第二十ニ話 意義
「兄ちゃん、これ、嬢ちゃんのとこ持って行きな」
俺が昼食を食べ終わる頃に、宿主が弁当を渡してくれた。依頼消化で忙しいフィーリアのために用意してくれたのだ。
「ありがとうございます」
ありがたく受け取って、フィーリアのもとへと急いだ。俺がついて来ないようにするためか、場所は教えてくれなかった。
だが、心配はない。最近、邪力の気配を強く感じるようになった。魔族退治と言っていたから、その気配のある方へ向かえば良いのだろう。
しばらく歩いていると、フィーリアらしき女の子の後ろ姿が見えて来た。
「フィーリア」
「シド!?どうしてここが?」
「なんとなく」
昼食を持ってきたのだと伝える。
「お昼、どうしようかと思ってたんです。戻るに戻れなくて」
そう言って、地面に座るフィーリアに、持っていた箱を手渡す。
「サンドゥイツっていうらしいよ」
大きめの丸いパンに横から切り込みを入れ、そこに野菜や肉が挟んである。
フィーリアが一口食べて「美味しいです」と言う。
このあたりの家は、魔族に襲われたのか、崩壊している。瓦礫に焦げ跡が残っていたり、屋根がなくなっていたりする。
ここに住んでいた人たちは無事だったのだろうか。
フィーリアは、定期的に襲ってくる魔族を退治してほしいと頼まれたのだそうだ。少しずつ数は減らしているが、いつやってくるのかわからない敵を前に、持ち場から離れるのは難しかったようだ。
それなのに、昨日は看病をしてくれたのだ。フィーリアのほうが倒れてしまわないか心配になる。
「終わるかはわからないですけど、今日までで良いと言われてるんです。明日の朝、出発しましょう。ここから、ヘブドモスは近いので、明日のうちにつけると思います」
「わかった」
フィーリアから弁当箱を受け取り、立ち上がる。
本当は俺も魔族退治に参加したいけど、追い返されるに決まってる。
帰ろうと一歩を踏み出した時、何か動く気配がする。
「シド?」
バッと振り返った俺を不思議そうに見る。魔族の気配だ。
『殺す』
素早い何かが向かってくる。
咄嗟にフィーリアを押し倒して避ける。
さっきまで俺たちが立っていたところを緑色の物が通過する。
「ごめん。大丈夫?」
フィーリアに手を貸して立ち上がる。気配のある方を確認する。
少し離れたところに緑色の魔族が立っていた。
手に鎌を持ったような姿で、二本立ちだ。ただ、足は弱いのか、手を地面に付きが四本足のようになる。表面がツヤツヤとしていて、見る限り硬そうだ。
「さっきまでいなかったのに」
フィーリアが驚いている。
彼女は魔族のテリトリーを犯しすぎないように配慮していたようだが、ちょっかいをかけられたと思ったのか。おそらく、そこそこ人里離れた場所にいたやつだろう。
背後には小さな森がある。
そういえば、このあたりはもともと森だったとフィーリアが言っていた。もしかしたら、住処を奪われた奴らが襲ってきていたのかもしれない。
「マントか。やっかいだな」
「知ってるんですか?」
目の前のマントから目を離さないで会話をする。いつ襲ってくるかわからないから気をつけなければいけない。
「倒すなら、手を狙うと良い。奴の攻撃力はなくなるし、さっきみたいなスピードも出せなくなる。ただ、あいつは頭も良い。こちらが何か仕掛けようものなら、すぐに攻撃してくる」
マントが一歩踏み出した。俺は腰を落として身構える。腰に下げた剣にはあえて触れない。
「だからといって、スピード勝負も無謀だ」
あのスピードでぶつかられたら、こちらが攻撃をする暇もない上に、かなりの威力だ。この体だと骨折は免れない。
じゃあ、どうする。
情報は勝敗を左右する。だから、敵の基本的な情報と弱点を知っているのは、条件として悪くない。
しかし、それを上手く利用する術がなければ何にもならない。
前に出会ったのは、イロアスだった頃。マクリアと二人で旅をしていた時だ。…どうやって倒したんだっけ。
長く考えてる暇はない。
「そうだ、フィーリア。あいつ、目は良いんだけど、耳は悪いんだ」
一度くらいなら受け止めてみせよう。それが男ってもんじゃないか。骨折覚悟ではあるが。剣を抜くのが遅けば、それ以上の負傷の恐れもある。特に、あの鎌のような手は危険だ。
「何をするつもりですか?」
捨て身の手段をとるつもりなのだと察したのだろう。フィーリアが明らかに焦り始める。
「大丈夫」
俺は、普通に立った。攻撃をする意思はないと伝えるのが目的だ。フィーリアが後ろに隠れるように立つ。
「なあ、おまえはなぜ人を襲うんだ?」
相手を刺激しないよう意識して話しかける。静かに、声を低くして。
「もしかしたら、解決できるかもしれない。話をし…」
「話をしよう」と言いかけたところで、マントの態度が急変する。
『消えろ!』
マントが叫ぶ。そして、鎌を振り上げ、姿勢を低くする。
襲われる。
俺は、勘違いしていた。
転生してから、奴らの声が聞けるようになった。会話もできた。魔族は悪い奴らじゃない。話せばわかり合える。そう思っていた。
たまたま言葉の通じる魔族だっただけだ。本来、俺たちは相容れない存在。その境界を見失ってはいけなかった。
話を聞こうともしない相手にショックを受ける。
でも、構わない。一番の目的は時間稼ぎだ。
「…キニシ!」
フィーリアの魔法が発動する。すると、マントの動きがその場で止まる。
「カープステ!」
フィーリアが杖をマントに向け、魔法を発動する。対象物にのみ効果をもつ魔法。動きを封じざれた魔族が炎に包まれる。
『くそっ!人間め!許さない!許さなんぞおおおおおお!』
声は出せるようで、最後は断末魔のような叫び声を上げて燃え上がる。そのまま灰も残らず消え去った。
「ごめん。結局、頼ることになっちゃって」
時間を稼いで、フィーリアに魔法を稼いでもらおうという作戦だった。彼女の口元を隠せば、奴にはバレないだろうとふんでのことだ。
当然、リスクもある。うまく時間稼ぎをできなければ、あのスピードには敵わない。無事にはすまなかっただろう。
せめてフィーリアにまで手を出されないよう止めるつもりではいたが、それもうまくいく保証はない。
そもそも、作戦の要である、彼女に魔法を使ってほしいということが通じたのかもわからなかった。ちゃんと汲み取ってくれるのか不安だった。だから、背後で小さく呪文を唱え始めた時は、心の底からほっとした。
「いえ、むしろ守ってくれて、ありがとうございます。やっぱり魔法使えるだけでは迷惑ですよね」
急に悲しそうな顔をするので、俺のほうが驚く。
「何言ってる。…俺の方が絶対足手まといなのに」
フォローになっているかわからないが付け足す。フィーリアからしたら、じゃあ、ついてくんなよって話だからだ。
「だって、魔法を使うには時間がかかります」
「だから、仲間がいるんだよ」
そりゃあ、一人で何でもできるなら、それにこしたことはないし、可能性は広がる。剣も扱えるなら、それで時間稼ぎをし、魔法を使うことができる。
でも、一人でやらなくても良いんだ。
「苦手なことは仲間が克服する。それは、普通のことだと思う。だから、頼って良い。頼るべきなんだよ」
以前の俺ができなかったこと。仲間を集めておきながら、しようともしなかったこと。
「イロアスさんはなんで仲間を集めたんでしょうか?一人で全部できたでしょうに」
フィーリアが静かに問う。
「イロアスさん」という呼び方は、他人行儀で、フィーリアがまだ記憶を取り戻していないことを思い知らされる。もちろん、覚えていない方が良いこともあるから、簡単に思い出してほしいとは言えない。
「…なんでだろう」
俺自身にもわからなかった。




