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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第二十六話 価値観

「あの、フィロスさん。フィロって呼んでも良いですか?」

 王都を目指す途中、なんとか平常心を取り戻したフィーリアがフィロスに話しかけた。フィロスは構わないと言うように頷いた。続いて、エルピスにエルと呼んで良いか尋ねた。エルピスの返事はない。無視を決め込んで、聞こえないふりをしているのだ。

「フィーリアが聞いてるだろ」

 俺がそう言っても無視をされた。結局、フィーリアが「勝手に呼びますからね」と言って終わった。彼女なりに歩み寄っているのだろう。エルピスの態度の悪さには頭を悩まされる。

 日が暮れてきて、王都につく前に一泊するしかない状態になった。たまたま近くにあった宿に部屋をとる。しかし、部屋はほぼ埋まっていて、大きな部屋に四人で泊まることになった。

 相変わらず、沈黙が多い。雰囲気は最悪。

 交代で風呂に行こうということになり、先にフィーリアとエルピスに行ってもらった。二人が戻ってきたら俺たちの番だ。女の子とではかかる時間が違うだろうに、エルピスはフィーリアと一緒に帰ってきた。思っていたより、この二人の組み合わせでも大丈夫かと安心したが、俺とフィロスが戻ってくる頃にはエルピスの姿がなかった。

「エルピスは?」

「買いたいものがあるって出ていきましたよ」

 フィーリアは魔法で髪を乾かしている。

「買いたいもの?」

「はい」

 エルピスは俺たちが買い物を終えた後に合流したわけだし、買いたい物があってもおかしくはない。でも、なぜこのタイミングなのだろうか。急ぎの物か。言い出しにくかったのか。

「あっ」

 フィロスが後ろで短く声を出した。

「どうした?」

 振り向くと、フィロスの足元にはエルピスの荷物が転がっていた。どうやら足を引っ掛けてしまったようだ。フィロスが散らばった荷物を集め始める。俺とフィーリアも手伝う。

「えっ」

 思わず声が出てしまったのは、意外な物がカバンに入っていたからだ。カバンには大量の動物の人形がつめられていた。藁で編まれた猿、木彫りの熊、馬のぬいぐるみ。お土産用なのか、ストラップがついている物が多い。驚くほどの量だ。カバンにはもう入らないのではないか。重そうだし、よく持って歩いて来られたなと感心してしまう。

 その時、ガチャと音がして部屋の扉が開いた。エルピスが帰ってきたのだ。

「何してるんですか?」

 エルピスが俺たちをキッと睨む。扉を開けたままで騒ぐわけにはいけないので、エルピスを無理矢理中に入れ、ドアを閉める。

「荷物を蹴飛ばして…ごめん」

 フィロスが立ち上がって頭を下げる。エルピスは絶句して睨んだまま。

「…見たんですか?」

 エルピスがボソリと言う。

「え?」

 フィロスが聞き取れず聞き返す。エルピスは、そんなフィロスをまっすぐ睨んで、もう一度「見ましたか?」と言った。

「何を?」

「はい!?」

 フィロスの反応にエルピスは度肝を抜かれたようなリアクションをする。

「何をって…カバンの中身ですよ。男のくせに、こんな年で。家族も同僚も変だって、気持ち悪いって」

 エルピスは旅商人の家に生まれた。世界中のあちこちを訪れている。その先々で動物の人形を買っているそうだ。そんな人形を集めてコレクションにするのが趣味としているのだ。

「好きなものには正直で良いじゃないか」

 俺は呟くように言う。同じことをフィーリアとフィロスも思っただろう。

「本当にそう思いますか?」

 エルピスの声が震えている。

「シドの言うとおりです。好きなものをひどく言う方がおかしいです。少なくとも、ここにいる私たちは、否定しませんよ」

 フィーリアが力強くエルピスを見つめ返す。フィロスも視界の端で頷いている。

「「わあ」」

 俺とフィーリアが思わず息を吐いた。エルピスが笑ったのだ。もちろん初めて見た笑顔だ。

 距離が縮まったと感じた瞬間だった。

 翌朝になると、そんなことは忘れたかのような不機嫌顔。でも、カバンにつめられていた人形の一部が見えるところにつけられている。カバンが揺れる度にカチャカチャと音がする。

 王都に入ると、今まで以上の賑やかさに圧倒される。

「運命印の検査はどこでやるか知ってるか?」

「ああ。あの大聖堂だ」

 フィロスが、一際目立つ建物を指差す。城の次に大きな建物だ。二つの塔が空に向かって伸びている。

「じゃあ、まずは大聖堂に行けば良いんだな」

「すぐに審査できるかわからないぞ」

 フィロスがそう言ったように、大聖堂に行くと、夕方まで待ってほしいと言われてしまった。無理なものは無理だし、待てと言われたのなら待つだけだ。

 不機嫌なエルピスを連れてあちこち見て回る気にはならず、宿を探すことにした。安そうな宿を見つけ、一人部屋を四つとった。

 ぐるる〜。

 フィロスのお腹が鳴った。正午の少し前くらいの時間だし、空腹にもなるだろう。今朝の朝食の量は少なかったし。

 部屋に荷物を置いて、昼食を食べに行こうということになった。気まずさから逃れるために宿を探したのだが、そう簡単にエルピスと距離をとることはできなさそうだ。いつまでも隔たりがあっても困るが、何かきっかけがなくては解決しないだろう。

 せっかくだから、人気な店に行こうとフィーリアが言うので、行列のできるレストランに並んだ。エルピスと長時間逃げ場もなく一緒にいなくてはならなくから、あまり待ち時間があるのは嬉しくないが、たしかに時間はある。

 フィーリアは、憧れの店に行けると嬉しそうだ。おしゃれな名前の雑誌で知ってずっと気になっていたそうだ。

「このお店、パイが美味しんです。一番人気なのは、季節のパイというデザートで、その時一番美味しい果実を組み合わせてあるんです。問題は、人気すぎてすぐに売り切れになってしまうんです。一度で良いから食べてみたい」

 フィーリアがハイテンションで語っている。俺は、そんな彼女の相手をする。

「そうなんだ。食べられると良いね。他に何かあるの?」

「えっと、うさぎの肉を使ったスープを閉じ込めたパイとか気になります。クセがなくて美味しいって評判なんですよ」

「へー、それは良いね」

 列が進んで、前の人との間ができる。そのことに気づかない俺たちに、エルピスが気づかせようとしたのか、後ろからドンとぶつかって来た。教えてくれたこと自体はありがたいのだが、「のんきなものですね」と小さく言われたのは気に触る。だが、そこで突っかかって喧嘩するのも馬鹿らしい。聞こえなかったフリをすることにした。

「ついに私たちの番ですね」

 自分たちが列の先頭になると、フィーリアが嬉しそうな声を出す。

「お次のお客様、どうぞ」

 店員さんに案内されて席についた。フィーリアがオススメしてくれたうさぎのスープのパイを注文した。一番楽しみにしていたフィーリアは、無事季節のパイが注文できて満足げだ。

「スィドロフォス?」

 不意に名前を呼ばれて、顔を向けると、騎士団の制服を身にまとった男が立っていた。騎士団の知り合いというと一人しかいない。

「やっと来たか。大聖堂にはもう行ったのか?」

 騎士団団長だ。偶然、同じ店に食事に来ていたようだ。部下も一緒だ。

「いえ、まだです。夕方にまた行く予定です」

「おお、そうか。それまで時間があるようだったら話をしよう」

「たぶん、時間はあります」

 フィーリアをチラッと見て確認をとる。頷いたので、大丈夫だろう。

「良かった。スィドロフォスとはまた話がしたかったんだ。それと、そっちは…」

 団長がフィロスとエルピスに視線を送る。

「旅の同伴者です。フィロス・アンドレイアーとエルピス…」

「シュンパテイア」

 名字を思い出せずにいると、エルピスがぶっきらぼうに続けた。

「シュンパテイア…?エルピスっていったか。君はアデルフィア・シュンパテイアを知っているか?」

「え?アデルフィアを知っているのですか?」

 団長の質問にエルピスが驚く。

「騎士予備校時代に世話になってな」

「…アデルフィアは僕の兄です」

「そうか、そうか。そりゃ、似ているわけだ。それじゃあ、スィドロフォス、時間ができたら、城の正門に来てくれ。良かったら、エルピスも」

 それだけ言うと、部下を引き連れて店を出て行った。

 エルピスの表情が僅かに穏やかになっている。彼の兄の名が出てからだ。

「フィーリアはどうする?王都、見たいとこまだあるんだろ?」

 運ばれて来た料理に舌鼓を打ちつつ、話しかける。フィーリアは待望のパイを幸せそうに食べている。

「私は行かなくても良いんですかね?」

「たぶんね」

 フィーリアの本心は観光を優先したいはずだ。明日も王都にとどまるとは限らない。観光するなら夕方までの時間が最後になるかもしれない。

「それなら、私、買い物したいです」

 フィロスと二人で行くことになるが、二人とも気にしている様子はないので大丈夫そうだ。どうせフィーリアの買い物中、フィロスは外で待機するだけだろうけど。

 食事を終え、レストランを出る。集合時間と場所を決めて別行動を開始。エルピスと二人きりで不安なこともあるが、これを機に仲良くなれたら良いなと思う。

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