第二十話 間違い
「うああああ!」
目が覚めて、上半身を勢いよく起こす。
夜中だった。目の前の窓から見える空は真っ暗だ。
「はぁ…はぁ…」
息が上がっている。嫌な汗をかいていて、服と前髪が濡れて、べっとりとひっついてくる。
胸あたりを手で触る。あの体に穴が空く感覚が残っている気がして気持ち悪い。どんどん息がしづらくなっていく。
「シド!?」
フィーリアの驚いた声がする。
脳裏に焼き付いた仲間たちの死。彼らの「勝ってくれ」という声、「魔王を討ってくれ」という声が耳から離れない。
フィーリアが奥の部屋から現れる。その姿を見た途端、抑えきれなくなった思いが溢れ出した。
「リリィ、リリィ…ごめん……ごめん」
涙がとめどなく流れた。
悲しそうなフィーリアの顔が、戦いの度に泣きそうなリリィの顔に重なった。
「もう良いです、イロ。大丈夫です」
フィーリアが俺の体を抱きしめる。フィーリアの熱が伝わってくる。
「勝てなかった…殺せなかった……リリィを死なせてしまった…!」
声がカスカスになりながら、同じことを繰り返し言葉にした。その度に、フィーリアは俺を強く抱きしめた。
フィーリアが生きていることが嬉しい。リリィの生まれ変わりが隣にいてくれることが悲しい。
でも、リリィは死んでしまった。俺が見殺しにしたんだ。
それなのに、俺はまた同じことを繰り返すつもりなのか。
いつしか声は出なくなり、ただ泣いた。フィーリアはずっと付き合ってくれた。
気がつくと、俺はまた眠っていて、目が覚めると、空は明るくなっていた。
体のだるさはなくなっていて、自分で動き回れるくらいには回復していた。
隣のベッドでは、フィーリアが眠っている。おそらく、夜通し看病してくれたのだろう。
できるだけ静かにベッドから下り、シャワーを浴びた。汗を流し、きれいな服に着替えると、気分がスッキリした。
「おはようございます。気分はどうですか?」
シャワールームを出ると、フィーリアが起きていた。手で俺の額を触り、熱を計る。フィーリアの手はひんやりしていて気持ち良い。
「だいぶ下がってますね。でも、今日はまだ安静にしていましょう。何か食べられそうですか?」
「わがラハひぃ」
わからないと言おうとしたのだが、声がガラガラだ。恥ずかしい。
「夜、咳き込んでましたからね。無理しないでください」
フィーリアは、身支度をすると、部屋を出ないよう俺に釘をさして出ていった。
窓辺の椅子に座り、濡れた髪を乾かした。窓の外は緑色だ。昨日越えた山だろう。窓を開けると、そよそよと優しい風が入ってきた。山鳥の可愛らしい声も聞こえてくる。
「シド、シド」
フィーリアが体を揺すっている。
うたた寝していたようだ。
「スープをもらってきました。食べられますか?」
フィーリアから皿を受け取り、一口飲む。体は食事を欲していたようで、身にしみるように感じた。
野菜は小さめに切られていて食べやすい。味もシンプルなので、熱で麻痺した味覚でも、美味しく食べられる。
「起こさない方が良いのかなとも思ったんですけど、料理が冷めるともったいなかったので。気持ち良さそうだったので、ずいぶん迷いました」
俺が食事をとれるようになって安心したようで、近くにもう一つの椅子を持ってきて座った。自分の分の朝食も用意していたようで、一緒に食べる。
「魔族退治に呼ばれちゃって。昼頃なのですが、シドが大丈夫そうなら行ってきても良いですか?あ、ついてくるっていうのはなしですよ。また熱上がっても困りますから」
フィーリアは、俺が声を出して返事をしなくてすむように話してくれる。
「今日、熱が下がっても、大事をとって、明日も休みましょう」
体調管理のできなかった俺の失態なので、フィーリアの言うことに大人しく従う。
昼までフィーリアは俺の話し相手になってくれて、一緒に部屋で過ごした。昼食後、フィーリアは依頼をこなしに出かけていった。
残された俺はベッドに入って寝た。自分でもびっくりするくらい眠っていて、目が覚めると、日が落ちていた。フィーリアも帰ってきていた。
「もうほぼ熱は下がりましたね」
ずっと寝ていたからか、回復は早かった。
夕食はスープとパンを食べた。飲み込むとき、少し喉は痛かったが、味もわかるような気がする。
早く寝たほうが良いと言うフィーリアの言葉に従い、またたっぷり寝た。
翌朝は、本当に風邪は完治していた。
剣を持って山に入り、素振りをする。久しぶりに動けるのが嬉しくて、ついつい気合いが入ってしまう。
「元気になった途端、これですもんね」
フィーリアが木の陰から現れる。朝食を食べようと呼びに来たらしい。彼女が先に山を下り始める。
「フィーリア」
後ろ姿に呼びかける。フィーリアが立ち止まる。
「その、いろいろごめん」
体調を崩したことだけじゃない。フィーリアに「リリィと同一人物とみなさない」と言ったそばから、リリィに対する謝罪を聞かせ続けたのだ。
改めて、そのことを指摘するのは気が引けて、具体的なことは言わなかったが、おそらく通じただろう。
「私は大丈夫ですから」
俺に背を向けたまま言った。表情は見えない。
今は謝ることしかできないし、このことに触れるのもやめたほうが良いだろうと思う。俺の方もいつかは整理をつけなくてはいけない。
宿泊している宿の一階は、宿主が料理を提供するレストランだ。熱で寝込んでいるときのスープなどは、ここで用意してもらっていたらしい。
「ああ、兄ちゃん、熱は下がったのか?」
食事の相談で、フィーリアが事情を話していたそうで、宿主が俺を見るなり笑う。
「あの、ありがとうございました」
いろいろと気遣ってもらったので、お礼を言う。
「気にしなさんなって」
「パパ、お客さんには敬語って言ったでしょ!」
そう言って現れたのは、髪を一つに束ねた元気そうな女の子。彼の娘なのだろう。店の手伝いには慣れた様子で、腰につけたエプロンがよく似合っている。
「ここ、食事付きの宿なんです」
案内された席につきながら、フィーリアが言う。
ものの数分で朝食のセットメニューが届けられた。朝食の時間に一気に用意するため、提供は早いようだ。だからといって、作り置きされていたわけではなく、どれも出来立ててで温かかった。
「美味しい」
ちゃんと味もわかるし、喉も痛くない。ご飯を美味しくいただけるのは嬉しいことだ。
「私は、昨日の依頼が片付いていないので、また出かけなくてはいけません」
「ついてく」
「来なくて良いです。病み上がりに動くのはやめましょう。すぐ倒れられても困りますから。今日は部屋から出るなとは言いませんので」
フィーリアに圧倒されて何も言えなくなってしまう。
自分が役立たずである自覚はあるが、除け者にされるのはやっぱり辛い。
「あ、違いますよ。シドがちゃんと元気になったら手伝ってもらいますから」
俺が沈んでいるのを見かねて、フィーリアがフォローをする。
「とにかく、シドは今日はお休みです」
そう言うと、店を出て行ってしまった。




