第二十三話 幼馴染み
俺とフィーリアは、エクトスに隣接する町、ヘブドモスに向かって歩いている。
開拓の進んだ町が続くので、自然を感じるところが少ない。地面は舗装され、外観を意識して植えられた木や花くらいしか緑はない。
そんなところだから、花屋の鮮やかな色が目に残る。俺たちは、無意識に花屋を見て歩みが遅くなる。
「そういえば、俺が熱出した日の夜、イロって呼ばなかったか?」
自分でも驚くほど唐突に思い出して、フィーリアに尋ねてみた。
「えっと…呼んでないと思います」
「だよな」
フィーリアは、前世の記憶がほぼない。だから、一般常識的な有名人、イロアスの名を知っていたとしても、イロなんて呼ぶ人はリリィ以外にいない。偶然でも、フィーリアが目の前にいない人物を急にあだ名で呼んだりしないだろう。
しかし、あの夜、「イロ」と呼んだ声はフィーリアだった気がしてならない。リリィとフィーリアの声が似てるとは言っても、あくまで別の人間の声だ。そう簡単に聞き間違えるはずがない。
悪夢を見ていたし、熱にうなされていたから、幻聴か何かだったのかもしれない。当の本人が否定するのだから間違いないだろう。
「私も聞いて良いですか?」
花屋を通り過ぎ、少し歩くスピードが上がる。のろのろ歩いていては、今日中にヘブドモスにはつけないからだ。
そのタイミングで、フィーリアが俺に質問をした。
「どうして、私がリリィの生まれ変わりだと、すぐにわかったんですか?」
俺がリリィのことを話すのは嫌そうだったのに、自分で話題にすることは躊躇いがないのだろうか。
たしかに、俺は初対面の時点で、フィーリアをリリィと呼んだ。それは、顔を見た瞬間わかったからで、特に根拠だとかいうものはない。
記憶を取り戻し、自分に仲間がいたのだと知った日から、かつての仲間も生まれ変わっているのではないかと予想していた。だから、会えばわかると、勝手に思い込んでいた。
本当にわかってしまったことを今は驚いている。
「なんとなく、かな。こう、フィーリアを見た時、リリィの顔が重なって見えたんだ」
要領の得ない説明だったが、フィーリアは満足したらしい。
「ヘブドモスですよ」
と、言って喜んでいる。
地図で確認した時、この町が広いことは確認した。
具体的に、フィロスがどのあたりに住んでいるのかはわからない。手紙も濡れてしまって読めないから、住所を確認できない。
探すのは苦労しそうだ。
「まずは宿探しか」
宿にそういくらもかけてられないから、できるだけ安いところを探さないと。
フィーリアと手分けをして、宿を探した。ついでに、フィロスのことを知らないか聞き込みをしてみた。それに関する情報は何一つ得られなかったが、一番安くすみそうな宿は見つかった。
久しぶりに歩き回ったから、けっこう疲れた。
夕食をとってベッドに横になると、すぐに眠りについた。
夢を見た。
イロアスだった頃の記憶だ。
─イロアス、本当に行くつもりか?
マクリアが、俺の家のドアを開けて立っている。俺が旅に出る準備をしているのを見下ろしている。
始めは、探求心だった。自分がどこまでやれるのか。人々が悪だという魔王の話を聞いた。そいつを倒してやろうと思った。
いつからか、その目標は俺の中でしっかりとした形となった。特別、魔王を恨んでいるわけでもないが、魔王を倒せばその先に何かがあると信じるようになった。
─止めたって無駄だ。
俺は、孤児だ。
聖女が親に代わって育ててくれた。この家は、親切にしてくれた爺さんが、死ぬ前に俺にくれたのだ。「家族もいないし、遺すなら、お前にだろう」と言って。
だから、孤児だからといって不自由したわけではない。でも、失うものが何もないのは変わらない。
自分一人で生きるため、魔法と剣の技を磨いた。王都にでも働きに出ようと思っていたからだ。
そう、俺は、旅に出るにはもってこいの状況にある。
家族のいない俺を止めるとしたら、友人のマクリアぐらいだと最初から思っていた。だから、止めないでくれと言ったのだ。
─俺も行く。
でも、まさか、一緒に行きたがるとは思わなかった。
彼は別に非情な奴ではない。だが、家族をおいて町を出ることに抵抗がなかった。
彼の家は働き手が減って困るような家ではないから、長男が家を出ても、彼の両親が必死に止めるようなことをするとは思っていない。だからこそ、親の気持ちも考えてやれと少し思った。子供を収入源とだけ思っている親なんていないのだから。
止めるなと言った俺が、マクリアを止める手立てはなかった。正直、彼がいてくれることに心強いと感じていた。
─目指せ、魔王討伐、だな!
出発の日、親しい人たちに見送られながら言った。マクリアが笑う。
─俺たちに倒せるか?
マクリアが冗談混じりに言う。
─さあ、どうだろう。
この先の運命など知ったこっちゃない。目標はあれど、旅を楽しめたら良いなと思う。せっかく親友も一緒なのだから。
今思い出しても、フィロスとマクリアはなんとなく似ている。見た目の問題ではなく、性格が、だ。幼い頃のフィロスしか知らないが、彼の放つ雰囲気は、マクリアのそれと同じに感じる。
フィロスは剣が強かった。俺に付き合って、剣の稽古をしていた時、才能が見え隠れしていた。
フィーリアもフィロスも、生まれ持った才能に嫉妬はするけれど、俺は努力をすると決めている。イロアスの頃とは状況は違うが、同じ目標に向かって、自分なりに頑張れたらと思う。
「今日は、西側に向かってみましょう」
フィーリアと宿を出る前に計画を立てた。王都から遠いところから順に探していこうということになった。
すぐに仕度をし、出発した。
徐々に足腰や体力が鍛えられるのだということはわかっているが、毎日毎日歩き続けていると、どうしても疲れは取れない。
でも、不思議なのが、魔族と戦うことになった時は、なぜか動けるのだ。イロアスの頃から思っていたが、どこから元気が湧いてくるのだろうと疑問に思っていた。魔族を前にすると、興奮するからだろうか。
「さすが商業の町だな」
店が建ち並び、市場が活き活きとしている。全国各地から物が運ばれ、ここで取引されているようだ。ヘブドモスに行けば何でも揃うと聞いたことがあるが、たしかにそうだ。見たことのあるもの、ないもの、様々な物が店頭に並べられている。
人の多さに圧倒されながらも、俺たちは初めて見る景色に心を奪われていた。フィロスを探すという目的を忘れそうなほど、あちこちに目移りする。
時々、人混みをかき分けて荷馬車が進んで行く。人が押す荷車も横を通り過ぎていく。地方から仕入れた商品を運んでいるのだろうか。地面は石畳で舗装されておるので、結構な音がする。
道は広いが、慣れていないと歩きにくい。
現地の人や商人たちは、すいすいと流れるように歩いて行く。馬車や荷車を避けるのも早い。
そういう姿をすごいなと感心しながら、俺たちは、ガラガラという音にビクビクしながら歩いた。
その時、横を荷車を押す一人の青年が通り抜けていった。鮮やかな赤色の髪に、鍛えられた大きめな体。はっきりとはわからないが、その後ろ姿に見覚えがあるような気がした。
その背中に、思わず声をかける。
「フィロス?」




