第二十七話 対話
国王が暮らす城。歴史ある建物でかなり古いが、度々改修工事を行っているおかげもあって、美しく保たれている。白い外壁にアーチ型の窓。満開の花で彩られた庭。様々な色の石が埋め込まれた通路。聖堂のように高く聳える塔はないが、横に大きい分、迫力がある。国民の皆が王国の象徴として誇りに思う城だ。
「団長のお客様ですね」
正門の鉄格子越しに城に見とれていると、門番が声をかけてくれた。門番が近くにいた兵士呼び、俺たちを案内するよう伝えた。
「こちらへ」
兵士の案内のもと、正門ではなく、別の小さな門から敷地内に入る。美しい庭を通り抜けて城とは別の建物に入る。騎士団の本部なのだそうだ。
「こちらの部屋でお待ちください」
そう言って通されたのは、ごく一般的な客間。エルピスと並んでソファに腰掛ける。
しばらく無言のまま待っていると、団長が入ってきた。俺たちはスッと立ち上がって会釈をする。
「待たせてすまなかったね」
団長が、ドカッとソファに座る。ジェスチャーで座るよう促されたので、俺たちもソファに腰掛ける。
向かいに座る団長と俺たち二人の分のお茶が運ばれて来た。家政婦は、カップをそれぞれの前に置くとさっさと部屋を出て行った。
「改めて、騎士団団長のイピコ・パラスィモだ」
団長が手を差し出したので、順に「スィドロフォス・ピステヴォです」「エルピス・シュンパテイアです」と名前を言いながら握手をした。
「スィドロフォスの運命印がずっとと楽しみでね。王都にいる時で良かった。遠征に行って後から知るってのもなんだかね…」
「そんなに期待されては困ります。たいしたことない運命印だったらどうするんですか。無印の可能性だってあるんですよ」
「そん時はそん時だ。むしろ、無印でこれほどなら、希望をもてるってもんよ」
「煽てても何も出ませんって」
団長はものすごい勢いで喋る。それほど楽しみにしてくれていたのだとわかるが、素直に喜べるものでもない。プレッシャーばかりが重くのしかかる。
「そうそう。アデルフィアも緑の髪で、よく目立ってたな」
近況を話すうちに、いつの間にか、エルピスの兄の話に移り変わっている。
「それと、あのお面。ご飯の時以外外さなくて。だから、皆こぞって顔を見に行ったものだ」
「だから、兄の顔を知っているのですね」
エルピスの顔を見て似ていると言うには、それなりにアデルフィアの顔を見ていないといけない。
「ああ。それに同室だったから、寝ている間にこっそり…って、これは侮辱に入るのか」
動物の面をつける彼らにとって、常に獣や自然と共にあるために寝るときも面を外さない。食事の時ですら、口元が出るようにずらすだけで、決して取らないという。そんな大切な面を本人の気づかない時とはいえ、勝手に取るのは侮辱に当たる。
「いえ。うちは熱心な方ではないので、たぶん大丈夫ですよ。どちらかと言うと、予備校でも面をつけていた方が意外です。兄はしきたりとか嫌う質でしたから」
「そうみたいだな。たしかに、顔を隠してるほうが面白いだろうとか言ってたから、宗教的にと言うよりは楽しむためだったんだろうな」
「兄らしいです」
エルピスがクスリと笑う。そして、急に真面目な顔になって、「最近、兄に会いましたか?」と尋ねた。
「いや、しばらく見てないな」
団長の言葉に肩を落とす。この様子からすると、エルピスの兄は行方不明にでもなっているのかもしれない。
そろそろ時間だ。そのことを伝えると、案内役に兵士を一人読んでくれた。部屋の出口で握手をする。
「楽しかったよ。ありがとう」
「こちらこそ。では、また後ほど」
団長自ら大聖堂に行くと言うので、またすぐ会うことになるが、ひとまず別れの挨拶を交わす。
兵士の後ろについて廊下を歩く。ふと、エルピスがついてきていないことに気づく。
「エルピス?」
振り返ると、まだ団長と話しているようだった。
「お待たせしました」
話に区切りをつけて、エルピスが駆け寄ってきた。俺にというよりは、案内をしてくれる兵士に頭を下げる。彼もまた、エルピスが来るまで待ってくれていたのだ。
一言も話すことなく、裏門まで歩いた。用がすむと、兵士はさっさと中に戻っていった。二人でその姿を見送る。そのまま黙って待ち合わせ場所に指定した、大聖堂近くの広場に移動した。フィーリアたちがまだ来ていないことを確認し、一つ息を吐く。エルピスの方は見ないで声をかける。
「エルピス、ちゃんと話してくれ」
はっきり聞こえてしまった。「運命印の検査を行わずに国外に出ることはできませんか?」と団長に尋ねるエルピスの声を。
目的は、俺が国外に出ないようにすることだ。大聖堂に行くことを阻止できれば、運命印を調べられない。そうなれば、旅に出られなくなる。そのための確認だろう。
「俺をそんなに行かせたくないのなら、理由を言ってくれ。きっと納得はしないけど、話は聞くから」
これまでの行動を見れば、エルピスが俺を何としてでも引き留めようとしていることは明白だ。
「無駄死に、道連れ、負け戦。これらのことが嫌いなだけですよ」
ぶっきらぼうな返事が返ってきた。今の俺が魔王討伐を夢見ることがそれだけ絶望的であるということだろう。そんなこと百も承知だ。
「やってみなければわからないだろ」
冷静を保つことを意識する。互いに表情を見ることはしない。慎重に言葉を選んで交わすだけ。
「それが無責任だとわからないんですか」
エルピスの淡々とした声が俺の中に響く。
前世の俺は、やってみなければわからないの精神で戦いに挑んだ。俺自身はできると思っていた。そうでなければ、少しの可能性も感じていなければ、挑戦しなかっただろう。でも、もしかしたら、傍から見れば、無謀だったのかもしれない。実際、魔王討伐は失敗し、死という結果だけが残った。仲間という鎖に繋いだマクリア、リリィ、リピを巻き込んで。
今はさらに条件が悪い。俺の言葉は無責任に他ならない。少なくとも、彼らを巻き込むべきではない。
「あなたは気にしそうだから、一応、言っておきますけど。前世のことは何一つ後悔していませんよ。あなたのせいで死んだなんて思ってないし、あの日の決断を間違ってたなんて思ってない」
あの日の決断が何を示すのか、はっきりとはわからないが、おそらく、俺たちと共に行くことを選んだことだろう。そう言ってもらえると、いくらか心は軽くなる。だが、それに甘えてはいけない。
「巻き込んで悪かった。俺は一人で行く」
「フィーリアたちにも伝えておいてくれ」と言って背を向ける。大聖堂に向かって一歩を踏み出したところで、ぐっと手首を掴まれる。
「それは最悪の選択だ」
エルピスは吐き捨てるように言った。
「僕はあなたに死んでほしくない。なんでそんな簡単なこともわからないんですか」
無責任なのは、俺自身の命に対してだと言う。俺と共にいることで犬死することを恐れいているのではない。力のない俺は己の身も守れないことに気づくべきだと言われているのだ。もっと自分の命を大切にしろ、と。
「ごめん」
彼の言いたいこともわからないでもないが、俺にとって、魔王討伐は命より大切なことだ。無謀な賭けでも挑戦しないで死ぬことは赦されない。
この一言で、エルピスも俺の考えを理解したようだ。俺の身を案じてくれている彼の言うことはきけないと。
「シド、エル」
フィーリアの声だ。いつの間にか、フィロスと一緒に来ていた。
その時、エルピスが手に力を込めた。ぎゅっと俺の手首を強く握りしめる。
「ちょっ」
痛みに顔をしかめるが、力を弱めてくれそうにない。
「都合よく、そう何度も何度もやり直しがきくわけではないんですよ。今回は、たまたま。偶然。それなのに、同じことを繰り返して、死ぬことになるかもしれないんですよ!弱いから!!」
エルピスがまっすぐ俺を見る。手の力も弱まるどころか、むしろ段々強くなっていっている。
「…どっちが?」
フィロスがボソリと言う。ヒートアップしているエルピスの耳にも届いたのだろう。手首からエルピスの手が離れる。俯いてしまったので、表情は見えない。
またこのパターンだ。フィロスはエルピスのことをよく見ているのだろう。俺には、あまり意味がわからないが、エルピスには強く刺さったらしい。
「これではやり直した意味がない」
エルピスがボソボソと独り言を呟く。口をしっかり動かしていないからか、あまりはっきり聞き取れなかった。
「わかりました。こうしましょう。運命印を見てから決めましょう」
エルピスが顔を上げて言うには、これ以上は譲れないとのことだった。
俺に何かしらの印が出たら一緒に行く。無印だったら、きっぱり諦めて故郷に帰る。お互い引けないところではあったし、印を受けられるということは、俺にも何か力があるという証になる。ただのお荷物でなくなる。
「良いんですか?」
「僅かな希望にすがるしかない」
フィーリアがエルピスと耳打ちする。
僅かな希望。エルピスにとっての希望とは真逆の意味を示すが、今の俺にはぴったりの言葉だ。




