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神が笑った世界  作者: 城宮水紅
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第二十五話 捨てられないもの

 行く手を遮ったのは、エルピスだった。緑色の髪は珍しいから、よく目立つ。

 エルピスは、心底呆れたと言わんばかりに、大きくため息ついた。

「本当にあんたたちには頭を悩まされる。村を訪ねるなと言ったのに行くし」

 エルピスが、フィーリアの方を見る。語尾に力がこもっている。それに、フィーリアがギクッとする。

「断れって言ったのに準備してあるし」

 エルピスの面の先が、フィロスをとらえるが、フィロスは何食わぬ顔で、特に反応もしない。

「何なんですか」

 彼ら三人がもともと交流があったかのような態度だ。

 もう一度、大きく息を吐き、オオカミかキツネかわからない面に手をかける。すっと面を外し、初めて顔を見せた。

「…リピ?」

 エルピスは、かつての仲間の最後の一人、リピ・マズィテヴォメノスだった。

 何の手がかりもなく、どうやって探そうかと考えていた。それがまさか、もう知り合っていたとは。以前から姿を見せていたエルピスの正体など考えもしなかった。

「お二人は、僕の考えに賛同しているのだとばかり」

 エルピスがキッと俺の両脇にいる二人を睨む。

「まあ、フィーリアさんの会ってみたいという気持ちもわからないでもない。それを責めるつもりはない」

 フィーリアの表情が少しだけ明るくなる。だが、すぐ申し訳なさそうにうつむいた。

「でも、村から連れ出すのはいただけないなぁ」

と、エルピスが続けたからだ。

 落ち着いた物言いだから、余計に怖さがましている。ニッコリと笑っているのが、さらなる恐怖をさそう。

 フィーリアはふるふると震えて、小さく「ごめんなさい」と謝る。

「様子を見に行ってみれば、魔王のとこまで、そのまま一緒に行くことになってるし」

 エルピスは、腕を組んで、やれやれと首を振る。

 そこで、フィーリアが反撃を試みる。

「え、えっと、エルピスさんがシドに度々見つかってたのは…」

「なに?」

 が、効果はないようだ。エルピスがすごんだので、フィーリアは、すぐに折れて、俺の後ろに隠れる。

「なんでもないです」

 ここまでくれば、俺に関わる話なのだろうということは容易に想像できる。しかし、それにしては、俺が部外者になっているのは変なのではないか。話の中心にありながら、全くついていけないという状況はなかなかのものだ。

 エルピスがスッと短く粋を吸って言った。

「別に過去を否定するつもりもないし、過去を引きずるのもわかる。たしかに僕らには前世の記憶がある」

「エルピスは覚えて…」

 エルピスの前世の記憶があるような物言いが気になった。でも、途中で遮られてしまう。

「でも、普通に考えてみなよ。この人は無能力で、役立たず。どう考えたって足を引っ張ってるでしょう!それなのに連れて行くって、何考えてるんですか」

 俺のことだ。否定できない。

 フィーリアがいなきゃ、ここまで来られなかった。仲間を集めることしか考えてこなかった。それも、自分のため。

「力もないのに前線に出て。ただのうざい奴ですよ」

 エルピスは一気に言ってしまうと、ゆっくり息を吐いた。

「シドは努力しています」

 フィーリアが今までで一番強く言った。声に迷いはなく、エルピスに負けまいという決意が感じられた。

 肝心な俺が何もできないでいるのに、彼女は俺の味方をし、守ろうとしてくれているのだ。

「ええ、そうでしょうね。手の豆をみればわかりますよ。でも、戦場では持ってる力が全て。努力なんて何の加点にもなりませんよ!」

 エルピスが興奮して言った。彼の手は強く握られ、唇は噛み締められている。肩は震えていて、表情は悔しそうだ。

 俺やフィーリアを責めていると言うよりは、自分を責めているように見える。

 そんな彼に、フィーリアが静かに言った。

「昔のことを覚えてるなら、わかりますよね。私が、それでも、シドを連れて行く理由」

 フィーリアも何か思い出したのか?

 だが、それは声にはならず、聞けなかった。

「だから、過去に振り回されてばかりでは…」

「一番、過去に拘ってるのは、リピじゃないか?」

 フィロスの言葉で、エルピスが口を紡いだ。

 前から知り合いのようだったから、フィロスもエルピスという今の名を知っているはずだ。それなのに、リピと呼ぶなんて、意地悪だ。

「後悔したって、もう過去には戻れないんですよ」

 弱々しい声だ。エルピスが俯く。握られた拳はさらに力が加えられ、爪が食い込んでいる。

 なぜ、そこまで俺を止めたいのか。俺が役立たずだという理由だけではない気がする。それを尋ねるのは野暮だろうし、勇気もない。

 困った時、誰かに話すことで、悩みが軽くなると聞いたことがある。だが、相手は誰でも良いわけではないだろう。悩みの種に誰が相談すると言うのだろう。

「日が暮れてしまいます。出発しましょう」

 フィーリアの言葉を聞き、フィロスが黙って歩き出した。このあたりに一番詳しい彼が先導するつもりなのだろう。俺たちも、彼に続いて歩き始めた。

 気まずい。

 散々言い争った後で、仲睦まじく会話など難しいのはわかる。だが、会話もなく、ただ歩くだけなど、気まずくてしょうがない。

 エルピスはムスッとして不機嫌だ。そんな彼に話しかけられるほど、深い関係を築いていない。イロアスの頃ならまだしも、現世では、ちゃんと言葉を交わしたのも数えるだけしかない。

 フィロスはもともと無口で、場を和ませるために口を開くようなタイプじゃない。前を行く背中に期待などしていない。

 フィーリアはと言うと、フィロスと共にエルピスを言い負かしたように思えたのに、今はエルピスに怯えている様子だ。ビクビクしながら表情を伺っている。

 こんな状態で王都まで歩くなんて、正直しんどい。

「そういえば、王都についたら、騎士団長に会いに行かないとな」

 精一杯の勇気を振り絞り、話題を振ってみた。

 が、誰からも返事がなかった。

 フィロスやエルピスからしたら、何の話だって感じだし、別に彼らに話しかけたつもりはない。話に乗ってくれればラッキーくらいにしか思ってない。

 だが、しかし、フィーリアは反応をしてくれないと困る。

 気づいてもらえるよう、視線を送った。届くはずのない念も送ってみる。それに気づいてなのかはわからないが、

「あ、えっと、はぃ…そう、ですね」

と、曖昧な返事が返ってきた。

 ああ、もう無理だ。諦めて黙って歩こう。気まずい、気まずいと意識してるほうが馬鹿らしい。

 イロアスの頃は、毎日が楽しかった。喧嘩がなかったわけではない。仲間と旅をしていれば、意見のぶつかり合いなんて日常茶飯事だ。でも、自然と仲直りできたし、喧嘩が長引けば、フィーリアが止めに入ってくれた。

 一番大きな喧嘩は、リピの武器に関してだったか。

 リピはリーチが短く、動きも素早くない。それなのに、短剣を使うと言って聞かなかった。理由は聞いても教えてもらえなかった。頑なに短剣を手放そうとはしなかった彼には、拘るだけの理由があるはずだ。

 剣自体のリーチが短い分、敵の懐に入る必要がある。それは命の危険があり、好き嫌いの話だけで済むものではなかった。だから、幾度となく、武器を変えろと言った。

─頑張るから。

 リピはいつも努力するから許してくれと言った。努力家で、言ったことは、ちゃんとやり切る性格であることはよく知っていた。それに、彼の信念ともいえる拘りを全否定することはできない。そうして、俺が折れる形で終わる。

 結局、最後まで彼は短剣を使い続けた。魔王との戦いでも。

 もし、俺が短剣を使うことをやめさせていたら、あんなふうに死ぬことはなかったのかもしれないと思わなかったことはない。

 だが、その後悔はしても意味がないと、今はわかる。

 ローブの陰から覗くエルピスの腰に、短剣がついている。鞘の向きからして、今も左利きなのだろうか。

 生まれ変わっても変わらない拘りは、覆せるものではない。

 エルピスの背を見て、俺は静かに微笑んだ。

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