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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第一話 門出

「父さん、俺、旅に出るよ。」

 俺の言葉に父さんはかなり驚いたようで、口をあんぐりと開けている。それもそうだ。旅に出るとか、そういう話をしたことは一度もなかったからな。

「い、今はやめておけ。おまえだってまだ5歳だろう。あと、10年は待つべきだな。」

 たしかに、この年齢では早すぎるか。記憶を取り戻したからには、すぐに魔王討伐に向かいたかったんだけどな。

 出発前に剣の鍛錬をしたほうが良いな。

「父さん、剣の練習がしたい。」

 嫌そうな顔だ。もしかして、旅に出るのを止めたのは、年齢が理由じゃないのか?

「なあ、なんでだめなんだ?」

 父さんは、答えようともせず、椅子から立ち上がり、自室へと行ってしまった。

 いいさ。自分の力だけでやるだけだ。前だってそうだったんだから。

 しっかし、あんまり変わらないもんだよな。前世と同じ少しくせっ毛な黒髪、中性的な顔…は、子供だからだな、きっと。農作業で体は鍛えられているはずだが、筋肉はつきにくく、細い。もっとガッシリ、ムキムキ系になりたかったんだけどな。

 俺の前世は、イロアス・パロン・パレルソン。勇者の運命印を授かった英雄だ。各国で起こった対魔族戦争で数々の活躍を見せ、魔王討伐へと向かった勇者。俺の名前を知らない者はいなかったのではないかと思う。ただ、魔王討伐に失敗した俺たちは、もう過去の英雄だ。次こそ、このスィドロフォス・ピステヴォの生で俺が魔王を倒してやるのだ。

「やってやるぞー!」

 青い空へと向かって拳を掲げる。


「おまえ本当にイロアスの生まれ変わりなのかよ。」

 いたたた。思いっきり腰ぶった。

「イロアスは、剣の達人で、魔族1000体を圧倒するほどなんだぞ。」

 知ってるし、実際、もっとすごかったさ。

「行こうぜ。」

 仲間に促されて、去っていく。

 今の体では、この10歳のガキの相手にもなれないらしい。真正面からぶつかりに行って吹き飛ぼされてしまった。ちゃんと鍛錬したんだけどな。

 前世の才能って引き継がれないのか。前なら、5歳で魔族を倒しに行ってたぞ。

 でも、考えてみれば当然か。違う人間に生まれ直したんだ。同じものが得意であるとは限らない。

「次は、魔法だー!」


「だめだ。」

 父さんの見飽きた怒った顔。理由は聞くまでもない。俺が旅に出たいと言ったからだ。

「おまえは、剣をまともに振れなければ、魔法も才能なし。スライム一体倒すのにぼろぼろになっているだろ?そんな状態で旅に出てみろ。すぐ死ぬに決まってる。」

 スライムでぼろぼろは言い過ぎだって。スライムぐらい倒せる。

「少しくらい息子を信じてくれても良いんじゃない?」

 父さんが拳を強く握りしめる。こりゃやまずい。思わず目を固く閉じる。

「…はあ。」

 あれ?目を開けると、悲しそうな目をしていた。

「父さん。」

 呼びかけてみる。

 表情を変えないまま、俺の頭に手をのせ、俺の横を通り抜ける。外に出る扉の方に向かっている。頭からはなれた父さんの手は、力が抜けて、元気がないように見えた。

「父さん。」

 もう一度呼びかけてみたが、反応しないで外へ出ていってしまった。

「ちょっと待ってよ。」

 父さんに続いて、外に出る。冬が近づいているのか、風が冷たい。

 なんだか心配だったし、背中でついてこいとでも言われているような気がして、父さんの後ろにくっついて歩いた。

 どこにいくつもりなのだろうか。この先にあるのは、墓場だけ。

「母さんだよ。」

「え?」

 十字架に小さな丸が重なった、この形はテオス神の象徴。テオス教徒はこの世界の人口の九割にあたるという話を聞いたことがある。今もあちこちに聖堂があるのだろうか。何度もお世話になった聖堂は。

 これが、母さんの墓。母さんが死んでいることは、なんとなく知っていた。ただ、ここにその墓があるとは思わなかった。父さんの口から、母さんの話を聞いたこともない。

「ミテラ・ピステヴォ。」

 石碑に彫られた名前。これが母さんの名前。

「母さんは、冒険家だった。誰が止めても聞かない。情熱的な冒険家だったんだよ。唯一、母さんが冒険に行くことを諦めたのは、おまえがお腹にいる時だけだ。生んで、少し経って、また冒険にでかけた。」

 冒険。魔王討伐が目的ではなかったのか。でも、道中では必ず魔物に出会う。

「おまえがまだ本当に小さい頃だ。冒険から帰ってきた母さんは、冷たかった。王都へ野菜を売りに行った知り合いが帰り道で見つけたそうだ。倒れていた母さんを連れて来てくれた。魔物にやられた傷が残っていた。」

 だから、父さんは、俺を旅に出したくなかったのか。

 父さんの目には涙がたまっている。今にも流れ落ちてしまいそうだ。

「あの日、母さんも言ったんだ。少しくらい私を信じなさいってな。そのまま一人で飛び出して行ったよ。」

 初めて聞いた母さんの話は、悲しいものだった。父さんは、辛い過去を胸に秘めて、俺を育ててくれたんだ。旅に出ることは、無謀かもしれない。だが、その命を無駄にするつもりはない。

「父さん、ありがとう。」

 一言伝えて、母さんが眠っている場所を離れる。

 どうやって、許しをもらおうか。育ててもらった恩もあるし、勝手に飛び出したくもない。それで死んだら、とんだ笑い話だ。

「フィーリアって、あの?」「魔王を倒しに行くんだろう?」「ゆっくりしていきな。」「次はどこへ行くの?」

 やけに騒がしいな。人が集まりすぎだ。誰か骨折でもしたのか?

「なあ、どうしたんだ?」

 一番手前にいる奴の肩をたたく。

「あ?なんだ。ニセモノイロアスじゃないか。」

 げ。面倒な奴に聞いちまった。俺がイロアスの生まれ変わりって話してから、からかってくる意地悪な奴。

「で、どうしたんだよ。」

 しつこく問いかける。

「チッ。フィーリアとかいう女が来たんだよ。」

 やけに聞き分けがいいな、最近。俺のほうが身長高くなったからか。俺の胸のあたりまでしかないうえに、じゃっかんぽっちゃりで…声に出てないよな。

「魔王討伐のために旅に出てるんだとよ。」

 魔王討伐!?俺と目的を同じにする女の顔を拝んでやろうじゃないか。

 人垣をかき分け、騒ぎの中心へ行く。

 肩まで伸びた金髪。身長は、俺の肩ぐらいか。細いが、芯がしっかりとしている。そして、優しい笑顔。

「リリィ!?」

 思わず大声を出してしまった。まわりの人の視線が痛い。フィーリアという名前らしい女の子もこちらを見ている。笑顔なのは変わらないが、少し驚いているようにも見える。

「これは、これは、旅人さんですか。」

 村長だ。温厚そうな爺さん。この人には、昔、よくお世話になった。

「フィーリア・エテレインです。魔王討伐に向けて旅をしている者です。」

 白いきれいなローブを着こなす彼女は、村長に自己紹介をする。

「わしがこの村の村長です。」

 フィーリアが、よろしくお願いしますと丁寧にお辞儀をする。

「この村に寄っていくなら、わしの家に泊まりなさい。もてなしますよ。」

「あの、着いて早々言うのもあれなんですけど、しばらく滞在してもよろしいですか?」

 フィーリアが食い気味に言う。俺の方をチラチラと見ているのは気のせいだろうか。

「もちろんですよ。」

 誰も追い出しはしないだろうと笑う。

 彼女も嬉しそうに笑う。笑い方がリリィにそっくりだ。

「さあ、案内しましょう。」

 村長がフィーリアを連れて行く。村のやつらもぞろぞろとついていく。

「どんな所行ったの?」「一人で旅してるの?」「どんな人がいた?」「強いの?」

 お祭り騒ぎだな。質問攻めだ。

 俺は、その軍団についていかずに、その場に残る。俺も聞きたいことはあるが、しばらくここにいるみたいだし、今じゃなくてもいいだろう。

「リリィって誰だよ。」

「うわあああ。」

 驚きすぎだろというように呆れた顔だ。ヌッて現れたらびっくりもするわ。しかも、チビ…。

「リリィって?」

 興味津々だな。自分から話しかけて来る時は、からかってくるくせに。

「さあ?誰だろうな。」

 いつもの仕返しだ。

「はあ?おい!誰だよ!」

 騒がしいぞ、と言わずに、耳を塞いで歩いていく。お馬鹿なチビでもわかるだろ。馬鹿にされてるって。

 リリィを知らないとは。こっちが驚きだわ。たしかに、俺の名前はしょっちゅう聞くけど、リリィ達の名前を聞いたことがない。

 リリィ・ベル。彼女は、魔法に長けていた。俺と一緒に旅をしていた仲間の一人だ。

 家に帰れないで、ここに来てからどれだけ経っただろう。悩みがある時は、いつだってこの川辺の原っぱに寝っ転がる。風が気持ちよく感じられる。空が赤い。日が暮れてきている。そろそろ帰った方が良いかな。でもなー。

「何をしているのですか?」

 ソプラノの声。リリィの声だ。

 可愛らしい顔が俺の顔をのぞき込む。

 ち、近い。風に揺れる手入れされた髪。青く輝く目。本当にそっくりだ。髪の色以外。前は薄い青で、もう少し伸ばしていたな。どちらも好きだけど。

「会いたかったよ。リリィ・ベル。」

 フィーリアは、笑顔を少し歪ませる。俺の顔を覗き込むのをやめる。

「いいのか。旅人さんよ。今日は宴だって聞いたぞ。主役がいなくてどうする。」

 体を起こしながら尋ねる。

「まだ時間があるって聞いたんです。あなたは?宴、来るんでしょう?」

「行かないね。」

「どうしてですか?」

「簡単だよ。面倒だから。」

「皆さん待っているでしょう?」

「待ってる相手はあんただよ。俺のことはお待ちじゃない。」

「そんなことないと思います。」

「何言ってるんだよ。」

「みんなあなたのこと好きですから。」

 は?本当に何を言っているんだ。俺を好き?逆だろ。嫌われている。落ちこぼれのくせに、魔王がどうとか騒いで、父さんを困らせる奴だぞ。

「なあ、フィーリア。おまえ、リリィ・ベルなんだろ?俺を連れて行ってくれ。」

 どこに、まで言わなくても通じるだろう。旅に出るための俺に残された道は一つだ。

 フィーリアは、とても申し訳なさそうに顔をうつむける。

「ごめんなさい。言わなくてはいけないことがあります。私の前世がリリィ・ベルなのは覚えていますが、あなたのことは知りません。」

 え?え?うそだろ?

 フィーリアは立ち上がり、村長の家の方へと去っていった。

「あ〜あ。」

 再び、原っぱに寝転がる。

 フィーリアが俺に反応していたのは、俺がイロアスだったからじゃなく、前世の名前を知っていたからか。前世の記憶を取り戻すのにかかる時間は人それぞれだと聞く。イロアスだった頃、旅の途中で聞いた話だ。生まれ変わるための条件までは知らないが、前世の記憶を受け継ぐ=生まれ変わるで、ほぼ間違いないだろう。

「ちくしょー!」

 体を横向きにする。

 俺に巡ってきた奇跡だと思っていたんだがな。希望を失ったってことか。

 本格的に暗くなってきたな。やっぱり帰ったほうが良いかな。でも、負けた気がするし、帰りたくないな。父さんの泣いた顔は見たことなかったし気まずいなー。でもなー。帰るか。いや、やっぱり、んー、でも…

「きゃー!!」

 あー、俺、寝てた。あれ?毛布?じゃなくて、悲鳴!?女の子だ!

 勢いよく立ち上がる。毛布がずり落ちた頃には、悲鳴が聞こえた方へ走り出す。夜は魔族が活発に動き出す。もしかしたら、魔族に襲われたのかもしれない。手遅れになる前に!

 河原から飛び出し、木々の合間をぬって走る。そう遠くないはずだ。汗がにじみ出てくる。

 林を抜けた小道に二つの影が見える。あれは、リュコスか?犬と狼によく似た魔物だ。月明かりに照らされた毛が光を反射している。その目の前にいるのは、やっぱり女の子だ。

 手前で、落ちていた木の枝を拾い、小道に飛び出す。

「うおおおおお。」

 声を上げながら、リュコスに向かって木の枝を振り下ろす。女の子に気を取られていてくれたおかげで、鼻が利くくせに、俺に気づいていなかったらしい。完璧な不意打ちだ。と、思ったが、そううまくいかないものらしい。跳んでよけられてしまった。

 ガルルルル。

 リュコスが低くうなる。

 女の子の前に立ち、体勢を整える。少し息が上がっている。走って来たからか。

 後ろ足に重心をのせ始める。貯めだ。

 ガウッ。

 俺の方へ向かって走ってくる。視線が俺を逃さない。

 足に力を入れ、木の枝を体の横で構える。タイミングを見計らって、リュコスの顔に木の枝を打ち込む。が、力が足りない。リュコスの力で、木の枝が俺の手から離されてしまった。俺にはもう武器がない。いや、一つだけ道は残されている。

 木の枝と一緒に振り払われた右腕が戻ってくる前、体勢を戻せないでいる間に、左腕を噛まれる。

「くっ…」

 痛い。痛いけど、これはチャンスだ。

「エルコメ・ヒュドール!」

 水を呼ぶ呪文だ。

 振り払われた右手の辺りに少しの水が現れる。右手を振りかぶり、リュコスに向かって放つ。水がリュコスの顔に当たる。リュコスは水が苦手だ。植物からしか水分を摂らないほど、水に近づかないことに徹底している。

 左腕を噛む力が緩み、そして、離れる。そのまま背を向けて去っていった。

「ふぅ…。」

 なんとか追い払えたな。

 視界が傾く。魔力使い過ぎたかな。水をほんの少し出しただけなのに、情けないな。それに、左腕がじんじんする。温かいヌルっとした液体が、腕をつたっている。血が出ているのか。下手したら骨折だな、これは。あー、痛い…。目が閉じていく。

 冷たっ!額に冷たい物がのっている。目を開けてみる。

「大丈夫ですか?」

 フィーリアだ。さっきの女の子はフィーリアだったのか。いや、でも、そうすると、フィーリアはリュコスにビビっていたのか。俺が言うのもなんだけど、そんなんで旅してるのか。リュコスって、魔物の中でもかなり弱いんだぞ。魔王の足元にも及ばない。逆に、こっちが大丈夫か問いたいね。

「ああ。」

 体を起こす。額から濡らした布が落ちる。落ちた先は、さっきの毛布だ。河原で俺にかけられていた。

「この毛布、フィーリアがかけてくれたのか?河原でも。」

 風邪ひきそうだったから。そう言って、彼女は笑う。やっぱり光が溢れているように見える。

「なあ、もしかして、毛布をかけに来てくれた帰りか?リュコスに襲われたの。」

「助けていただいて、ありがとうございます。」

 肯定はしないけど、当たりか。

「悪かったな。」

 首を振る。

 自分の左にいるフィーリアの肩に手を置く。あれ?左腕が痛くない。もしかして、フィーリアが治してくれたのか。傷痕も残っていないぞ。すごい魔法の使い手なんじゃ…。じゃあ、なんでリュコスに手こずってたんだ?

「あの、私、犬が苦手なんです。」

 俺の疑問を察したように言う。

 あー、犬が苦手か。大魔法使い様は犬が苦手でございましたか。

「ぷっ、あははははは。」

 犬が苦手って。それでリュコスに怖気づいたのか。犬っぽいもんな。

「小さい頃、犬に噛まれたことがあって…。」

 俺が笑ったからか、恥ずかしそうに話す。月光に照らされた顔が赤くなる。

 そういえば、リリィも犬が苦手だったな。理由までは聞いたことがなかったな。

「とにかく、フィーリアが無事で良かったよ。」

 十分笑ったところで、フィーリアに声をかける。俺が無事だったのは、フィーリアのおかげだけど。

「どうしたんだ?」

 フィーリアがかたまっている。そして、一筋の涙を流す。

「え?え?そんなに怖かった?」

 首を振る。泣いているけど、笑顔だ。

「前世でも、私を助けてくださったのですよね。」

「リリィ、思い出したのか?俺のこと。」

 また首を振る。そっか。そういうわけではないのか。

「ただ、以前もあなたに助けられたこと、無事で良かったと声をかけていただいたことを。」

 リリィと出会った時も似たようなことがあったな。リュコスではなく、もっと強い魔族に襲われているところを助けたんだ。そのときは、俺も怪我一つなくぶっ倒したんだけどな。

「旅に連れて行ってくれとおっしゃってましたよね。私でよろしければ、お供します。」

 え?旅?ちょっと待て。

「俺は、剣もまともに振れないし、魔法もすぐ魔力が尽きるから全然使えない。それでも連れて行くのか?足手まといだぞ。」

 自分で評価を下げますか、と笑う。

「力がなくても、私を助けてくださいました。」

「あれは、たまたまで。」

「助けるために飛び出して来たのは、たまたまではないですよね。」

 それにと彼女は続ける。

「私が、守りますから大丈夫ですよ。」

 情けない話だ。こういうセリフは男の俺が言いたいものだ。じゃあ、犬からは俺が守ってやるよって言うと、彼女はまた笑った。フィーリアが笑えば、何だってできるような気がしてくる。

「あなたの名前は?」

「俺は、スィドロフォス・ピステヴォ。よろしくな。フィーリア・エテレイン」


「俺、旅に出るよ。」

 やっぱり父さんは怒る。母さんの話をしたのに、それでも言い続けるのか、と。ああ、言い続けるさ。俺はそのために生まれてきた。

「一人じゃないよ。」

 俺の言葉に、えっと短く声を出す。

「フィーリア。彼女と一緒に行く。母さんと俺は同じだけど違うよ。」

 俺を止められるやつはいないけど、仲間がいる。

 諦めたようにため息をつく。何も言わずに自分の部屋に入る。そして、何かを持って、すぐに戻ってきた。

「母さんのだ。」

 魔法で撮られた写真が入ったロケットだ。赤ん坊の俺と両親の家族写真だ。

「あの日もこれをつけていた。」

 父さんは、このロケットを見てどう思ったのだろうか。母さんは、家をほったらかしにしていたのかもしれない。けど、家族を想うその気持ちはたしかにあったのだと思う。死んだ日も、俺たちのことを想ってくれていたのではないか。もしかしたら、早く帰ろうと焦って魔族にやられてしまったのかもしれない。

「俺は、生きて帰ってくるよ。しかも、魔王を倒して。」

 夢のような話に思えるだろう。剣も魔法も扱えない息子が、魔王を倒してくるだなんて。

 父さんは、頑張ってこいと言うように、笑顔で俺を見送ってくれた。

 家を出て、母さんのロケットを首にかける。

「いってきます。」

 なんだか、とても誇らしい気持ちだった。

「シド。こちらですよ。」

 フィーリアが、手を振って俺を呼ぶ。

 シドは、フィーリアがつけた呼び方だ。イロアスの時も、リリィはイロって呼んでいたな。

「準備はできたか?」

 フィーリアは、来たときと同じ白いローブに魔法の杖と思われる、青い石がついた杖を持っている。

「ちょっと待ちなさい。」

 村長だ。

「これを持っていきなさい。村で一番良い剣だ。」

 村長は、俺に剣を渡してくれる。こんなに良い物もらって良いのかな。

「あげるんじゃないよ。」

「え?」

 反射的に聞き返してしまった。

 そりゃ良いやつだもんなー。そうそうもらえないだろ。

「貸すんだよ。ちゃんと返しに来なさい。」

 生きて帰ってこいってことだろ、村長。

「ありがとう。」

 小さい頃、母親がいない俺の世話をしてくれた人だ。この人にも恩返ししないとな。

「魔王倒しに行くんだって?」

 ちびだ。5歳も年下の俺より身長が低い奴だ。

「強くなって、帰ってこいよ。」

「ああ。」

 そうだな。リヴァルに勝てるくらい強くなって帰ってきてやるよ。

 俺が返事をすると、リヴァルはフンッと背を向けて去っていく。

「みんな、ありがとな。」

 見送りに来てくれた村の人達でいっぱいだ。

 フィーリアの方を見る。彼女も笑顔でこちらを見ている。さあ、行こうか。お互いに頷き合い、見送りに背を向ける。そして、歩き出す。

 村を出るところで、右手を掲げる。改めて魔王討伐の決意を胸に出発だ。村人最弱な俺と頼りになる大魔法使いの少女の旅が、今ここで始まったのだ。

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