても、あそこは黒い雲で覆われていたよな。
「出かけるのかい?」
外に出ようと、扉に手をかけたところで、声をかけられる。爺さんか。
はい、と答えると、爺さんは気をつけて、と一言言って家の奥へと姿を消した。暗くなってきているし、魔族の活動が活発になり始めるからこその気づかいの言葉だったのだろう。
ドアノブを回し、扉を開ける。
来る時も通った道は、畑がとても多かった。その分、景色も広く、見渡しが良かった。今度は、違う道を使って探索してみよう。正面の来た道ではなく、家を出てすぐ右にある道を行くことにする。
畑は少なくなり、家とお店が多くなる。パン屋の良い香りがしてくる。田舎と思っていたが、町に近い感じだ。俺の村より市場が発達している。大きな川が近くにあるのも一つの要因だろう。村に入る前に遠目から見た大きな川だ。俺の家の近くを流れていた川は、その川が分かれたうちの一つかもしれない。もちろん、大きさは比じゃない。川を使えば、物も流れる。そうやって、村も町も発展して行くんだ。
ガラスの装飾店が多い。資源も豊富とみた。この村はもっと大きくなるかもな。
村を出るとき、父さんと村長から資金を貰ったけど、もちろん、無駄遣いをするわけにはいかない。もう少しお金に余裕があったら、フィーリアにイヤリングぐらい買っていくのに。
「兄ちゃん、気に入ったかい?」
お店のおじちゃんが話しかけてくる。じっくり見すぎたか。リリィの髪の色によく似た色のイヤリングがあったもんだから、つい。やっぱりお金がないんだよなー。
「まけとくよ。」
いや、でも、お金が…。きれいだけどさー。無駄遣いできないし。このためにお金もらったんじゃないもんな。ぐぬぬぬ。
あ、メイディアーマ。ふと左に顔を向けると、道の先に、一人立っていた。一人じゃない。もう一人…?
「悪いな。」
「気が向いたら、また来てくれよ。」
「ああ。」
店を離れ、メイディアーマの方へ歩いていく。
メイディアーマは建物の裏にいる誰かと話しているようだ。ちょうど死角になっていて見えない。
すぐそこまで近づいたが、メイディアーマがこちらに気づく様子はない。よほどおしゃべりに夢中になっているのか。
「よ、メイディアーマ。」
声をかけると、ぱっとこちらを見る。メイディアーマの向かい側の建物の影を見てみるが、誰もいない。気のせいだったのか?じゃなかったら、一瞬で帰ったのか?
「何してたんだ?」
しゃがんで、目線を合わせる。白いワンピースを手で握りしめている。人見知り発動しちゃったかな。
「そろそろ暗くなるし、一緒に家に戻らないか?」
こくりと小さく頷く。逃げ出してしまうのではないかと思ったが、そうならなかった。良い子だ。頭を優しく撫で、立ち上がる。歩き始めると、後ろについてくる。
こういう時、見た目に救われているなと思う。ガッシリムキムキ系が理想だけど、小さい子供にビビられかねない。こうして子供の相手をすることに関しては、この中性的な顔も悪くない。
「シド、ちょうど良いところに。夕食の時間ですよ。」
メイディアーマを連れて戻ってくると、フィーリアがちょうど玄関の前を通りがかったところだった。パン屋の前を通ったところで、かなりお腹が空いていた。俺にとっても、ちょうど良いタイミングだ。
「食堂はこちらです。」
フィーリアに連れられて、食堂へとつながる廊下を歩く。ろうそくが灯されている。窓からの光も少しずつ減ってきた。
「おかえりなさい。」
すでに席に座っていた爺さんが優しく笑いかける。
「ほら、突っ立ってないで座りな。」
奥さんが促す。言われるままに席に向かおうとしたところで、メイディアーマが俺のズボンを掴んでいたことに気づく。
「もう懐いたか。珍しいな。」
エーピオスだ。俺もびっくりだ。あんなに人見知りなのに、懐かれているとは。
「ちょうど良かった。メイのめんどうを見てくれ。」
え?
「食べながらでも話ができるだろう。」
奥さんが少し強めの口調で言う。せっかくの料理だ。冷めないうちに食べないとな。
「いただきます!」
ほかほかのパンに、ミルクが濃厚なスープ。あったまるー。野菜がごろごろと入っている。スープの味を染み込んで、柔らかくなっている。パンも焼きたてなのかな。外はパリパリで中はもちもち。しっとりとしている。パンはスープにひたすとさらに美味しいよな。行儀が悪いって言われそうだけど。そしてそして、メインの肉!羊の肉らしい。これまた、ソースの香りが食欲をそそる。うまそう。
「それで、話なんだが。」
エーピオスが申し訳なさそうに口を開く。俺がガツガツ食ってるせいか。
「えっと、メイディアーマの面倒を見る、でしたっけ。」
俺の言葉にエーピオスがそうだというように頷く。
「この辺りで、魔物が暴れているようなんです。」
フィーリアによると、この村の東側、この屋敷を出て左側の畑や家が荒らされているらしい。それは約半年前から始まったそうだ。その理由は誰にも心当たりはない。魔物は凶暴だが、理由もなく襲うことが全てじゃない。特に、以前まで互いに境界を保っていたんだ。何か原因があるはずだ。
「明日、その原因の調査と必要であれば魔物の討伐を行います。」
「私は、付き添って現場への案内をします。それで、あいにく、私以外の家の者も忙しくて、メイの面倒を見ることができなさそうなんですよ。」
だから、俺にメイディアーマのことを頼んだのか。フィーリアなら、一人でも大丈夫だろうし。なにより、俺は足手まといだろう。
「メイディアーマ、明日は俺と一緒に遊ぼうな。」
静かにご飯を食べていた手を止めて、うつむいた。少しして、小さく頭を縦に揺らした。
「旅の疲れもあるでしょう。しっかり体を休めなさい。」
爺さんの言葉でこの場はお開きになった。